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52 転落

「……ガチャ使用禁止とかありえねーだろ! ふざけんじゃねーぞ!」 

 入口の張り紙に、思わずゲンは舌打ちした。寿命ガチャが今は使用できないという。本来は昼夜を問わずいつでも使えるはずだ。故障や不具合が発生したのだろうか。

 

 ここグランデの町に着いて、真っ先に目に飛び込んできたのは寿命ガチャだった。金がないなら引けと言わんばかりに、わざとらしく目立つ場所に設置されていた。

 元子が必要最低限の金を所持している以外は、誰もが無一文だ。全員が寝床と食事にありつくには、あまりにも金が少なすぎた。

 背に腹は代えられず、やむなく1年ガチャを1回だけ引くつもりだった。挑戦者は直前にじゃんけんで決め、景品はもちろん売却する。1年ガチャの景品なら、買取相場は15万ダイムだったはずだ。それを当面の路銀にするつもりだったが、ガチャが使えないせいで予定が狂った。




「ちくしょー、腹減ったぜ……」

 空腹に耐えながら、ゲンたちはあてもなく通りを歩いていた。寿命ガチャに代わる金策が思いつかない。装備品を売ろうにも、大半の店は閉まっていた。

 どこからか肉や魚を焼く匂いが漂ってきた。楽しそうに談笑する声も聞こえてくる。ゲンは今まで以上の強い空腹感に襲われた。

「モコット、私たちに気を遣わなくていいわよ。私たちは大丈夫だから、そのお金でどこかに泊まったら?」

 ミトが元子に話しかけた。モコットとは、ミトが考えた元子の愛称だ。赤を基調としたその目立ついで立ちに、元子という名はあまりにも似合わないからだという。

 元子の所持金なら、自身の夕食と宿泊だけはどうにか確保できるだろう。もしゲンたちと出会っていなければ、今ごろはどこかの宿でくつろげていたに違いない。

「みんなを置いてあたしだけ、というわけにはいかないわ。あたしもみんなと同じで大丈夫よ」

 元子は笑顔でミトの提案を断った。このままだと野宿の可能性もあるが、それは承知の上なのだろう。



「――あんたたち、今夜の宿を探してるんだろう? 中に入りな。すぐに部屋と食事を用意するよ」

 宿屋の女将らしき女性に、一行は突然声をかけられた。

「いえ、私たち、持ち合わせがないの。だから無理よ」

 ミトが手を左右に振って断る。

「お金なら心配いらないよ。さっきあんたたち全員分のお金を払ってくれた、気前のいいお客さんがいるんだよ」

「そりゃありがてーな。もしかして、ユーシアか? 気が利くじゃねーか」

 もしユーシアたちもこの町にいるのだとしたら、あり得ない話ではない。ただ、ユーシアならこんな回りくどいことはせず、直接ゲンたちに声をかけているだろう。


「そのお客さん、どんな人? 背が高い金髪の戦士だったりしないかしら?」

「見た感じは40代か50代くらいの、スーツを着た男性だったよ。お金を払うと名前も言わずにどこかに行ってしまったから、それ以上のことはわからないよ」

「40代か50代……? 誰かしら……? 心当たりはないし、なんだか気味が悪いわね」

「フン、余への献上品か……。誰かは知らぬが、殊勝な心がけだ……」

「り、理由がわからないから……、ちょ、ちょっと怖いね……」

 突如として現れた謎のパトロンに、ミトたちも困惑していた。

 その男が誰なのか、ゲンにもすぐには思い当たらなかった。声を聞けばわかるかもしれないが、いないのならどうしようもない。


「……それ、たぶんあたしのせいね。あたし、その年代の男性にはモテるのよ。行く先々でよく奢られたりしてるわ。きっと今回もそんな感じね。もしどこかで見かけたら、お礼を言っておくわね」

 元子は嬉しそうに笑った。

「モコットなら確かにモテそうね。私が男なら、放っておかないと思うわ」

 ミトも笑った。

「……あんたたち、とりあえず中に入っておくれ」

 女将に急かされ、ゲンたちは店内に入った。




「……いやー、久しぶりの酒はうめーな。しかも、人の金。最高じゃねーか」

 ゲンはご機嫌だった。まだ1杯目だが、既に酔いが回っていた。顔も真っ赤だ。酒は嫌いではないが、弱いせいもあって普段はほとんど飲まない。前回飲んだのがいつだったか思い出せないほど久しぶりの酒だった。

 この酒は元子の奢りだ。宿代が浮いたからだろう。元子は人から奢られることが多いが、人に奢ることもまた多いという。

 元子は同じテーブルにはいなかった。3つ隣のテーブルで、数人の男たちと楽しそうに飲んでいた。初対面のはずだが、完全に打ち解けている。いくつものグラスが空になっているが、顔色は全く変わっていなかった。


「忠二、オマエは未成年だろ。堂々と飲んでんじゃねーよ」

 ゲンの左隣で、忠二がいいペースでグラスを傾けていた。もちろん中身はただのジュースだが、まるで酒を飲んでいるかのような言動を連発しているため、ゲンにはそう見えたのだろう。

「フッ、余は悪魔……。人間どもの規律など、余には当てはまらぬ……」

 忠二は笑いながら、さらにグラスを口に運んだ。

「今のオマエは人間で、14歳の中学生じゃねーか」

「フッ、愚かな……。卿は余の年齢を知らぬと見える……。余は1万14歳……」

「そりゃすげーな。はいはい、ワロスワロス」

 ゲンはグラスに残っていた酒を一気に飲み干した。ふと向かいの席を見ると、バジルと目が合った。何かを訴えかけるような、助けを求めるような表情をしていた。


 バジルは酔ったミトに絡まれていた。ジュースしか飲んでいないため、素面だ。ミトが一方的に喋るのを、ただじっと聞いていた。

「……バジル、あなた伝説の勇者なんでしょ? 勇者ならもっとしっかりしてよ! みんなに守られてばかりで、恥ずかしくないの!?」

 ミトはバジルに不満をぶつけていた。顔色こそ変わっていないが、明らかに目が据わっている。ミトの前には空いたグラスが3つ転がっていた。

 ミトの世界では、16歳から酒が飲める。原作では1杯程度しか飲まないが、今はいつもより量が増えている。さまざまな鬱憤が溜まっているのだろう。

「レガートも勇者だけど、本当に強いわよね。あなたも勇者なら、レガートに負けないくらい強くなってよ。そして、私たちを守ってよ。それが勇者の役目でしょ!」

 バジルは何も答えない。ずっと俯いたままだ。


「あなたは好きで勇者になったわけじゃないと思ってるかもしれないけど、そんなのみんな同じなのよ。私だって戦いたくて戦ってるわけじゃないわ。ある日突然村を滅ぼされて、その復讐のために戦ってるの。戦うのは怖いけど、死ぬのはもっと怖いから戦ってるのよ。わかる!?」

 ミトはかなり興奮しているようだ。

「村を滅ぼされていなければ、私は普通の女の子として楽しく暮らせていたと思うわ。いっぱいおしゃれを楽しんだり、たくさん友達と遊んだりして、戦いとは縁のない生活を送れていたはずよ。村を滅ぼされていなければ……」

 感極まったのか、突然ミトは涙声になった。

「バジル……、私だって好きで戦ってるわけじゃないのよ……。私だって本当は戦いたくないのよ……。私だって平和な毎日を送りたいのよ……。私だって普通の女の子に戻りたいのよ……。私だってこんな運命から逃げ出したいのよ……。私だって……、私だって……、私だって……」

 ミトはバジルの肩にもたれかかり、子供のように泣きじゃくり始めた。バジルは顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうな表情で宙を見つめていた。


「フッ、泣き上戸か……。人は見かけによらぬな……」

「ゆりりあの泣き声が聞けるなんてすげーな。超激レアじゃねーか。戦乙女マリシア、魔界戦姫プラーナ、絶対女神エルシアン、氷鉄の魔女ヴォクセーヌ、聖騎士リリロール、冷徹王女サマンサ、宇宙海賊アイシャ。ゆりりあの演じるキャラはみんなクールで泣かねーのに、ミトは滝泣きしてんじゃねーか。いや~、あのゆりりあの泣き声とか、マジで尊みがすげーぜ。控えめに言って最高じゃねーか」

 ゲンは一気にまくしたてた。酔っているせいか、いつも以上に早口になっていた。

「……おっと、眠くなっちまったぜ」

 ゲンは急に眠気に襲われた。酔うとすぐ眠くなる。昼間の疲れもあるだろう。背もたれにもたれかかると、ゲンは一瞬で眠りに落ちた。




「……おっと、寝てたみてーだな」

 ゲンは目を覚ました。どのくらい寝ていたのかはわからないが、そこまで長い時間ではないようだ。隣では忠二がまだ飲んでいる。元子たちの陽気な声も聞こえてくる。

 泣き疲れたのか、ミトはバジルの肩にもたれかかったまま寝ていた。バジルは両手を膝の上に置き、石のように硬直していた。顔は真っ赤だ。

「……バジル、オマエ、ツイてんな。ラッキースケベじゃねーか。原作じゃそんなシーンはねーんだから、今のうちにたっぷり楽しんどけよ」

 ゲンの言葉に、バジルは泣きそうな目で何度も首を横に振った。

「……ちょっと夜風にでも当たるか」

 ゲンは立ち上がった。



 外は静まり返っていた。夜も更けているせいか、通りを歩いているのはゲンだけだった。

 月の光が優しく降り注ぎ、心地よい風が頬を撫でる。ゲンは少し酔いが覚めたような気がした。

「ん……? あんなとこにビルなんかあったか……?」

 視線の先にビルがそびえ立っていた。10階ほどの高さがあるが、どの窓からも明かりは一切見えない。廃墟だろうか。

 宿屋の近くにビルなどなかったような気もするが、酔っているせいか記憶があいまいだ。

「おい、マジか……!? 早まるんじゃねー!」

 ビルの屋上に人影を見つけて、ゲンは反射的に走りだした。酔いが一気に覚めた。人影は今まさにフェンスをよじ登ろうとしていたのだ。何をしようとしているかは容易に想像できた。

 

 ビルに飛び込むと、正面にあった階段を駆け上がった。窓から差し込む月の光のおかげで、暗闇の中でも迷うことはなかった。

 2階、3階、4階とどんどん上がっていく。最初こそ2、3段飛ばしで勢いよく駆け上がっていたが、みるみるうちにスピードが落ちてきた。ついには段を踏み外しそうになり、ゲンは思わず立ち止まった。

「ちくしょー……。体力がもたねーぜ……」

 ゲンの体力ではこれ以上駆け上がるのは無理だった。今度は手すりにつかまりながら、一段一段を踏みしめるように上がっていった。

「早まるんじゃねーぞ、エリカ(CV:三木原みき)……!」

 ゲンにはなんとなく人影の正体がわかっていた。未執筆の作品に、主人公の少女が深夜にビルの屋上から飛び降りる場面が登場する。その少女の名がエリカだ。

 エリカかもしれない人影を救うため、ゲンは階段をひたすら上っていった。



 思っていた以上に時間がかかってしまったが、どうにか屋上に辿り着いた。まるでゲンの到着を待っていたかのように、少女はまだそこにいた。ただし、立っているのはフェンスの向こう側だった。

 長い髪が風になびいている。身に着けているのは学校の制服のようだ。屋上の縁のわずかな部分に立ち、後ろ手にフェンスを掴み、下を覗き込んでいた。手を離せば一瞬で夜の闇へと落ちていくだろう。

「……待て、エリカ! 早まるんじゃねー!!」

 ゲンが叫んだと同時に、少女の手がフェンスから離れた。その姿が一瞬で視界から消える。

「……エリカ!」

 ゲンは走った。が、途中で何かに躓き、勢いよくフェンスに突っ込んだ。そこだけフェンスが外れたのはその直後だ。

「うわっ……!」

 ゲンは屋上の外へと投げ出され、次の瞬間には落下を始めていた。この高さから落ちればまず助からないだろう。

 自分がどんどん落ちていくのを感じながら、ゲンはいつの間にか気を失っていた。

第一章はこれにて終わりとなります。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


書きためていたものを加筆・修正しながら投稿してきましたが、ストックが尽きてしまいました。

遅筆なこともあり、今後は更新のペースが落ちると思います。


よろしくお願いします。

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