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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
73/143

73 奇跡

「……こりゃすげーな。まさかこーなるたー思わなかったぜ。どー考えても奇跡だろ」

 ゲンは興奮していた。奇跡としか思えないような光景が、目の前に広がっていた。

 ゲンたち4人が助かったのはもちろんだが、ゴリマルドたち4人に加え、アークスたち3人も無事だった。帝国で戦っていたメンバーのうち、レイモンドを除く全員が今ここに集結していた。お互いの健闘を称え合い、無事を喜び合っていた。誰もが危機的な状況だったことを思えば、この光景はまさに奇跡としか言いようがなかった。 

 その奇跡は、たった一人の男によって起こされた。男の名は、クライン・ショウ。微人討伐団3番隊の隊長という肩書を持つ。エクセスの町でゲンたちと行動を共にし、地下研究所でルーモス信号を送ろうとして不運にも転送されてしまった、あのクラインのことである。



 ここは帝都アストリアに最も近い町フィースト。その地下に人知れず存在する地下室。クラインはケイムからそう聞いたという。クラインが転送されたのは、原作にも登場しないこの場所だった。

 十分な広さがあり寝泊りもできるが、水や食糧の備蓄は少なく、設備や寝具、調度品などはどれも古い。長居したいと思えるような場所ではなかったため、クラインは外へ出ようと考えた。

 エクセスの町の地下研究所と同じで、ここの出入口はただ一つしかない。その開け方も同じだった。すなわち、床の一部がスイッチになっており、正しい場所を正しい順番で、正しいリズムですべて踏むという、いわゆるフルコンボを達成しなければ開けられない。1つでも間違えれば初めからやり直しだ。

 研究所と異なるのは、踏む床の数だ。研究所では6か所だったが、ここでは10か所。当然、踏む総回数も増えているはずで、研究所と同じ踏み方はもちろん通用しなかった。だが、クラインは決して諦めることなく、たった一つの正解を求めて試行錯誤を繰り返した。開けられるものなら開けてみろという挑発を、ケイムから受けたことも大いに影響しているだろう。


 ノーヒントで正解を見つけようとするその挑戦はあまりにも無謀だが、可能性は0ではなかった。クラインが持つさまざまな知識を駆使すれば、決して不可能ではなかった。

 クラインは知っていた。踏む床が10か所である場合、踏む総回数は200回だということを。10回で1セット、つまり20セットで構成されているということを。

 クラインは知っていた。1セット中における踏み方は30パターン、リズムは10パターンあるということを。その内容はすべて暗記している。あとはどこから踏み始めるかだけの違いだ。

 クラインは知っていた。踏み方やリズムには、よく使われるものとそうでないものがあるということを。連続するセットに多く見られる組み合わせと、全く使われない組み合わせが存在するということを。頻繁に踏まれる場所と、そうでない場所があるということを。

 

 以上を踏まえれば、あとは簡単だった。よく使用されるパターンを優先的に試しながら、ひたすら回数をこなしていくだけだった。考えられるすべてのパターンを試す、いわゆる総当たり攻撃をやっていけば、いつかは正解を見つけることができる。

 20セットの組み合わせとなると、気が遠くなりそうなほど膨大な数に及ぶ。だが、それを片っ端から試すだけの体力と根気をクラインは持ち合わせていた。これが最初の奇跡だったのかもしれない。


 

 その後、クラインはひたすら床を踏み続けた。必要最低限の食事や休息しか取らず、ひたすら試行錯誤を続けた。そして、丸3日に渡る苦行の結果、遂に正解に辿り着いたのだ。

 試行回数は数千回に上ったが、組み合わせの総数を考えれば信じられないほど少ない数だ。正解は使用頻度の高いパターンのみで構成されていたというのが、その最大の理由だろう。これも奇跡と呼べるのかもしれない。

 奇跡はさらに続いた。クラインのフルコンボによって扉が開いたとき、そのすぐ脇にゴリマルドたちがいたのだ。ゴリマルドたちは魔物に追い詰められ、全滅の危機に瀕していたが、素早く地下室に逃げ込んで難を逃れた。

 ナルピスは町にゴリマルドがいなかったと言っていた。ケイムに見せられた映像にもゴリマルドたちは映っていなかった。その理由がこれで明らかになった。


 奇跡はまだ終わらない。その後、何者かがすぐ近くで魔物と戦っていることに、ゴリマルドと共に行動していた魔女セイラが気づいた。それがこの町に転送されたゲンたちであることは言うまでもない。セイラはケンジアたちが放った魔法を感じ取ったのだ。すぐにクラインが扉を開けようとしたが、焦りと疲れからか何度も失敗を繰り返す。やっと成功したのは、ゲンたちがやられる寸前だった。

 奇跡はなおも続く。ケイムによりアークスたちもこの町に転送されたのだ。元子が魔法を使ったことでセイラがそれを感じ取り、クラインが再び扉を開けた。3人もすかさずこの地下室に逃げ込み、事なきを得た。


 以上が、ゲンと仲間たちに起きた奇跡のすべてだ。奇跡に奇跡が重なり、ゲンたちはここにこうして集結することができた。惜しむらくは、レイモンドと再会するという奇跡だけが唯一起きなかった。突出した魔法の技量を誇るレイモンドを失ったことは、ゲンたちにとって非常に大きな痛手だろう。




「……レイモンドのこたー気にすんな。オマエらのせーじゃねーよ。レイモンドも親の仇のザイクを倒せて本望なんじゃねーか?」

 ゲンはアークスたちに話しかけた。仲間との再会を果たせたというのに、アークスたちの表情は暗く、口数も少なかった。やはりレイモンドのことを気に病んでいるのだろう。

「自分が情けねえわ……。瞬間移動を封じられたら、俺には何もできねえって……」

 アークスは目を真っ赤にして、自分自身を蔑むように笑った。それがレイモンドが死んだ遠因なのだと、ゲンはすぐに理解した。


 ザイクは真っ先にアークスの瞬間移動を封じたという。アークス本人ではなく、帝国の空間そのものに魔法をかけた。驚くべきことに、それは瞬間移動を無効化するという、アークスにとって致命的な魔法だった。数メートル程度の短い距離なら可能だが、遠く離れた場所へは移動できなくなってしまった。

 危なくなったら瞬間移動で遠くへ逃げようというアークスの目論見は、脆くも崩れ去った。圧倒的な強さを誇るザイクを相手に倒すか倒されるかの二択しかなくなり、最後はレイモンドが自らの魔力を暴走させて相討ちに持ち込んだ。もしそうしていなければ、間違いなく全滅していただろう。


 アークスの瞬間移動に、ゲンも幾度となく助けられた。帝国に来てからも、調子に乗りすぎて孤立した際に救われたことは記憶に新しい。それが封じられてしまったことは大きな損失だ。今後の帝国内での戦いにおいて、瞬間移動を活かしたアークスの八面六臂の活躍には期待できないだろう。

 危機に陥った仲間たちの救援にも、もう駆けつけられない。今この瞬間にも、レティアンの町ではランディたちが苦戦を余儀なくされているはずだ。アークスたちもケイムからその映像を見せられているに違いない。アークスの表情を曇らせている一番の原因は、戦友を助けに行けないことなのかもしれない。

「……ランディたちを信じろ。あいつらはそー簡単に負けたりしねーよ」

 それ以上はかける言葉が見つからなかった。


「……そういえば、ザイクがこれを落としたわ。兄さんたちはこれを集めてるんでしょ?」

 元子が懐から取り出したのは、橙色をした小さな球だった。宝珠だ。

「あのケイムって子が、これは陽の宝珠だと言ってたわ」

「陽の宝珠ktkr。全部で18個あるっつーのは、ハッタリじゃなかったみてーだな」

 苦笑いを浮かべるしかなかった。原作には登場しない陽の宝珠が、今ここにある。原作の宝珠は6個だが、この世界では18個に増やしたというケイムの言葉は、嘘ではなかったようだ。

 ゲンは宝珠を受け取った。これで通算3個目だ。だが、他の2個はゲンの手元にはない。水と土の宝珠は、ミトが持っている。グランデの町で出会ったニケとともに、今ごろはメルグ大陸を旅していることだろう。その消息が気になるが、今は無事を祈ることしかできない。



 

「……ゴリマルド、オマエのせーでひでー目に遭ったじゃねーか」

 次に話しかけた相手はゴリマルドだ。ゴリマルドがいなかったからという、ほぼ八つ当たりに近い理由で、ゲンたちはナルピスに襲われた。

「ロキから聞いたぜ。お前、バラという漢字を書かせてナルピスの野郎を撃退したんだってな。そんなまどろっこしいことやってんじゃねぇよ。あんななよなよしたやつ、力でねじ伏せてやりゃいいんだよ」

 はち切れんばかりの力瘤を見せながら、ゴリマルドはガハハと豪快に笑った。身の丈2メートルの大男は、やはり迫力が違う。

 ゴリマルドたちは元々この町にいたわけではなく、やはりケイムによって転送させられたという。転送前に何度かナルピスと戦っており、その過程で一度だけナルピスに攻撃を食らわせた。剣の切っ先が掠めただけとはいえ、その一撃がナルピスの額に傷を残したのだ。


「じゃ、今度ナルピスに会ったら、オマエが力ででねじ伏せ――!」

 突然、地下室全体が大きな揺れに襲われた。さらに、天井付近からはミシミシというしなるような音が何度も聞こえてきた。

「こりゃ地震か……?」

 今回は本物の地震だろうか。前回の揺れはレイモンドが魔力を暴走させたときの衝撃だったが、そのレイモンドはもういない。


「……俺たちが3回も地面の中に消えたら、知能の低い魔物どもでもさすがに気づくだろう。あれは魔物どもがここに入ろうとして攻撃している音だ」

 ロキは冷静だった。その推測は、おそらく的中しているだろう。町を埋め尽くす魔物に地面を一斉に攻撃されれば、地震のような大きな振動になってもおかしくない。

 この地下室がどれほどの強度を持つのかは未知数だが、魔物たちの一斉攻撃を想定した造りにはなっていない可能性は高い。

「このままじゃやべーんじゃねーか?」

 ゲンの顔に不安が広がる。仲間たちも似たような反応を示していた。

 扉や天井が破壊されて夥しい数の魔物たちに雪崩れ込まれたら、これだけの精鋭が揃っていても苦戦は免れないだろう。もちろん全滅もあり得る。

 避難しようにも、出入口は1つしかない。そこには多くの魔物が群がっているはずだ。


「それなら奥に逃げよう。一番奥に隠し部屋があって、そこに意味ありげな扉があった。開け方はたぶん入口と同じだ。その先がどうなっているかはわからないが、行ってみる価値はある」

 クラインは奥に向かって駆け出した。すぐにゲンたちも後に続く。

 揺れはどんどん大きくなっている。ここが破壊されるのはもう時間の問題だろう。

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