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7 ランダムエンカウント

「ん? オマエら、さっきからキョロキョロしてるみてーだが、どーした?」

 ゲンは立ち止まった。ユーシアたちが不思議そうな顔であたりを見回していた。

「おっさんは何も感じないのか? さっきからずっと敵の気配がしてるんだ」

「でも、どこにも敵の姿が見えないのよね。どうしてかしら?」

「フン、余に恐れをなして動けぬか……。無理もない……」

 ユーシアたちは敵の気配を感じているようだが、ゲンには何も感じない。

「敵の気配はするのに姿が見えねーって? それはもしかして――」

 

 次の瞬間、周囲がチカチカと点滅したかと思うと、目の前の何もない空間に敵が現れた。2匹のゴブリンだった。

「やっぱりランダムエンカウントじゃねーか! これは嫌な予感しかしねーぞ」

 ゲンは頭を抱えた。苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 

 ランダムエンカウント。ゲンの小説の中で、それが登場する作品が一つだけある。『ゲームマスター』だ。

 ゲームの世界を舞台にしており、敵との戦闘はランダムエンカウントだ。もちろん、倒した敵はその場で消滅する。先ほどのトカゲ男たちとの戦闘のように。

 ただ、魔王が精鋭部隊しか連れて来ていないという設定のため、作中では序盤でも容赦なく最強クラスの敵が出現する。戦闘から確実に逃げられるのだけが救いだ。

 もしこの世界の戦闘が『ゲームマスター』に準拠しているとしたら、弱そうに見える敵でも油断できないだろう。


「なんだ、ゴブリンか。楽勝だな。昔はよく経験値稼ぎで倒していたぞ」

「あれがゴブリンなのね。名前はよく聞くけど、見るのは初めてだわ」

「フン、雑魚か……。余も見くびられたものだ……」

「オマエら、気をつけろ! あいつら、ただのゴブリンじゃねーかもしれ――!」

「余が粛清してやろう……!」

 ゲンが言い終わるより早く、忠二が動いた。一気に敵との距離を詰める。黒い光が両拳に宿ったかと思うと、次の瞬間にはグローブのような形に姿を変えていた。

 勝負は一瞬で決した。忠二に一撃で倒されたゴブリンたちは、点滅しながらゆっくりと消えていった。

「フッ、愚かな……。その程度の腕で余の前に立つとは……」

 薄笑いを浮かべながら戻ってくる忠二。それを見つめるユーシアとミトの顔に笑みはなかった。

「忠二、抜け禿げはよくないぞ、抜け禿げは。一人で突っ込むのは危険だぞ」

「そうよ、強い敵だとやられていたかもしれないのよ。でも、毛が無くてよかったわ」

「フッ、余としたことが、破壊の衝動を抑えきれぬとは……。若禿の至りだ、許せ……」

 ゲンは首をかしげる。さりげなく悪口を言われたような気がした。


「……オマエら、どさくさに紛れてオレをディスってねーか?」

「いや、してないぞ?」

「気のせいじゃないかしら?」

「フッ、被害妄想も甚だしい……」

「そーか、ならいーんだ。抜け禿げとか若禿の至りとかって聞こえたが、オレの聞き間違いだったみてーだな」

「いや、そう言ったぞ?」

「やっぱりディスってんじゃねーか!」

「ただの冗談だから、気にするな。さぁ、先に進むぞ」

 ユーシアたちは再び歩き出す。ゲンも慌ててそれを追いかける。

 

 数歩進んだところでまた敵と遭遇した。今度は3匹のスライムだ。

「行くぞ!」

 ユーシアたち3人は同時に飛び出し、仲良く1匹ずつ葬り去った。

「一撃か。あっ、毛無かったな」

「敵とはいえ、命を奪うのは毛なしいわよね……」

「フッ、余の力、禿頭思い知ったか……」

「……オマエら、もーごまかす気すらねーみてーだな。今のははっきり聞こえたぜ。特にミト! 毛なしーってなんだ、毛なしーって! それをゆーなら悲しーだろーが!」

「あら? そんなこと言ったかしら?」

「これ以上オレをディスるなら、こっちにも考えがある。オマエらの物語がどーなってもしらねーぞ。ありえねーよーなトンデモ展開にしてやるぜ」

「どうせおっさんは続きを書くつもりないんだろ?」

「元の世界に帰って嫁といちゃつきたいって言っていたわよね……」

「フン、愚かな……。卿ごときの脅しが、余に通用すると思ったか……」

 3人の冷ややかな視線がゲンに突き刺さる。

「ぐぬぬ……」

「さぁ、次行くぞ」

 ユーシアたちは歩き出した。




「どーやら杞憂だったみてーだな」

 ゲンは胸をなで下ろした。次々と敵が出現したが、スライムやゴブリン、コウモリ、大ネズミなど、序盤の敵としておなじみのモンスターばかりだった。ユーシアは作中で嫌というほど戦っている。駆け出しの冒険者ならともかく、今のユーシアたちが苦戦する相手ではなかった。

 だが、敵を倒しても戦利品はない。お金もアイテムも一切落とさなかった。これも『ゲームマスター』における戦闘の特徴だ。本気で世界征服を考えている魔王が、勇者側の強化につながる金品を手下に持たせるはずがない、という理論による。


「もしかして、スライム程度ならオレでも倒せるんじゃねーか? 蹴り飛ばしゃなんとかなりそーな希ガス」

 ユーシアたちがたやすく敵を退けるのを見て、ゲンは自分も戦えるのではないかと思い込み始めていた。

「今度敵が出たらオレも戦ってやる。オマエらを見てると、オレでもなんとかなりそーな気がしてきたぜ」

「ぜひそうしてくれ。戦おうとしないおっさんを毛無しそうになっていたんだぞ」

「こんなか弱い女の子に戦わせるなんて、ひどいわよね。毛根無しウチは嫌よ」

「フン、当然だ……。卿だけが戦わぬなど、まさに光頭無毛……」

 3人は相変わらずゲンの体の一部をいじってきた。

「……オマエら、マジでいーかげんに――」

 敵との遭遇を知らせる点滅が起こった。


「おっさん、今回は戦うんだろ? がんばってくれ」

「男に二言はないわよね? どう戦うか楽しみだわ」

「ククク、これはいい……。卿のお手並み拝見だ……」

 ユーシアたちが明らかに面白がっているのが、その声からも伝わってくる。

「ありえねーだろ! さっきまでスライムとかゴブリンだったじゃねーか!!」

 遭遇した敵を前に、ゲンは半狂乱になって叫んだ。

 ドラゴンだった。全身が赤い鱗で覆われている。レッドドラゴンだ。吐く炎はすべてを焼き尽くすと言われている、非常に強力なモンスター。今のメンバーではどうあがいても歯が立たないだろう。

「さあ、おっさん、早く――」

「ふざけんじゃねー!!」

 ゲンは一目散に逃げ出した。見た目に反し、逃げ足だけは異様に速かった。


「オレが戦おーとしたときに限ってドラゴンとかありえねーだろ!」

 ゲンは怒りをぶちまけた。どうせ雑魚だろうと思って油断していたら、とんでもない強敵に遭遇した。一歩間違えると命を落としていたかもしれない。

 だが、『ゲームマスター』の世界ではこれが普通だ。必ず逃げられるとはいえ、常に強敵しか出現しない。

「おっさん、ドラゴンに狙われてるんじゃないのか?」

「おいしそうに見えたのかもしれないわね」」

「フン、哀れな……。ここが卿の墓場か……」

「ふざけんじゃねー。さっきのはただの偶然じゃねーか。今度こそ雑魚が――」

 敵と遭遇した。


「おっさん、今度こそ頼んだぞ」

「私たちはここで応援しているわ」

「フッ、卿には期待している……」

 ユーシアたちは明らかに状況を楽しんでいた。

「ふざけんな! またドラゴンじゃねーか!!」

 出現したのはまたもドラゴンだった。全身を覆う鱗が青い。ブルードラゴンだ。氷の息を吐き、あらゆるものを凍てつかせると言われている難敵。今のパーティーでは打ち勝つのは困難だろう。

「ちくしょー!」

 ゲンはためらうことなく逃げ出した。




「おっさん、どうしたんだ? もう戦わないのか?」

 ユーシアが呆れたような声を上げた。

「オレが戦おーとしたら、決まってバカみてーにつえー敵が出る。なんならオレが呼び寄せてる可能性まである。だから、オレは戦わねーほーがいーんだよ」

 ゲンは自虐的に笑った。ゲンが戦おうとすると、なぜか確実に強敵が出る。おかげで、戦おうという気は完全に失せていた。

「それは残念だ。おっさんが戦闘デブーする瞬間は見えないんだな」

「でも、まだ町まで距離があるし、何もしないと肥満を持て余すわよ」

「フン、賢明だ……。戦ったところで、卿には脂肪しかない……」

「オマエら、いーかげんに汁」

 ゲンたちは町を目指してひたすら歩いた。

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