91 法外
いつもありがとうございます。
第三章、開幕です。
月1~2回のペースで更新できればと思っています。
よろしくお願いします。
「……ここは、どこだ?」
目を覚ますと、視界には見知らぬ天井が広がっていた。自分がベッドの上に横たわっているのだとすぐにわかった。
服装は全く変わっていない。Tシャツにジャージパンツという、従来どおりの出で立ちだった。
ここは病院だろうか。だが、病室にしては調度が多く、生活感に満ちた部屋だった。
壁にかけられた時計は9時過ぎを示している。外は明るい。夜でないことは一目瞭然だった。
ベッド脇のサイドテーブルには、見覚えのある小さな球体が置かれていた。橙色と黄色、そして赤色。全部で3つある。橙色はザイクが落としたという陽の宝珠、黄色はジュリアスから入手した風の宝珠だ。帝国での死闘や悲劇が夢などではなく、紛れもない事実だということを改めて思い知らされた。
だが、赤色は初めて見る。おそらく火の宝珠に間違いないだろう。どうしてここにあるのだろうか。手に入れた覚えは全くない。
一体何がどうなっているのか、どうして自分がここにいるのか、全く理解が追いつかなかった。ロキがジュリアスを倒したことは記憶している。ジュリアスが風の宝珠を落としたことも思い出せる。突然強い揺れを感じたことも覚えている。だが、そこから先の記憶が一切ない。
「……目が覚めたようですね。おはようございます。体調はいかがですか?」
部屋の扉が開き、白衣姿の男が入ってきた。丸い眼鏡をかけた、細身の男だ。見るからに穏やかそうな人柄は、その口調にも現れていた。
「オマエは土岐完二(CV:広島博司)じゃねーか!」
初対面だが、ゲンは声だけで相手の正体に気づいた。
土岐完二、45歳。どの作品にも登場しない、設定だけ考えて放置されているキャラクターの一人だ。
完二は病気や怪我を一瞬で治すことができる。だが、医者でもその卵でもない。医学の知識も一般人と大差ない。にもかかわらず、不治の病や瀕死の重傷を癒し、再生不能な組織すら蘇らせることができる。
その方法は、時間の操作だ。発病や負傷前の正常だった状態まで患部の時間を巻き戻すことで、さまざまな疾病を治すことができる。
病根を絶つわけではないため再発の可能性までは排除できないことと、異常のなかった期間が必要なため先天性の疾患には効果がないことは如何ともし難いものの、まさに究極の回復手段と言っても過言ではないだろう。
完二によると、ここはグランデの町だという。そして、ここは完二の自宅だ。ゲンは完二の寝室に寝かされていた。
グランデといえば、かつてゲンたちも滞在したことのある町だ。魔剣ジョヒアによりいくつもの町が消滅したが、この町は運よく難を逃れることができたようだ。
ゲンは以前、この町でビルの屋上から転落したことがある。経緯は全く覚えていないが、気がつけば助かっていた。その後、町外れの倉庫で火の精霊使いである穂村克己と戦った。穂村の前に手も足も出なかったが、駆けつけた龍之介に助けられた。逃げた穂村を追って、龍之介はどこかへ飛んでいった。
ゲンをここに運んできたのは、その龍之介だという。龍之介は穂村の標的にされ、立て続けに遠隔攻撃を受けていた。その後の安否がずっと気がかりだったが、無事だったようで一安心だ。
ゲンたちと別れた後、龍之介は克己を見つけ出し、壮絶な戦いの果てに撃破することに成功したという。倒された克己が落としたのが、件の火の宝珠だ。
その直後、龍之介は魔剣が放つ邪悪かつ巨大なエネルギーを感じ取り、すぐさま帝国に向けて飛んだ。邪なオーラは途中で消えたものの、妙な胸騒ぎを覚えた龍之介はそのまま飛び続け、そして城を見つけた。
到着したとき、城は激しく揺れており、いつ倒壊してもおかしくない状況だった。龍之介は城内で崩れた天井の下敷きになっていたゲンを見つけ、瓦礫の山から救い出し、城が崩れる寸前で脱出した。
ゲンは意識がなく、瀕死だったという。全身がひどく損傷しており、見るに耐えない姿だった。いつ死んでもおかしくない状態だった。龍之介は迷わずゲンをここに連れてきた。手の施しようがない重篤者でも、完二なら助けられる可能性が高いからだ。
完二はすぐさまゲンの全身の時間を戻した。救出した時刻を龍之介が正確に記憶していたこともあり、ほぼ受傷する直前と呼べる時点に戻すことができた。脳の時間を戻せば記憶も失ってしまうが、幸運なことに最小限の消失ですんだようだ。城が揺れ始めたところまでは覚えていることが、それを物語っている。
その後、ゲンは朝まで眠り続け、今ようやく目を覚ましたのだった。
「そーいや、龍之介は? いねーのか?」
ゲンは部屋を見回した。龍之介の姿はどこにも見当たらなかった。
「龍ちゃんなら、あなたの体が無事に元に戻ったのを見届けて、すぐに帰っていきました。帰り際に、自分には必要ないからと、その赤い玉を置いていきました」
完二は火の宝珠を指差した。
一回り以上年が離れているが、龍ちゃん完ちゃんと呼び合うほど、龍之介と完二は懇意な間柄だという。かつて完二は怪盗乱麻に財産を奪われかけたことがある。それを身を挺して阻止したのが龍之介で、負傷した龍之介を癒したのが完二だ。それをきっかけに、2人は親交を深めるようになったようだ。
「そりゃしゃーねーな……」
ゲンの顔に落胆の色が広がった。
もし龍之介がいるならいろいろと話がしたかったが、いないのならどうしようもない。
何よりもまず、助けてもらった礼を言いたかった。龍之介が来てくれていなければ、ゲンは今ここにいなかっただろう。
城で仲間たちを見ていないか聞きたかった。城の外ではゴリマルドたちが戦っていたはずだ。城の中にはロキやケンジアもいたはずだ。その安否が気になった。
克己を倒したことも労いたかった。超人的な力を持つ龍之介でなければ、倒すことは困難だっただろう。戦わずして宝珠を入手できたのは、幸運としか言いようがない。
そして、あわよくば仲間に誘いたかった。龍之介が加入すれば百人力だ。旅が非常に楽になる。
「……龍之介から聞いてるかもしんねーが、オレは作者だ。さすがのオマエでも、まさか作者から金取ったりしねーよな?」
ゲンは恐る恐る尋ねた。完二の施術代が非常に高額であることは、ゲンが一番よく知っている。
完二を頼って駆け込んでくる客は、他の方法では決して治らないであろう重篤な患者が大多数を占める。それゆえ、足元を見たかのような強気すぎる価格設定になっている。
患部の範囲や遡る時間の長さにより大きく変わるが、安くても数百万、高ければ億単位になることも珍しくない。しかも、分割払いはできず、全額を一括で支払うしかない。
代金は原則として先払いだ。後払いも可能ではあるが、わずかな猶予しかない上に、支払期限を一秒でも過ぎれば、効果は容赦なく取り消される。すなわち、巻き戻した時間が元に戻され、施術前の状態に返ってしまうのだ。どこにいようと完二の合図一つで瞬時に取り消せるため、逃げても無駄だ。踏み倒すことはまず不可能だろう。
完二が法外な金額を要求するのには訳がある。妻子を救うために、気の遠くなるような大金が必要という設定なのだ。そのために、心を鬼にして患者に高値を吹っ掛け続けている。
完二には最愛の妻を病気で亡くした過去がある。それまで能力を隠して生きてきた完二だが、妻のためについにその封印を解いた。すなわち、遺体の時間を巻き戻し、妻を生き返らせた。だが、それが冥界の神の逆鱗に触れることとなり、完二はその報いを受けた。
ただし、その矛先は完二本人ではなく、妻と幼い子供たちに向けられた。突然深い眠りに落ち、もう何年も目を覚ましていない。完二の能力をもってしても、起こすことはできなかった。
再び妻子の笑顔を見るためには、冥界神に莫大な金額を捧げる以外にない。その額を具体的に決めているわけではないが、億では足りない金嵩にする予定だった。
「あなたが作者だということは、もちろん龍ちゃんから聞いています。でも、そんなことは関係ありません。料金はきっちりいただきます。締めて10億ダイムです。ご承知のとおり、お支払は現金か振込の一括払いのみです。支払期限は今日中。日付が変わるまでです。もし間に合わなかった場合には、直ちに元の状態に戻させていただきます」
完二の言葉は口調こそ穏やかだが、内容はその真逆だった。
「今日中に10億!? 無理ゲーじゃねーか!!」
ゲンは声を張り上げた。達成はまず不可能と思えるような、とんでもない条件だった。自身の考えた設定が忠実に再現されているだけだが、その理不尽さを痛感せずにはいられなかった。
今日中に10億を用意できなければ、ゲンの体は強制的に元の状態に戻される。全身を激しく損傷した、見るも無残な姿に逆戻りだ。もし戻されれば、もはや助かる術はない。ゲンは確実に命を落とすだろう。
「ちなみに、本来なら30億です。あなたはかなりの重体で、頭のてっぺんから爪先まで、すべての部位の時間を戻すしかありませんでした。だから30億です。通常は一切値引はしないのですが、龍ちゃんから安くするよう頼まれているので、特別価格で10億です。今回限りですので、くれぐれも他言無用でお願いします」
「オレは作者だっつってんだろ! もっと忖度汁! 10億でもたけーんだよ! 払えるわけねーだろーが!」
ゲンは顔を真っ赤にして叫んだ。
「仕方ないですね。それではこうしましょう。100万、1千万、1億、10億。この中から好きな金額を選んで下さい。それを今回の料金とします」
「やっとわかったみてーだな。最初からそーしときゃいーんだよ」
ゲンの顔に明るさが戻った。100万ならなんとかなるかもしれない。この町には寿命を使って回すガチャ、いわゆる寿命ガチャもあったはずだ。前回は使用禁止になっていたが、今は解除されているだろうか。もし使えるのであれば、金策は容易になる。その景品を売れば、すぐに金が手に入る。
買取価格の相場は、1年ガチャが15万、3年ガチャが60万、10年ガチャが300万だったはずだ。100万なら3年ガチャ2回で突破できる。6年分の寿命を失うことになるが、それで命が助かるのなら御の字だろう。
「そんなの100万に決まって――」
「当然ですが、金額によって支払期限は異なります。それぞれ、30秒以内、5分以内、1時間以内、今日中となります。必ず期限内にお支払い下さい」
完二は穏やかな笑みを浮かべながら、穏やかではない言葉を投げつけてきた。100万なら支払期限は30秒以内だという。持ち合わせがあるならともかく、なければ絶望的だろう。
「ふざけんじゃねー! それじゃ意味ねーじゃねーか!」
ゲンは頭を抱え込んだ。




