【11】微睡
長いような短いような時間の曖昧な揺蕩いの中、時折り浮上して漂い、そして、地下深く潜り、感覚に浸る気分は気持ち良かった。
『ここに通うよ。このオアシスを大きくする。砂漠がなくなる程に大きくしてやる。
お前を解放して貰えるように。貰えるぐらい頑張るから。だから、だから、もう消えないでくれ……』
懐かしい声がした気がします……。
………
目が覚めると、冷たい地面に転がっていました。
冷たい…。寒い…。
手をついて身体を起こす掌に体重を感じた。小石が掌に食い込む。痛い。
手足がある。
指もある。
痛覚がある。
感覚がある。
手は泥で汚れていたが、手で指で顔を触り、目鼻を確認。耳がある事を確認して、引っ張って、痛みに自分のだと感じ、髪を引っ張ってその痛みに、生きてる事を実感したら、鼻の奥がツーンとして、視界が歪んだ。
溢れる涙は熱くて、視線を手に向ける。
手が揺れてる。
瞬きすれば、パタパタと泥に汚れた掌に落ちた。涙が出てる。
「エミル?」
声のした方を見上げれば、懐かしい瞳を持った美丈夫が立っていた。
彼の手には木を手入れする道具があった。
音を立てて地面に落ちた。
赤い瞳。
ダークブルーの深い青色の髪。
長い髪は後ろでひとつに束ねている。
整った顔は陽に焼けて、目尻にシワが刻まれて……。
僕と同じ歳もしくは、上な気がする。
領主さまは若くて…。僕はトウが立った男で、情夫で、ただの回復人形で。
ここで返事をして良いのだろうか?
僕は僕ではなくなっていて……。エミルでいてもいいのだろうか。
人であるという保証もないのですが。
『人だよ。ちゃんと復元出来て良かった。ほぉ、ほぉ、ほぉー…』
ヌシさま?
彼が着ていた上着を泥で汚れた僕に躊躇する事なく羽織らせ、抱きしめた。
誰かに感謝の言葉を呟いてる。
ヌシさまが微睡の中で何か言っていた気がする。
若木を依代にしようとか。
50年ほど保つ容れ物を用意できるかとかなんとか。
気が向いたらとか言ってたけど、ヌシさまは一度眠ると数年だったり数時間だったり、千年だったりするとか。
共有する感覚がそんな事を伝えてきていた。
僕はただただ漂うように眠りを貪っていたが、ヌシさまは目覚めてたのだろうか…。
……どうやら頑張ってくれたらしい。
ありがとう、ヌシさま。
僕は、地上に還ってきた。
「領主さま…」
小さく呟いた。喋れた。
僕は……、一番帰りたかった場所に帰って来れた。
「もう領主じゃない。名を呼んでくれるだろうか?」
静かな声。振動も心地いい。
領主さまにも名前があるんだと呑気に赤い瞳を見つめる。綺麗だなぁ。
見惚れながらコクリと頷いた。
意志の固さを思わせる形良い唇が動く。
「ヴィクトル。……エミル、探したよ」
探させてしまったらしい。どうしてだろう…。
「ヴィクトルさま。僕は…」
領主さま、もとい、ヴィクトルさまは僕の言葉を待っている。
目覚めてすぐの僕は、ぼんやりで、でも忙しく頭の中は回ってて、言葉は生まれては弾けて、消えていく。
「ひとまず、屋敷に行こう」
ヒョイと抱えられる。横抱きで運ばれる。腕の中は安定感があって、安心して身体を預けられた。
緑が広がってる。
乾いた風も感じる。
目に映る全てを見ていたかったのだが、急激に眠気がやってきた。疲れてしまったようだ。
以前より逞しくなった胸に縋りついて眠った。懐かしい匂い。
目が覚めるとふかふかのベッドで、天井を見上げると、天蓋。
天蓋付きのベッドです。
なんだかデジャヴ…。
ゴロリと寝返りを打つと、離れたところのソファにローテーブルに書類を広げ、手元の紙束を見てるダークブルーの髪の人がいた。
手元の書類を捌いてる。
仕事をしてるその姿をぼんやり眺めていた。
肩幅も張って一回りは大きくなってる気がする。広い背中には頼り甲斐のある落ち着いた雰囲気が漂っている。
泥だらけだった身体は綺麗になっていた。
素肌にシーツの乾いた感触を感じる。
どの感覚も懐かしく、新鮮だった。
『ヴィクトルさま…』
心の中で呟いてみる。ほわぁんと胸が温かくなる。
微睡む中、領主さまを想っていたと思う。
度々、気づけば、接触スレスレに様子を見に行ってたようで、気づかれそうになっては引き返していた。
領主さまとの触れ合いを思い出しては胸の奥を熱くした。
あれは仕事だったのに。領主さまに抱きしめられたくなってる。
嫌になる。
自分が最低な浅ましい者になった気がして、胸が苦しくなる。
身体の中をスライムが這い回る感覚がする。
このままこの小さな生き物に溶かされ、消えたい…。
会いたい…。
即座にそんな事はないと、否定して、苦しくなる。
泣いては、ヌシさまがヨシヨシと撫でてくれていた。
揺蕩い、微睡の中、領主さまを恋しく想っていた。
全てを否定して、苦しくなって……。
これでは好いた人に会いたいようではないか…。
ヌシさまが帰りたいか?と訊いてくる。
思い浮かぶ場所は、彼の腕の中だった…。
領主さまに恋していたんだ。
夢の中で自分の気持ちに気づいて、叶わぬ想いに冷笑する。
自分はただの情夫なのだ。
深く眠ろう……。
それが最後だった。
同化してるというのは何にもかも共有されてる、全て筒抜けで恥ずかしい。
ヌシさまがなんらかの事をしてくれたのだろうか。身体を作ってくれた。これだけで十分だ。
領主さまに会えた。
もうこれで十分だ。
この場からどう逃げようか…。
『もう消えないでくれ』
あれは誰の言葉だろう…。
不思議空間の表現は難しいです。伝わるかなぁ(^_^;)
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