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51 遭遇

「もう! いいかげんにしてほしいわ!」

 ミトが声を荒らげた。ちょうど最後の一人を倒した直後だ。

 数歩進むたびに敵が出て、いまだに町に到着できずにいた。敵は決まってクーザだ。手強い相手ではないが、十人単位で出現する上に、毎回包囲された状態で戦闘が始まる。ケイムがわざとそういう設定にしているのだろう。

 元子の加入で戦闘がかなり楽になったとはいえ、連戦により蓄積する疲労はどうすることもできなかった。苦戦することが徐々に増えてきた。戦闘が少しずつ長引くようになってきた。ミトと忠二の動きは鈍くなり、元子の魔法も目に見えて威力が落ちている。

 勝利しても戦利品は一切ない。敵は金もアイテムも全く落とさない。倒されたと同時に装備品ごと消え去るため、仮に武器を奪い取っても手元には残らない。疲労以外には何も得られることのない戦いの連続が、ミトたちの戦意を確実に削いでいた。



「ちかれたび~。休ませてクレメンス……」

 ゲンは座り込んだ。戦闘には参加せず、ただずっと歩いているだけだが、それでも疲れ果てていた。

「ま、また敵……。も、もう嫌だ……。こ、怖いよ……」

 バジルもいつものように泣きそうな顔でブルブル震えている。戦闘中はもちろん、戦闘が終わった後もしばらくは怖がり続け、その場から動こうとしない。頻繁に発生する戦闘と相まって、遅々として進まない原因を作り出していた。

「もう、しょうがないわね……」

 ミトたちもその場にしゃがみ込んだ。誰もが苦しそうに肩で息をしていた。

「ふざけんじゃねーぞ! 金持ってる元子が入った途端に何も通らねーとか、どー考えてもおかしーだろ! あからさますぎんじゃねーか!」

 ゲンは恨み言を吐いた。元子が仲間に加わって以降、活発だった車両の往来が止まったように感じられた。元子が多少の金を持っているというのに、乗り物は利用できず、やはり歩いて町を目指すしかなかった。

 町はすぐ近くに見えている。歩いて数分の距離だが、おそらく到着するまでには数十回の戦闘が発生するだろう。ミトたちの疲労は限界に達しようとしている。このままでは町に辿り着く前に力尽きてしまうかもしれない。



「……お? なんか力が湧いて来たよーな希ガス」

 ゲンは立ち上がった。突然、体の疲れが消えたような気がした。力が漲ってきたような感じがした。

 ミトたちも立ち上がっていた。ゲンと同じように体力が回復したのだろう。不思議そうに自分の手や体を見下ろしている。

「――お姉ちゃんたち、強そうだね。回復してあげたから、ちょっとオイラと戦ってよ」

 突然、背後から声がした。振り返ると、一人の少年が立っていた。青い髪をした小柄な少年だ。

 両手に短剣を持っているが、防具らしきものは身に着けていないように見える。動きやすそうな服を着ているだけだ。

「この声は原友加里! ケヴィンじゃねーか! この世界にゃオマエまでいんのかよ!?」

 声だけで少年の正体に気づき、ゲンは思わず叫んだ。


「あれ? オイラのことを知ってるの? 戦ったことあったっけ?」

 ケヴィンと呼ばれた少年は不思議そうな表情を浮かべた。

「ああ、そこのお兄ちゃんに聞いたんだね。この前戦った勇者さんのパーティーにいたもんね」

 ケヴィンはバジルを見て頷いている。ケヴィンが言う勇者とは、おそらくレガートのことを指しているのだろう。

「あ、あのときの子だ……。こ、怖いよ……」

 バジルはいつものように震えている。

「ケヴィン、オレたちゃあいつらみてーに強くねーぞ。もっとつえーやつと戦いてーんなら、他を探したほーが――」

「遠慮はいらないから、全力で戦ってね。じゃ、いくよ!」

 ゲンの忠告も聞かず、ケヴィンは襲いかかってきた。




「……ケヴィンのやつ、めちゃくちゃすげーじゃねーか」

 縦横無尽に動き回るケヴィンを、ゲンは食い入るように見つめていた。驚異的な身体能力を持つという設定だが、ここでもそれを遺憾なく発揮していた。

 ケヴィンは非常に俊敏な動きで、すべての攻撃をよけていた。ミトの剣や忠二の拳はもちろん、元子の魔法までも完璧にかわしていた。その回避能力は、おそらく以前に戦った微人をも超えているだろう。

 微人よりも体が大きく、微人と違って空を飛ぶこともできない。にもかかわらず、どんな攻撃も華麗によけていた。二人がかり、三人がかりの同時攻撃からも巧みに逃れていた。両手の短剣で受け流すことは一度もなく、すべて完全に回避していた。もしここにデビリアンが加わっていたとしても、結果は同じだったかもしれない。

 なぜかケヴィンは一切攻撃しない。たまに攻撃するそぶりは見せるものの、直前で手を止める。ミトたちに隙ができ、絶好のチャンスが何度もあったにもかかわらず、何もしなかった。ミトたちの攻撃をただひたすらよけるだけだった。わざと勝利を放棄しているようにしか見えなかった。



「……お姉ちゃんたちの力はよくわかったよ。だから、もうこのへんで終わりにするね」

 ケヴィンは大きく後ろに跳んだ。空中で華麗に宙返りを決めると、そのまま着地する、と見せかけて瞬時に横に移動した。着地を狙った元子の魔法を難なくかわす。

「オイラと戦ってくれてありがとう。じゃあね」

 ケヴィンは走り去っていった。その姿はあっという間に見えなくなった。

「……何がどうなっているの? あの子は何がしたかったの?」

「フン、他愛もない……。余に恐れをなして逃げて行ったか……」

「驚いたわ。まさかあたしの魔法が全部よけられるなんてね」

「あ、あの子……。や、やっぱりすごい……」

 ミトたちはただただ驚き、バジルはやはり震えていた。

「まさかのケヴィン登場じゃねーか。まさかあいつまで出るたー思わなかったぜ。またやべーやつが増えちまったじゃねーか!」

 ゲンは興奮気味に早口でまくし立てた。


 

 小説をかきかけのまま放置することで、ゲンは多くの被害者を生み出した。その中には、漠然とした設定を考えただけで放置されているキャラクターも存在する。ケヴィンもそのうちの1人だ。

 ケヴィン・パース、13歳。戦いとは無縁な日々を送っていたが、ある日突然不思議な力に目覚めるという設定の少年だ。驚異的な身体能力はもちろん、強力で多彩な技や魔法を手に入れた。先ほどゲンたちを一瞬で癒した、極めて高い回復能力も獲得した。

 早速腕試しの旅に出たケヴィンには、たった一つだけこだわりがあった。それは初勝利の相手だ。弱い相手に勝ってもつまらない。一生に一度しかない初勝利だからこそ、誰もが驚くような強い相手、胸を張って自慢できるようなすごい相手に勝ちたい。そのこだわりを胸に、世界中の強そうな相手に戦いを挑み続ける。

 そのこだわりは戦い方にも表れていた。まずは相手の力量を見極めるため、ひたすら攻撃をかわし続ける。どんなに挑発されようとも、一切手は出さない。相手の動きや反応を見るために、たまに攻撃するそぶりをすることもあるが、決して相手に命中させることはない。

 そして、初勝利にふさわしい相手だと判断すれば一気に攻勢に転じるが、そうでなければそのまま回避だけを続ける。不本意な初勝利になるのを防ぐため、一切攻撃はしない。その結果、双方が攻撃を受けていないため引き分けに終わり、初勝利は次回以降に持ち越しとなる。

 ただよけるだけで攻撃はしない。先ほどの戦いで見せたその動きが、ミトたちの力量に対するケヴィンの答えだ。以前に戦ったというレガートたちも、同じ評価を下されたはずだ。主人公の中でも最強クラスの能力を誇るレガートですら、ケヴィンにとっては勝つ価値のない相手に過ぎないのだろう。



「……私たちは初勝利の相手に選んでもらえなかったわけね」

「フン、小癪な……。今度会ったら容赦はせぬぞ……」

「あたしもまだまだってことね。いい目標ができたわ」

 新たな強敵の出現に、ミトたちの闘争心も刺激されたようだ。

「ケヴィンのやつ、オレが想像してたよりもはるかにつえーじゃねーか。レガートすら雑魚扱いとか、さすがにやべーだろ。ケヴィンがこの先どーなんのか、これもーわかんねーな」

 ゲンは肩をすくめた。どの作品にも登場しないケヴィンまで参戦するとは、完全に予想外だった。

 本来の設定では、ケヴィンが初勝利の相手に選ぶのは、主人公たちが倒そうとしている敵、いわゆるラスボスということになっている。そして、倒したラスボスの呪いにより邪悪な心に支配され、新たなラスボスとして主人公たちの前に立ちはだかるという役回りにする予定だった。

 もしその設定どおりだとしたら、ケヴィンが初勝利の相手に選ぶのはケイムということになる。そして、ケイムを倒して新たなゲームマスターとして君臨することになるが、さすがにそれはありえないだろう。だとしたら、ケヴィンに倒されるのはグランツだろうか。それとも、まだ見ぬ強敵だろうか。いずれにしても、もし宝珠がケヴィンの手に渡るのだとしたら、戦いは避けて通れないだろう。

 ケヴィンの異様な強さを、先ほどゲンたちは目の当たりにした。すべての攻撃を軽々と回避するその姿に、凄まじい実力の片鱗を見た気がした。初勝利を収めた後は、全力で攻撃もしてくるだろう。非常に厄介な相手になるのは間違いない。



「……今はそんなことを考えてもしょうがないわ。とにかく町まで急ぐわよ」

 ミトに促され、一行は再び歩き出した。

 やはり戦闘が立て続けに発生したが、ケヴィンに回復されたミトたちの敵ではなかった。ミトと忠二の動きは軽く、元子の魔法も冴えていた。面白いように敵が消えていく。

 数十回の戦闘を経て、ゲンたちはようやく町に辿り着いた。相変わらず戦闘のたびにバジルが怯えることもあり、着いたときには既に日は落ちていた。

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