表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/139

9 暗闇

「じゃあ、行ってくる~」

 i子の姿が闇に吸い込まれるように消えた。尻尾の先から放たれていた光は、入った瞬間に見えなくなった。

「i子ちゃん、大丈夫かしら……?」

 ミトは不安そうだ。いくら止めてもi子は聞かなかった。

「おっさん、この城の中には何があるんだ?」

「聞きてーか? 原作どーりなら、この城の――」

「ダメだった~。中は本当に真っ暗で、この光も役に立たなかったよ~」

 i子が戻ってきた。光を放つ尻尾の先を、クルクルと回している。

「こりゃ入ったらあかんやつだな。確か原作でもこんな感じだが、ここはオレが考えてた以上に闇が深い。今はスルーして――、うわっ!」

 暗闇を覗き込んでいたゲンは、ふいに背後から突き飛ばされた。その体が、闇の中に吸い込まれるように消えて行った。 


 中はただ濃密な闇が広がっているだけで、光は一切ない。流れる空気は埃っぽく、ひんやりとしていた。

 足元で何かが転がったような乾いた音がした。何かを蹴り飛ばしたようだ。それが何なのかはなんとなく予想がついた。

「オマエら、何の真似だ! ふざけんじゃねーぞ!」

 ゲンは振り返り、外に向かって叫んだ。返事はない。代わりに聞こえてきたのは、どこかで鍵がかかったような音だった。


「――まさか!」

 両手を突き出し、手探りで暗闇の中を恐る恐る進む。手が何かに当たった。暗くて見えないが、その手触りからおそらく扉だろう。 

 ゲンの予想どおり、扉は閉じられ、鍵がかけられていた。力任せに押してもびくともしない。

「オマエら、ふざけんじゃねーぞ!」

 ゲンは扉に体当たりをするが、肩や腕に痛みが走るだけだった。

「おい、オマエら! 開けろ!!」

 何度も扉を叩くが、反応は一切ない。痺れたような痛みに襲われるが、構わず叩き続けた。ゲンの拳の音と叫び声が壁に反響し、真っ暗な空間にこだまする。


「――ダレダ、キサマハ?」

「――!?」

 突然背後から聞こえてきた声に、ゲンは思わず振り返る。暗闇で全く見えないが、何者かがいる気配ははっきりと感じられる。かなり近い。

「ワガナワバリニ、ナニヨウダ?」

 少しずつ声が近づいてくる。かすかに足音が聞こえたような気がした。

「おい、オマエら! 開けろ! 開けてくれ!!」

 ゲンは半狂乱になって叫んだ。さらに強く扉を叩き続ける。

「開けろ! 開けろ! ここを開けろ!!」

 狂ったようになおも扉を叩き続けるが、その願いが叶うことはなかった。

 

 原作の設定では、この城の最奥部にはモンスターがいて、潜入したユーシアたちと戦うことになっている。その正体はかつての城主の亡霊だ。声の主はその亡霊なのかもしれない。

「おい! 開けろ! 開けてくれ! オレをここから出して――!!」

「――ツカマエタゾ」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 背後から何かが肩に触れた瞬間、ゲンは言葉にならない悲鳴を上げて気を失った。




 目を開けると、一面に青い空が広がっていた。いつの間にか、ゲンは外に寝かされていた。

 体を起こすと、城の扉が見えた。来たときと同じように、しっかりと閉じられている。おそらく鍵もかかっていることだろう。

「……オレは、外に出られたのか……」

「おっ、気がついたみたいだな」

「よかった、生きてたのね。安心したわ」

「フン、卿は世話の焼ける男だ……」

 ユーシアたちが集まってきた。だが、i子はいない。代わりにそこにいたのはデビリアンだ。

「儂がちょっと触っただけでお主は倒れた。もっと楽しめるかと思っていたが、あれでは物足りんぞ」

 意地悪そうに笑うデビリアンを見て、ゲンはすべてを察した。


「やっぱりそーか。やっぱりそーか。ちくしょー……! ちくしょー……!」

 ゲンは悔しそうに拳を地面に叩きつける。

「おっさん、悔しいか?」

「当たり前じゃねーか! 声を聴いた瞬間に小野田かもしれねーと思ったが、やっぱりそーだったじゃねーか! 普段なら楽勝だが、恐怖のせーで小野田ボイスだっつー確信が持てなかった! 声優ファンにあるまじき大失態じゃねーか! ちくしょー、悔しーぜ!!」

 ゲンはさらに地面を叩き続けた。




「……おい、オマエら! オレをあんなとこに閉じ込めやがって! ひでーじゃねーか!」

 自分への悔しさを爆発させ終わると、ゲンはユーシアたちを怒鳴りつけた。4人は冷たい視線でゲンを見下ろしている。

「おっさん、これで分かっただろ? かきかけにするというのは、つまりはこういうことなんだ」

「暗闇に一人残されて、見えない恐怖におびえながら、いつ来るかわからない助けをずっと待つのと同じなのよ」

「ククク……。卿がいかに罪深き人間であるか、身を以って実感したであろう……」

「お主のせいで儂らがどんな思いをしているか、これで少しは理解できたはずだ」

「う……。ぐう正論すぐる……」

 全く反論できず、ゲンはただうつむくしかなかった。4人に囲まれて見下ろされ、今にもその重々しい雰囲気に押しつぶされそうだった。


「俺がかきかけにされてるのは町の中だからまだいいが、ミトは敵から逃げてる途中だし、忠二なんか敵の攻撃で気絶した場面だぞ。さすがにひどすぎるだろ」

「私はいつまで逃げ続ければいいのかしら……?」

「フン、卿の罪は重い……。この屈辱、余は一生忘れぬぞ……」

「いつまで儂を待たせるつもりだ。早く先に進ませろ」

「俺たちだけじゃない。他にもかきかけにされている主人公がたくさんいるんだ。長い間放置されて、みんな辛い思いをしている。i子のように、書いてすらもらってないやつもいる。それがどういうことかは、さっきので十分にわかっただろ?」

 ユーシアの言葉の一つ一つがゲンの胸に突き刺さる。


「そーだな。自分が経験して初めて、オマエたちの気持ちがよくわかったぜ……。暗闇に閉じ込められて、オレはただ恐怖と絶望しか感じなかった……」

 ゲンはゆっくりと立ち上がった。ユーシアとミトの間を通り抜けると、後ろ手を組んでゆっくりと歩きながら言葉を紡ぐ。

「最初は放置プレイとか被害者の会とか、すげー大袈裟じゃねーかと思ってたが、今ならその気持ちがよくわかるぜ。オレがオマエらにどれだけひでーことをしてるか、さっきのですべて理解できた……」

「そうか、わかってくれたか。それはよかった」

 ユーシアは満面の笑みだ。他の3人もウンウンとうなずいている。

「要するに、かきかけにしたシーンが悪かったってことだろ? もっと楽しーシーンでかきかけにしときゃよかったんだよな?」

「……え?」

 口をポカンと開けたまま、4人の動きが止まる。鳩が豆鉄砲を食らったようとは、まさにこういう表情をいうのだろう。


「うめー飯を食ってる最中とか、仲間と飲んで騒いでる途中とか、イケメンや美女とお楽しみ中とか、そーゆー楽しー状況じゃねーからオマエらは激おこなんだろ? 戦ったり逃げたりしてる最中とか、フルボッコにされた直後とか、そーゆー楽しくねーシーンで放置されてっからブチギレてんだろ? オレだって、さっきみてーな暗闇にずっと閉じ込められんのはつれーが、もしあそこがロリの楽園だったら話は別だ。むしろ放置プレイ大歓迎。なんなら一生居てもいーまである。つまり、そーゆーことなんだろ?」

 ゲンは早口でまくし立てた。その表情は真剣そのもの。ボケや冗談で言っているわけではないようだ。

「おいおい、どこをどうやったらそんな答えになるんだ……」

「頭の中がどんな思考回路になっているのか見てみたいわ……」

「なるほど、卿の頭で理解できる範疇を超えていたか……」

「さっき儂らがやったことはすべて無駄だったか……」

 4人が呆れたように呟く。


「しゃーねーな。元の世界に無事帰れたら、楽しーシーンになるまで適当に書き進めてやるよ。そこでかきかけにしときゃ文句はねーんだろ?」

「あ、いや……。そういうことではなくてだな……」

「もーこんなとこに用はねーだろ。さっさと町まで行こーぜ」

 ユーシアの言葉を遮って、ゲンは歩き出した。

 背後から4つの大きなため息が聞こえてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ