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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第三章 さらなる旅路
95/143

95 ショータイム その1

いつもありがとうございます。


今回から5話ほど、ひたすらギャグを披露するだけの回が続きます。

ストーリーは進展しないので、読み飛ばしていただいても大丈夫です。


よろしくお願いします。

 最初の挑戦者は、ジョージだった。遠藤に名を呼ばれ、部屋を出ていく。

 ジョージがどこに連れて行かれたのかが気になったが、その疑問はすぐに解決した。突然、部屋の隅に置かれていた大型テレビに映像が映し出されたのだ。映っているのはどこかの部屋のようだ。天井のカメラで、部屋の手前から奥に向かって撮影している映像のように見える。


 その部屋の中央より少し手前に、スタンドマイクが置かれていた。その少し奥、ちょうど部屋の中央付近にあるのは、5:00:00と表示されたモニターだ。制限時間は5分だと、遠藤が言っていたはずだ。おそらくモニターの数字がそれに違いない。始まると同時に減っていくのだろう。

 左右の壁際には長机がいくつも並べられ、その上や周囲にさまざまな物品が置かれていた。食材、食器、日用品、衣類、文房具、書籍、玩具、植物、工具、楽器、スポーツ用品、家電など、その種類は多岐に渡っている。これらが自由に使っていいという小道具なのだろう。


 部屋の奥では、制服姿の少女が高級そうな椅子に腰をかけていた。高校生だろうか。少女は眼鏡をかけ、口を真一文字に結んでいた。これが最近笑わなくなったという金田の娘であるに違いない。

 椅子の左右に2人ずつ、黒ずくめの男たちが立っている。男たちはみな若く、揃いも揃って屈強だ。娘を万が一の事態から守るために雇われた、ボディーガードたちなのだろう。



 やがてジョージが入室し、マイクの前に立った後ろ姿がテレビに映る。と当時に、ピーッという電子音がテレビから流れてきた。そして、モニターの数字が減り始める。ジョージの5分間が始まったようだ。

「オイラ、ジョージ! オイラはギャグが大好き~!」

 ジョージの楽しそうな声が聞こえてくる。現場のマイクが拾った声は、この部屋でも聞くことができるようになっているようだ。


「さぁ、スタートしますたー、っと」

 ジョージは右側の壁際に走ると、迷うことなくいくつかの小道具を手に取り、すぐにマイクの前に戻った。時間にしてわずか数秒だった。

「湯呑みくん、オイラのこと知ってる? どぅーゆーのーみー?」

 言葉と同時に、ジョージは手にした小道具の一つを勢いよく前に突き出した。もちろん湯呑みだ。

「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 直後に響き渡る笑い声。その声の主は、金田の娘……ではもちろんない。ケールだ。

 

 3ボケで唯一ボケない男、ケール・ホワイト。笑いの沸点が異様に低く、どんなギャグにでも笑わずにはいられない。その笑い声は多種多彩かつ常軌を逸しており、聞いた者を一瞬でしらけさせてしまう効果を持つ。

 ケールにとって幸運だったのは、この部屋で笑うことまでは禁止されていないことだ。笑い声以外の言葉を発さなければ問題ない。好きなだけ笑うことができる。



「みんなコップなのに、ユーのみ湯呑み?」

 ジョージは湯呑みを突き出したまま、次のギャグを飛ばした。

「アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 だが、笑ったのはケールだけだった。娘は全くの無反応だ。


「この割箸、わ~、リバーシブル!」

「ヤカンを蹴っとる場合じゃないよ!」

「このスプーン、重くない!? 本当に軽量スプーン?」

「このはかり、向こうが透けーるね!」

 ジョージは小道具を持ち替えながらさらにギャグを飛ばすが、ケールに大きな、ボディガードたちに小さな笑いをもたらしただけだった。娘は全く笑わない。



「次こそはね~、クスっと笑わせるよ~!」

 ジョージは小道具の交換に向かい、すぐに戻ってきた。全く迷っていなかった。目についたものを手当たり次第に持って行っているようにすら見えた。

「このノートに、ノーと書きなさい!」

「帳面を書くの、超面倒くさい~!」

「それ、閻魔帳? うわ~、えんまちょ(えんがちょ)!」

 ノートを使ったギャグ3連発も、娘には通用しなかった。


「オイラのこの靴、コンパース!」

「このクレヨン、オイラにくれよん!」

「さしを使って、サシで勝負だ!」

「一人だけチョークだから、超浮く!」

「タンゴ調の音楽を聴きながら、単語帳でお勉強~!」

 文房具を持ち替えながら、ジョージは次々とギャグを紡ぐ。しかし、目的達成には至らなかった。



「まだまだ行くよ~!」

 ジョージは次の小道具を持ってきた。迷ったり考えたりしている時間は、やはり皆無だった。

「おい、小姓! この胡椒、故障しておるぞ!」

「主が砂糖に殺到!」

「急にしおらしくなったから、これは塩らしいね!」

「醤油の魅力をShow you!」

「これがソース? どこ情報? ソースは?」

「この調味料たちに、超魅了された!」

 流れるような動きで淀みなくギャグを飛ばす。今回は調味料を使ったギャグのようだ。ボディーガードの男たちには好評だったが、娘の無反応を止めることはできなかった。



 ジョージが次に持ってきたのは、一本の杖だった。

「この杖、つえー!」

「あの杖、すてっき!」

「スタッフ、その杖をどけろ!」

「わーん、どの杖が僕の!?」

「ロッド(ちょっと)待って! 杖はどこ!?」

「この杖、たけーんだよ!」

 ジョージは間髪を入れず連続で畳みかけたが、やはり娘の笑顔を引き出すことはできなかった。



「カンラカラカラカンラカラカラカンラカラカラカンラカラカラ~~!!」

「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホ!!」

「ブヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!」

 待合室の中には、ただケールの笑い声だけが響いている。他の者の笑いはないに等しい。笑っても、ケールのせいですぐにしらけてしまう。ゲンも何度か吹き出しそうになったが、すぐに止まった。

 それにしても、どうして他の挑戦者のネタが聞こえるようになっているのだろうか。これでは後になればなるほど有利になるのではないだろうか。

 ゲンの出番は最後だ。ここにいる全員のネタを見られる可能性がある。どうやって笑いを取りに行くかはまだ決めていないが、ジョージたちの言動からヒントを得られるかもしれない。



 ジョージはまた別の小道具を持ってきた。毎回何らかのテーマで統一されている。今回は手芸用品のようだ。テンポよくギャグを連発した。

「このリッパー、とっても立派!」

「この待ち針、マッチばりの太さがあるね!」

「このルレットを賭けて、ルーレットで勝負だ!」

「ここは糸通し器について語るスレだー!」

「このシンブル、とてもシンプルだね!」

「フェルトが減ると? 増えると?」


 続いてのテーマは野菜だった。

「しょうがないから、神社で生姜をもらってきたよ!」

「キャ! ロットが違うよ、この人参!」

「ほう、連想ゲームでホウレンソウかね!」

「キュウリが好きな急患、婆ちゃんだったよ!」

「クレソンを俺にくれ! 損はさせない!」

「おい、カイワレ! なめとんかい、ワレェ!」


 次に選んだギャグの対象は果物だった。

「アボカドがいっぱい! アボガドロ数くらいあるんじゃない?」

「マルメロを丸めろ!」

「キンカンって金管楽器?」

「デザートはチェリモヤだけやないで! チェリーもや!」

「このイチゴとの出会いは、一期一会!」

「プルーンがぷるんぷるん揺れてるよ!」


 今度は加工食品だった。

「双子の好物は、ソーセージ!」

「ウインナーが、ウィナー!!」

「歯向かわずにハム買ってきなさい!」

「ベーコンが、ベコンってへこんだ!」

「納得して、納豆食う!」


 次は工具だった。

「レンチをレンチン!」

「あれがこのスパナを買ったスーパーな!」

「やっとこさやっとこを手に入れた!」

「これ、カンナだかんな!」

「あの子、ギリギリのこぎりを避けた!」

「このタッカー、たっか~!!」

「お前にげんのうは、あげんのぅ~!」



「ジョージのやつ、すげーな……」

 ゲンは心の中で呟いた。驚きを隠さなかった。

 見ただけで思いつくのか、頭の中にたくさんストックしているのか、ジョージは止まることなく次々とギャグを飛ばしている。ゲンにはとても真似できないだろう。

 ジョージのギャグを聞くまで、その名称や存在そのものを知らなかった品物もいくつかある。ゲンの知識が偏りすぎているせいもあるが、ジョージの博識ぶりにはただただ感心するしかなかった。


 

 続いては楽器を使ったギャグだった。

「リコーダー吹けるの? 利口だね~!」

「フルートって、振るーと音が出るの?」

「オカリナって、おっ、かりーな!」

「言ったよね? カスタネットに掠ったねっ、と!」

「これがハーモニカのハーモニーか!」


 続いては電化製品だ。

「これって掃除機? そう? じきにわかる?」

「葬式中に掃除機かけたの誰? そうじき(正直)に言いなさい!」

「ああ、異論はないよ。これはアイロンだ!」

「そのドライヤー、どないや~?」

「殿堂入りしたから、殿堂歯ブラシって言うんだよね?」

「タブレットのタブー、レッドは選ぶなよ!」


 次は植物を持ってきた。造花かもしれない。

「ひ~、周りはヒマワリばっかり~!」

「ハイビスカスを配備? スカスカじゃねぇか!」

「アザレアの形をしたアザ、レアだね~!」

「アジサイっておいしいよね~。味最高!」

「あーね、もうね、アネモネってキレイだよね~!」


 さらに洗濯・掃除用品で畳みかけた。

「洗剤さん、がんばって! 潜在能力を見せて!」

「この箒、放棄します!」

「布巾はその付近に置いておいて!」

「タワシ渡したワシ!」

「洗濯ばさみがない! ピーンチ!」

「手作りのハンガーが壊れた! ああ、俺の1時間半が~!」


 次はスポーツ用品に切り替える。

「このスパイクで、スパ行く~!」

「こんなに重いプロテクターつけても、プロってクタクタにならないの~?」

「竹刀は市内で購入しない!」

「あと、バンテージがあればアドバンテージが取れそうだね!」

「浮き輪を見ると、ウキウキワクワク~!」

「金属バットのお詫びに、ここにある金ぞ配っとけ!」

「ホイッスルだ。ほいっ! ……スルーかよ!」

 

 次は書籍を持ってきて、さらにギャグを飛ばす。

「図鑑が爆発しちゃった! ズカ~ン!!」

「この漢和辞典には、規制緩和時点の情報が載ってるよ!」

「おかしいな~? ドリルなのに穴が開けられないよ~!」

「この本、テキストに適すと思ってる?」

「っしゃあ! 信州の写真集ゲット!」

「週刊誌を守るため、みなの衆、監視を頼むぞ!」


 今度はおもちゃを使ったギャグだ。

「とってもめんこい! このメンコ、いい!」

「このメンコ、君の? メンゴメンゴ!」

「だるま落としやったらダル~。ま、お年だからね~!」

「追っ手だ! まぁ、お手玉で撃退してやるよ!」

「けん玉では負けん! 黙れ!」

「げっ! ムキになるな、ゲーム機くらいで!」




「あと10秒~。オイラは重病~」

 気がつけばタイマーは残り10秒を示していた。ジョージは机に走り、いくつかの品物を掴んでマイクの前に戻ってきた。

「オイラ、全力をくつした(尽くした)けど、屈したよ!」

 靴下を持ってギャグを叫ぶ。

「パンジー、急須(万事休す)!」

 次に花と容器を掲げて叫ぶ。そこでタイマーは0になった。その直後、ピーッという電子音が流れた。時間切れだ。ジョージのギャグはそれなりにウケていたように見えたが、娘を笑わせることはついにできなかった。


 次の瞬間、テレビの画面が黒くなり、何も見えなくなった。一切の音声も聞こえてこなくなった。

 ゲンが見たかったのはその先だ。娘を笑わせられなかったらどうなるか、その顛末を知りたかった。外で会った老婆の話から考えて、失敗したら地下に閉じ込められ、何らかの罰を受けるのではないかとゲンは予想している。だが、肝心なところで映像が途切れてしまった。



 やがて部屋の扉が開き、遠藤が入ってきた。そして、次の挑戦者の名が告げられた。

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