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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第三章 さらなる旅路
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94 邂逅

「……すげーな。めちゃくちゃでけー家じゃねーか」

 御殿のような大豪邸の前に、ゲンは立っていた。ここまで大きな家を見たのは初めてだ。ここグランデの町に、こんな豪邸があるとは思わなかった。とある資産家の家だという。

 その資産家とは、持田ではない。持田の知人で、金田富裕という男だ。持田以上に財を成しているという。

 ゲンは持田に教えられ、躊躇なくここにやって来た。10億を手に入れられるかもしれないからだ。


 龍之介が飛び去ったあと、ゲンはすぐに持田を探した。まだ遠くに行っていないだろうと判断し、声をかけられた場所まで引き返した。そこを中心に少しずつ範囲を広げながら、手当たり次第に探し回った結果、遂に再会を果たした。

 だが、ゲンの目論見は脆くも崩れ去った。盗難を理由に小切手の再発行を依頼したが、当然のように断られた。そして、代わりに紹介されたのが金田の家だ。

 金田はある悩みを抱えており、それを解決すれば、何でも欲しいものがもらえるという。金に糸目はつけないつもりらしく、おそらく現金10億でも大丈夫だろうというのが、持田の見立てだ。



「……笑わせただけで10億くれるとか、さすがに嘘松だろ。そんなんで大金が手に入りゃ苦労しねーよ」

 ゲンは鼻で笑った。

 金田の悩みとは、一人娘がある日を境に一切笑わなくなってしまったことだという。とにかく娘の笑顔を見たいというのが、金田の望みだ。それゆえ、娘を笑わせることができる者を探している。笑わせることができれば、何でも好きな報酬を得られる。もし成功したなら、ゲンはもちろん現金10億を所望する。

 

 ダジャレやギャグを披露して笑わせればいいだけなら、こんなに楽なことはない。ゲンも少しは腕に覚えがある。とっておきのネタを連発すれば、うまくいく可能性は十分にあるだろう。

 だが、ゲンは半信半疑だ。高額な褒美から考えて、そんな簡単な依頼であるはずがない。世の中に面白い人間はごまんといる。既に数多くの猛者たちが挑戦しているはずだ。にもかかわらず、いまだに成功者が一人もいないというのも、相当な難題であることの証左たりえる。


 金田の娘は、おそらく何らかの事情により塞ぎ込んでいるのではないだろうか。笑わせるというのは、おそらくそれを解決して笑顔を取り戻すという意味なのだろう。

 大事にしていた宝物をなくしてしまい落胆している、想いを寄せていた相手に逃げられて涙に暮れている、不審者にずっと付け回されて困り果てている、怪奇現象が立て続けに起きて怯え切っている、などさまざまな状況が考えられる。

 いずれにしても、簡単に解決できるような問題ではないに違いない。何日もかかるような長丁場になる可能性もある。ゲンは今日中に大金が必要だ。長期戦になりそうな課題なら、残念ながら諦めるしかない。



「……やめておいたほうがええ。その家には関わらんほうが身のためじゃ」

 背後からの声に振り向くと、そこには一人の老婆が立っていた。腰は曲がり、杖を突いている。

「どーゆーことだ……?」

 ゲンは怪訝そうな表情を浮かべた。これから訪ねようとしているゲンにとって、その言葉は聞き捨てならなかった。

 

 老婆によると、金田の家に入っていく者が最近頓に増えたが、出てくる者はなぜか全く見かけないという。老婆の知らない裏口などが存在している可能性も排除できないが、もし事実であるなら、入ったら二度と出てこられないということになる。

 また、それと時を同じくして、夜になるとどこからともなく不気味な声が聞こえてくるようにもなったという。その声は、呻いているようにも、泣いているようにも聞こえる。近隣住民たちの間では、金田の家の地下から聞こえてくるのではないかと噂になっているようだ。

 

 金田の家に入ると地下に閉じ込められ、出てこられなくなる。老婆の話から考えると、そういう結論に達する。ただ、確証はなく、憶測の域を出ない。老婆の話が真実であるとも限らない。

「すまねーな。それでもオレは行かなきゃなんねーんだよ」

 老婆の忠告を聞き入れることなく、ゲンは金田宅の呼び鈴を鳴らした。



「……用件は?」

 ドアホンから、男の声が聞こえる。若い男のようだ。金田だろうか。

「例の件で来た。持田の紹介だ」

 持田から教えられたとおりにゲンは答えた。応募者の殺到が予想されるため、紹介がなければ入れないようになっているという。

「では、合言葉を。山」

「盛? 大盛? 特盛? いやいやいや。男は黙って、まんが盛り!」

 ゲンは声高らかに唱えた。もちろん持田から事前に情報を仕入れている。なかなか個性的な合言葉だ。これも金田が考えたのだろうか。

「いいだろう。入れ」

 鍵が開いたような音がした。




 スーツ姿のその男は、遠藤と名乗った。先ほどドアホン越しに話したのと同一人物だ。この家に住み込みで働いているという。

 遠藤によれば、金田の娘を笑わせるというのは、字面どおりの意味のようだ。すなわち、とにかく面白いことをやって、笑わせればいい。漫才でもコントでも漫談でも、何でもいい。小道具の使用も禁止されていない。持ち込んでもいいし、用意されているものを使ってもいい。そして、制限時間は5分。5分以内に一回でも笑わせることができれば成功だ。

 報酬には現金10億を希望する旨を伝えたが、却下されることはなかった。成功すれば本当に10億がもらえるということなのだろうか。それとも、どうせ失敗するのだから、どんなに高額でも問題ないということなのだろうか。


 ゲンは応接間の前にいた。ここが待合室になっており、他の挑戦者たちも中にいるという。金田の娘が今は不在で、戻ってくるまでここで待機しなければならないようだ。

 中では一切言葉を発することができず、座って待つこと以外は許されていない。行動は常に監視されており、違反すれば即失格となる。公平を期すためなのかもしれない。会話も練習もネタ合わせもできないため、全員が同じ条件になる。

 遠藤に促され、ゲンは中に入った。そして、先客を見て驚かずにはいられなかった。思わず叫びそうになるのを必死でこらえた。偶然か必然か、幸か不幸か、まさか6人中5人が見知った顔だとは思わなかった。




 ゲンの右隣に座り、所在なさそうにしている一人の少年がいる。その少年の名は、ジョージ・ギャーグ。息をするようにギャグを飛ばし、貶されるとキレて豹変する、あのジョージである。ただじっと黙って待たなければならないのは、ジョージにとっては何よりも辛いだろう。

 短い間だったが、ゲンはジョージと行動をともにしたことがある。ジョージに助けられたこともあれば、キレたジョージに殴られたこともあり、話題には事欠かない。

 ところで、どうしてジョージがここにいるのだろうか。魔王グランツに気に入られ、喜んでついて行ったはずだ。まさかこんなところで会うとは思いもしなかった。

 グランツに命じられて、大金を獲得するために参加しているのだろうか。欲しいものがあり、自分の意志で来ているのだろうか。そもそも、今もまだ魔王の陣営に加わっているのだろうか。

 確認しようにも、話せないのならどうしようもなかった。


 ゲンの左に少し離れて座っているのは、この中でゲンが唯一知らない男だ。上下ともデニムで、長髪に赤いバンダナを巻き、サングラスかけている。大事そうに小脇に抱えているのは、年季の入ったギターだ。

 そのいで立ちから、男がギターの弾き語りで笑わせるのであろうことは、容易に想像がついた。一般人なのだろうか。そういう芸風の芸人なのだろうか。

 少しでも男の情報を得たかったが、会話ができないせいでどうしようもなかった。


 斜め前にはタキシードを着た3人組が座っている。中年、青年、少年という一風変わった取り合わせだ。その3人の名がボブ・クーゼット、サム・スーギル、ケール・ホワイトであることを、ゲンは知っている。3ボケというトリオを組んでいることも、もちろん知っている。ゲン自身が結成させたからだ。

 サムがボケて強制的に凍てつかせ、ボブもボケて問答無用で笑い転げさせ、ケールはボケずに笑って否応なくしらけさせる。これを何度も何度も繰り返すのが、3人の持ち味だ。世界広しといえども、この3人にしかできない芸だろう。

 それにしても、どうして彼らが今ここにいるのだろうか。金田が娘を笑わせようとしているなら、真っ先にお呼びがかかってもおかしくはない。3人はとっくに挑戦しているものだと思っていた。

 聞きたいことはあるが、喋れない以上どうしようもなかった。


 正面に座る男が、射抜くような鋭い視線でゲンを睨みつけている。黒縁眼鏡とチョビ髭が特徴的なその男は、ノリィ・マークリーという。特定のボケに反応して長い長いノリツッコミに興じる、あのノリィだ。

 睨まれている理由には心当たりがある。ノリィから見れば、ゲンは殺人犯だ。しかも、処刑場から逃げ出した逃亡犯でもある。ゲンに対して相当な怒りと憎しみを抱いていることだろう。ここではない場所で再会していれば、即座に逮捕されていたに違いない。

 ゲンが殺人事件に巻き込まれ、そしてノリィに捕まったギルティの町は、魔剣ジョヒアの攻撃を受けて無に帰した。ノリィも町とともに消滅したのではないかと思っていたが、無事だったようだ。

 それはそうと、何が目的でノリィはここにいるのだろうか。潜入捜査なのだろうか。老婆が言っていた不気味な声の正体を探るために、挑戦者としてこの家に入り込んだのだろうか。

 真相を知りたかったが、言葉を発せないためどうしようもなかった。



「こりゃマジでやべーな……。こいつらがいるとか、聞いてねーぞ……」

 ゲンは心の中で呟いた。焦りを感じずにはいられなかった。まさかこのメンツとこんなところで再会するとは思わなかった。いずれ劣らぬ曲者ばかりだということはよくわかっている。唯一知らないギターの男も、ダークホース的な雰囲気を漂わせており、決して侮れない。

 誰がどういう順番で挑戦するのかはわからないが、ゲンが最後ということだけは確かだ。誰かが先に金田の娘を笑わせたら、褒美を持って行かれてしまう。

 いまだに成功者がいないことからもその難易度の高さが窺えるが、このメンバーなら可能性はありそうだ。特に、ボブを擁する3ボケがその筆頭候補だろう。

 仮にゲンまで順番が回ってきたとしても、この錚々たる顔ぶれでも笑わせることができなかった金田の娘を、たった5分で笑顔にする自信は全くない。

 

 ゲンの運命を左右するであろうお笑いショーが、今まさに始まろうとしていた。

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