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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
71/143

71 薔薇

いつもありがとうございます。

今年最後の投稿になります。

「怖がらなくてもいいよ。死にざまくらいはキミたちに選ばせてあげるから。バラに胸を貫かれる、バラに首を絞められる、バラに頭を砕かれる。どうやって死にたいか、この3つの中から選んでよ。2つを組み合わせてもいいし、3つ全部選んでくれても大丈夫だよ。全員が同じでもいいし、別々でもいいし、どちらでも構わないよ」

 ナルピスの声は弾んでいた。満足そうな笑みを浮かべて、何度も髪をかき上げている。

「キミたちは喜んでいいよ。美しいボクに、美しいバラで、美しく殺されるんだからね。返事は急がないから、ゆっくり選んでくれてかまわないよ」

 ナルピスはうっとりしたような表情で、自分の体を撫で回した。


「ちくしょー……。どれも選びたくねー……」

「まさかこんなに強い敵がいたとはね……」

「俺としたことが、こんなところで……」

「わらわの手には負えぬ……。口惜しや……」

「このあたいが出も足も出ないなんて、悔しいねぇ……」

 ゲンたちにはどうすることもできなかった。体中にバラの棘が刺さったまま、ただじっと痛みに耐えるしかなかった。攻撃しても意味のないことはわかっていた。下手にナルピスを刺激すれば、即座にやられてしまうかもしれない。


「迷ってるのかな? バラに胸を貫かれるのは気持ちいいし、バラに首を絞められるのは心地いいし、バラに頭を砕かれるのは快感だし、キミたちが迷う気持ちもよくわかるよ。ボクがキミたちの立場なら、きっと同じように悩んでたと――」

 ナルピスの言葉がそこで止まる。一瞬だけ強い揺れを感じたことが、おそらくその原因だろう。

「地震か!?」

 ゲンたちは次の揺れに備えた。が、それ以上は何も起きなかった。どうやら杞憂に終わったようだ。

「地震にしては揺れが短すぎるから、もしかしたら大地がボクの美しさに嫉妬しただけかもしれないね。ああ、やっぱりボクのこの美しさは罪だ」

 ナルピスは自分の顔を何度も撫で回した。



「……なかなか答えが出せないみたいだね。無理もないよ。だって、どれも魅力的で、どれか一つに決めるなんてとてもできないくらい、バラの花は美しいんだから。バラの美しさはボクの美しさを引き立たせ、ボクの美しさはバラの美しさを際立たせる。ああ、美しいバラは、美しいボクのためだけにあるような花だ」

 ナルピスは胸ポケットに挿したバラを抜くと、愛おしそうに頬ずりを始めた。当初は白かったその花弁は、今や赤く色づいている。その色の素は、おそらくゲンたちの血だろう。


「見てごらん、美しいボクが美しいバラを持つと、まさに美の極致。美の双璧。ああ、この世界にバラという花があって、ボクは本当に嬉しいよ。ああ、バラは最高だよ。バラはいい。バラはすばらしい。バラは――」

「おい、ナルピス! オマエ、さっきからバラバラうるせーんだよ! そこまでゆーんなら、当然バラって漢字で書けんだろーな!?」

 ゲンは痛みをこらえながら、ナルピスを指差して叫んだ。


「突然何を言い出すかと思えば、バラを漢字で書けと? どうしてそんな必要が? 漢字であろうとなかろうと、バラはバラ。とても美しい花だよ」

 ナルピスは呆れたように肩をすくめた。原作では、バラはすべてカタカナ表記だ。いきなり漢字で書けと言われて、ナルピスも驚いたに違いない。

「そりゃオマエの感想だろーが! しかも小並感じゃねーか! オマエは何もわかっちゃいねー。オマエは美しーもんが大すこなんだろ? 書いてみりゃわかるが、バラっつー漢字はすげー美しーんだよ。でも、難しーからなかなか書けねー。美しーが棘があって気安く触れねーバラの花と、美しーが難しくてなかなか書けねーバラの漢字。どっちも同じだと思わねーか? つまり、そーゆーことだ。オマエは美しーバラがすこなんだろ? だったら美しーバラっっつー漢字も書けて当然だろーが! バラが大すこなのに漢字で書けねーやついる? いねーよなー!?」

 ゲンはナルピスを挑発するように、早口で一気にまくし立てた。


「それなら逆に聞くけど、そういうキミは書けるのかな? この上なく醜いキミに、バラという美しい漢字が書けるのかな?」

「あったり前田のクラッカーだぜ! オレを見くびんじゃねーぞ! 翼よ、これがバラの字だ!」

 ゲンの指が顔の前で動く。そこに薔薇という漢字を、迷うことなく一気に書き上げた。書き終わると同時に、ピンポンピンポンピンポンと、まるでクイズ番組の正解時のような音が空から降ってきた。


「どーだ? 醜いオレですら書けんのに、美しーオマエは書けねーのか? これじゃどっちが美しくてどっちが醜いか、これもーわかんねーな。なんならオマエよりオレのほーが美しーまであるぞ。オマエにゃ薔薇っつー美しー漢字が書けねーんだから、しょーがねーよな」

「言わせておけば……。醜いキミに書けて、美しいボクに書けないはずがないよ」

 ナルピスはムッとしたような表情を浮かべ、指で宙に字を書き始めた。途中で何度か指が止まりながらも、どうにか文字を書き上げた。だが、どこかがおかしい。案の定、その直後に不正解を告げるブーという音が降ってきた。

「美しいこのボクが間違えた……? 嘘だ……! そんなこと、あるはずがない……!」

 ナルピスは悔しそうに頭を抱え込んだ。


「やっぱり書けねーじゃねーか! ナルピス、今どんな気持ちだ? 醜いオレですら書ける漢字が、美しーオマエにゃ書けねーんだぜ。今どんな気持ちだ? チョベリバか? ゆーうつか?」

 ゲンは勝ち誇ったような表情を満面に浮かべている。

「ありえない……。ありえない……。美しいこのボクが、あんな醜い男に負けるなんて……。これは夢だ……。ボクはきっと、悪い夢を見ているんだ……」

 ナルピスは抱え込んだ頭を何度も左右に振っている。


「ちな、このゆーうつっつー漢字も、ムズいけど美しくてエモいんだぜ。オマエに書けんのかよ? オレは余裕のよっちゃんだぜ。書ける! 書けるぞ! オレにもゆーうつが書ける!」

 ゲンは再び指で宙に文字を書いた。憂鬱という複雑な漢字だが、ゲンは苦もなく書き上げた。その直後に鳴り響いた音が、正解であることの証だった。

 薔薇、憂鬱。どちらもゲンがかつて読んだラノベのタイトルに使われていた漢字だ。そのラノベで覚えたも同然だった。 


「薔薇とか憂鬱みてーな、美しーけど難しー漢字を秒で書けりゃ美しーと思わねーか? 美しーオマエがさらに美しくなりてーんなら、美しー漢字も書けるよーになっておいたほーがいーぞ。顔だけじゃなく、頭ん中も美しくなりゃ完璧じゃねーか。そうなりゃ、誰もオマエの美に追いつけねーぞ」

 ゲンは諭すような口調で言葉を紡いだ。

「僕もそう思うよ。美しい上に難しい漢字まで書けたら、もう最高だよね」

「外見が伴わない俺たちには無理だ。それができるのは、お前しかいない」

「そなたには期待しておる。美の極みを目指して、日々精進するのじゃ」

「あんたが完璧な美を手に入れるのを楽しみに待ってるよ。がんばりな」

 仲間たちもゲンに同調した。口々にナルピスを激励した。



「キミたちがそこまで言うのなら、今日のところはボクとバラの美しさに免じて許してあげるよ。キミたちだって、さらに美しくなったボクに殺されるほうが嬉しいだろうしね」

 ナルピスは髪をかき上げると、指をパチンと鳴らした。ゲンたちの傷が癒えたのは次の瞬間だった。体中に刺さったバラの棘が一瞬で消滅した。全身を苛む痛みも瞬時になくなった。失われた体力も即座に元に戻った。

「すげーな。オマエにこんなことができるたー思わなかったぜ」

 完全回復という原作の設定にはない技をナルピスが使ったことに、ゲンは驚きを隠さない。


「ボクは顔だけじゃなくて心も美しいんだよ。だから、こうやって敵であるキミたちの傷を癒してあげたんだ。確かにキミたちの言うとおり、今のボクに足りないのは頭の美しさかもしれないね。だから、これからもさらに自分磨きに励むよ。そして、ボクが完璧な美を手に入れたそのときには、真っ先にキミたちに見せてあげるよ。もちろん、冥土の土産にね」

 そう言い終わると同時に、ナルピスは姿を消した。ゲンたちを取り囲んでいた無数のバラの花も、同様に消滅した。まるでナルピスなど最初からいなかったかのように、周囲は元の状態に戻った。

 だが、安心している暇などない。ナルピスは醜い魔物たちに接近されるのを嫌い、その進軍を止めていた。ナルピスが去った今、再び魔物たちが怒涛のように攻めてくるだろう。ゲンたちはすぐに身構えた。




「……どーゆーことだ? あいつらが動かねーのはなぜなんだぜ?」

 ゲンは首を傾げた。敵が攻めてこない。ナルピスがいたときと同じように、遠くからゲンたちを睨みつけてくるだけだった。

「ナルピスのヤロー、逃げたと見せかけて、実はまだそのへんにいんじゃねーのか? オレたちを騙し討ちにするつもりかもしんねーな」

「――それは違うよ。ナルピスじゃなくて、今は僕が魔物たちを止めてるんだよ。君たちに大事な話があるのに、邪魔されたくないからね」

 空から声が降ってきた。ゲンが数日ぶりに聞く声だ。見上げると、声の主の顔が青く澄んだ空に浮かび上がっていた。

「ケイム!!」

 ゲンは空に向かって叫んだ。

今年1年間ありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。

よいお年をお迎えください。

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