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 戦勝祝賀会は物資不足など少しも感じさせない豪華なものだった。出立前のパーティに負けず劣らずたくさんの人が羽根飾りをそよがせて踊っており、部屋の隅には軽くつまむのにちょうどいいデザートが星の数ほど並べられていたため、節制を余儀なくされていたヘルジュもついつい多く手が伸びてしまった。


 やがて国王が舞踏会の途中で会場を後にし、別室に戦争の功労者を呼び集めた。


 各騎士団の幹部を初めとして、第二王子のマーティンや、総司令官のエイノが王の御前で膝をついて待つ。


 国王はひとりひとりに勲章を渡しながら、親身なねぎらいの言葉をかけていった。


 ヘルジュもエイノに連れられて、彼の出番が来るまでひたすら床に視線を落として平伏していた。


「そなたが敵国の最大港聖ラビオンを死守しておったおかげで、敵も早期に前線を下げざるを得なかったのだ。改めて礼を言う。スールキヴィ、ジョギ、キンドラスの戦いでもそなたは……」


 王はエイノが活躍したいくつもの戦役のひとつひとつを記憶していて、それぞれに賛辞を惜しまなかった。そのため、エイノが何をしていたのかあまりよく知らなかったヘルジュにも彼の偉大さがよく分かって、感動してしまった。


(新聞などでも積極的に『知将』と喧伝されてらしたのはこのことだったんですね。旦那様ったらすごい……)


「そなたがシファか」


 自身を部外者と思い込んでいたヘルジュは、国王が彼女にも温和に話しかけてきたとき、とっさには何も言い返せなかった。


「結婚したばかりのそなたらを引き裂いたことは相済まなく思っておる」

「い、いえ、そんな……」

「しかしそなたの夫は、祖国を守るために立派に戦ったのだということを忘れないでもらいたい。そなたらが失ったものを埋め合わせていく手助けは惜しまぬゆえ、困りごとがあればいつでもわしのところへ来い」


 ヘルジュは震える声で「ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。


(私は、どうせすぐに離婚される身なのですが……)


 口が裂けても言えない本音を胸に秘め隠したまま。


(こんなところまで私がしゃしゃり出てきてしまったせいで、なんだか誤解されている気がします)


 エイノが来て欲しいと言うので何も考えずについてきてしまったが、まさかこれほど大事になるとは。


 国王は声かけの儀式が終わったあともエイノをそばに置きたがった。椅子に座す国王と、すぐそばに立つエイノを、戦勝功労者のお歴々が取り囲んでしまう。


「あのときの戦いぶりを父上にもお見せしたかったですよ! 敵のふいをついて完膚なきまでに叩きのめしたのですから」


 第二王子の武勇伝がさっそく響き渡り、楽しげな歓談が始まった。


 ヘルジュは完全に部外者だったこともあり、他のご婦人がたと一緒に壁際まで下がろうとしたが、エイノがしっかりと腰を抱いていたので阻まれてしまった。


(ど、どうしましょう……っ)


 傍らのエイノを戸惑いながら見上げれば、「ん?」と甘い笑みが返ってくる。


「疲れたか? もう帰りたい?」

「い、いえ、そんな、滅相もないです……っ! とても元気です!」


 本音を言えば、下がれるものなら下がりたかったが、さすがに国王の御前で愚痴を披露するほどの勇気はない。


 とはいえ、心許ない気分で立っているのも確かだったので、こそこそとエイノにだけ聞こえる声で聞いてみることにした。


「私は、ここにいてもいいのでしょうか?」

「ああ。そばにいてほしい」


 さらりと恋人同士の距離で言われてしまっては、免疫のないヘルジュにはなす術もない。


 ドギマギしていたら、さっそくその様子を第二王子のマーティンが見とがめた。


「見せつけるじゃないか、エイノ!」

「当たり前でしょうが。三年越しにようやく再会したばかりなんですよ」

「これですよ、父上! あの『氷の騎士団長』が戦争そっちのけで妻からの手紙に一喜一憂しているんですから、私たちはいよいよもうこの国もおしまいなのではないかと青くなったものです」

「やめてくださいよ」


 エイノが少し焦ったように制止するので、マーティンの言葉が裏付けられてしまい、ヘルジュはますます身の置き所がなくなった。


 マーティンはヘルジュにもにこりと微笑みかけた。


「奥方にもぜひ見せてさしあげたかった! けなげに留守を守るあなたの手紙を肌身離さず持ち歩いて愛おしげにキスをしている姿を!」

「本当に勘弁してください……」


 好奇の視線から顔を隠すように手で押さえるエイノの仕草に、ヘルジュはとくん、と不思議な高揚感を味わった。


(あら……なんだか、お可愛らしい……?)


「何があっても顔色ひとつ変えなかった冷酷なこの男がですよ、奥方のこととなるといとも簡単に微笑み、目を潤ませるのですから、それはもう見物でしたよ」


(私の手紙などでそんなに喜んでくださっていたなんて……)


 義務的な関係でしかないと思い込んでいたので、エイノが手紙のことを言っていても、ヘルジュにはピンと来ていなかった。


 しかし、マーティンのおかげで、遅ればせながら実感が湧いてきた。


「惚れ込んでいることは否定しませんが」


 エイノが開き直ったように言うので、周囲はどっと湧いた。


「私が戦争の立役者だとおっしゃるのならば、彼女は勝利の女神でしょう。真の功労者は彼女ですよ。私の愛しいシファですから」

「あの劇もよかったなぁ! 昨日のことのように覚えていますよ、幼さの残るあどけないシファが、大きな瞳を今にもこぼれ落ちそうなくらい見張っていて、それはもう無垢で神々しくて愛らしい――」

「嫌らしい目で見るのはやめていただけますか。私の妻ですよ」


 歓談は夜更けまで続き、国王が就寝してしまうころには、ヘルジュの見る目もすっかり変わっていた。


(私のことを、儀式の間に合わせ要員から、筆まめな知人に格上げしてくださったのですね)


 少しは親近感を覚えてくれたということだろう。


 ここ数日甘やかされていたせいで、少しではなく、かなりなのではないかとうぬぼれてしまいそうになったが、まだ分からない。


 知人には元から甘い人なのかもしれないから。


 深夜に宮殿を後にし、帰宅して、衣装のすべてを取り除くころにはもう朝になっていた。


 ぐったりとベッドに倒れて眠りにつく。疲れて身体は泥のように重かったが、エイノが見せてくれた意外な一面のおかげで、気分は安らかだった。


◇◇◇


 翌朝、朝からカジャに長々とバスタブにつけ込まれてチキン料理にされたヘルジュが命からがら食堂に逃げ出すと、見慣れない紳士がエイノと談笑していた。


「あぁ、ヘルジュ、おはよう。朝から触りたくなるような肌をしているな。とてもいい」


 ヘルジュはエイノの甘い空気に呑まれないよう、ぎゅっと服の裾を握りしめて耐えた。さもなければ、締まりのない妙なニヤニヤ笑いを人前でさらすことになっただろう。


「ドクター、彼女がヘルジュ、私の妻だ」


 ドクターと呼ばれた男性は、ちらりと山高帽を脱いで、また元に戻した。いいお年なのか、真っ白な髪が垣間見えた。


「私は宮廷医のトムソンです。従軍医師としてスレースヴィ公爵のご診察も何度かしておりました」

「そうだったんですね。あの、エイノ様は、どこかにお怪我を……?」

「けがはない。まったく元気だ」

「ええ、いたって健康ですとも」


 ドクターはヘルジュを安心させるように断言してから、「おお、いかん」と声を上げた。


「君の部屋にパイプたばこを置いてきたかもしれん。ちと行って見てきてくれんか」

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― 新着の感想 ―
[一言] 乙です。 ああ、精神病んでおかしくなってるの突きつけられるのかな
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