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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
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74 謎の剣

「……クラインのやつ、やっぱすげーな……」

 ゲンは感嘆のため息を漏らした。エクセスの町の地下研究所と同じように、クラインの実力を見せつけられていた。

 数千回に及ぶ試行錯誤に末に見つけ出した踏み方を、クラインはここでも披露していた。床の10か所を合計で200回、リズムよく踏んでいく。連続で踏んだり両足で踏んだり高速で踏んだり、途中で何度もリズムが変わったりとかなり複雑だが、クラインの動きは正確だった。


 ここは隠し部屋だ。最奥部の部屋の壁が、一部どんでん返しのように回転する仕掛けになっており、その奥にあったのがこの部屋だ。転送された直後、クラインがこの地下室内を探索していて偶然見つけたという。

 奥の壁に扉がついている以外は、何もない部屋だった。扉の前の床が、一部光っている。そこをクラインが踏んでいるのだ。

 やがて扉が開き、ゲンたちは先に進んだ。




 扉の先にも同じような部屋が続いていた。やはり殺風景で、同じように奥の壁に扉がついている。唯一違うのは、左側の壁だ。胸ほどの高さに、なぜか剣が突き刺さっている。

 剣は刃の大部分が壁に埋まっていた。柄には豪華な装飾が施されているが、色褪せたり割れたり欠けたりしている箇所が目立つ。見るからに歴史を感じさせる剣だった。

 刺さる剣のすぐ近くに、ガラスでできたプレートが貼り付けられていた。剣とは対照的に、かなり真新しい。そこには文字が刻まれていた。


「この剣、どちゃくそ怪しーじゃねーか! このタイミングでこんなとこに出てきたっつーことは、どー考えても手に入れねーとあかんやつだろ! この剣じゃねーとジュリアスを倒せねーまであるぞ!」

 思わず叫んだ。壁に刺さった古びた剣など、どの作品にも出てこない。だが、状況が状況だけに、その剣が極めて重要な意味を持つであろうことは容易に予想できた。

 ゲンの言葉に異を唱える者はいなかった。誰もが立ち止まり、じっと剣を見つめていた。



「ワレヲタタエヨ、サスレバヌケン……」

 クラインがプレートに刻まれた文字を読み上げた。その文言から考えて、剣を抜く方法に違いない。 

「我を称えよ? 我って誰だ? この剣のことか? この剣を褒め称えればいいのか?」

 クラインは顎に手を当て、首を傾げている。


「そんなもん気にすんな。そんな面倒くせぇことやってられっかよ。時間もねぇし、こんなもん力づくで引き抜いてやりゃいいんだよ!」

 言うが早いか、ゴリマルドは剣に歩み寄ると、引き抜こうと試みた。だが、その巨体と怪力をもってしても、剣はびくともしなかった。

「おもしれぇ! 剣のくせになかなかやるじゃねぇか! 俺も本気でいくぜ!」

 ゴリマルドは壁に片足をかけた。壁を足場にして全身のバネを使って引き抜こうとしているようだ。顔を真っ赤にして剣と格闘したが、いささかも動かすことができなかった。


「今度は僕がやってみるよ。僕の魔法でなんとかならないかな?」

 ケンジアが立候補した。剣の柄に手を添えると、何やら呪文を唱え始めた。終わると同時に引き抜こうとしたが、やはりぴくりともしなかった。

「やっぱりだめみたいだね……」

 ケンジアは苦笑いを浮かべた。唱えていたのは、相手の戦闘力を下げるときに使う、武具を一時的に弱体化させる魔法だという。剣を弱体化させて抜こうという魂胆だったようだが、失敗に終わった。


「兄ちゃん、無理矢理抜こうとしてもだめだってば。そこに書いてあるとおり、褒めなきゃ」

 次に進み出たのはニンジアだ。

「盗賊だから、俺にはわかる。これはものすごく価値のある剣だ。どう安く見積もっても、億は下らない。なんといっても……」

 ニンジアは剣を褒め始めた。柄の色や形、装飾をはじめ、壁からわずかに覗く刃など、その一つ一つを大袈裟なほどに褒めちぎった。盗賊という職業のせいなのか、本人の元々の資質なのか、口はかなりうまい。

「もっとよく見たいから、さあ、抜けてくれ。抜けて、刃全体を見せてくれ」

 そう言いながら、ニンジアは剣を引き抜こうとした。だが、その願いが叶えられることはなかった。


「しょうがないねぇ。あたいが落としてやるよ」

 加奈の体から飛び出した霧が、一瞬で女の悪魔に姿を変えた。夢幻だ。ずっと加奈の体内で休んでいたが、興味を惹かれて出てきたのだろう。

「あんた、なかなかイケてるじゃないか。見てるだけでゾクゾクしてくるよ。あたい、あんたのことが気に入ったよ」

 夢幻は剣の柄に顔を近づけ、優しく息を吹きかける。その後も柄を撫でながら、艶めかしく誘惑するような言葉をかけ続ける。

「いつまで待たせるつもりだい? 早くあたいのそばにおいで」

 今までの蠱惑は水泡に帰した。全く動かなかった。剣に色仕掛けは通用しなかったようだ。

 夢幻は悔しそうに舌打ちをすると、再び加奈の体内へと消えていった。



「ちょっと待て。俺たちは大きな勘違いをしているかもしれない。称えるのは剣しかないという考えは、捨てたほうがよさそうだ」

 ロキはそう言うと、壁を指差した。

「称えるのは剣ではなく、壁かもしれない。壁に刺さった剣が抜けないのなら、壁をどうにかすればいい。壁の力が弱まれば、きっと剣は抜ける」

「壁を称えるのなら、俺に任せてくれ」

 ロキの言葉に最初に反応したのはクラインだった。おもむろに壁の前に立つ。


「俺はこの3日間ずっとここにいたが、とても過ごしやすかった。ここが地下だということを忘れるくらい、居心地がよかった。温度も湿度も快適だった」

 クラインは身振り手振りを交えて話している。この地下室に3日間滞在していた経験を活かし、時にはエクセスの地下研究所も引き合いに出しながら、快適に過ごせたのは壁のおかげだという論調で話を展開していった。

「やはり、壁というものは……、だめか」

 クラインはそこで話をやめた。諦めたのだろう。話の途中で何度か剣を抜こうとしていたが、全く動かなかった。


「うちの出番や~。いっくで~」

 次に飛び出したのはマリリアスだ。壁に突進すると、何度も叩き、蹴った。もちろん、壁はびくともしなかった。

「この壁、すごいやん! めっちゃ強いやん! うちが本気でしばいても、びくともせえへん! これなら安心やわ~! この頑丈さ、心強いわ~!」

 壁の頑丈さを褒めながら、マリリアスはなおも攻撃を続けた。かなり手加減をしているのか、本当に壁が強固なのか、何度やっても壁には傷一つつかない。

「あかんわ~。うちでも無理や~」

 剣が全く動きそうにないとわかり、マリリアスも撤退した。




「だめだ……。どうやっても抜けない……」

 仲間たちは頭を抱え込んでいる。壁に刺さった剣はまだ抜けない。抜けるどころか、ほんの1ミリも動いていなかった。

 剣と壁を同時に称えたり、何人かで一斉に褒めたりしたが、剣は全く抜ける気配を見せなかった。褒める観点を変えたり、さまざまな表現を使って賞賛したが、状況は好転しなかった。剣を使っていたであろう戦士や、鋳造したであろう鍛冶屋にまで範囲を広げて褒め称えたが、何も変わらなかった。

 仲間たちの間に、諦めムードが漂っていた。 


「……しゃーねーな。もー時間がねーし、オレがやってやんよ。こんなの、こんとんじょのいこ。書いてるとーりにやるだけじゃねーか」

 仲間たちの行動をずっと見守ってきたゲンが、やっと口を開いた。そして、ゆっくりと壁に近づく。足を止めたのは剣の前ではなく、文字が刻まれたプレートの前だった。

「オマエら、よく見てろ。ワレヲタタエヨ、サスレバヌケン、っつーのは、こーゆーことなんだよ!」

 ゲンの右の拳が、プレートを直撃した。ガラスが音を立てて砕け散る。ゲンの突然の行動に、仲間たちから驚きの声がいくつも上がった。


 拳が激しく痛み、血も滴っている。だが、ゲンは歯を食いしばってただじっと我慢していた。心配するなと言わんばかりに、仲間たちを左手で制している。そして、ゲンは負傷した拳を優しく撫でるように何度も触った。

 次の瞬間だった。壁に刺さった剣がひとりでに抜け、乾いた音を立てて床に転がった。仲間たちがいろいろ試してもびくともしなかった剣が、ゲンの一連の行動により呆気なく抜けたのだ。仲間の誰もが目を丸くしたに違いない。巻き起こった大きなどよめきがそれを証明していた。


「兄さん、大丈夫なの……? どうして剣が抜けたの……? あたしには意味がわからないわ……」

 元子は狐につままれたような表情で肩をすくめた。

「どーしても何も、あれに書いてたとーりにやっただけじゃねーか。でも、オレと同じことをオマエらがやっても抜けねーぜ。この剣はヲタにしか抜けねーんだ。オレはヲタだ。声優ヲタだ。アニヲタだ。だから抜けたんだ。オマエらの中にヲタっている? いねーよな?」

 ゲンは早口でまくしたてた。その意味がわからないのか、仲間たちはただ首を傾げるだけだった。


「まだわかんねーのか? ヲタが割って耐えて摩ったから抜けたんじゃねーか。あれに書いてただろーが。『割れ、ヲタ。耐えよ。摩れば抜けん』っつー言葉が。だからそのとーりにしただけじゃねーか」

 ゲンの言葉に、仲間たちは水を打ったように静まり返った。誰もが呆気に取られているのだろう。まさかこんな答えだったとは思ってもいなかったに違いない。


「オマエら、ボーッと生きてんじゃねーのか!? なんでオレみてーに秒でわかんねーのか、小一時間問い詰めてーぜ! オマエらがどーすんのか見てたら、いきなり剣を褒め始めたから、大草原不可避だったじゃねーか! オマエらの声が、剣や壁に聞こえるわきゃねーだろjk!」

 ゲンはここぞとばかりにマウントを取った。仲間たちはただ俯いているだけだった。


 ――このプレートを割れ、ヲタ! 痛くても耐えよ! そして、拳を摩れば剣は抜ける!

 それがゲンの解釈だった。プレートを見た瞬間にわかった。それが間違いでなかったことは、抜けた剣を見れば明らかだった。



「じゃ、この剣はオレが使わせてもらうぜ。オレが抜いたんだから、当然だよな? 異論は認めねーぞ」 

 ゲンは剣を拾い上げた。柄こそ古ぼけているが、剣身に刃こぼれや傷などはない。切れ味も悪くなさそうだ。これなら十分に使えるだろう。

 ナルピスに剣を破壊され、ロキから借りた短剣で戦っていたが、もうその必要はない。ゲンはロキに短剣を返した。

 もちろん、回復魔法を使えるセイラに頼んで、拳の傷を癒してもらうことも忘れなかった。


「じゃ、さっさと先を急ごーじゃねーか」

 ゲンの号令で、クラインが扉の前で床を踏み始めた。

 どこかで何かが崩れ落ちたような音がした。入口の扉や天井が破壊されたのかもしれない。

 もはや一刻の猶予も許されなかった。

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