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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
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67 世界樹の実

「……食っちまったじゃねーか! オマエら、ふざけんじゃねーぞ!」

 ゲンは恨み言を吐いた。食べたくもない世界樹の実を、半ば強引に食べさせられた。突然強烈な眠気に襲われ、大きな欠伸をしたところに実を放り込まれた。その眠気の犯人はケンジアかもしれない。ケンジアが敵を眠らせる魔法を使えることを、ゲンが知らないはずはなかった。

 世界樹の実は見た目に反して石のように硬く、無理に噛み砕こうとすれば歯を失うことになるだろう。丸飲みする以外に食べる方法はない。もちろんゲンも飲み込んだ。

 胸のあたりに何かがつっかえているような嫌な感覚が広がっている。気持ち悪い感触がずっと喉の奥に残っている。実を食べるのがこんなに苦しいとは思わなかった。


 ゲンが実を食べたくなかった理由は2つある。まず一つ目は、純粋に戦いたくないからだ。主人公たちに混じって、前線で戦う気などさらさらない。何の力も持たないただの作者であることを口実に、ずっと仲間たちに守っていてもらいたかった。だが、何らかの力を手に入れてしまうと、そういうわけにもいかなくなる。

 もう一つは、原作では非常に危険な副作用が存在するからだ。食べた直後ではなく、ある条件が満たされたときに、食べた者全員に一斉に発現する。原作どおりならランディたちがそれを阻止するはずだが、もし阻止できなかった場合には、世界は滅亡してしまうかもしれない。それほどまでに危険で強力な副作用だった。



「……そろそろ力に目覚めるころだと思うぜ? 頭の中に何かのイメージが湧いてくるはずだぜ」

 ランディがゲンの顔を覗き込んできた。

「俺の場合は、突然空が飛べるような気がしたんだぜ。それで、やってみたら本当に飛べたんだぜ」

「俺は昔行った町が頭の中に浮かんできて、気がついたら一瞬でそこに移動してたってわけ」

 ランディとアークスの体験談も、ゲンにはピンと来なかった。頭の中には全く何も浮かんでこない。


「こりゃもしかしてハズレか……?」

 ゲンは首を傾げた。原作の設定どおりなら、実の個体差はかなり大きい。同じ能力でも強弱の差が激しく、何も得られないハズレの実すら稀に存在する。

 なお、実を食べられるのは一人一個、一回だけに限定されている。ハズレだったり、弱い能力しか手に入らなかったとしても、別の実を食べることはできない。食べようとすると全身が激しい拒否反応を起こし、最悪の場合は死に至るという。


「……お? なんか力が湧いてきたよーな希ガス。すげーでけー力だ。この力がありゃ、余裕で無双できそーな気がするぜ」

 突如として体の奥底から力が湧き上がってきたのを感じ、ゲンは興奮して叫んだ。頭の中にはイメージが浮かんでいた。剣を携えたゲンが体型に似合わぬ軽やかさで攻撃をかわし、流れるような動きで魔物の群れを壊滅させていた。ランディたちの言葉に従えば、ゲンが入手したのは剣術能力なのだろう。

「じゃ、早速試してみよーじゃねーか。誰か相手になってクレメンス」

 ゲンは自信に満ちた表情で仲間たちに声をかけた。





 一同は外にいた。ゲンがランディ、アークス、ロキの3人と対峙しており、他のメンバーはそれを遠巻きに見つめている。

 ゲンたち4人は木刀を持っている。必然か偶然か、4本だけ食堂の物置に眠っていた。1つはゲンが手に取り、残りはゲンが指名した3人が持った。

 食べた実から得られた力を試すため、これから3人と戦うのだ。相手の体に先に一撃を入れたほうが勝ちとなる。


「……それじゃ、まずは俺からだぜ」

 最初に動いたのはランディだった。言い終わると同時に、ゆっくりと宙に舞い上がった。

「さあ、行くぜ!」

 ランディが得物を構えたのを見た瞬間、ゲンはすかさず後ろを向き、刀を突き出した。確かな手ごたえを感じるとともに、何者かの呻き声が聞こえてきた。声の主はアークスだった。

 ランディが注意を引き付け、その隙にアークスが攻める作戦だということを、ゲンは瞬時に見抜いた。背後に瞬間移動して攻撃しようとするアークスの動きを完全に読み切り、先に仕掛けたのだ。

 ゲンの一撃は、アークスの胸に正確に命中していた。もし木刀でなかったならば、致命傷になっていたかもしれない。


「ランディが来ると見せかけてアークスが来る。オマエらはワンパターンすぎんだよ」

 勝ち誇ったように笑うゲンの言葉に、アークスは悔しそうな表情を浮かべた。

「その攻撃パターンを考えたのはオレだ。だから、オレに通用するわけがねーんだよ」

 言い終わったと同時に、ゲンは横に跳びながら薙ぎ払うように刀を振った。次の瞬間、木刀はランディの脇腹に命中していた。背後から迫るランディに気づいたそぶりを全く見せず、ギリギリまで引きつけた上で返り討ちにした。

「やられたぜ……。俺の負けだぜ……」

 ランディは頭を左右に振りながら肩をすくめた。

 振り返ると、ロキが向かってくるのが見えた。



 2人の刀が何度も激しくぶつかり合い、そのたびに乾いた音を立てる。ロキの攻撃は速く、一撃一撃も重かった。純粋な剣の腕前だけなら、ロキは他の追随を許さない。だからこそ相手に選んだ。

 今まで剣など持ったことがないはずのゲンも負けていない。木刀を巧みに操ってロキの攻撃をすべて受け止め、互角の戦いを見せていた。周囲から起きたどよめきは、おそらくゲンに向けられたものだろう。

「やっぱすげーな、ロキ。設定どーり、めちゃくちゃつえーじゃねーか」

「お前こそなかなかやる。まさかここまでやるとは予想外だ」

 しのぎを削る2人の口元に笑みが浮かんだ。


「……!」

 何の前触れもなくゲンが仕掛ける。ロキの攻撃を受け止めると見せかけて、その軌道上に無防備に首を突き出した。真剣ならば間違いなく斬り落とされてしまう位置だ。驚いたような表情とともに、一瞬ロキの動きが止まる。

 急所を狙わない、致命傷を与えないというのがロキの戦い方だ。それが当たり前になっているせいなのか、殺傷能力のない木刀を持っていても思わず条件反射で反応してしまったのだろう。

 その一瞬の隙を突いて、ゲンはすかさずロキの体に攻撃を叩き込む。ロキは悔しそうに唇を噛みながら肩を震わせた。

 ゲンの作戦勝ちだった。最初から狙っていた。正攻法で倒すのは容易ではないことはわかっていた。勝つにはこの方法しかないと思っていた。



「……キョウザ! オマエ、さっきからずっと戦いたそーな顔してんじゃねーか! 114514! かかってこいよ! 相手にやってやろーじゃねーか!」

 突然、ゲンは木刀でキョウザを指し示した。キョウザの顔には戸惑いが広がる。

「其の方は木刀、某は真剣……。これでは戦うに忍びない……」

「安心汁! そんな鈍らな刀にゃ負けねーよ!」

「なんと鈍らとは……! 聞き捨てならぬ! 其の方は某が成敗いた――!」

 キョウザの言葉が止まる。その胸に当たっているのは、ゲンが持つ木刀の切っ先だ。刀身が一瞬で長く伸び、数メートル離れたキョウザまで届いていた。ただの木刀が伸縮するはずがない。間違いなくゲンの力によるものだろう。

「だから言ったじゃねーか。当たらなきゃ切れ味とか意味ねーんだよ」

「こうもたやすく敗れるとは一生の不覚……。無念……」

 キョウザは膝をついてうなだれた。



「マリリアス、オマエも戦いたくてウズウズしてんじゃねーのか? オレはいつでもいーぜ?」

 一瞬で元の長さに戻った木刀を構えながら、今度はマリリアスに挑発するような視線を送った。

「おっちゃん、めっちゃ強いやん? うちじゃ勝てへんと思うから、やめとくわ~」

 マリリアスは小さく手を振った。

「じゃ、元子は? ナナノハは? なんなら2人同時でもいーぜ?」

「戦わなくてもわかるわ。あたしでは今の兄さんには勝てない」

「あなた、すごく強い……。できれば戦いたくない……」

 ゲンの強さを察したのか、2人も露骨に戦いを嫌がった。



「……しゃーねーな。じゃ、次は魔法使い組だ。レイモンドでもケンジアでも誰でもいーから、魔法を撃ってこいよ。遠慮はいらねーぜ」

 よほど自信があるのか、ゲンはケンジアたち魔法使いを挑発し始めた。木刀よりも魔法のほうがはるかに威力も射程もある。攻撃を受ければただではすまないだろう。

「……どーした!? 誰も来ねーのか!? ここにゃヘタレしかいねーのか!? そんなんで賢者になりてーとか、仇を討ちてーとか、笑わせんじゃねーよ!」

 言い終わると同時に、ゲンは後ろに跳んだ。直前までいた場所に炎の塊が出現していた。誰かが魔法を放ったのだろう。

「やりゃできんじゃねーか! はじめからそーしときゃいーんだよ!」

 着地するやいなや、ゲンはその場で刀を斬り上げた。小さな竜巻が発生し、正面から飛んできた別の竜巻を打ち消した。その攻撃主はおそらくリョウだろう。


 次の瞬間、ゲンは振り向きざまに木刀を振り下ろした。

「嘘やん!? ありえへん~!」

 マリリアスの悔しそうな声が響く。その頭には木刀が命中していた。戦う気がないと言って油断させておいて、どさくさに紛れて背後から襲いかかる作戦だったのだろうが、通用しなかった。ゲンはすべてお見通しだった。高い身体能力を誇るマリリアスですら反応できないほどの早業だった。

 ゲンはすかさず横に跳んで炎の魔法をかわす。元子が放ったものだということは想像がついていた。さらに飛んできた手裏剣を空中で叩き落とす。ナナノハの攻撃だ。マリリアスと同じように、2人も騙し討ちを仕掛けてきたが、ゲンは完全に読み切っていた。

「オレにゃ効かねーよ!」

 着地と同時に、ゲンは木刀を頭上に突き上げた。そこに雷が落ちたのはその直後だった。


「そんな……。あの魔法が効かないなんて……」

 レイモンドが驚きの声を上げた。着地を狙って雷の魔法を撃った張本人なのだろう。

 ゲンは全くの無傷だった。代わりに刀身が黄色く光っていた。まるで雷撃をすべて木刀が吸収したかのようだった。ただの木刀にそのような能力などあるはずがない。ゲンの力であることは疑いようがなかった。

「オマエら、やってくれんじゃねーか!」

 ゲンは木刀の先で足元の地面を突いた。刀身から黄色い光が地面に流れ込んでいったかと思うと、次の瞬間には元子、ナナノハ、レイモンド、リョウの4人が倒れていた。吸収した雷を地中に解き放ち、一瞬で4人だけを攻撃したのだろう。

「ちょっと痺れさせただけだ。心配すんな」

 言い終わると同時に、ゲンは振り向くことなく後ろ手に木刀を振り、背後から飛んできた氷の塊を叩き割った。誰が放った魔法なのかはわからないが、撃てるとしたらケンジア、加奈、夢幻の3人しかいない。


「あと3人。このまま一気に片を付けてやろーじゃねーか!」

 ゲンは木刀を投げ上げた。勢いよく回転しながら上がっていくそれを、誰もが目で追ったことだろう。

 突然、木刀が消えた。次の瞬間、ゲンはケンジアの背中を突いていた。瞬間移動したのかと思うほどの速さで背後に回り込むと同時に、得物を手元に呼び寄せたのだ。まさに一瞬の出来事だった。

「あと2人!」

 そう叫んだ次の瞬間には、ゲンは数メートル先にいる加奈と夢幻の間を駆け抜けていた。呆気に取られ、攻撃されたことすら気づいていないような加奈と夢幻の表情が、ゲンの速さを物語っていた。




 練習試合はゲンの圧勝だった。仲間たちが相当な油断や手加減をしていたことは想像に難くない。だが、それを差し引いてもゲンの強さは際立っていた。誰もゲンにダメージを与えることができなかった。まさに独壇場だった。

 ゲンが食べた実は、かなりの大当たりだったようだ。達人のような剣の腕前だけではなく、数々の驚異的な剣技や超人的な身体能力までもが手に入った。それによりゲンが超一流の剣士へと変貌を遂げたことは、先ほどの戦いぶりを見れば一目瞭然だろう。

「こりゃすげーな! 控えめに言って最高じゃねーか! チート能力を手に入れて無双とか、面白くなってきたじゃねーか! 今更感がパネーけど、やっぱ異世界転移モンはこーじゃねーとな!!」

 ゲンは興奮気味に早口でまくし立てた。

「オレはもー今までのオレじゃねーぞ! この力で無双しまくってやるぜ! 俺TUEEEはここからだ! オレたちの戦いはこれからだ!!」

 空に向かって叫んだ。

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