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5 初めての戦い

「ここは……、草原?」

 黒い光が消えると、風景が一変していた。そこはもうゲンの部屋ではなかった。4人は草原に立っていた。頭上には雲一つない青空が広がり、心地よい風が頬を撫でる。

「どーゆーことだ、これは……? さっきまでオレの部屋にいたはずだぞ……?」

「俺たち、別の世界に飛ばされたのか……?」

「ここ、どこなのかしら……?」

「フッ、余に恐れをなして異世界に飛ばしたか……」

 4人は不安そうにあたりを見回す。見渡す限りの草原だ。視界を遮るものは何もない。遠くに立ち込めている濃い霧を除いては。

「あの霧のせいで先は全く見えないな」

「どっちに進めばいいのか見当もつかないわね」

「なるほど……。通信も遮断して余を孤立させるつもりか……」

 忠二は内ポケットから取り出したスマホを見つめている。血のような赤いケースには、黒い髑髏のような装飾がちりばめられている。いかにも忠二らしい。

「やっぱり圏外か……。ところで忠二、そのスマホはどこのだ? おいくら万円?」

「フッ、愚かな……。これはデビルターミナル。余の下僕たちを召喚・管理するための端末で――」


「まずは小手調べだ」

 忠二の話を遮るように現れたのはグランツだ。腕を組み、不敵な笑みを浮かべている。

 グランツだけではない。数十人のリザードマンがゲンたちを取り囲んでいた。一様に剣と盾、鎧で武装している。

「こいつら……。もしかしてクーザか?」

 ゲンが呟く。クーザ。かきかけの小説に登場するトカゲ兵だ。ユーシアたちやグランツとはまた別の作品になる。


「戦闘は久しぶりだな」

「腕が鳴るわね」

 ユーシアとミトは既に臨戦態勢だ。剣を構え、敵の襲来に備えている。

「ククク、余を消しに来たか……」

 忠二も不敵な笑いを浮かべて身構えている。自称デビルターミナルは既にその手にない。代わりに、両方の拳が黒い光に包まれていた。足首のあたりからも黒い光が迸り出ている。

「やれ!」

 グランツの号令とともに、リザードマンたちが襲いかかってきた。


「いくぞ、ミト!」

「ええ!」

 2人は同時に動いた。躊躇なく敵の中に飛び込むと、ユーシアは豪快な、ミトは華麗な剣さばきで、手近な敵を一撃で葬り去った。

 ユーシアは戦士として十分な経験を積んでおり、レベルもそれなりに高い。いわゆるMPを消費していろいろな技を使うこともできるが、MPが低いため普段は技を封印して戦っている。

 ミトも戦士としての腕は確かだが、特殊な技は一切習得していない。小柄ゆえの俊敏さを活かして立ち回る。素早い動きで敵を翻弄し、一瞬の隙を突いて一気に攻める戦いが得意だ。

 流れるような動きで、2人はさらに他の敵も斬り捨てる。

 絶命した敵は、3回ほど点滅したかと思うと、ゆっくりと消えていった。倒された敵が消えるという、まるでゲームのような演出だ。


「来るぞ……!」

 ゲンたちの周りにも敵が近づいてくる。

「フッ、来たか……。愚か者どもに悪魔の裁きを与えてやろう……」

 忠二の体から黒い霧が噴き出したかと思うと、その霧が集まって一人の悪魔へと姿を変えた。鍛え上げられた精悍な体が目を引く。まるで狼のような頭が、その引き締まった体躯の上に乗っている。

 忠二の体内に寄生する悪魔、デビリアンだ。実の名ではない。忠二が勝手にそう呼んでいるだけだ。


「戦いは久しぶりだな。派手に暴れるぞ!」

 デビリアンが裂帛の気合いとともに繰り出した拳は、一人のリザードマンの体を鎧の上から貫いた。さらに流れるような動きで二人を立て続けに蹴りで仕留め、次の瞬間にはまた別の敵に拳を叩きこんでいた。

 その強靭な肉体と俊敏な身のこなしがデビリアンの武器だ。その一方で、魔法や特殊技といった類の攻撃手段は持ち合わせていない。


「さて、余も行くとするか……。さぁ、粛清の時間だ……!」

 そう言うが早いか、忠二は一気に間合いを詰めて敵の懐に飛びこむと、強烈な一撃を叩きこんだ。すぐに身を翻すと、その横の敵を拳の連打で黙らせる。

 忠二はデビリアン仕込みの体術で戦う。黒い光を宿した四肢が得物だ。デビリアンから力の一部を分けてもらっており、人間離れした能力を発揮することができる。


「あいつら、なかなかやるじゃねーか。さすがはオレの生み出した主人公たちだ」

 ユーシアたちの戦いぶりに、ゲンは目を細めた。まるで子の成長を温かく見守る親のような眼差しで見つめている。

「よし、オレもやるぞ。あいつらには負けねーぜ。こーゆー異世界では、オレみてーな中年のキモオタヒキニートでもチート能力で無双できるのが最近のお約束だからな」

 ゲンは全身から根拠のない自信を漲らせていた。

「体の中から力が湧いてくるよーな気がする……! これならいけるぞ! オレの力を見せてやるぜ! 出でよ、悠久なる時の刃、エターナルソード!!」

 ゲンは右手を突き上げ、なんとなく頭に思い浮かんだ呪文を叫んだ。そして、その手に剣が現れ……なかった。


「なぜだ!? なぜ出ねーんだ!? エターナルソードだぞ、エターナルソード! いろいろとエタりまくってるオレなら使えるはずだろ!?」

 ゲンは何度も腕を突き上げるが、そこに剣が現れることはなかった。

「剣じゃなくてもいーから! 槍でも鉄砲でも鞭でも蝋燭でも何でもかまわねーから! 武器よ出ろ!」

 ゲンは半狂乱になって叫ぶが、その手には何も現れない。

 

 目の前に立ちはだかった敵が、剣を振り下ろす。ゲンにはそれがまるでスローモーションのように、ゆっくりと近づいてくるように見えた。

「ちくしょー……。ダメか……」

 ゲンが覚悟を決めたその時、敵が横に吹っ飛んだ。

「死ぬ気だったのなら、邪魔をして悪かったな」

 蹴りでゲンを救ったのはデビリアンだ。眼光鋭くゲンを睨みつけてくる。

「死ぬ気がないのなら、そんなところに立つな! 邪魔だ!!」

「サーセン!」

 ドスの効いた声でデビリアンに一喝され、ゲンは敵から逃げ回り続けた。




「終わったみたいだな」

「この程度の敵なら楽勝ね」

「もう終わりか。まだまだ暴れ足りんぞ」

「フッ、粛清完了……」

「つ、疲れた……」

 リザードマンたちは全滅した。圧勝だった。全員がゲンの周りに集まって来る。ゲン以外は全く息が上がっていない。

「貴様たちの力量、我は少々侮っていたか……」

 グランツは不敵な笑いを浮かべたまま、3つの目で値踏みするようにじっとゲンたちを見ている。ただ立っているだけだというのに、威圧感が凄まじい。


「魔の者がいたとは予想外だ。だが、人間ごときに与するとは、所詮は下級悪魔。我とは比ぶべくもない」

「誰が下級悪魔だ、誰が!!」

 デビリアンが激高したように叫ぶ。次の瞬間にはグランツの至近距離まで移動していた。

 そのまま拳と蹴りをグランツに浴びせかけるが、攻撃はむなしく空を切った。

 さらに畳みかけるように攻撃を仕掛けるが、グランツは無駄のない動きですべてかわす。

 

 突然、デビリアンの姿が消えたかと思うと、次の瞬間にはグランツの背後にその姿を現していた。

 そのまま怒涛の攻めを繰り出すが、グランツは振り向くこともなく背を向けたまますべての攻撃をかわしていた。まるで後ろにも目があるかのような動きだ。

 両者の力の差は歴然だった。

「あいつ、なんて強さだ……」

「すごいわ……。恐ろしい敵ね……」

「ほう、余の下僕を凌駕する者が現れたか……」

 この中では最強であろうデビリアンが、まるで赤子同然にあしらわれている。ユーシアたちもグランツの強さにただただ驚いている。

 

 再びデビリアンの姿が消えてグランツの正面に現れるのと、その腹にグランツの拳が命中するのとは全く同時だった。

 一撃を受け、デビリアンは苦しそうに腹を押さえてうずくまった。

「この程度か……。話にならぬ」

 グランツがデビリアンの頭を軽く指で弾いた。いわゆるデコピンだ。

 それだけでデビリアンは数メートル吹っ飛ばされた。空中で体勢を立て直してどうにか着地したが、片膝をついたまま動かない。

「貴様のような下級悪魔では、我に触れることすら叶わぬ。身の程を弁えるがよい」

「おのれ……!」

 デビリアンは憤怒の形相でグランツを睨みつけている。


「この程度では余興にもならぬ。これ以上の長居は時間の無駄。我はこれで――」

「待て、グランツ!」

 去ろうとしているグランツを、ゲンが呼び止めた。

「貴様、我に何用だ?」

 グランツの射るような視線がゲンを貫く。

「今すぐオレたちを元の世界に戻せ!」

「ほう?」

「わかってるだろーが、オレは作者だ。オマエを作り出したのはこのオレだぞ!」

「貴様の怠慢ゆえ、我は無聊を託つ。その身をもって我を楽しませることこそ、貴様にできる唯一の贖罪」

「もしオレに万が一のことがありゃ、オマエも死ぬんだぞ! それでもいーのか?」

 ゲンはかきかけの小説を誰かに見せたり、ネット上で公開したり投稿したりは一切していない。完成したら公表するつもりだが、どの作品も未完成のまま今に至っている。

 ゲン以外に小説の存在を知る者はない。ゲンの死をもって、その登場人物たちは永遠に闇に葬られることになるだろう。

「構わぬ。我が望むは、すべての終焉」

 グランツの表情が変わることはなかった。


「オマエがよくても俺はよくねーんだよ! さっさとオレを元の世界に戻せ! オレにゃやんなきゃなんねーことがあるんだ!」

「ほう、何だそれは?」

 グランツが興味深そうな視線をゲンに送ってきた。

「オレの大すこな嫁たちを、交互にクンカクンカして、スーハースーハーして、prprすることに決まってんじゃねーか! マリオンたそ! クレアたそ! あずみたそ! レナリアたそ! オレは早くみんなに会いてーんだ!!」

 ゲンは顔を真っ赤にして怒鳴った。今にもグランツに殴りかかりそうな勢いだ。

 グランツは顔色一つ変えず、3つの目でじっとゲンを睨みつけている。


「続きを書くのかと思ったら、違うんだな……」

「この人、やっぱり気持ち悪いわ……。最低ね……」

「なるほど、そうきたか……。卿は底知れぬ男だ……」

 背後からユーシアたちの呆れたような呟きが聞こえてきた。

「グランツ! そーゆーわけだから、さっさとオレたちを――」

「望みを叶えたくば、力で我を屈服させよ」

 ゲンの言葉を遮ってそう言い残すと、グランツは忽然と姿を消した。


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