タンポンのある風景
スーパーや薬局でタンポンを見かけるたびに彼女のことが脳裏に浮かぶ。
そのころ僕と彼女は同棲していて、アパートに二人で暮らしていた。
彼女は僕と同じ二十二歳で、週に五日は歯医者で歯科助手として働いていて、あまり喋らず、そして生理の時にはタンポンを使った。
僕は彼女のいろんなところが好きで、彼女がナプキンではなくタンポンを使うということも、僕が彼女を好きなところのひとつだった。
彼女は冬を除けば家の中でのほとんどの時間を裸で過ごしていた。
外から家に帰ってくると、手洗いやうがいよりも先にまず服を脱いでいた。
当然生理中も彼女はいつも家の中では裸だったので、彼女の生理中、僕は何度も股にタンポンが入っている彼女の姿を見た。
タンポンを付けた彼女の姿が好きだった。
着替える時やお風呂に入るときに見えるタンポンの付いた彼女の姿は、まるで人間に値札が付いてるみたいだと思った。
当然生理中も彼女はいつも家の中では裸だったので、彼女の生理中、僕は何度も股にタンポンが入っている彼女の姿を見た。
あれはタンポンじゃなくて股に値札を付けていると思い込んで彼女を見ると彼女はより一層可愛く見え、僕は特に股に値札を付けた彼女がご飯を食べてる姿が好きだった。
彼女はタンポンを抜くときはいつも浴室で行っていた。
僕と彼女は時間が合う時はいっしょにお風呂に入っていたので、彼女がタンポンを抜く姿を僕は何度も見た。
彼女はタンポンを抜く時にはいつもしかめっ面をするので、僕はある日彼女がタンポンを抜いてる最中に彼女に聞いてみた。
「それって抜くとき痛いの?」
「別に。なんで?」
「だって抜くときすごい顔してるから」
「ふーん」
そう言うと彼女は手に持っている今抜いたばかりの血まみれのタンポンを少し見て、それからタンポンを浴室の隅に放り投げた。
タンポンはお風呂場の床の水に触れて赤い血が流れて、それは水と混ざって薄い赤色になった。綺麗だった。
何度も彼女が浴室でタンポンを見てる姿を見てるうちにタンポンを抜いてみたいと思うようになった。
タンポンがスポっと気持ちよく抜ける感触を味わいたかったのだ。
僕は生理中だった彼女に浴室で頼んでみた。
「ねえ、タンポン抜いてみたいんだけど」
「なんで?」
彼女が怪訝そうな顔で僕に聞いた。
「いや、なんとなくだけど」
お風呂の栓や、ワインのコルクみたいにスポって抜けて、それが気持ち良さそうだから抜いてみたいのが理由の全てだったけど、それをうまく正確に説明できる自信がしなくて僕は適当に答えた。
彼女は少し考えた後にこう言った。
「そういう行為に興奮するの?」
僕は慌てて否定した。
「違うよ、そんなんじゃない。ただなんとなく抜いてみたいなと思って」
勘違いされては困ると思い僕は早口で続けた。
「小さいころお風呂入ってる時にさ、お風呂の栓抜いてみたいなって思わなかった?」
「別に。思ったことないけど」
「そっか」
「うん」
「……」
「……」
「まあとにかくそういう感じなんだよ」
「ふーん」
「そういう性的趣味とかじゃないんだ。それだけわかってくれればいいんだけど」
彼女は疑わしそうな目で僕を見ながら「ふーん」とまた呟いてから、いつものようにタンポンを抜いた。
その顔はやっぱりしかめ面だった。
その会話から一ヶ月くらいしてから、僕と彼女の仲は急激に悪くなっていった。
いろいろな小さな出来事が積み重なり、積み重なった小さな出来事が大きな出来事を作り出すというように、僕と彼女の仲は転がる雪玉のごとく徐々に悪くなっていき、お互いにイライラしている状態が続いた。
僕と彼女はしょっちゅう喧嘩をするようになった。
それでも僕らはお互いにお互いが好きだった。僕はなんとか前みたいに仲良くなりたいと思っていた。たぶん彼女も思っていたと思う。
しかしそう思っていたにも関わらず、僕と彼女は喧嘩し、言い争い、僕は彼女に悪口をたくさん言うようになり、逆に彼女は僕にこれまで以上に何も話さないようになっていった。
ある日のこと。
僕と彼女は一緒に浴室にいた。
僕と彼女の間はそのころは完全に冷え切っていた。それでも僕と彼女は一緒に浴室にいた。仲が悪くなったからという理由で習慣を変えたくなかったからかもしれない。
浴室の中は非常に気まずい雰囲気だった。
お互いに何も喋らず黙々と体を洗っていた。僕はもうすぐこの関係が終わることを随分前から予感していた。
お風呂で体を洗いながら、よく漫画なんかで別れる直前に彼氏が彼女に向かって「最後に一回だけヤラせて」と頼むシーンを思い出した。
彼女とセックスをしたのはもうずっと前で、最後にしたのがいつかも覚えていなかった。
どうせ別れるんだったら嫌われてもいいから最後に頼んでみようかと思ったが、あいにく彼女は生理中なのでヤラせてと頼むこともできなかった。
「タンポン抜かせてよ」
無意識に口から飛び出ていた。
彼女は戸惑ったような顔で僕を見ていて、どうやらその表情には嫌悪感も少し混じっているようだった。
そりゃそうだ。ずっと無言だったのにいきなり喋った言葉がタンポン抜かせてくれだったのだから。
僕は正直に言ってタンポンを抜きたいという願望はない。
ただそれはいつか彼女に言ったように、なんとなくしてみたいくらいの気持ちなのだ。
彼女はすぐにいつものように無表情になり「別にいいけど」と言った。
僕はその彼女の言葉に驚いた。
絶対に断られると思っていたからだ。
でも僕はその思いを表面に出さないようにして、なんでもないことのように「ありがとう」と彼女に言い、彼女の股にあるタンポンに手をかけた。
タンポンは思っていたよりもしっかりハマっていて、なかなか抜けなかった。
タンポンというのはスポっと抜けるもんだと思っていたから意外だった。
少しずつ力を加えながらタンポンを引っ張った。
「痛くない?」と彼女に聞くと「大丈夫」と彼女は答えた。
僕はゆっくりとタンポンを抜いた。
「意外としっかりハマってるんだね」
僕は抜き終わったタンポンを手に彼女に言った。
「しっかりハマってないと血が漏れちゃうから」
そう言って彼女はシャワーを股にかけ、血を洗い流した。
僕の手にあるタンポンからは強烈な血の匂いがした。
僕はそれを浴室の床に投げ捨てた。
それからすぐに彼女とは別れた。
彼女と別れたあとに幸運にも何人かの女の子と付き合うことになったり、友達とくだらないことをして笑ったり、本を読んで泣いたり、仕事の上司にむかついたりとかしてるうちにたくさんの時間が流れた。
そのあいだ彼女と連絡は一回もしてないので、彼女が今どこで何をしているのか、それこそ生きているのかどうかさえわからない。
もう今では彼女の顔をはっきりと思い出せなくなった。
その存在を意識することもほとんどない。
ただそこまで記憶が薄れた今でも、タンポンを見るたびになぜかタンポンを抜いたあの時の硬い感触と血の匂いが鮮明に思い出される。
今でも彼女はナプキンではなくタンポンを使っているんだろうか。
もし彼女が今でもタンポンを使っていたら嬉しいな。なんとなく。