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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第二章 新たなる旅路
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53 目覚め

第二章、スタートです。


マイペースで執筆・投稿していきます。


よろしくお願いします。

「……ここは、どこだ?」

 ゲンの目を覚まさせたのは、どこからか聞こえてくる音だった。川のせせらぎと鳥のさえずりと木の葉擦れが合わさったような、不思議な音だ。

 最初に見えたのは、見知らぬ天井だった。柄も模様も何もなく、ただ真っ白な天井。

 ゲンはベッドに寝かされていた。


「どーゆーことだ……?」

 何がどうなっているのか、すぐには理解できなかった。天井をぼんやりと見つめながら、頭の中を整理する。

 グランデの町の宿屋で飲んでいて、酔いを覚ますために外を歩いていたのは覚えている。ビルの屋上に人影を見つけ、階段を上ったことも記憶している。その後、屋上を走っていて躓き、ぶつかったフェンスが外れて外に投げ出されたはずだ。落下の途中から記憶がないが、あの高さから落ちればまず助からないだろう。

 だが、ゲンは生きている。痛みも全く感じない。ここは病院だろうか。奇跡的に一命をとりとめたのだろうか。


 体を起こして周囲を見回す。天井だけでなく、壁も床もすべてが白い。ベッドの他には何もない、細長い部屋の中だった。窓もなく、出入口と思われる引き戸があるだけだ。

 天井の隅には、カメラとスピーカーらしきものがぶら下がっていた。ゲンを目覚めさせた音は、そのスピーカーから絶えず発せられていた。


「そーゆーことか……」

 自分の服装を見て、ゲンはすべてを悟った。ここがどこなのか、どうしてここにいるのか、これからどうなるのか。自分が置かれている状況を瞬時に理解した。

 ゲンはいつの間にか着替えさせられていた。上下とも黒いジャージ姿だ。胸には白いゼッケンが付けられ、赤い文字でG6と書かれている。

 両足には黒いスニーカー。だが、スニーカーにしてはかなり重い。

 さらに、首、両手首、両足首に、数珠のような形をした金属製の輪が付けられていた。窮屈ではないが、付け心地がいいとは言えない。


 同時に、先に屋上から飛び降りた、エリカだと思われる少女が助かっていると確信した。原作どおりなら、ここと同じような部屋で、彼女も今ごろは目を覚ましているだろう。

 未執筆の小説『逃亡中』は、エリカが主人公を務める作品だ。彼女がビルから飛び降り、見知らぬ部屋で目を覚ますという場面から始まる。その部屋のイメージが、まさにここと一致する。目覚めたときに着替えさせられていた服装も、今のゲンと全く同じだった。


 原作の設定では、自殺の名所と呼ばれるビルが全国各地に多数存在している。巧みな偽装工作と情報操作のせいで、世間がそう信じ込んだのだ。その結果、死にたい者が次々とやって来て、屋上から飛び降りるようになった。エリカもその一人だ。

 ビルの周囲には、目に見えない特殊な網が張り巡らされている。屋上から身を投げた者を受け止めるためだ。網にかかった者は、周辺に漂う気体により一瞬で眠りに落ち、傾斜を転がり、開いた窓からビルの一室に飛び込み、身柄を確保される。そして、別の場所へと運ばれ、着替えさせられ、時間が来るまで眠らされ続ける。

 ゲンがここでこうして生きている理由がそれだ。自分から飛び降りたわけではないが、転落したせいで網にかかってしまったのだ。



 ゲンは立ち上がると、足早に引き戸に近づいた。開けようとしたが、何度やってもびくともしない。今度は扉を叩いてみる。大きな音がするが、人がやって来るような気配は全くなかった。

「……おはようございます。よく眠れましたか?」

 突然、天井のスピーカーから女性の声が聞こえてきた。その発音や抑揚から、人間の声ではないことがわかる。おそらくAIに違いない。

「あなたが眠っている間に、こちらで着替えさせていただきました。この後、あなたにはゲームに参加していただくことになっています。そのゲームのための服装です。窮屈かもしれませんが、そのままにしておいて下さい。非常に危険ですので、決して無理に脱いだり外したりしないで下さい」

 何の感情もこもっていない機械的な声が、なおも天井から降ってくる。

 非常に危険と聞いても、ゲンは驚かない。特に、首と両手両足に付けられた輪は外す手段が限られており、無理に外そうとすると爆発することは知っている。そういう設定にしたのは、もちろんゲンだ。

 スピーカーからは依然として、せせらぎとさえずりと葉擦れが混ざったような不思議な音が流れ続けている。これもゲンが考えた設定で、この音には聞く者の心を落ち着かせる効果がある。ゲンが驚かないのは、もしかしたらこの音も関係しているのかもしれない。


「あなたは2日間ずっと眠り続けていました。お食事を用意していますので、よろしければお召し上がり下さい」

 言葉が終わると同時に、部屋の中央で床の一部が割れ、机がせり上がってきた。机の上には皿とカップが置かれていた。皿には丸いパンが2つ、カップには白い液体が注がれていた。

「お食事はパンとミルクです。どうぞ遠慮なくお召し上がり下さい」

 女性の声がそう言い終わった時には、ゲンは既にパンにかじりついていた。毒物や薬物などが混ぜられていてもおかしくないような状況だが、その可能性を考慮する必要はなかった。これから起きることを考えると、この食事に毒を盛るのは全くの無意味だった。

 出されたパンとミルクを、ゲンはあっという間に平らげた。食べ終わってから、一気に食べてしまったことを少しだけ後悔した。ゆっくりと味わいながら食べたほうがよかったかもしれない。原作のとおりなら、これが人生最後の食事になってもおかしくはなかった。


 再度床が割れ、食事が載っていた机が床下に消えたかと思うと、今度は椅子がせり上がってきた。背もたれと肘掛けが付いた、高級感のある椅子だ。

「どうぞお座り下さい」

 天井から声が降ってきた。座るとどうなるか、ゲンにはもちろんわかっている。拒否しても無駄だということもわかっている。 

 腰を下ろすと、ソファのようにふかふかしていた。背もたれにもたれかかり、ひじ掛けに手を置く。気持ちのいい座り心地に、ゲンは思わず吐息を漏らした。

「そのまましばらくおくつろぎ下さい。まだお食事中の方がいるようです。全員が揃うまで、しばらくお待ち下さい」

 ゲンは驚かない。ここにはゲン以外にも人がいることはわかっている。原作のとおりなら、全員が同じ時間に目覚めさせられたはずだ。もしかしたらエリカもここにいるかもしれない。

「この時間を使って、これから行われるゲームについて、簡単に説明しておきましょう」

 スピーカーからゲームについての説明が流れ始めた。考案者であるゲンにはもちろん不要だが、ただ黙って聞き入っていた。



 これから行われるゲームとは、一言で言えば鬼ごっこだ。ゲンたちは子に選ばれた。よって、オニたちから逃げなければならない。

 着替えさせられたのは、全員を同じ条件にして、服装や履物で有利不利が出ないようにするためだ。重いスニーカーや首などに付いた輪は逃げるのに邪魔だが、ゲーム中のイベントをクリアすれば取り外すことができる。もちろん、クリアしようとしてオニに捕まっては意味がないので、状況次第だ。

 制限時間は特になく、子は指定された場所までひたすら逃げる。無事にゴールできればご褒美があるが、途中でオニに捕まるともちろん失格になり、さらに罰ゲームが待っている。

 参加者が多いためゲーム会場はここ以外にも複数あり、すべての会場で同時に開始される。会場にはAから順にアルファベットが振られており、ゼッケンにも記されている。ゲンはG6。G会場の6番という意味だ。



 AIによる説明が終わった。本当に概要だけの、当たり障りのない内容だった。嘘は全くないが、真実も一切含まれていない。これでは大規模な鬼ごっこの大会のようにしか聞こえない。説明されていないことが、あまりにも多すぎた。

 そもそもここはどこなのか。何のためにこの鬼ごっこが行なわれるのか。どうして子に選ばれたのか。誰がオニをするのか。オニに捕まるとどんな罰を受けるのか。そういった重要なことは一切言及されていない。原作ではゲーム開始の直前に発表されることになっているが、ここでも同じなのだろうか。

 ゲンはじっと天井を見つめていた。言いたいことはいろいろあったが、無言を貫いた。言動はすべてカメラで監視されている。不用意な発言で、自らの首を絞めるわけにはいかなかった。



「……みなさんの準備ができたようです。それでは、ゲーム会場までご案内します。行ってらっしゃい」

 落ちていくような感覚がして、一瞬で周囲が暗闇と化したのはその直後だ。もし足元を見ていたなら、床が割れた瞬間を目撃できただろう。

 どこかに着地したのか、軽い衝撃が伝わってきた。次の瞬間には、椅子が前に進み始めたのがわかった。一切の光が存在しない闇の中を高速で移動しているが、恐怖は全く感じない。心を静める効果を持つ例の音が、ここにも流されているからだろう。


 徐々に椅子のスピードが落ち、やがてゆっくりと停止したのがわかる。

「スタート地点に到着しました。10分後にゲーム開始です。それでは、がんばって下さい」

 頭上から声が降ってきた。部屋のスピーカーで聞いたのと同じ声だ。

 次の瞬間、ゲンの体は何かに押されたかのように前に飛んだ。目の前で闇が左右に割れ、光が見えた。

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