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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
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59 怒り

「エリカ……!」

 思わず駆け寄ろうとするゲンを壁が阻む。別の道から近づこうとしたが、やはり壁が邪魔をする。

「ちくしょー……」

 視界の先に赤いジャージが見えた。金色の長髪を振り乱しながら走ってくるのは、男のオニだ。男がかけているゴーグルの縁が、赤い色に淡く光っているのが確認できる。それが何を意味しているのか、ゲンにはもちろんわかっていた。

 

 子に知らされることはないが、ゲーム終盤になるとオニの能力が少し上がる。正確に言えば、オニ自身ではなく、その装備が強化される。残った子を一掃して、早くゲームを終わらせるためなのは言うまでもない。

 ゴーグルには眼前の壁を透視できる機能が追加され、子が近くにいればすぐにわかるようになる。この機能が追加されると、縁が赤く光るのだ。また、同時に靴底の反発力も強化され、より速く走れるようになる。オニが持つ無尽蔵の体力も相まって、逃げ切るのはさらに困難になるだろう。

 

 ゲンはすぐに踵を返す。今はとにかく逃げるしかない。

 前回はオニが礼史だったおかげでなんとか乗り切れたが、さすがに2回目はないだろう。今度捕まれば終わりだ。




「まさか、そんな……! 嘘でしょ……!」

「どうして……!? どうしてなの……!?」

 壁の奥から、悲鳴にも似た叫びが聞こえてきた。声の主は2人いる。一方はエリカだ。もう片方が誰なのか、ゲンにはすぐにわかった。

「やっぱりオニはアキナ(CV:浅井恵奈)じゃねーか……」

 アキナ。原作でもオニとして登場し、エリカを捕まえる設定のキャラクターだ。

「エリカ……、すまねーな……」

 原作どおりだとしたら、この後の展開は容易に想像できた。エリカの心中を察すると胸が痛む。そういう設定にしたのがゲン自身だからなおさらだ。


 アキナはエリカの高校の同級生で、中学校からの親友だ。とにかく仲が良く、どこに行くにも一緒だった。家も近く、互いの家を行き来することも多かった。

 エリカが他の同級生からいじめを受けるようになると、アキナもまた同じように標的にされた。暴力ではなく、心無い言動の数々で精神的に苦しめられた。

 そのたびに励まし合いながら耐えていたが、日に日にその陰湿さはエスカレートしていった。2人は相手には内緒で、辛い現実から逃避しようと真剣に考えるようになった。

 やがてエリカは自殺の名所と言われるビルを見つけ、アキナは合法的に人が殺せるイベントの存在を知る。そして、2人はすぐに行動に移した。

 自らの命を絶つことで苦痛から逃れようとしたエリカと、人を殺めることで鬱積した感情を発散させようと考えたアキナ。その2人が最悪の場所で、最悪のタイミングで対面してしまったのだ。




 さっきから同じところを何度も通っているような気がする。決して動かない壁があり、その向こうには進めないようになっているようだ。行動範囲を制限するため、その区画は封鎖されたに違いない。逃げられる場所は、おそらく当初の3分の1程度にまで減っているだろう。

 1分ごとの時報も、いつの間にか流れなくなった。生き残っている子の中に、重い靴を履いた者も警報が未解除の者もいなくなり、もう流す必要がなくなったからだと考えられる。

 警報まで解除できたのは、ゲン、エリカ、サトミ、最年長の男の4人だけだろう。それ以外の子がもう生きていないことは想像に難くない。サトミと男は無事なのだろうか。必死にオニから逃げ回っている間、全くその姿を見かけなかった。


「……アキナ、お願い! 早く私を殺して! じゃないとアキナが死んじゃうのよ!」

「無理よ! わたしにはできない! わたしにエリカが殺せるわけないじゃない!」

「私は死ぬつもりだったの! だから、覚悟はできてるわ! お願い! 早く私を殺して! アキナになら殺されてもいい!」

「できない! わたしにはできない! エリカを殺すくらいなら、死んだほうがましよ!」

 エリカたちの悲痛な叫びはゲンの耳にも届いた。2人は当然のように押し問答を繰り返している。エリカは自分を殺すよう何度も懇願し、アキナはそれをすべて拒絶していた。2人とも狂ったように泣き叫んでいた。

 オニであるアキナは、捕まえた子を必ず殺さなければならない。もしできなければ、代わりにアキナが命を落とす。アキナにとって不運だったのは、捕まえた子が親友のエリカだったということだ。エリカでさえなければ、今ごろは見ず知らずの子の命を奪い、鬱憤を晴らせていただろう。



「いやぁぁぁぁぁ! アキナァ! アキナァァァァ!!」

 会場に響き渡るエリカの絶叫が、その時を迎えたことを告げていた。エリカを殺せなかったアキナが、今まさに命を落としたのだ。ゲンを殺せなかった礼史と同じように、ドローンから放たれたレーザーに体を貫かれたのだろう。

「……エリカ!」

 ゲンはエリカの元へ急ぐ。先ほどまではことごとく壁に邪魔されていたはずだが、今回はすんなりと通過することができた。だが、ゲンが通れるということは、オニもまた通れるということだ。

 オニが死ねば捕まった子は解放されるが、休む時間など全くない。即座に鬼ごっこに引き戻され、すぐにオニもやって来る。ショックでその場から動けなければ、あっと言う間に次のオニに確保されてしまうだろう。

 いつの間にかエリカの声が聞こえなくなっていた。泣き止んだのか、他のオニに捕まったのか、ゲンには知るすべがなかった。


「……大変なの。オニが2人も足りなくなったの。だから、最終ルールを適用するの。オニは何人でも捕まえられるようになったの」

「ついでにオニも1人追加だぜ! さあ、てめえら! しっかり逃げるんだぜ!」

 ヒトミとゴクウの声が響き渡った。最終ルールなるものの適用を告げている。オニが1人増え、さらに捕まえられる子の数に制限がなくなるという内容だ。

 オニが1人欠けることすら珍しいのに、2人となれば天文学的な確率だろう。原作でも、偶然に偶然が何度も重なり、大会史上初めてこのルールが発動される。だから、どんなオニが追加されるのか、ゲンには予想がついていた。




「……おじさん!」

 背後から声をかけられ、ゲンは思わず立ち止まった。振り返ると、エリカが手を振りながら駆けてくるのが見えた。

「エリカ……。オマエもいろいろあったみてーだな……。全部聞こえてきたぜ……」

 ゲンは思わず視線を逸らした。エリカの目は赤く、瞼も少し腫れているように見える。その原因を作ったのは、作者であるゲン自身だ。エリカの顔を直視できなかった。

「アキナのことならもういいの。泣いてもアキナが戻ってくるわけじゃないから」

 エリカは吹っ切れたようなさばさばした表情で、あっと言う間にゲンを追い越した。

「それならいーが、無理すんじゃねーぞ」

 ゲンもエリカを追って走り出した。


「……おじさん。私、絶対に許さない」

 横に並ぶなり、エリカの怒気のこもった声が飛んできた。

「え……?」

 自分のことを言われているのかと思い、思わずゲンは立ち止まる。すぐにエリカも立ち止まった。

「この鬼ごっこを考えた人、関わった人全員を、私は絶対に許さない。総理大臣だろうと誰だろうと関係ない。絶対に許さないわ」

 エリカは顔の前で拳を握りしめた。

「ここから出たら、私はアキナの仇を取りに行くつもりよ。私たちをこんな目に遭わせた人たちを、私は絶対に許さない」

 エリカの目は決意に満ちていた。親友を失った悲しみは、もうその瞳には宿っていないように見えた。


「だから、おじさん。絶対にゴールしようね」

 エリカは笑うと、再び走り始めた。

「……あー、そーだな。行こーぜ」

 ゲンも走り出す。

 先行するエリカの背中を見ながら、彼女を突き動かしている怒りの大きさを想像せずにはいられなかった。気丈に振る舞ってはいるが、心の中には身を引き裂かれるような悲しみが渦巻いているに違いない。その悲しみがすべて怒りに変わり、走るエリカの原動力になっているのだろう。


 だが、ゲンは知っている。エリカのその怒りは、決して地上に持ち帰ることができないことを。地上に出ると、その怒りを忘れてしまうことを。脱出する際に、ここでの記憶はすべて消されてしまうからだ。

 無事にここから出られたとして、エリカを待っているのはアキナがいなくなったという事実だけだ。アキナの消息は誰にもわからないだろう。もちろん、エリカ自身にも。




突然、2人の前に壁が出現した。すぐに引き返そうとしたが、いつの間にか背後にも壁が現れている。左右はもちろん壁だ。ゲンたちは完全に囲まれてしまった。まるで、オニに捕まって殺されそうになった、あのときのように。

「ちくしょー……。閉じ込められたじゃねーか……!」

「おじさん、どうしよう……」

次の瞬間、周囲の壁が消え去った。その向こうに見えたのはやはり壁だ。3枚ずつの壁が、四方を取り囲んでいる。ゲンたちはもう一回り大きい空間の中に閉じ込められていた。

「……テメーら、もう逃げられねぇぞ」

ゲンたちを待っていたのは、茶色い髪を逆立て、スーツを着崩した男だった。その手に握られた銃が、正確にゲンたちに向けられていた。

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