66 集結
「……こりゃとんでもねーことになってんじゃねーか! どーしてこーなった!?」
開口一番、ゲンは叫んだ。
アークスの力で瞬間移動させられた先は、どこかの町のようだった。多くの家屋や木々が倒壊し、あちこちで火の手が上がる中を、市民たちが逃げ惑っていた。
町は魔物たちに襲われていた。少なく見積もっても数百体はいるだろう。その編成に統一性や共通点は見当たらない。獣人、鬼、狼、虎、熊、蛇、蜘蛛、蜥蜴、鼠、蝙蝠、鷹、骸骨など、多種多様な姿をした魔物たちが集まっていた。竜に代表されるような、巨大なモンスターの姿は見えない。
ゲンの作品の中には、魔物が登場するものもいくつかある。それぞれの魔物のイメージは、今でもゲンの頭の中にある。今目の前にいる侵略者たちは、それらとは違う姿形をしていた。原作にはコミカルな敵やかわいらしいモンスターもいたはずだが、それらも一切存在しない。原作を参考にしたのではなく、ケイムが独自に考え出した生物たちなのだろう。
「ここはレティアンの町だぜ。俺たちの故郷だぜ。突然魔物たちが攻めてきたんだぜ」
「さすがの俺でもこの数を相手にするのはキツイから、仲間を探しに行ってたってわけ」
ランディとアークスの悲しげな声が重なった。
レティアンの町。原作ではランディたちの出身地であり、物語の始まりの地でもある。海に面した美しい港町という設定だが、今やその面影はどこにもない。その景観は魔物たちに破壊されていた。
「この町のどこかで、レイモンドたちが戦っているはずだぜ。あいつらを援護してやってほしいぜ」
「これだけ敵が多いと、俺たちだけじゃ手に負えねえんだ。そういうわけで、後はよろしく頼むわ」
そう言い残すと、ランディは急浮上して空を飛ぶ敵の群れを、アークスは瞬間移動して離れた敵の集団を攻撃し始めた。周囲の敵が、両者に一斉に襲いかかる。まさに多勢に無勢だが、2人ともその機動力を活かし、危なげのない安定した戦いぶりを見せていた。
アークスが生きていた時点で薄々勘づいてはいたが、やはりレイモンドたちも無事だったようだ。タッケイや機械人間たちに囲まれて苦戦していたはずだが、どうやって生き延びたのかはゲンには知る由もなかった。
「……あそこにレイモンドがいるね」
ケンジアが指差す先に、青いローブを着た人物が見えた。両手を前に突き出している。その周りではいくつもの炎が渦を巻くように燃え盛り、近づこうとする魔物たちを次々と焼き尽くしていた。
その近くで戦っている着流し姿の男は、おそらくキョウザだろう。敵の集団に躊躇なく飛び込み、両手に持った2本の刀を操り、流れるような動きで次々と魔物たちを斬り伏せている。
2人のそばを俊敏に動き回る、薄桃色の装束を着た女はナナノハに間違いないだろう。攻撃を巧みによけながら、地上の敵だけでなく、何かを投げて空中にいる敵をも殲滅している。
レイモンドたちの強さをゲンはよく知っている。かつて危ないところをその力に助けられた。この大軍が相手でも、そう簡単にやられたりはしないだろう。
「あいつら、やるじゃねーか。……お?」
3人から少し離れたところで戦う、黒い鎧を身につけた男が目に留まった。その男の戦い方は独特だった。どんなに弱い敵でも決して倒さない。強い衝撃を与えて気絶させたり、四肢を斬り落として移動や攻撃を封じたりするだけで、一切命を奪わない。
男の周りには、死に損なった敵が苦しそうに転げ回っていた。それにとどめを刺すのは、後続の魔物たちだった。進軍の邪魔と言わんばかりに、地を這う者たちを容赦なく踏み潰していく。
作中人物の中で、このような戦い方をするのはただ一人しかいなかった。
「ありゃロキ(CV:四宮晶)じゃねーか!」
ゲンは男の名を叫んだ。
ロキ。25歳。今はそう名乗っているが、かつては黒騎士と呼ばれ恐れられていた男だ。帝国随一と言われる剣の使い手で、ミトの村を襲って風の宝珠を奪った張本人でもある。
すべての宝珠を集めた直後に始末されそうになり、どうにか帝国から逃げ出した。その後、皇帝に復讐する旅の途中でミトたちと出会い、行動をともにする。
ロキは神々の怒りに触れ、呪いをかけられているという。皇帝に洗脳されていたとはいえ、人々を大量に虐殺してきたからだ。
その呪いにより、殺生ができない。誰かを殺せば自分も命を落とす。もちろん魔物も例外ではない。どんなに弱い相手でも、致命傷を与えないように戦うしかなかった。だが、それができるだけの技量を、ロキは持ち合わせていた。
「……僕たちのことは心配いらないから、他の敵を倒してくれてかまわないよ」
突然、頭の中に声が響いた。レイモンドのものだとすぐにわかった。レイモンドにはテレパシーの能力がある。ゲンたちの存在に気づき、メッセージを送ってきたのだろう。
「うちが一番乗りや~! 行っくで~! 倒しまくったる~!」
レイモンドの声に誰よりも早く反応したのはマリリアスだった。虎を彷彿とさせる姿に変身すると、自分に似た外見を持つ敵の集団に飛び込んでいった。すぐに数匹が断末魔の叫びを上げ、点滅しながら消えていった。
「さすがだね。でも、僕も負けないよ。僕の魔法を見せてあげるよ!」
ケンジアが火の球を放つ。二足歩行する熊のようなモンスターを直撃し、瞬時に火だるまに変えた。克己との戦いで魔法を使えなかった鬱憤を晴らすかのように、ケンジアはさらに火の球を連発し、魔物たちを次々と燃え上がらせた。
「目障りな妖魔どもよ! わらわの前から消え失せるのじゃ!」
「あたいの魔法を食らいな! みんな蹴散らしてやるよ!」
加奈と夢幻が同時に叫ぶ。最前列ではなく、やや後方にいる敵の群れに雷が落ちたのはその直後だ。別の群れには大きな氷柱が雨のように降り注ぐ。どちらがどちらの魔法なのかはわからないが、どちらも多くの魔物を消滅させた。
「この程度の敵も倒せないようでは、穂村には勝てない!」
自分に言い聞かせるように叫ぶと、リョウは両手を突き出した。そこからいくつもの風の刃が飛び出し、周辺の敵を斬り刻んだ。続いて竜巻が巻き起こった。竜巻は戦場を縦横無尽に駆け回り、多くの敵を薙ぎ倒した。
「すごい数の敵ね。これは倒し甲斐がありそうだわ。行くわよ!」
元子は近くの敵に斬りかかった。剣と盾を携えた骸骨のような見た目のモンスターだ。その剣戟は盾で防がれたが、すぐさま炎の魔法で葬り去った。すぐに身を翻すと、剣と魔法を器用に使いこなして、他の敵も立て続けに屠っていく。
「……どーやら終わったみてーだな」
何もしていないゲンが真っ先に呟いた。
各々の活躍により、町を襲った魔物を一掃することができた。数の上では圧倒的に不利な状況だったが、集結した仲間たちの強さがそれを跳ね返した。
ランディ、アークス、レイモンド、キョウザ、ナナノハ、ロキ、ケンジア、加奈、夢幻、マリリアス、リョウ、元子。誰もが持ち味を十二分に発揮し、押し寄せてくる魔物たちを殲滅した。さすがに無傷では済まなかったが、幸いにも深手を負った者はいなかった。
誰が最も多く敵を倒したか、誰が一番活躍したかと問われれば、おそらく答えに窮するだろう。全員が甲乙つけがたい戦果を上げていた。ただ、一つだけ確実に言えることがあるとすれば、ゲンでないことだけは確かということだ。ゲンはいつものように、ただひたすら逃げ続けるだけだった。
一同は町外れの食堂に集まっていた。魔物たちの襲撃を免れた場所にある建物だ。各自が任意の席に腰を下ろしている。
「……というわけだぜ」
ゲンたちは事の顛末をランディから聞いた。海の向こうに見える島から、魔物たちが攻め込んできたのだという。突然海の上に道が現れ、そこを通ってやってきたのだ。
偶然この町に居合わせたランディとアークス一行が、魔物たちを迎え撃った。激しい戦いが続く中、レイモンドの依頼でランディとアークスは援軍を探しに出かけた。そして、グランデの町でゲンたちを見つけたのだった。
なお、苦戦していたアークスたちを救ったのはロキだ。ゲンたちが転送された後、たまたま近くを通りかかり、救援に駆けつけた。そして、その圧倒的な強さを見せつけ、タッケイには逃げられたものの、機械人間たちをたった一人で全滅させたという。
機械人間たちは、人間の姿をした機械だ。人間ではないため、生命を持たない。よって、倒しても殺生にはならない。ゆえに、ロキが呪いで命を落とすことはなかった。それがわかっていたからこそ、ロキは躊躇なく機械人間たちを倒していったのだろう。
「俺はあの島の様子が気になってるぜ。だから、今のうちに偵察に行ってこようかと――」
ランディの言葉を遮るかのように、窓際から音がした。何か小さいものが床に転がっているのが見えた。誰よりも早く立ち上がり、拾い上げたのはゲンだった。
それはピンポン球よりも一回りほど小さく、全体が濃い紫色をしていた。何かの木の実だろうか。近くにある木から落ちた実が、開いた窓から入ってきたのかもしれない。
「それは世界樹の実だぜ! 俺も見たのは久しぶりだぜ!」
「めったに飛んでこねえのに、今日はツイてるじゃん!」
ランディとアークスが嬉しそうに叫んだ。
世界樹の実。世界のどこかにあると言われる世界樹がつける果実で、食べるとさまざまな能力がランダムに1つだけ手に入るという。ランディやアークスも、この実を食べて飛行や瞬間移動の能力を得た。
世界樹がどこにあるかは誰も知らない。その実は鳥や風によって世界各地に運ばれると言われており、落ちているものを拾う以外に入手方法がない。
「世界樹の実まで出てくんのかよ。すげーな。これ食ったらとんでもねー力が手に入るみてーだし、誰か食ったらどーだ?」
ゲンは仲間たちを見回したが、手を挙げる者は誰もいなかった。
「それならちょうどいいやつがいるぜ。その実を食うのはそいつ以外ありえないぜ」
ランディは白い歯を見せながら言った。
「そりゃ一体誰だ……、って、おい!」
ゲンは思わず叫んだ。その場にいる全員に、一斉に指を差されたからだ。
「食べるのは兄さんしかいないと思うわ。他の人たちはみんな、食べる必要もないくらい強いし」
元子の言葉に一同は頷いた。




