64 最強の精霊使い
一斗缶や段ボールを組み合わせて作ったベッドで、1人の男が肘枕をして横になっていた。眠っているわけではない。薄笑いを浮かべて、じっとゲンたちに視線を向けていた。
「見つけたぞ、穂村克己! 両親の仇! 俺はお前を許さない!」
リョウは男を指差して叫んだ。
「ずっと風の精霊に見られているのはわかっていたが、まさか操っていたのがあのときの坊主だったとはな。こうしてワシの前に立つとは、ずいぶんと立派になったもんじゃねえか」
克己は豪快に笑いながら起き上がった。右の頬には大きな火傷の跡がある。初めて火の精霊を操ったときに、制御しきれずに負った傷だ。そして、リョウの両親を殺した犯人である証でもあった。
リョウは目の前で両親を殺された。犯人の右頬に火傷の跡があったことを、今でも鮮明に覚えている。それ以降、右頬だけに注目して犯人を探してきた。
「どうしてお前は、俺の両親を殺した!? 父や母とはどういう関係だ!?」
「お前の父親とワシは、仲間であり恋敵でもあった。お前の母親をめぐって争い、敗れ、ワシは2人の前から姿を消した。遠い町に引っ越した。今から30年前の話だ。だが、10年後、お前たちの一家がたまたま隣町に住んでいることを知り、怒りが込み上げてきた。だから殺した」
克己は悪びれた様子を全く見せず、淡々と語る。
「ふざけるな! そんなくだらない理由で父と母を殺したのか!?」
「ああ、そうだ。子供だけは助けてくれと2人が泣いて頼むから、お前だけは助けてやった。言わばワシはお前の命の恩人。ありがたく思うんだな」
克己はリョウを指差して笑った。
「黙れ!!」
リョウは勢いよく腕を突き出した。風の精霊を使って攻撃を仕掛けようとしたのだろう。しかし、何も起きなかった。
「そんなバカな……!」
さらに連続で腕を突き出すが、やはり何も起きなかった。
「なぜだ……!? なぜ出ない……!? ここに来るまではちゃんと技が出ていたはず……!」
リョウは呆然とした表情で、両方の掌を見つめている。
「残念だったな。この建物内の風の精霊は、すべてワシが支配している。お前の命令には従わねえ。お前よりワシのほうが、精霊を支配する力が強いんだ」
克己は小馬鹿にしたようにニヤリと笑った。
「お前は火の精霊使いのはず! どうして風の精霊を使える!?」
「自分で言うのもなんだが、ワシは最強の精霊使いだ。火だけでなく、水、風、土の精霊とも契約している。最初に契約したのが火の精霊だったから、火の精霊使いを名乗っているだけだ。ワシをそんじょそこらの精霊使いと一緒にするんじゃねえ」
克己は勝ち誇ったような表情を浮かべた。その言葉を裏付けるかのように、燃え盛る炎、飛沫をあげる水、揺らめく風、塊のような土が、克己の背後に一瞬だけ出現したように見えた。
「なんだと……。そんなバカな……。ありえない……」
リョウは驚きを隠さない。その体は小刻みに震えている。既に戦意を失っているようにも見えた。
精霊使いは、精霊と契約することでその力を得られる。体力や精神力の消耗が激しいため、通常はいずれかの精霊のみとしか契約できない。2つの精霊と契約できる者は、非常に稀有とされている。だが、克己の力は、それをはるかに上回っていた。
「……じゃ、今度は僕たちが相手になるよ」
「そなたにわらわの相手が務まるかのう」
「あたいの魔法は痛いよ。覚悟しな」
リョウをかばうように進み出たのは、ケンジア、加奈、夢幻の3人だった。
「ほう、お前らは魔法が使えるようだな。だが、魔法使いごときではワシには勝てねえよ。たとえ何人集まろうともな」
克己は余裕の笑みを浮かべたままだ。
「それはやってみないとわからないよ……、あれっ?」
ケンジアが落胆したような声を上げる。魔法が発動しなかったのだということは、その表情から容易に読み取ることができた。
「なぜじゃ……? なぜ何も起きぬのじゃ……?」
「おかしいね……。あたいの魔法が不発だなんて……」
加奈と夢幻の表情にも悔しさが滲んでいた。
「当たり前だ。お前ら魔法使いは、精霊の力を借りて魔法を撃っているんだろう? この周辺に存在する精霊は、すべてこのワシが支配している。ワシの許可なく、精霊がお前らに力を貸すことはねえ。つまり、お前らは魔法が使えねえ!」
克己は勝ち誇ったような表情で、大声を上げて笑った。
「まさか魔法の発動そのものを止められるとはね……」
「なんということじゃ……。口惜しや……」
「驚いたね……。こんなことは初めてだよ……」
ケンジアたちは悔しそうにうなだれている。
魔法使いたちが魔法を放つには、世界に遍く存在する精霊の力を借りなければならないという設定になっている。ケンジアはもちろん、加奈や夢幻も例外ではない。その精霊たちを克己に掌握されていては、魔法が放てないのも不思議ではないだろう。
「……うちの出番や! 行くで~!」
「今度はあたしが相手よ!」
獣人化したマリリアスと、剣を構えた元子がすかさず飛び出した。余裕の表情を崩さない克己に、2人同時に襲いかかる。
だが、その攻撃が命中することはなかった。克己に当たる直前で、見えない何かにすべて弾かれた。精霊の力を使って防いでいるのだろう。
「無駄だ! その程度の攻撃、ワシには効かねえよ!」
克己が叫ぶと同時に、マリリアスと元子は素早く飛び退いた。もしそうしていなければ、直後に現れた渦を巻く炎に、その身を焼かれていただろう。
「強いやん……! こいつめっちゃ強いやん……!」
「悔しいけど、あたしでは勝てそうにないわね……」
マリリアスも元子も動かない。ただ悔しそうに克己を見つめるだけだった。
「……お前ら、雁首揃えてその程度か? 大したことねえな。とんだ見かけ倒しじゃねえか」
克己はゲンたちを指差して高笑いした。
全く歯が立たなかった。リョウやケンジアたちは完全に無力化され、マリリアスや元子の攻撃は一切通じなかった。克己の力は圧倒的だった。
「克己のやつ、めちゃくちゃつえーじゃねーか……」
ゲンもお手上げだった。強敵なのはわかっていたが、ここまで強いとは思わなかった。原作の設定よりもかなり強くなっているような気がした。
これだけのメンバーがいれば勝てるだろうと高を括っていたが、手も足も出なかった。リョウの風の精霊を操る力が、克己のそれを上回れば勝機はある。だが、そうなるにはまだ時間を要するだろう。今のゲンたちには、万に一つも勝ち目はなかった。
「少しは楽しめるかと思ったが、どうやらお前らを買いかぶりすぎていたようだな。弱いやつらに用はねえ。ここで消してやるよ」
克己が手を振り上げる。次の瞬間、ゲンは強い息苦しさを感じた。周囲を見ると、誰もが胸や喉を押さえ、苦しそうな表情を浮かべていた。
「息苦しいだろう? 風の精霊に命じて、お前らの周りだけ空気を薄くさせてやった。もちろん、もっと薄くすることもできる。ワシの手にかかれば、これくらいは朝飯前だ」
克己は自慢げに笑った。同様の効果を持つ技や魔法は、他のどの作品にも登場しない。まさに克己だけにしかできない攻撃だった。
「それだけじゃねえ。ワシはどんなに遠くにいる精霊だろうと、操って攻撃させることができる。世界中のどこにでも、火災や洪水、暴風や地震を起こせる。今は1か所しか無理だが、もっと強くなりゃ何か所も同時に攻撃できるようになるだろう。この力がありゃ、世界征服も夢じゃねえ! 誰もワシを止められねえ!」
克己は両手を広げ、恍惚とした表情を浮かべて一際大きな笑い声を上げた。
「うっ……!」
克己の言葉とともに、より強烈な息苦しさに襲われた。周りの空気を、さらに薄くされたのだろう。
誰もが苦しそうに喉を押さえ、顔を歪めていた。歴戦の戦士たちも悪魔も、この希薄な空気の中では動くことすらできないのだろう。
「ちくしょー……」
意識が遠のく。ゲンは死を覚悟した。




