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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
90/143

90 決着

「……ちくしょー。めちゃくちゃ吹っ飛ばされたじゃねーか」

 ゲンはゆっくりと立ち上がった。強い衝撃を受けて吹っ飛ばされた体は、壁にぶつかるまで止まらなかった。壁に入ったいくつもの亀裂が、その衝突の激しさを物語っている。だが、痛みはさほど感じなかった。

「僕の軽減魔法、どうやら間に合ったみたいだね」

 ゲンの横で、ケンジアも立ち上がる。痛みやダメージが少なくて済んだのは、どうやらケンジアの魔法のおかげだったようだ。それがなかったら、こうして立てていなかったかもしれない。

「2人とも無事で本当に――」

 次の瞬間、ケンジアは壁にもたれかかるように倒れた。目を閉じ、動かない。

「おい、ケンジア!」

「心配ない。力を使いすぎただけだろう。休ませておいてやれ」

 ケンジアに駆け寄ろうとしたゲンを、ロキが制止した。


 何が起きたのか推察するのは、決して難しいことではなかった。ゲンが持っていた聖剣がどこにも見当たらないことから考えると、導き出される結論はただ一つだ。

 聖剣シャントブーリアと魔剣ジョヒアがぶつかり合った瞬間、まるで爆発のような激しい反応が起き、大きな力が放出された。そして、その力が聖剣を消滅させ、さらにゲンたちを吹っ飛ばした。それが最も正解に近い憶測だろう。

 そして、もしそうであるならば、ジュリアスとジョヒアも同じ運命を辿っているはずだ。

 

「そーいや、ジュリアスはどーなった?」

 その問いの答えは、ロキが指差した先にあった。

 部屋の奥にある壁にも大きな亀裂が入っており、崩れている箇所も一部あった。その壁の前にジュリアスは立っていた。頭から血を流し、かなり苦しそうに見えた。足元もおぼつかないようだ。

 魔剣ジョヒアはどこにも確認できない。ジュリアスの手にないのはもちろん、その周辺に落ちているわけでもなかった。町の映像が映っていたモニターのような空間も、完全にその姿が消えていた。

 ゲンたちと同じことが、やはりジュリアスにも起きていたようだ。しかも、被害はジュリアスのほうが大きいだろう。魔剣と聖剣が体のすぐ近くでぶつかり合ったため、受けた衝撃もゲンたちより強いはずだ。ケンジアの魔法で軽減されたゲンたちとは違って、壁に激突したダメージもまともに受けたに違いない。


「おのれ……! よくも余の邪魔を……! 許さぬ……! 許さぬぞ……!」

 怒りに満ちた表情で、ジュリアスは剣を抜いた。もちろんジョヒアではない。豪華な装飾が施されている剣だ。

「貴様たち……、覚悟するがよい……!」

 雄叫びを上げながら、ジュリアスはゲンたちに向かってきた。

「やつは俺が倒す。お前は手を出すな」

 ゲンを手で制すと、ロキもジュリアスに突っ込んでいった。

 

 ロキの背中を無言で見送る。言われるまでもなく、ゲンも同じ考えだった。今のゲンは丸腰だが、もし何か武器を持っていたとしても、ロキを援護するつもりはなかった。この戦いだけは、ロキ自身の手で決着をつけさせてやりたかった。

 魔剣を失ったジュリアスは、もはや恐るるに足らない相手だ。原作どおりであれば、特筆するような技や魔法は持っていない。攻撃方法は剣術に限られ、その腕前はロキとほぼ互角だとされている。決して勝てない戦いではないだろう。



 

 ロキとジュリアスの戦いは、壮絶を極めた。2人の剣が何度も何度も激しくぶつかり合う。鍔迫り合いも幾度となく発生する。双方とも疲労や負傷でかなり苦しいはずだが、それを全く感じさせなかった。

 両者の実力は完全に拮抗しており、一進一退の攻防が続いた。優勢と劣勢が瞬時に入れ替わり、一瞬たりとも目を離せなかった。

 ロキの戦い方は明らかに変わっていた。手足を攻めて移動や攻撃の権利を奪っていたこれまでとは一変して、積極的に皇帝の首や心臓のあたりを狙っているように見えた。その動きから、ロキの決死の覚悟がひしひしと伝わってきた。


「……レト・ジュール、貴様のような優れた剣士を殺すのは惜しい。かつてのように、また余に忠誠を誓うのであれば、許してやらぬこともない」

「ふざけるな! 俺がお前に誓うのは、忠誠ではない! 復讐だ! お前のせいで、俺はすべてを失った! 故郷も、両親も、何もかも! お前だけは、絶対に許さない!」

 ロキが声を荒らげる。剣を振る勢いも増したように見えた。

 ジュリアスに洗脳されていたとはいえ、世界各地の町や村を襲撃して殺戮と略奪を繰り返した過去が、ロキにはある。そして、標的となった村の中には、ロキの故郷も含まれていた。自分の郷里を襲撃して、風の宝珠を奪った。自身の両親や祖父母の命をも奪った。ロキがジュリアスを憎む最大の理由は、まさにそれだ。


「貴様では余に勝てぬ。万が一勝てたところで、余を殺せば貴様も死ぬ。どうあがこうと、貴様は死から逃れられぬ」

「黙れ! お前を倒せるのなら、俺の命など惜しくはない! 刺し違えてでもお前を倒す!」

 ロキはさらに激しくジュリアスに斬りかかる。だが、仇敵にすべて防がれ、勝利には至らない。

「命など惜しくない、という言辞を余は信じぬ。それを口にする者ほど、生への執着は凄まじい。レトよ、貴様の剣筋を見れば一目瞭然。貴様の攻撃は、すべて微妙に急所を外している。貴様には死ぬ度胸も覚悟もない。あわよくば余を殺さずに勝とうとしている。そうであろう?」

「くっ……!」

 図星だったのか、ロキが言葉に詰まる。すかさず後ろに跳んで間合いを取った。


「貴様のような腑抜けに用はない。これで終わりにしてやろう」

 ジュリアスが間合いを詰めた。そして、ロキの攻撃を迎撃すると見せかけて、剣を止めた。斬れと言わんばかりに、自らの首をロキの剣の軌道上に突き出したのは次の瞬間だ。

 それは、レティアンの町で仲間たちを相手に行った練習試合の中で、ゲンがロキに対して使ったのと全く同じ戦法だ。一瞬動きを止めたロキの隙をつき、ゲンが一撃を叩き込んで勝利を収めた。 

 あの時と同じように、ロキはジュリアスの突然の行動に驚き、慌てて動きを止め……ることはなかった。そのまま剣を振り抜く。その動きに迷いは一切感じられず、むしろこの瞬間を待っていたかのようにすら見えた。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 断末魔の叫びとともに、ジュリアスの首が胴から泣き別れた。鮮血とともに宙を舞い、床に転がった。

「……ジュリアスのやつ、わかってねーな。ちったー空気嫁。皇帝の断末魔の叫びっつったら、あれっきゃねーだろーが。なんで『ウボァー!』じゃねーのか、小一時間問い詰めてーぜ」

 ゲンは呆れたように呟いた。




「倒した……。ついに倒した……。俺はジュリアスを倒した……!」

 ロキは拳を震わせながら天井を見上げている。目には涙が溢れていた。

 呪いはまだ発動していないのだろう。ジュリアスを殺めたというのに、ロキの命は失われていない。

「やったじゃねーか、ロキ! 自作自演、乙! オマエの演技力、パネーな!」

 ゲンは手を叩きながらロキに駆け寄った。

 

 作者であるゲンだけは、初めから知っていた。そして、今まで決して口外しなかった。ロキは呪われてなどいないということを。すべては皇帝を油断させるための演技だったということを。

 命を奪いすぎたせいで神の怒りを買い、次に殺生を働けば命を落とす呪いをかけられた――。打倒皇帝を誓ったロキは、自分自身のことをそう吹聴した。

 そして、どんな場面でも決して命を奪わないように戦うことで、真実味を持たせた。どんな敵が相手でも絶対に致命傷を与えないようにすることで、信憑性を高めた。常にそれができるだけの高い技量を、ロキは持ち合わせていた。

 ロキの巧みな演技に騙されてしまったのがジュリアスの敗因だ。呪いを受けていないロキが、急所への攻撃を躊躇する理由などどこにもなかった。



「お……?」

 ジュリアスの亡骸のすぐそばに、何かが落ちているのに気づいた。黄色い小さな玉だった。

「風の宝珠じゃねーか!」

 ゲンはすぐに拾い上げた。

 風の宝珠。原作の冒頭で、ジュリアスに洗脳されたロキにより奪われ、主人公であるミト・ジュールたちに旅立ちの理由を与えた品物だ。それをジュリアスが持っていたというのは、決してただの偶然ではないだろう。


「ロキ、ほらよ」

 ゲンは宝珠をロキの前に差し出した。

「どういうつもりだ?」

「どーもこーもねーよ。この風の宝珠は、オマエの故郷の宝じゃねーか。しかも、ジュリアスを倒したっつー証でもある。どー考えてもオマエが持っといたほーがいーだろ」

「いや、俺にその資格はない。俺は村を滅ぼしてその宝珠を奪った。俺は村の仇だ。俺が持つことを快く思わない者もいるだろう」

 ロキは自虐的に笑った。誰のことを言っているのかはすぐにわかった。


「……僕たち、勝ったんだね!」

 突然、背後から嬉しそうな声が飛んできた。振り返ると、ケンジアが笑顔で近づいてくるのが見えた。

「ロキも無事でよかったよ。最後まで冷静でいられるなんてさすがだね。目の前に仇敵がいたら、僕ならきっと殺してしまうと思うよ」

 ケンジアはロキに賛辞を送った。ロキは満足そうな表情を浮かべている。

 ずっと気を失っていて、ケンジアは決着の顛末を知らない。ロキが生きているのを見て、ジュリアスにとどめを刺したのはゲンだと思い込んでいることは、その発言からも明らかだ。

 ともに戦ってきた仲間にすら一点の疑念も抱かせないロキの演技は、見事としか言いようがなかった。



「そりゃそーと、あいつらを助けに行こーじゃねーか」

 ゲンは駆けだした。あいつらとは、もちろん城の外にいる仲間たちを指す。魔剣の攻撃で大きな被害を受けながらも、今もなお必死に戦っているはずだ。ジョヒアとともに魔物たちもすべて消滅したかもしれないという淡い期待は、おそらく抱かないほうが賢明だろう。

 元子のことも心配だ。仲間たちの死を目の当たりにして、泣き崩れていた。完全に戦意を喪失していた。仲間に守られていたとしても、いつやられてもおかしくない状態だった。そして、元子の死はゲンの死に直結する。急いで助け出さなければならない。


「……なんだ!?」

 突然、強い揺れを感じた。立っていられないほどの強烈な揺れだった。縦に横に、激しく動く。知っている地震の揺れ方とは違うようだ。ジュリアスの死亡もしくはジョヒアの消滅が、この激震に関係しているのかもしれない。

「おい、オマエら――!」

 振り返ったゲンが見たものは、魔法陣により転送されるロキとケンジアの姿だった。だが、ゲンの足元に魔法陣は現れていない。


「ちくしょー! ふざけんじゃねーぞ!!」

 ゲンは怒号を飛ばした。自分だけがここに取り残されたのだとすぐにわかった。

 床に、壁に、天井に、次々と亀裂が走る。それが崩落を引き起こすのに、さほど時間はかからなかった。

「……うわっ!!」 

 足元にできた段差に足を取られ、ゲンは転倒した。崩れた天井が頭上から大量に降ってきたのはその直後だ。ゲンの体が、一瞬で瓦礫の下に消えた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

これにて第二章終了です。


第三章の開始には少しお時間をいただくかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします。

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