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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
88/143

88 皇帝

「……来たか。待っていたぞ」

 皇帝の間に足を踏み入れたゲンたちは、男の声に出迎えられた。玉座以外は何も置かれていない、至って殺風景な部屋だ。その玉座に男は腰をかけていた。金色の髪が黒い鎧に映えている。

「……ジュリアス!!」

 怒りと憎しみを凝縮したような声で、ロキが男の名を叫んだ。


 ジュリアス・レオニア・アストール、24歳。アストリア帝国の皇帝だ。前皇帝の急死により、若くしてその座に就いた。だが、ジュリアスが父を暗殺して帝位を奪い取ったのではないかという噂が、巷間ではまことしやかに囁かれている。

 原作では、太古に封印された魔界への扉を再び開けようと、世界各地にある6つの宝珠を欲する。ロキとの間には、洗脳して意のままに操り、宝珠の略奪と市民の虐殺を繰り返させたという因縁がある。


「久しいな、レト」

「その名で呼ぶな!」

 ロキはいつになく声を荒らげていた。

「……レト?」

「ロキの本名だ」

 ケンジアの独り言に、ゲンが答える。ロキという名は本名ではない。ロキ本人がそう名乗っているだけだ。ジュリアスが呼んだとおり、本名はレトという。


「名を変えようと過去は変わらぬ。貴様が神から呪いを受け、二度と殺生ができぬことは聞き及んでいる。当然の報いだ」

 ジュリアスの口元がわずかに緩んだ。

 かつて無辜の民を大量虐殺した咎で、ロキは神の怒りを買い、呪いをかけられているという。次に殺生すれば自らも命を落とすという呪いを。そのせいで、ロキは相手に決して致命傷を与えない戦いを余儀なくされている。

「当然だと!? 誰のせいだと思っている!?」

 ロキは激高したように叫んだ。今すぐにでも飛びかかっていきそうな剣幕だ。

「ジュリアス! お前だけは許さない! お前を倒すために、俺たちはここまでやってきた!」

 ロキは剣を抜き、身構えた。


「余を倒す、か。それは面白い……」

 ジュリアスは徐に玉座から立ち上がった。

「貴様たちは余に勝てぬ。余は魔剣を有している。見よ、これが魔剣だ。魔剣ジョヒアだ」

 ジュリアスが剣を抜く。ニックのそれとは比べ物にならないほど、すべてが黒い。まるで背後の壁に溶け込んでいるかのように見えた。さらに不気味なのが、目だ。禍々しさに満ちた目のようなものが、刃の中央付近についている。

 だが、それが模様ではなく本物の目だということは、瞬きや眼球運動を繰り返していることからも明らかだ。原作の設定では、ジョヒアを作り出した邪悪な神、イル・オブリオの片目だとされている。

「うっ……!」

 ただ抜かれただけだというのに、魔剣は凄まじい威圧感を放っていた。全身が締め付けられるような、押しつぶされそうな強い圧迫感に襲われた。身の毛がよだつような気味の悪い感覚に足が震え、立っているのがやっとだった。



「貴様たちに魔剣の力を見せてやろう」

 ジュリアスが剣を振り上げると、頭上の空間に穴が開いた。いや、空間がそこだけくり抜かれたと表現したほうが正しいかもしれない。穴は横長の長方形をしている。その内部はただただ白い。黒一色で構成された城内で、異様なまでに浮いて見えた。


 次の瞬間、白い部分に変化が起きた。まるでモニターのように、映像が浮かび上がった。俯瞰景のようだ。手前に海があり、その奥に町らしきものが広がっている。だが、建造物の大半は破壊されて、瓦礫の山が大量に築かれていた。その周りを動いているのは、無数の魔物たちだろうか。

「これは、ジェンナか……!」

 ロキが叫ぶ。ジェンナは帝国にある港町だ。海に臨む町は他にもあるが、ロキはすぐにわかったようだ。

 誰がこの風景を見ているのだろうか。どうやってここに映し出しているのだろうか。ゲンにもわからない。ただ、刃についている薄気味の悪い目が関係していることは、おそらく間違いないだろう。


「見るがよい! これが魔剣の力だ!」

 魔剣の先が映像に触れた。次の瞬間、黒い光が町全体を包み込んだかと思うと、すぐに消えた。あとに残されていたのは、大きく抉られた大地だけだった。町は完全に消滅していた。そこに海水が流れ込み、たちまち海の一部分と化した。

「なん……だと……」

「そんなバカな……」

「町が一瞬で……!」

 一つの町が一瞬で消滅する。にわかには信じがたいその事態に、ゲンたちは大きな衝撃を受けた。


 また別の場所の俯瞰映像が映し出される。やはりどこかの町のようだ。先ほどと同じく町は壊滅状態で、遠くには山が連なっているのが見える。

「ここは、フィーストか……!」

 フィースト。帝都に最も近い町だ。そこに仲間たちが集結し、ヨハンが残した魔法陣を使って帝都に来たことは記憶に新しい。

「次はここだ」

 ジョヒアの切っ先が映像に触れる。映っていた町が黒い光とともに消滅したのは次の瞬間だった。

 

「ジュリアス、オレは信じねーぞ! こんなのインチキじゃねーのか!? オマエが用意した映像を流してるだけじゃねーのか!? どっちの町も帝国領なんだから、編集でどーとでもできんだろ!」

 ゲンは叫んだ。町が一瞬で消えるなど、とても信じられなかった。

「信じぬか……。愚かな……」

 ジュリアスの声とともに映像が切り替わった。次に映し出されたのは、3人の男だった。若い戦士と魔術師、そして中年男という組み合わせだ。3人を見下ろしているようなアングルで映っていた。

「……ファッ!?」

 ゲンは天井を見上げた。だが、カメラのようなものはどこにもない。どこから見られているのかは全くの謎だが、映っていたのは間違いなくゲンたちだった。


「嘘か実か、その身で確かめるがよい!」

 ジョヒアの切っ先が映像に触れる。

「うっ……!」

 突然、ゲンの両足に激痛が走った。膝から崩れ落ちて四つん這いになり、痛みに顔を歪める。足を触ってみるが、負傷したわけではなさそうだ。だが、とにかく激しく痛む。

 ロキとケンジアも同じ反応を示していた。座り込んで足を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。


「これでも信じぬか……?」

 ジュリアスの声は、まるで笑いをかみ殺しているかのようだった。

「ぐぉぉぉぉ……!」

 足の痛みは今なお治まらない。ゲンは床の上をのたうち回っている。

 ふと映像が目に入る。3人の男たちが悶え苦しんでいる姿が映っていた。今のゲンたちの様子と完全に一致していた。

 ジュリアスが見せる映像がまやかしなどではなく、嘘偽りのない現状そのものであるということは、もはや認めざるを得なかった。すなわち、ジェンナやフィーストと思しき町が消滅したのも、紛れもない事実だろう。


「安心するがよい。すぐには殺さぬ。余は貴様たちを待っていたのだ。今ある世界が滅びゆく瞬間を見届けさせるために。そして、余が新しき世界の創造主となる瞬間に立ち会わせるために」

 ジュリアスの楽しそうな声とともに、嘘のように一瞬で痛みが消えた。




「ちくしょー……。ちくしょー……」

 次々と流れる地獄絵図のような映像を、ゲンたちはただ見つめることしかできなかった。顔を背けることも、目を覆うことも、視線を逸らすこともできなかった。抗うことができない不思議な力によりそれは許さず、じっと映像を見続けることを強要された。

 魔剣から放たれる非常に強い威圧感に圧倒され、ゲンたちは動くことができなかった。ジュリアスが町を消滅させていくのを、ただ黙って見ているしかなかった。


 既に5つの町が無に帰している。なお、元々廃墟同然だったジェンナとフィーストは、この数に含まれていない。人々が平穏に暮らしていた町のみを数えて、5つだ。どれだけの命が無に飲み込まれて消えていったのか、想像もつかない。

 俯瞰で少し見ただけでは、標的にされたのがどの町なのかはわからなかった。まだ訪れていない町であったとしたらなおさらだろう。ゲンに唯一わかったのはギルティの町だ。町の外れで一際大きな存在感を放つ、古代闘技場のような建造物が決め手だった。公開処刑場だ。無実の罪を着せられ、そこで死刑に処せられそうになったことは、思い出したくもなかった。


 魔剣の餌食となったのは町だけではなかった。自然物や建造物にも白羽の矢が立てられた。美しい海に囲まれた島、豊かな緑に覆われた森、澄んだ水を湛えた湖。山の中腹に佇む神殿、海の底に沈んだ遺跡、砂漠の真ん中にそびえる塔。それらが次々と消滅していった。

 運行中の乗り物も対象に選ばれた。大空を翔ける飛空艇、大海原を渡る客船、大地を疾走する馬車、荒野を進む機関車。いずれも雷のような黒い光に撃たれ、悪夢のような結末を迎えた。

 どういう基準で選んでいるのかは不明だ。無作為なのかどうかもわからない。だが、世界各地に甚大な被害がもたらされたことだけは間違いなかった。



 さらに映像が切り替わる。映ったのはこの城の前にある広場だった。今なお仲間たちが激しい戦闘を繰り広げているのが、遠目にもわかる。

 いつの間にか魔物の数は大きく減っていた。当初と比べれば半分以下になっているだろうか。続々と魔物を召喚する空間の裂け目も、残りは2つを数えるだけになっている。

 ゲンたちがいない間に、仲間たちは大きな戦果を上げていた。無事なのかずっと気がかりだったが、どうやら杞憂だったようだ。


「この有象無象どもは非常に目障りだ……」

 ジュリアスが忌々しそうに吐き捨てた。

「おいやめろ! ふざけんじゃねーぞ!」

「ジュリアス……! 仲間には手を出すな……!」

「やめて……! もうこれ以上はやめて……!」

 ジュリアスが何をしようとしているかは、火を見るより明らかだった。ゲンたちは声を限りに叫んだ。

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