表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
61/143

61 終幕

「うぉぉぉっ……!」

 激しい痛みに襲われ、ゲンは刺された脇腹を押さえてその場にうずくまった。指の間から多量の鮮血があふれ出し、床を朱に染めていた。

「おじさん、私言ったよね? この鬼ごっこを考えた人を絶対に許さないって……。総理大臣だろうと誰だろうと、絶対に許さないって……」

 血で濡れたナイフを構え、エリカは怒りに満ちた目でゲンを睨みつけてくる。 

 会場内ではオニとオニ、子と子の争いは禁止されているはずだ。すぐにドローンが飛んできて止めに入ってもおかしくないが、今は全く反応がない。クロサキがいなくなった余波で、指揮系統がうまく機能していないのかもしれない。


「おじさんは私を何度も助けてくれた。私を全力で守ってくれた。だから、私は今こうして生きていられる。それについては本当にありがとうって気持ちしかないわ。でも……」

 エリカはそこで言葉を切り、一呼吸置いてさらに続けた。

「私はおじさんが憎い! 心の底から憎い! おじさんのせいでアキナが死んだ! おじさんは私からアキナを奪った! 許せない! 絶対に許せない!!」

 エリカはまるで人が変わったかのように、鬼のような形相でゲンに恨み言をぶつけてくる。ナイフを持つ手が震えているのも、激しい怒りのせいだろう。

 

「おじさんさえいなければ、アキナは死ななかった……! おじさんさえいなければ、私もこんな悲しい気持ちにはならなかった……! おじさんさえいなければ……! おじさんさえいなければ……! おじさんさえいなければ……!」

 エリカの憎しみに満ちた言葉の一つ一つが、悶え苦しむゲンの胸に強く突き刺さる。言葉の刃は、刺されたナイフ以上に痛く感じられた。


「おじさんなんか、この世からいなくなればいいのよ……! だから私が、おじさんを殺す……! アキナのために……! サトミさんや他のみんなのために……! きっとみんな喜んでくれると思う……! だから、おじさん……」

 エリカはゲンとの距離を詰め、腕を振り上げた。

「お願い、死んで……!」

 エリカがナイフを振り下ろそうとしたその時だった。



「……エリカ、やめて。落ち着いて」

 どこからともなく女の声がした。アキナの声だと、ゲンは聞いた瞬間にわかった。

「アキナ……? アキナ……!?」

 エリカは手を止め、不思議そうにあたりを見回している。

「エリカ、落ち着いて。この人をこれ以上傷つけないで」

 突然、ゲンのすぐ目の前に人が現れた。ゲンをかばうかのように両手を大きく広げたその人物は、オニが着ているのと同じ赤いジャージ姿だった。それが生身の人間でないことは、その透けた体を見ればすぐにわかった。


「アキナ……! どうして……?」

 エリカの顔に驚きが広がる。

「どうして私の邪魔をするの……? どうして私を止めるの……? アキナはそのおじさんが憎くないの……? そのおじさんのせいで、アキナは死んだのよ……?」

「エリカ、よく聞いて。この人がいなかったら、わたしたちは生まれてないの。こうして出会えてないのよ。わかる?」

 アキナは諭すような口調でエリカに語りかける。


「それはわかる……。わかるけど……」

「わたしはこの人にすごく感謝してるわ。この人のおかげで、わたしたちは出会えた。仲良くなれた。この人を憎む理由なんて、わたしには全然ないわ。ねぇ、違う?」

「アキナはそうかもしれないけど……。でも、私は……」

「エリカと一緒にいられて、わたしはすごく楽しかったわ。お茶したり映画観たりカラオケしたり街ブラしたり、毎日が本当に楽しかった。エリカはどう?」

「私もすごく楽しかった……。アキナと仲良くなれて、本当によかった……。アキナと過ごした時間は、私の一生の宝物よ……」

 落ち着いた声で言葉を紡ぐアキナと対照的に、エリカは涙声に変わっていた。


「わたしも同じよ。エリカと出会えて、本当によかったわ。エリカ、わたしと友達になってくれて、本当にありがとう」

「私こそありがとう、アキナ……。本当に本当にありがとう……」

「エリカ、お礼を言う相手はわたしじゃなくて、この人なのよ。全部この人のおかげなのよ。だから、お願い。もうやめてあげて」

「でも……、でも……」

「エリカ、さっきの言葉は嘘なの? その涙も嘘なの? 嘘じゃないなら、この人を許してあげて。もうこれ以上傷つけないであげて」

「……」

 エリカは無言ですすり泣いている。床に落ちたナイフの音が、その答えを代弁していた。


「エリカ、ありがとう。わかってくれて嬉しいわ。エリカならきっとわかってくれると信じてたわ。だって、わたしの友達だもん」

「アキナ……」

「エリカ、これからもずっと友達でいてね。エリカ、大好きだよ」

「アキナ、私もよ……。私も大好きよ……」 

「ありがとう。最後にこうして話ができてよかったわ。エリカ、じゃあね」

 アキナはそう言い残すと、現れたときと同じように突然消えた。

「アキナ!? アキナァァァァァ!!」

 エリカは泣き崩れた。




 ゲンは朱に染まった床に身を横たえ、ぼんやりと宙を見つめていた。痛みも出血も全く止まらない。エリカにとどめを刺されるのは免れたが、このままでは行き着く先は一つしかない。

「おじさん……、大丈夫!?」

 耳元でエリカの声がした。涙声だ。

「心配いらねーよ……。ただの致命傷だ……」

 ゲンは弱々しく呟いた。大量の出血により、もう自分は長くないことを悟っていた。意識がだんだんと遠くなっていくのを感じていた。


「致命傷って、そんな……! ごめんなさい……。私……。私……」

「気にすんじゃねーよ……。オレがオマエの立場なら、たぶん同じことしてただろーさ……。オマエは悪くねー……」

「おじさん……。おじさん……」

「オレを刺したのがオマエでよかったぜ……。主人公に刺されて死ねりゃ本望じゃねーか……」

 ゲンは口元にかすかな笑みを浮かべた。

  

 この世界に来て、常に敵にやられる危険性と隣り合わせだった。数々の戦いの中で、幾度となく命の危険に直面した。

 ケイムからはいずれ全滅すると宣告されている。敵の攻撃を受けて壮絶な最期を遂げるのだとずっと思っていた。まさか主人公に刺されるとは思ってもみなかった。しかも、勇者でも戦士でも魔法使いでもなく、ただの女子高生にやられるとは予想だにしていなかった。ゲンにとっては嬉しい誤算だったかもしれない。


「おじさん……! おじさん……! しっかりして……! 死なないで……!」

 エリカの悲痛な叫びが響く。

「エリカ……。オレはどーやらここまでみてーだ……。あとは――」

「……君、大丈夫か!? 早くこれを飲むんだ!」

 突然聞こえてきたその声に、ゲンは聞き覚えがあった。最年長の男だ。

 ゲンは口の中に何かを入れられたような気がした。その直後、嘘のように痛みが消え、出血が止まり、傷口もふさがった。体力も回復し、全身に力が漲ってきた。

 瀕死だったゲンは、なぜか一瞬で全回復していた。




「すまねーな。おかげで助かったぜ」

「礼には及ばない。私も靴の時に君に助けられた。あの靴のままだったら、私も捕まっていただろう」

 ゲンが頭を下げると、男は軽く手を上げて答えた。

 男の話によると、ゴールの手前まで進んでいたが、突然壁に行く手をふさがれ、やむなく引き返したという。その後も特定の方向にしか行くことができず、それに従って進んでいった結果、この部屋に着いた。クロサキの部下たちが、壁を使って男をここへ導いたのだろう。

 

 ゲンに飲ませたのは赤と青の錠剤で、どちらもオニの所持品だ。落としたものを拾ったという。拾ったのは2錠ずつだが、1錠は男が既に服用しており、残った1錠をゲンに飲ませたのだ。

 逃げているときにオニが壁に激突して重傷を負う現場を目撃し、男はそこで錠剤の効果を知った。赤は体力を一瞬で全回復させ、青はどんな傷でも瞬時に完治させる。まさに奇跡の錠剤としか言いようがなかった。


「傷が一瞬で完治とかすげーな。チートもいーとこじゃねーか」

 ゲンは刺された脇腹を触ってみるが、やはり痛みは全くない。全身が血まみれになっている以外は、刺される前と何も変わらなかった。

 オニだけが持つ特殊な錠剤は原作にも登場するが、体力が全回復する赤いほうだけだ。どんな傷も完治する青い錠剤は、この世界にしか存在しない。

 この2つの錠剤を持ったオニにずっと追いかけられていたことに、ゲンは改めて恐怖を感じた。疲労や負傷をものともしないオニたちから逃げ切るのは、まさに至難の業だっただろう。




「……さて、君に借りは返した。私はこれで失礼する。またゴールで会おう」

 男は踵を返して走りだした。が、すぐに立ち止まった。

「どーした? まだ何かあんのか?」

「……お嬢ちゃん、私と一緒に来なくて大丈夫なのかい?」

 男が話しかけたのは、ゲンではなくエリカだった。

「……え?」

 エリカには男の意図がわかりかねているようだ。


「私には、乱暴されそうになったお嬢ちゃんが抵抗して、彼を刺したようにしか見えないのだ。だが、私は何も考えずに彼を回復させてしまった。そのせいでまたお嬢ちゃんが危険な目に遭わないか心配なのだよ」

 男の蔑むような視線がゲンを貫く。刺された中年男と泣く女子高生。この状況だけを見れば、そういう解釈ができなくもないだろう。

「ちょっと待て……! そんなわけ――!」

「私もそう思う。また襲われたら怖いわ」

 エリカはいたずらっぽく笑った。




 部屋を出ると、外は完全な一本道だった。会場の奥に向かって、通路がただ真っ直ぐに伸びているだけだ。もはや迷路ではなくなっていた。クロサキの部下たちが、わざと壁をそういう配置にしているのだろう。このままゲンたちをゴールまで導いてくれるつもりのようだ。

 会場内にオニはまだ残っているはずだが、通路上にその姿は見えない。ゲンたちが捕まらないように、壁で守ってくれているのかもしれない。

 3人は黙々と走っている。2人ではなく3人なのは、エリカの冗談を真に受け、男も同行しているからに他ならない。男の鋭い視線がずっとゲンに突き刺さっている。

 男はヒロシと名乗った。独身だが離婚歴があり、エリカと同年代の娘がいるが、先妻に引き取られていてたまにしか会えないという。エリカと娘を重ねているのかもしれない。


 


 ゴールという文字がうっすらと書かれた壁が見える。もうすぐ目的地だ。命を賭けた残酷な鬼ごっこは、今まさに終わりを迎えようとしていた。

 だが、ゲンは知っている。原作どおりなら、着いただけではゴールにならないことを。最後の挑戦が待っており、失敗すれば即ゲームオーバーだということを。

 そして、ゲンたちはゴールの部屋に飛び込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ