83 地下5階
「……この剣、マジですげーな! 何でできてんのかはしんねーけど、控えめに言って最強じゃねーか!」
ゲンはまじまじと剣を見つめていた。刃はいつもと変わらぬ輝きをたたえ、変わった様子は全くない。だが、ゲンたちの命を救ったのはこの剣だ。この剣のおかげで、今ここにこうして立てているのだ。惜しむらくは、落ちている途中で気を失っていて、ゲンはその瞬間を目撃していない。
ロキとケンジアの話によると、落下中に剣の刃が突然輝き始め、3人は光に包まれたという。そして、次の瞬間には落下速度が大幅に落ちたため、床との激突を免れることができた。大した衝撃もなく、床に降り立つことができた。まさに奇跡としか言いようがなかった。
高所から落下して助かったのは、今回で2回目だ。前回はグランデの町。10階ほどの高さから転落したが、気がついたときにはなぜか怪我一つなく地上に立っていた。落ちたのは夜中だが、気がついたのは昼間だ。しかも、2日半が経過していた。どうして助かったのかはわからない。その間自分がどこでどうしていたのかも、ゲンは全く覚えていない。どういうわけか、その間の記憶が全くなかった。
ここは地下5階。ゲンたちは最上階からここに落とされた。間にあるすべての階の天井は割れていたはずだが、いつの間にか元の状態に戻っている。もし気を失っていなかったならば、着地した直後に上の階から順に床が復活していくのを、ゲンも目撃することができていただろう。
ケイムいわく、目的物は最上階ではなく、ここ地下5階にあるという。誰もが思いつく頂上ではなく、最下層にするところがいかにもケイムらしい。もしゲンが同じイベントを考えたなら、おそらく何も考えずに最上階に石を配置していただろう。
他の3組は早々に地下5階まで落とされたという。ゲンたちが無駄に最上階まで進んでいる間に、それぞれの塔にある石を破壊していてもおかしくはない。その回数が2桁になっているパーティーもいるかもしれない。
各々の石に与えられた再生能力は驚異的で、他の石が1つでも存在していれば、どんなに粉々にされようと5分後には元の姿に戻るという。ゲンたちが石を壊すまで、他の仲間たちは5分ごとに同じ作業を延々と繰り返すことになる。つまり、ゲンたちも急がなければならない。
「……どー見てもあそこっきゃねーな」
ゲンの声に、ロキとケンジアも頷いた。あそことは、赤い扉を指す。今までとは明らかに違う扉が、この階には付いている。この塔にあるとされる石の色と、この階にある扉の色とが同じなのは、決してただの偶然ではないだろう。
ゲンたちは扉に向かって歩き出した。
「もーいーかげんにしやがれ!!」
ゲンは怒りをぶちまけた。遭遇率が異様に高い。数歩進むごとに敵が出現しているような気がする。敵の強さが上階とさほど変わっていないのだけが救いだ。
戦闘ではゲンが一人気を吐いた。剣技を駆使し、敵を即座に撃破していった。ロキとケンジアはさぞ退屈だったに違いない。
この遭遇率の高さは、決してこの塔に限ったことではないだろう。他の塔の地下5階も同様である可能性が高い。仲間たちは大丈夫だろうか。そう簡単にやられるようなメンバーでないことはよくわかっているが、連絡が取れないせいで不安だけが募っていく。今は無事を信じるしかなかった。
数多くの戦闘を経て、ゲンたちはやっと赤い扉の前に辿り着いた。扉にはやはり問題が書かれている。いつものようにロキがそれを読み上げた。
「この扉の奥にある石の名は何か。
①青龍筒
②他山の石
③朱雀紋
④玄武丸
⑤試金石
⑥麒麟磁
⑦白虎体
⑧金剛石」
「朱雀紋、ktkr!」
ゲンは快哉を叫んだ。ロキとケンジアも安堵の表情を浮かべている。
最上階では決して見つからなかった文字が、遂に選択肢となって登場した。朱雀紋。この塔にあるとされる石の名だ。表面にさまざまな文様が刻まれた赤い石だと、ゲンたちはヨハンから聞いている。
「③!!」
3人の声が重なる。最後の問題だから全員で同時に答えようということで、意見が一致したのだ。
もちろん正解だった。扉は一瞬で消滅した。
「ファッ!?」
壁の向こうに突撃しようとしていたゲンの顔に、一瞬で驚きが広がる。消えた扉の向こうにあったのは扉だった。やはり色は赤い。当然のように問題も書かれている。今までの階と異なり、1問正解しただけでは突破できないようだ。何問かを連続で正解する必要があるのだろう。
もし途中で間違えればどうなるのだろうか。ケイムの話に従えば、ここは最下層だ。今までは下の階に落とされていたが、ここでは別のペナルティが待っているのかもしれない。
「この扉の奥にある石は何色か。
①黒色
②紫色
③青色
④緑色
⑤白色
⑥黄色
⑦赤色
⑧橙色
……これはひっかけではないのか?」
「ちょっと簡単すぎるよね……」
ロキたちは戸惑いを見せていた。あまりの簡単さに、拍子抜けしているのだろう。
そんな2人の心配をよそに、ゲンは躊躇なく正解の番号を答えた。扉が消え、そのすぐ向こう側にあった別の扉が姿を現した。
「この扉の奥にある石の特徴は何か。
①立方体をしている
②信じられないほど軽い
③まん丸い形をしている
④強い磁力を帯びている
⑤表面に多くの模様がある
⑥見る角度により色が変わる
⑦筒のような形をしている
⑧常に淡い光を放っている
……これも簡単だな」
「間違えるわけがないよね」
2人が同時に答えると、扉は呆気なく陥落した。だが、その奥にはやはり別の扉が待ち構えていた。
「この扉の奥にある石を壊せばどうなるか。
①この塔が崩れる
②呪われて命を落とす
③隠し扉が出現する
④異世界に飛ばされる
⑤邪悪な神が降臨する
⑥結界が消滅する
⑦大きな災いが起きる
⑧別の石が現れる
……これも余裕だな」
「選択肢がなくても答えられるよね」
ロキとケンジアは同時に正解を叫んだ。だが、またも別の扉に行く手を阻まれた。
「最後の質問である。覚悟はいいか?
①いいえ
②いいえ
③いいえ
④はい
⑤いいえ
⑥いいえ
⑦いいえ
⑧いいえ
……ついに来たか」
「いよいよだね」
ロキとケンジアはすぐに身構えた。
「やっとかよ。すいぶんと焦らしてくれたじゃねーか」
ゲンも同じ行動を取る。この後何が起きるかは容易に想像できた。石の守護者として、強敵が出現する可能性が極めて高い。この階で出された問題の答えを順に並べると「皆殺し」と読めるのも、単なる偶然ではないのかもしれない。
消えた扉の奥には小部屋があった。6畳ほどの広さで、中央に台座が置かれている。その台座の上に、不規則な模様が刻まれた赤い石が鎮座しているのが見える。大きさはゲンの頭と同じくらいだろう。
「あれが朱雀紋……!」
ケンジアが感慨深そうに呟く。
「敵はいないようだな」
ロキは周囲を見回している。敵の気配は全く感じられなかった。
「そりゃいーじゃねーか。じゃ、さっさと終わらせよーぜ」
ゲンが部屋に入ろうとしたそのときだった。周囲に不気味な気配が満ちたのを感じ、ゲンは思わず後ずさった。ロキとケンジアも同様だった。
「我ガ名ハベリオール……! 悠久ノ時ヲ生キル者……!」
凄みのある声とともに現れたのは、人型をした魔物だった。その全身にまとっているのは、燃え盛る紅蓮の炎だ。
「ベリオール(CV:宇木田俊平)じゃねーか! ふざけんじゃねーぞ! あんなとんでもねーバケモンに勝てるわきゃねーだろ!!」
思わず叫んだ。敵の手強さは、作者であるゲンが一番よく知っている。
ベリオール。バジルが主人公を務める作品、『勇者失格』に登場する古の魔人だ。不死身という設定に加え、攻撃を受ければ受けるほど強くなるという特性も持ち合わせており、作中ではあの魔王グランツですら倒すことを諦めている。そのいわくつきの難敵が、今ゲンたちの前に立ちはだかっていた。
「原作のベリオールは不死身で、攻撃されるほど強くなるっつーチートキャラだ。バジルやグランツでも倒せなかった、ガチのバケモンだぞ」
「不死身だと……!?」
「そんな……! 勝てるわけがないよ……!」
一瞬でロキたちに絶望感が漂った。
だが、ゲンは知っている。ベリオールを倒すことはできないが、眠りに就かせることなら可能だということを。ただし、誰かが命を落とさなければならない。その者が本来生きるはずだった残りの寿命を喰らうことで、ベリオールはそれと同じ期間だけ眠り続ける。寝ている間に強さもリセットされる。
もしゲンが小説をもっと先まで書き進めていたなら、バジルたちは物語の終盤でベリオールと遭遇していただろう。そして、バジルが持つ聖剣ですら屠ることができない魔人を眠らせるため、仲間の一人が自らの命を捧げるという悲しい決着を迎えていたはずだ。
原作と同じだとしたら、誰かが犠牲になればこの難局を乗り切ることができるだろう。だが、同じでなかった場合には、問題の答えが示唆しているように、ゲンたちを全滅させるまでベリオールが暴れ続けるのかもしれない。
「無理ゲーだろーとやるしかねーんだよ! こんなとこで負け――」
「我ガ欲スルハ、貴様タチノ命……! 喰ワセロ……! 貴様タチノ命ヲ、我ニ喰ワセロ……!!」
雄叫びを上げながら、ベリオールが襲いかかってきた。




