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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
89/143

89 聖剣

「食らうがよい」

 魔剣が映像に触れると、どこからか耳をつんざくような轟音が聞こえてきた。まるで雷が落ちたかのような音だった。発生源は城のすぐ近くのようだ。

 映像の中では、雷のような黒い光の筋がいくつも降り注いでいた。魔物の群れの中はもちろん、仲間たちが戦っているあたりにも着弾したようだ。

「……!」

 ゲンは思わず息を呑んだ。魔物たちが次々と消滅していく傍らで、仲間の誰かが倒れたように見えた。

 続いて映像が目まぐるしく切り替わり、現場の状況を次々と映し出した。


 それはまさに悪夢だった。先ほどの落雷で、仲間たち4人が命を奪われていた。

 唯一無二かつ強力無比な瞬間移動により、八面六臂の活躍を見せたアークス。

 人間離れした非常に高い身体能力を武器に、多くの戦果を残したマリリアス。

 強靭な肉体にずば抜けた体力と気力を宿し、大いに存在感を示したクライン。

 極めて高い魔力と多種多彩な魔法を誇り、その実力を存分に発揮したセイラ。

 犠牲になっていたのはこの4人だった。一目で生きていないとわかるほど、ひどい傷を負っていた。

 

 程度の差こそあれ、他の仲間たちも軒並み受傷していた。

 ゴリマルドは左目を負傷していた。

 ニンジアは頭から血を流していた。

 ザックは右脇腹を朱に染めていた。

 加奈は右の肩を押さえていた。

 夢幻は両足が血まみれだった。

 元子は右足を引きずっていた。

 

 歴戦の戦士たちが、魔剣によるたった一度の攻撃で、壊滅的な被害を受けた。命を失った者もいる。

 ゲンたちは遅かれ早かれ全滅する運命であると、この世界とシナリオを作ったケイムから聞いている。先の戦いで散ったレイモンドを含めて、既に5人が命を落とした。もしも魔剣によって町ごと消された仲間たちがいるのだとしたら、その数はさらに増える。

 今までどうにか危機を乗り越えてきたが、全滅という結末に向けて、運命の歯車がいよいよ回り始めたのかもしれない。

 


 雷撃により激減したとはいえ、まだ魔物たちは相当数残っていた。絶命した戦友を悼む間もなく、生き残った仲間たちはすぐに戦いに戻ったようだ。まるで何事もなかったかのように、再び敵を迎え撃っていた。誰もが上空を気にしていながら戦っているように見えた。ただ一人、元子を除いは。

 元子は泣き崩れていた。完全に戦意を失っているように見えた。気づいたニンジアが駆けつけていなければ、魔物たちの餌食になっていただろう。

 レイモンド、アークス、マリリアス。ともに戦った3人の仲間がいずれも命を落としたことで、気持ちの糸が切れてしまったのだろうか。元子の心境は、察するに余りある。


「嘘だろ、オマエら……」

 ゲンは床に崩れ落ちた。仲間たちとの突然の別れに、立っていられないほどのショックに襲われた。生み出したキャラクターの死は、作者にとっては我が子を失ったのと同じだ。それが親子でもおかしくないような年齢の若人たちであればなおさらだろう。

「アークス……。マリリアス……。クライン……。セイラ……」

「みんな……。ニンジア……」

 ロキとケンジアも片膝をつき、うなだれていた。2人とも涙声だ。


 マリリアスにはザミア戦で助けられた。ケンジアや加奈とともに駆けつけ、ゲンたちに代わってザミアと戦った。マリリアスは高い身体能力を活かして動き回り、ザミアの注意を引き付けていた。そのおかげで、ゲンたちはどうにか窮地を脱することができた。

 クラインとセイラにはフィーストの町で助けられた。無数の魔物に囲まれているときに、セイラがゲンたちの気配を感じ取り、クラインが地下室の扉を開けたおかげで、どうにか逃げられた。2人がいなければ、ゲンたちは今ここにはいられなかっただろう。

 アークスには命の危機を2度も助けられた。一度目はギルティの町の郊外で、タッケイたちに襲われていたとき。二度目は帝国に来て早々、調子に乗って前に出すぎたとき。どちらも間一髪だった。アークスにはどれだけ感謝しても感謝し尽くせない。

 

「城への被害を懸念して加減しすぎたか……。まぁよい。生き残ったゴミどもの始末はまた後だ」

 ジュリアスの言葉とともに、再び映像がどこかの町の俯瞰景に切り替わった。

「余はこの世界を滅ぼさねばならぬ。他者が作った世界など、支配するに値せぬ。すべてを破壊し、余が新しき世界を創造する。それでこそ真の支配者だ。今ある世界が崩壊していくさまを、貴様たちはそこでただ指をくわえて見ているがよい」

 言い終わると、魔剣から放たれる威圧感が弱まったように感じられた。

「恐怖と絶望に耐えられぬなら、自ら命を絶つがよい。止めはせぬ。苦しまぬ死を望むなら、余に向かってくるがよい。この魔剣の力で、一瞬で殺してやろう。ハハハハハ……!」

 ジュリアスの笑い声が響き渡った。

「ちくしょー……。ちくしょー……」

 床を叩いて悔しがることしかゲンにはできなかった。魔剣の圧力が弱まった今なら、多少は体の自由が利く。ジュリアスに戦いを挑むことも可能だろう。だが、勝算は皆無だ。万に一つも勝ち目はない。



「……私の声が聞こえるか? 私の最後の力を使って、お前の頭に直接話しかけている」

 突然、頭の中に声が聞こえてきた。声の主が誰なのかはすぐにわかった。

「ランゴールじゃねーか! 最後の力っつーのはどーゆーことだ!?」

 ゲンも頭の中でランゴールに問いかけた。

「ニックは倒した。ジョヒアも破壊した。だが、私も致命傷を負った。もう長くはないだろう」

「マジかよ……」

 ゲンは言葉を失った。ランゴールはニックと相討ちになり、今は死の淵に立っているという。だが、ランゴールの声には、そんなことを微塵も感じさせない力強さがあった。

 この声はゲンにしか聞こえていないのかもしれない。ロキとケンジアが声に気づいているような様子は、全くなかった。


「お前に話しかけているのは他でもない。お前が持つその剣のことだ。私の見間違いや勘違いでなければ、その剣は聖剣シャントブーリアだ。磨けば真の姿を取り戻すだろう」

「シャントブーリア、ktkr!」

 ゲンは心の中で快哉を叫んだ。ただの剣ではないことは薄々感づいていたが、まさか聖剣だとは思わなかった。

 シャントブーリア。魔剣ジョヒアと対をなす、伝説の聖剣だ。魔皇子ジルトンに対抗しうる武器として、作中で主人公や仲間たちはこの剣を探し求める。

 聖剣の名に恥じぬ強大な力を持つことは、作者であるゲンが一番よく知っている。今の圧倒的な劣勢を跳ね返せるのは、聖剣シャントブーリアをおいて他にないだろう。


「でも、フュードがねーと磨きよーがねーだろ! そんなの持ってねーよ!」

 ゲンにはわかっていた。魔剣だけでなく、聖剣にもフュードが必要不可欠であるということを。

「問題ない。フュードなら私がここに持っている。ジョヒアの復元に使うつもりだったが、もうその必要もなくなった。これをお前に譲ろう」

「そりゃありがてーが、こっちもそれどころじゃねーんだ! そこまで取りに行けねーよ!」 

「大丈夫だ。今からお前の元にフュードを送る。そのためには、お前の正確な位置を知る必要がある。フュードが欲しいと心の中で強く願うのだ」

「フュード、キボンヌ! 欲しーンゴ! オレにクレメンス! はよ、はよ、はよ! あくしろよ、あくしろよ、あくしろよ!!」

 思わず声に出しそうになるのを懸命にこらえながら、ゲンは心の中で叫んだ。ジュリアスに聞かれれば終わりだ。


 突然、左手にずっしりとした重みを感じた。見ると、黒色をした小さな直方体が手の中に現れていた。少し弾力があり、さながら消しゴムのようにも見える。これこそがフュードだ。

「フュード、キター! サンガツ!!」

 声を出しそうになるのを必死でこらえた。思わずガッツポーズしたくなる衝動をどうにか抑えた。

「この国の皇帝が持つ剣こそが真のジョヒアだと、ニックから聞いた。私が言えた義理ではないが、あれはこの世にあってはならないものだ。必ず破壊してくれ。頼んだぞ……」

 その言葉を最後に、もうランゴールの声が聞こえてくることはなかった。命が尽きたのであろうことは、想像に難くなかった。



「……オマエに借りたこの剣、そのうち返そーと思ってたのに、オマエがいなくなっちまったら、もー返せねーじゃねーか……」

 ゲンは唐突に胡坐をかくと、体をジュリアスのほうに向け、呆然とした表情で剣を撫で始めた。その目は剣の一点をじっと見つめて動かず、その声からは一切の感情や抑揚が排除されていた。

「この剣はオマエの形見だ……。この剣をオマエだと思って、オレは一生大事にするぜ……。オマエのこたー忘れねーぜ……」

 放心したような表情のまま棒読みで言葉を紡ぎながら、剣をさらに撫でる。

「つれーわ……。オマエがいねーのはめちゃくちゃつれーわ……。でも、この剣がありゃ、いつでもオマエを思い出せるぜ……」

 ただ一点に視線を注ぎ、何の感情もこもっていない声を出しながら、ゲンはなおも剣を撫でた。


「喪心したか……。無理もない」

 ジュリアスは鼻で笑った。どうやら見落としているようだ。ゲンが撫でるたびに、剣が少しずつ本来の輝きを取り戻しているということを。

 一方のロキとケンジアは、剣の変化に気づいたようだった。初めはゲンの言動に驚いたような顔を見せていたが、その意図を察したのか、2人ともすぐに動いた。

「大丈夫!? しっかりして!」

 ケンジアはゲンの前にしゃがみ込み、心配そうに声をかける。

「ジュリアス! もうやめろ! 罪のない人々をこれ以上巻き込むな!」

 ロキは2人を庇うように立ち、ジュリアスを睨みつける。

 仲間たちにより、ジュリアスの視線は遮られた。ゲンの姿は、もうジュリアスからは見えないだろう。


「オマエはやっぱすげーわ……。オレにゃこの剣を使いこなせそーにねーよ……。でも、いつかオマエを超えてーなー……」

 ゲンは虚ろな目つきと平坦な声のまま、ひたすら剣を撫でた。心なしか撫でる速度が上がったようにも見える。

「その男は抜け殻も同然だ。レトよ、その男を哀れに思うなら、貴様がとどめを刺してやるがよい。そして、貴様も果てるがよい。貴様のような虫ケラ、余が手を下すまでもない。ハハハハハ……!」

 ジュリアスはロキを指差し、見下したように笑った。

 だが、ロキがその挑発に乗ることはなかった。肩や拳を小刻みに震わせながらも、無言を貫いた。もし冷静さを失っていたら、悲しい結末を迎えていたことだろう。




 ジュリアスは淡々と世界各地を消滅させていく。ゲンたちには一瞥もくれず、粛々と事を進めていく。破壊活動を再開してから、既に3つの町と1つの森、1つの湖がこの世界から姿を消している。

 その暴挙を止める者は誰もいない。ゲンはただ剣を撫で続けている。ケンジアはずっとゲンに声をかけ続けている。ロキは二人を庇うように立ち続けている。

 

 そして、ジュリアスが4つ目の町を攻撃しようとしたその時、それは起こった。突然、剣が光を放ち始めた。光がゲンたちの体を黄色く染め上げる。聖剣シャントブーリア誕生の瞬間だった。

「……なんだ、その光は!?」

 ジュリアスが驚きの声を上げるのと、ロキとケンジアが横に動くのとは全く同時だった。ゲンの視線がジュリアスの姿を捉えた。ゲンとジュリアスの間を遮るものは、もう何もない。 


「貴様、一体何を――!」

「これで勝つる!」

 ゲンは一気に聖剣の刃を伸ばす。

「おのれ……!」

 ジュリアスも魔剣を振り下ろす。


 お互いの刃がぶつかり合った瞬間、眩い光が視界一面に広がった。次いで、ガラスが割れたような音が響き渡った。握っていたはずの剣の感触が、ゲンの手から消えたのはその直後だ。

 そして、全身に強い衝撃を感じ、ゲンは後方に吹っ飛ばされた。

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