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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
86/143

86 潜入

「……やっぱここもすげーことになってんじゃねーか!」

 それが転送後の第一声だった。

 ゲンたちは城の前にある広場に転送されていた。結界があれば決して近づくことができない場所だ。今ここにいるということは、その結界を消すのに成功したということと同義だろう。

 広場は魔物で埋め尽くされていた。数が非常に多いうえに、かなり手強い。塔の中で遭遇した魔物も少なくないが、以前よりも明らかに強くなっているように感じられた。新しいモンスターも加わっている。一目で龍や悪魔とわかるモンスターたちが中心で、いかにも強そうに見えた。さらに、広場のあちこちの空間に裂け目が存在し、そこから魔物たちが滔々と出現していた。

 

 その裂け目こそ、ジュリアスが開けた穴だ。向こう側は魔界につながっているという。原作では6つの宝珠を集めることで作り出せたが、この世界では入手経路不明の不気味な剣がそれを可能にした。

 その裂け目が動いているように見えるのは、気のせいでも目の錯覚でもない。まるで生物のように実体を持ち、宙を漂うように移動することができるというのが、原作における設定だ。破壊すれば魔物の流入は止まるが、高い防御力と回避力がそれを許さない。戦闘能力を持たないとはいえ、倒すのは一筋縄ではいかないだろう。


「みんなも無事だったみたいだね」

 ケンジアが嬉しそうな声を上げる。他の仲間たちが奮闘する姿が、魔物たちの隙間から見え隠れしていた。ゲンたちと同じように、塔からここに転送されてきたのだろう。

「あいつらもうまくやったみてーじゃねーか。こんなに嬉しいこたーねーな」

 ゲンの顔にも笑みが浮かんだ。

 西の塔に向かったアークス、マリリアス、元子。東の塔に向かったゴリマルド、ニンジア、セイラ。北の塔に向かったクライン、ザック、加奈と夢幻。全員の姿が確認できる。誰一人欠けることなく、結界を消すことに成功したようだ。

 疲労が著しいゲンたち3人と対照的に、他のメンバーはまだ体力に十分な余裕があるように見えた。無駄に最上階まで上ったゲンたちとは異なり、早々に塔の最下階に落とされたことで体力の消耗を最小限に抑えることができたのだろう。また、それぞれが戦ったであろう石の守護者も、ゲンたちが遭遇したベリオールほど苦戦する相手ではなかったのかもしれない。


「これはまずいな……。離れすぎている……」

 ロキが悔しそうに呟いた。その言葉のとおり、他の3組とは距離があった。ゲンたちが転送されたのは、城のすぐ近くだ。目と鼻の先に漆黒の城が聳え立っている。だが、他の仲間たちはそうではなかった。同じ広場内にいるとはいえ、城から離れたところに飛ばされている。

 結界を消した後のことは何も打ち合わせていない。とりあえず城の前で合流し、その場の状況を見てどうするかを判断するつもりだった。

 だが、今は合流することすらなかなか難しい。仲間たちは離れた場所に転送され、しかも無数の魔物がその間を埋め尽くしている。そうやすやすと合流させてはもらえないだろう。



「おい、お前ら! ちょうどいいとこにいるじゃねぇか! そのまま城に突っ込め!」

 ゲンの耳に飛び込んできたのは、ゴリマルドの声だった。ゲンたちが城のそばにいることに気がついたのだろう。

「オマエらを置いて行けるわけねーだろ!」

 ゲンは目の前の敵を蹴散らし、ゴリマルドたちのほうに向かおうとした。現在地からだとゴリマルドたちが一番近い。

「つべこべ言ってねぇでとっとと行け! お前らは城のすぐそばじゃねぇか! だから、お前らが城に突っ込みゃいいんだよ!」

 ゴリマルドは語気を強め、ゲンたちを急かしてくる。

「こいつらを片付けたら、俺たちも行く! 俺たちのこたぁ気にすんな! この程度の敵に負けたりしねぇよ! グズグズすんな! さぁ、とっとと行け! 行きやがれ!」

 ゴリマルドの一際大きな叫び声が響いた。


「兄ちゃん! 俺なら大丈夫だ! 気にせず行ってくれ!」

 ゴリマルドに続いて飛んできたのは、ニンジアの声だった。

「ニンジア……!」

「兄ちゃんならきっと勝てる! だから、がんばってくれ!」

「ニンジア、ありがとう! 嬉しいよ!」

 ケンジアの声は弾んでいた。実弟からの激励は、ケンジアにとって何よりも嬉しいに違いない。


「兄さん、行って! 行って、早くこの戦いを終わらせて!」

 遠くから元子の声も聞こえてきた。

「元子……!」

「兄さん、お願い! 死なないでね!」

「おかのした! 元子、オマエモナー!!」

 ゲンは声を限りに叫んだ。

 ゲンと元子は一蓮托生だ。双生双死の呪いにより、2人には同時に末期が訪れるという。片方が死ねば、その瞬間にもう片方も死ぬ。相手の無事を願う気持ちは、ここにいる誰よりも強いだろう。


「ロキ、絶対に皇帝を倒せ! お前はもちろん許せないが、皇帝はもっと許せない!」

 別の方向から聞こえてきた声は、ザックのものだった。

「ザック……」

「絶対だ! 絶対だぞ! ミトやリンのためにも、絶対に皇帝を倒せ!」

「ああ、約束しよう……」

 ロキはザックの言葉に応えるかのように、剣を頭上に掲げた。

 ザックはロキに故郷を滅ぼされている。当時のロキは皇帝ジュリアスに洗脳されていた。ジュリアスへの憎しみは、ロキ以上かもしれない。城に行けないのはかなり悔しいはずだ。



「……しゃーねーな。こーなりゃオレたちだけで行くしかねーみてーだな」

 ゲンたちは魔物を倒しながら城へと向かった。ゴリマルドの言うように、すぐ近くに転送されたゲンたちが行くのが最善だろう。あわよくば全員で城に突入したかったが、もはや望むべくもなかった。

 城には諸悪の根源、皇帝ジュリアスがいる。ジュリアスを倒さない限り、この戦いは終わらない。

 他の3組はこの広場を制圧する。そうしなければ、裂け目から際限なく魔物が沸いてくる。一刻も早く陥落させなければならない。だが、魔物たちは非常に数が多く、軒並み手強い。かなりの苦戦が予想される。仲間たちの健闘を祈るしかなかった。




 城の入口は固く口を閉ざしていたが、ロキがこじ開けた。どうやって開けたのか、ゲンにはわからない。扉に付けられた不気味な装飾を触り始めたところまでは見ているが、その後は魔物たちを扉に近づかせないよう、ケンジアとともにずっと戦っていた。

 作者すら知らない秘密の開錠方法が存在するのかもしれない。かつて帝国軍に籍を置いていただけあり、ロキはそれを知っていたようだ。そう考えると、ロキを擁するこのパーティーが城に潜入することになったのは、一同にとって非常に幸運だったと言えるだろう。

 ゲンたちが中に飛び込むと同時に、扉は再び閉じられた。押しても引いてもびくともしない。


 城の中は不気味なほど静まり返っていた。どこを見ても黒一色の風景が、より一層の薄気味悪さを醸し出していた。だが、魔物の姿はどこにもない。気配も感じない。進んでみると、果たしてランダムエンカウントでもない。敵との遭遇は皆無だった。

 だが、これは喜ばしいことではない。むしろ逆だ。凶事の前触れかもしれない。もし原作と同じなら、ジュリアスは魔界の深部に住む最上位の悪魔たちを呼び出そうとしている。今この瞬間にも、召喚の準備が着々と進んでいる可能性がある。その邪魔になるからという理由で、城内の魔物はすべて外に追い出されることになっている。

 ここに魔物がいない理由がそれだとしたら、急がなければならない。ジュリアスが召喚しようとしている悪魔たちは非常に狂暴かつ精強で、もし降臨を許せば世界はたちまち滅亡の危機に瀕してしまうだろう。


 城の内部を熟知するロキを先頭に、ゲンたちは進む。城内は複雑な構造になっていたが、ロキの案内は至って正確で、迷うことはなかった。

 敵と遭遇することもなかった。魔物はもちろん、帝国軍の兵士すらその姿を見せなかった。結界が破られたことも、ゲンたちが城に侵入したことも、おそらく気づかれているだろう。にもかかわらず、敵が出てくることはなかった。

 本当に静かだった。ここにジュリアスはいないのではないか、この城はもぬけの殻なのではないかと疑いたくなるほど、静寂の存在感は大きかった。だが、それでもゲンたちは先に進むしかなかった。




「……気をつけろ。この先に誰かいる。扉の向こうに気配を感じる」

 扉の前でロキが立ち止まり、ゲンたちを振り返った。

「もしかしてジュリアスか? だったら話がはえーじゃねーか」

「いや、やつがいる皇帝の間はもっと奥だ。こんなところにいるとは考えにくい」

 ゲンの言葉をロキは一蹴した。

「ウェルダーか、ヒューゲルか。それとも、ガディスか、マイストか……。誰であれ楽な相手ではない……」

 ロキが挙げたのは、帝国軍に所属する将軍たちの名だった。いずれ劣らぬ猛者ばかりだ。原作どおりであれば、その中の誰かが扉の向こうで待ち受けている。

「誰だろーと倒さなきゃなんねーのは一緒じゃねーか。時間がもったいねーよ。さっさと行こーぜ」

 ゲンたちは部屋に飛び込んだ。

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