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8 妖精

「やっと着いた……」

 着くなり、ゲンは座り込んだ。ずっと歩き続けて足腰が痛い。

「まだそんなに歩いてないだろ。もう疲れたのか?」

「オレはオマエらみてーに若くねーんだ。それに、20年以上に渡る自宅警備員の激務のせーで、体のあちこちにガタが来てる。少し動いただけでこのざまだ」

 ゲンは大袈裟に顔をしかめながら、足の筋肉を叩き始めた。

「それは単なる運動不足でしょ。あれだけで疲れるなんて信じられないわ」

「敵もたくさん出たじゃねーか。雑魚が相手でも、あれだけ戦うとさすがに疲れるよな」

「フッ、戯言を……。卿は何もしておらぬ……。すべて余たちが粛清した……」

「そーだったか? 覚えてねーな」

 ゲンは笑ってごまかした。ここに着くまで数多くの敵と遭遇したが、結局ゲンが戦うことは一度としてなかった。

 

 4人は城にいた。町に行く前に、少し手前にあるこの城に寄ってみることにしたのだ。

「それにしても、かなり古い城ね……」

「あちこち崩れているし、廃墟みたいだな」

「フン、これでは余の居城にすることはできぬな……」

 ユーシアたちは城を見上げている。かつては美しかったであろうその城も、長い年月を経てあちこちの壁が崩落し、まるで廃墟と化していた。


 レイミー城。ユーシアが主人公を務める話に出てくる城だ。ただし、この城が登場するかなり前でかきかけになっているため、ユーシアもここに来るのは初めてだ。

 もしここまで話が進んでいたなら、中から聞こえる不気味な声の正体を探るため、ユーシアたちは城に潜入していたことだろう。


 目の前に扉がある。老朽化した城には似つかわしくない、まだ新しく重厚で頑丈そうな観音開きの扉が入口を塞いでいた。

「城が古くなっても、この扉だけは新しいままだな」

「それだけしっかりと頑丈に作られているということね」

「フン、面白い……。扉の分際で、余の行く手を阻むか……」

「建物はボロイくせに、扉だけは頑丈なんだよな、この城は。原作じゃレイナ(CV:久松美智恵)が鍵を開けることになってんだが、今はいねーから無理だな」

 かきかけにしてもう20年以上になるというのに、今でも瞬時にCVの名前が出てくるのはさすがだ。

 レイナはユーシアのパーティーの一員だ。ユーシアと同じく戦士だが、転職前は盗賊。ユーシアよりも素早さに長け、ある程度の鍵なら開錠することもできる。


「じゃじゃ~ん、i子ちゃん、登場~~~!」

 突然、能天気な声とともにゲンたちの前に現れたのは、小さな妖精だった。身長は30センチほど。羽と尻尾を持ち、フリルのたくさんついたかわいらしい赤い服を着て、空中にふわふわと浮かんでいる。

 妖精のi子。これもゲンの生み出したキャラクターだ。

「i子ちゃん、久しぶりね。元気だった?」

「i子ちゃんは今日も元気だよ~。ミトちゃんも元気~?」

「私も元気よ」

 ミトとi子は2人で盛り上がっている。


「うぉぉぉぉ! これはすげー! これはすげーぞ! ゆりりあとまりりあ、奇跡の共演じゃねーか!!」

 ゲンは大興奮だ。目を輝かせながら、食い入るようにミトとi子の会話をじっと見つめていた。

「おっさん、一体どうしたんだ?」

「オマエはこの感動的なシーンを見ても何も思わねーのか? ミトの声優ゆりりあこと西優里亜と、i子の声優まりりあこと森井真利亜。2人は昔から共演NGなんだぞ。だから、この2人の声を同時に聞くのは無理だと思っていた。それがまさかこんな形で実現しよーとは……! ああ、生きててよかった……!」

 ゲンは満面の笑みで身をよじらせている。


「なに、このおじさん、気持ち悪~い」

「i子、すまねーな。オレは作者だ。オマエの生みの親だぞ」

「うそ~、こんなキモい人が作者だなんて、i子ちゃんショック~~~!!」

 i子は両手で顔を覆って泣く真似をした。

「i子ちゃん、この人が喜ぶから、キモいと言わないほうがいいわよ」

「え~、何それ~。本当にキモ~い。キモ過ぎる~」

「いいぞ、i子。もっとキモいと言ってくれ。もっと罵ってくれ。まりりあの声で罵られるとか、完全にご褒美じゃねーか!」

 氷のように冷たい複数の視線に貫かれながら、ゲンは一人で盛り上がった。


「ミトちゃんたちはこのお城に入りたいの~?」

「別に入りたいわけじゃないのよ。たまたま前を通りかかって、頑丈そうな扉だねって話していただけよ」

「そうなんだ~。i子ちゃん、この扉を開けられるよ~。鍵なんて余裕だよ~」

 そう言うと、i子は扉の鍵穴の前までふわふわと飛んでいった。ハートの形をしていた尻尾の先が、いつの間にか鍵のような形に変わっている。

「ちょっと待っててね~。すぐ開くと思うよ~」

 扉に背を向けると、尻尾の先を鍵穴に差し込む。尻尾が小刻みに震えたかと思うと、カチリという音が響いた。

「すごいわね、i子ちゃん!」

「えへへ~。このくらい楽勝だよ~」

 i子が鍵穴から尻尾を抜くと同時に、扉は音も立てずにゆっくりと手前に開いた。まるで開けられるのを待っていたかのようだ。


「真っ暗で何も見えねーぞ。この暗さ、原作以上じゃねーか」

 扉の向こうには一面の闇が広がっている。外の光が差し込んでいるはずだが、それにもかかわらず完全な闇の世界だ。開いた扉を境に、明暗がくっきりと分かれていた。

「外の光が全然中に届いていないぞ。なんて濃い闇なんだ」

「なんだか不気味ね。こんな深い闇、初めて見たわ」

「フッ、闇は余の力の源……。量も質も申し分ない……」

 ユーシアたちも闇の深さに驚いているようだ。

「なんかワクワクするね~。中はどうなっているのかな~? i子ちゃん、ちょっと中を見てくる~」

 i子の尻尾の先が、いつの間にかその姿を変えていた。今はライトのような形になり、まばゆい光を放っていた。

「i子ちゃん、やめておいたほうがいいわ。危ないわよ」

「大丈夫~。i子ちゃん、強いんだよ~。敵が出たらこれでやっつけるよ~」

 次の瞬間、i子の尻尾の先がナイフのような形に変化した。それをブンブンと振り回す。


「そーか。オマエは尻尾の先がいろんなものに変化するんだったな。確か原作じゃ……、ってちょっと待て。オレ、オマエが出てくる小説、一文字も書いてねーよな? 設定だけ考えて、そこで放置してるよな?」

「そうだよ~。i子ちゃん、出番が来るのをずっと待ってるんだよ~」

 i子は怒ったように頬を膨らませた。


 ゲンにはかきかけの作品だけでなく、書いてすらいない作品も複数存在する。設定や構成を考えただけで満足し、書き始めることなく放置しているのだ。

 i子が登場する作品『めとる』も、そのうちの1つだ。指定された年齢までに結婚しないと死亡する呪いをかけられた一族に生まれた主人公が、死から逃れるために婚活を行う物語で、i子はそれをサポートする役どころだ。

 尻尾の先がUSB、ナイフ、ライト、鍵、マイクなど様々なものに姿を変え、それで主人公を幾度となく助ける設定になっている。USBを介して意識をインターネットの世界に潜り込ませ、サイトで知り合った相手の正体を見破ることもでき、それがi子の名の由来である。


「それにしても、書いてねー小説のキャラまで出てくるなんてすげーな。かきかけのやつだけかと思ってたぜ」

 ゲンは驚きを隠さなかった。

「っつーことは、『亡国の魔術師』のレイモンド(CV:峯野陸翔)とか、『反撃の微人』のクライン(CV:中林大希)やルーモス(CV:津崎一生)なんかも出てくんのか? そりゃ楽しみだぜ。特にだいきといっせーは、数多くの作品で共演してる名コンビ。これ以上ねー組み合わせじゃねーか」

 未執筆作品の登場人物たちの名前を挙げて、ゲンは一人で盛り上がる。

 ユーシアたちの呆れたような視線が、いくつもその体に突き刺さっていた。

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