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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
72/143

72 鬼籍

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

「僕の考えたシナリオは楽しんでもらえてるかな? 今回の戦いでは、大量の敵を蹴散らす爽快感を味わってもらえたら嬉しいな」

 空に映るケイムが楽しそうに笑った。

「楽しーわけねーだろ! ふざけんじゃねーぞ!」

 ゲンは空に向かって怒鳴ったが、ケイムの表情が変わることはなかった。


「また出たね。今度は何の用だろう?」

「またあいつか。いいかげんにしてくれ」

「あの男、相変わらず頭が高いのう」

「何回出てきたら気が済むのかねぇ」

 仲間たちもうんざりしたような表情を浮かべている。ゲンと同じように、ケンジアたちも今までに幾度となくケイムと遭遇しているのだろう。


「それにしても、君に薔薇や憂鬱が漢字で書けるなんて思わなかったよ。僕には書けないから、ちょっとだけ君を見直したよ」

「黙れ小僧! うるせーんだよ! オマエに見直されても嬉しくねーよ!」

「バラという漢字が書けるのなら、もちろんこの問題もわかるよね? 君たちの仲間の中で、バラの花を紋章に使っていた国の出身といえば誰かな?」

「レイモンド一択じゃねーか! それがどーした!?」

 ゲンは即座に答えた。作者には極めて容易な問題だった。

 レイモンドは亡国の王子だ。自らの愚行により滅んだ祖国の再興を目指している。原作の設定では、その国の紋章はバラの花をモチーフにしていたはずだ。



「君たちがナルピスと戦っていたころ、レイモンド君たちはザイクと戦っていたんだよ。ザイクが圧倒的に優勢だったけど、最後は引き分けに終わったよ。レイモンド君が自分の魔力を暴走させて、そのすべてをザイクにぶつけたんだ。ものすごく大きい力だったから、もしかしたら君たちにもその衝撃が伝わったかもしれないね。何か感じなかったかな?」

「さっきの揺れがそーだったっつーわけか!」

 ゲンは思わず叫んだ。ナルピスから死にざまを選択するよう迫られていた時に、一瞬だけ強い揺れを感じた。地震だと思っていたが、違っていたようだ。レイモンドが魔力を暴走させた時の衝撃が、地面を伝わってここまで届いたのだという。


「そうだよ。あれがそうだったんだよ。ここにいる君たちにも衝撃が伝わるくらいだから、本当にものすごく大きな力だったと思うよ。攻撃を食らったザイクはもちろん死んだけど、レイモンド君もザイクの反撃を受けて死んだんだ。相討ちだね」

「そんな……。レイモンドが……」

 泣きそうな声を上げたのはケンジアだった。

 ケンジアにとって、レイモンドは憧れの存在だったに違いない。極めて高い魔力を持ち、多種多彩な魔法を臨機応変に使いこなすその姿は、まさにケンジアが目指す賢者像そのものだ。


「そんなの信じねーぞ! どーせいつものハッタリだろーが!」

 ゲンはケイムを指差して叫んだ。何度かケイムが仲間たちの死を匂わせるような発言をしたことがあるが、すべて真実ではなかった。今回もそうかもしれない。そうであってほしかった。

 レイモンドはゲンの命の恩人だ。公開処刑場で助けられ、追っ手との戦闘でも助けられた。その恩はいまだに何一つ返せていない。



「信じる信じないは君たちの勝手だよ。でも、これを見ても同じことが言えるかな?」

 空からケイムの顔が消えたかと思うと、別の映像が浮かび上がった。無数の魔物たちと戦っている3人の戦士たちの姿だった。それがアークス、マリリアス、元子だとわかるのに時間はかからなかった。

 そこにレイモンドの姿はなかった。順番に映し出されるアークスたち3人は、誰もが泣いていた。何かを叫びながら、感情をむき出しにして戦っているように見えた。

 レイモンドがいないせいで、アークスたちの戦力は目に見えて落ちていた。敵を殲滅する速度が明らかに低下していた。強力な攻撃魔法で敵を一掃し、強固な防御魔法で被害を防ぐ攻守の要がいなければ、苦戦は免れないだろう。


「ちくしょー……。ガチじゃねーか……」

「やっぱり本当なんだね……。嘘じゃないんだね……」

「レイモンド……。お前の死を無駄にはしないぞ……」

「そなたのことは忘れぬ……。安らかに眠るのじゃ……」

「あんたはよくやったよ……。後はあたいたちに任せな……」

 重苦しい雰囲気の中、ゲンたちは沈痛な面持ちでうなだれた。レイモンドが鬼籍に入ったことは、もはや疑いようがなかった。


「ザイクは魔物たちが暴走しないようにコントロールしてたんだよ。でも、ザイクはレイモンド君に倒されちゃった。だから、ザイクがいなくなったせいで、町はこんなことになってるよ」

 ケイムの声とともに、空の映像が切り替わった。何者かが押し寄せる魔物の群れと戦っている。それがランディたちだとすぐにわかった。レティアンの町が魔物たちに襲われているのだろう。

 ランディは宙を舞って空中の敵を、キョウザは2本の刀で地上の敵を、ナナノハとリョウは忍術や精霊でその両方を攻撃している。4人は魔物たちを次々と撃破していた。

 だが、戦況は芳しくない。前回よりも敵の数が多い上に、進軍速度も上がっていた。凶暴さも増しているように見える。一つ目の怪人や武装した悪魔、炎を纏う鳥や小型の竜など、新しい魔物も混じっていた。見るからに手強そうだ。ランディたちは厳しい戦いを強いられることになるだろう。



「他のみんなは今こんな感じだよ。まだまだ敵がいるし、このままだといつやられてもおかしくなさそうだね。僕が消えた後、君たちも敵に襲われると思うから、がんばって戦ってね。さぁ、レイモンド君の次に死ぬのは誰かな? すごく楽しみだよ」

 再び空に映ったケイムは、満面の笑みを浮かべていた。悪びれた様子は全くない。

「ふざけんじゃねーぞ! 次に死ぬのはオレたちじゃねー! オマエだ! 覚悟しやがれ!」

 ゲンは空に向かって中指を立てた。かかってこいと言わんばかりに、立てた指を前後に動かしてケイムを挑発した。

 ケイムと戦っても勝ち目がないのはわかっていた。ユーシアたちと行動を共にしていたとき、ゲンはケイムの強さを目の当たりにしている。攻撃を食らわせても、ケイムにはその効果が一切発生しなかった。ケイムが言葉を発しただけで、それと全く同じことが起きた。この世界の創造主だけに許された、まさに異次元の強さだった。それでも、ケイムに一撃を加えてやらなければゲンの気が収まりそうになかった。


「もうこれ以上は誰も死なせないよ! ここで僕たちが終わらせる!」

「隠れていないで、俺たちの前に出てこい! 楽には死ねないと思え!」

「なんと罪深い男じゃ! そなたを地獄に落としてやらねばのう!」

「あんた、出てきて戦いな! 男として恥ずかしくないのかい!?」

 仲間たちもケイムに向かって口々に叫んだ。誰もが戦闘態勢に入っていた。

 だが、ケイムは笑ったままじっとゲンたちを見下ろしてくるだけだった。



「……遊んであげてもいいけど、君たちにそんな時間はないと思うよ? 君たちが探してるゴリマルド君たちが、今どんな感じか見せてあげるよ」

 ケイムの言葉と同時に、映像が切り替わった。廃墟のような場所を無数の魔物が闊歩していた。人の姿らしきものはどこにも見えない。

「魔物しかいねーじゃねーか!」

「あれ、どうしたのかな? ちょっと前までは確かにここでゴリマルド君たちが戦っていたんだよ。でも、ギリギリ耐えてるような感じだったから、もしかしたらあの後に全滅しちゃったのかもしれないね。残念だったね。僕も辛いよ」

 再び上空にケイムの顔が現れる。残念や辛いという発言とは真逆の感情が、その表情ににじみ出ていた。

「ゴリマルド君たちが全滅したのなら、次は君たちだね。ゴリマルド君たちがいた場所に転送してあげるから、がんばって戦ってね。君たちが全滅するのを楽しみにしてるよ」

 ゲンたちの足元に魔法陣が現れたのはその直後だ。一瞬だけ体が軽くなったような気がした。




「ちくしょ……。こりゃやべーな……」

 ゲンたちはかなり疲弊していた。蓄積する疲労が限界に達しようとしていた。

 廃墟と化した町のような場所に飛ばされて以降、休む間もなく戦い続けていた。絶え間なく襲いかかってくる魔物を迎撃し続けていた。 

 決して手に負えないような敵ではなかったが、今までよりも明らかに強くなっていた。一瞬たりとも気が抜けず、常に全力での戦いを余儀なくされた。

 途中で夢幻が戦線を離脱したのも苦戦の一因だ。人間界の澄んだ空気を長時間吸うことができないにもかかわらず、夢幻はずっと戦い続けてきた。だが、ついに限界を迎え、加奈の体内に戻ったのだ。いまだに出てこない。かなりのダメージを負っているのかもしれない。


 ナルピスによって完全に回復された体力は、既に底を突きかけていた。

 魔法で戦うケンジアと加奈の消耗が特に激しかった。魔法の威力が著しく低下し、魔物たちに微々たるダメージしか与えられなくなっていた。いずれは全く効かなくなるに違いない。

 正確無比を誇るロキの攻撃も、その精度が落ちていた。手元が狂い始めたのか、魔物たちに致命傷を与えそうになることが増えていた。このまま戦いが続けば、禁を犯すのも時間の問題だろう。

 ゲンの剣技も精彩を欠き始めていた。命中率が明らかに下がり、空振りや仕留め損なうことが目立つようになっていた。戦いが長引けば、さらに深刻な事態になるはずだ。


 ここでゴリマルドたちも戦い続け、そして全滅したという。その真偽のほどは定かではないが、この状況下でずっと生き延びるのは至難の業だろう。ここにゲンたち以外の生存者がいるような気配も全く感じられなかった。

 ゲンたちも窮地に追い込まれていた。周囲を幾重にも取り囲む魔物たちに、じりじりと距離を詰められていた。逃げ場はない。この場を切り抜けるだけの気力も体力も、もはや残っていない。一斉に襲いかかられたら終わりだ。全滅という最悪の結末が、現実味を帯びつつあった。



「……!?」

 目の前の地面が、突然割れた。そこに開いた四角い穴から顔を出したのは、見覚えのある男だった。

「オマエは……!」

 ゲンは思わず息を呑んだ。まさかこんなところで再会するとは思わなかった。

「みんな、大丈夫か!? さぁ、早く入れ!」

 男に促され、ゲンたちは穴の中へ飛び込んだ。

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