番外編5.リュカの弟子入り (コミック3巻発売記念SS)
コミックス第3巻発売を記念したSSを書きました。
「クナ。オレに弓を教えてくれないか!」
金色の髪に、青空のように爽やかな色をした瞳をした青年――リュカの第一声を受けて、露店の片づけをしていたクナはぱちくりと瞬きをした。
「……私が? リュカに弓を?」
「そう。クナが、オレに弓を!」
元気に返してくるリュカ。
そんな彼の後ろを、「先帰るからなー」とセスとガオンが通り過ぎていく。今日は木の実採りに明け暮れていたのか、両手に持つカゴは溢れんばかりの木の実でいっぱいになっていた。
クナは小首を傾げて、そんなリュカの腰元を見やる。
「リュカの得物は剣だよね?」
「そうだけど……一緒に死の森に入って、クナの強さを実感したんだ。オレ、無茶はしないって決めたけど、大切な人を守れるくらい強くなりたいから……」
「ああ。『大切な女の子を守れるくらい強くなる』って言ってたもんね」
(自分の母親を女の子扱いするリュカは、いろんな意味ですごいやつだ)
クナが蒸し返すと、リュカの頬が逆上せたように赤くなる。
「い、いやっ。言いたいことは分かるっ。本人に指導してもらってどうするんだって話だよな。それはその通りなんだけど、背に腹は代えられないというか……!」
リュカは何事か早口でまくし立てていたが、ポーションの空き瓶を片づけるクナはすでに聞いていなかった。リュカの依頼内容について吟味していたからである。
(それにしても、弓を教える、か)
思いがけない言葉だった。
もともとクナが弓矢を扱っていたのは、死の森でマデリに拾われるより前のことである。
物心ついた頃には、クナは死の森にいた。人々が恐れる魔獣の巣窟は、クナにとっては故郷であり生活の場所だった。森で命を散らしていった人間たちが落とした武器や道具の使い方を知ることは、親のいないクナにとって急務だったのだ。
懐かしい日々を思い返しながら、クナはしどろもどろになっているリュカを見つめる。
「私の武器の扱い方は、独学で身につけたものなの。誰かに教わったとかじゃないから、正しい弓術としての保証はできないけど。……それでもいい?」
「あ、ああ。もちろんだよ!」
リュカがぱぁっと顔を明るくさせる。
溌剌とした笑顔に目が灼かれそうだ。クナはとっさに視線を逸らしつつ、「ん~」と唸る。
「でも、どうしよっか。広い場所で教えたいけど……」
先日、リュカを死の森へと連れだしてイシュガルに叱られてしまったばかりである。
特訓のために森に入った――などと知られた日には、次こそイシュガルは卒倒してしまうだろう。お得意さんであり、温かな心根を持つイシュガルにそんな負担をかけるわけにはいかない。
クナがどうしたものかと思っていると、リュカが一本指を立てて言う。
「それじゃあ明日の朝、宿屋に迎えに行くよ。オレの家の裏手に訓練場があるからさ」
(領主邸には、そんな設備まであるのか)
広々とした屋敷だとは思っていたが、舐めていた。
クナは思いだす。確かリュカの下の兄――クリフは、王都で騎士になったのだったか。つまり彼が特訓するために領主が誂えた訓練場があっても、おかしくはない。
「うん、分かった。ちゃんと起きてね」
「おう……! クナとの約束があれば起きられるはずだ!」
こうしてクナとリュカは翌日の約束をした。
◇◇◇
翌朝のこと。
食事を済ませたクナは宿屋の前で待っていたリュカと合流し、領主邸へと向かった。
もちろん足元にはロイの姿がある。領主邸にお邪魔する場合は置いていくことが多いが、今回は訓練場に出入りするだけだ。
すでに話は通してあったようで、執事の案内で別邸の裏手へと案内される。
訓練場を一目見たクナは、ほうっ、と息を吐いた。柵代わりの木々に三方を囲まれた訓練場は広々としており、大の男十人ほどで使っても支障はなさそうだった。
「立派な訓練場だね」
「昨日のうちに掃除もしておいた。使用人にも手伝ってもらったんだけど」
リュカが頬をかく。小石や雑草などを事前に取り除いておいてくれたのだろう。
(今度、個人的にも借りたいな。ここなら武器の出来を試せそうだ)
クナはそんなことを考えつつ、リュカを振り返る。
「じゃあ、弓の使い方なんだけど」
「おう!」
威勢のいい返事をするリュカ。
ちなみにリュカの腕には弓が握られ、腰には五本の矢が入った矢筒を下げている。昨日のうちに用意していたのだろうか。
(うーん……弓の使い方って、言語化したことがないから難しいな)
クナは自分が弓矢を扱う姿を目蓋の裏に思い描きつつ、身体を動かしてみる。
「えっと……的を定めたら、足を開く」
クナから距離を空けたリュカが、じっとその様子を見ている。
クナはなるべくゆっくりと身体を動かしながら、説明を続ける。
「弓を立てながら、矢筒から矢を引き抜いて……ぐっ、と弓を引き絞って、矢を放つ」
シュパッと風を裂いて放たれた矢は――狙い通り、訓練場を囲む木の幹へと刺さる。
ふぅ、と小さく息を吐いたクナは構えを解き、リュカへと視線を戻した。
「……以上」
おお、と小さく拍手していたリュカに、「やってみて」とクナは促す。
まずはリュカの腕前を見てみないと、どういう指導をしていいか分からないからだ。
言われた通り、リュカは弓を構えてみせた。
しかし数分前に見たばかりのクナの一射を意識しているのか、全体的に動きがややぎこちない。思った通り、彼の放った矢はまっすぐには飛ばず、へろへろとした軌道で地面に落ちてしまった。
「リュカ、もう少し肘を引いて」
「おへその下を意識して。腕の力だけで弓を扱わないように」
「顎もぐっ、と引いて。今の腰の位置を覚えて」
リュカの構えを逐一確認しながら、クナはそう声かけして指導する。
それが十回ほど続き、次にリュカが放った矢は幹を掠めた。
「うん。筋はいいと思う」
「本当かっ?」
息が上がっているが、喜色満面になるリュカ。クナはうんうんと頷いた。
「あとは動く獣に矢が命中するようになるまで、練習し続けるだけだね」
「それが難しいんだけど……何かコツってあるか?」
クナは滑らかな口調で答える。
「身体に動きを染みつかせるのは最低限のこと。実戦で使うのに重要なのは、相手の動きを読むことだね。自分が相手の立場だったら、どんな速度で動いて、どっちに逃げるか。魔獣の観察を何百回、何千回と続けていれば、種族特有の動きも頭に入ってくるよ。もちろん、季節や時間帯なんかによっても例外はあるけど、そこは狩人としての読みが大事かな」
(これで伝わったかな)
と、クナは手応えを確かめようと背の高いリュカを見上げたのだが――。
彼は目を点にして、完全に硬直してしまっていた。
「……………………」
「……………………」
二人の間に、夜の帳のように長い沈黙が下りる。
数秒の間を挟んで、リュカが口を開いた。
「クナ。オレ、ひとつだけ分かったことがある」
「……うん」
ぐしゃっと顔を歪めたリュカが、悔しげに叫ぶ。
「オレ、初心者すぎて、クナに弟子入りするレベルに達してない……!」
「…………わんっ!」
そんなリュカを慰めるように、ロイが一鳴きした。







