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49 2人の勇者

「2人ともすげーな……」

 魔法陣で転送された先の草原では、激しい戦いが繰り広げられていた。ゲンたちから少し離れたところで、2人の男が死闘を演じていた。その2人こそ、狂戦士ランクスと勇者レガートだった。 

 これまでにバジルを2度襲い、どちらもレガートに阻まれたとランクス自身が語っていた。今回が3回目の襲撃なのだろう。 

 ゲンたちはただ食い入るようにその戦いを見つめていた。


 ランクスは上空から凄まじい攻撃を雨のように降らせている。昨夜のリドル戦で相当なダメージを受けたはずだが、それを全く感じさせない戦いぶりだった。ゼオンの治癒力によって、もう傷は完全に癒えたのかもしれない。

 レガートはその猛攻を剣と魔法を駆使して凌ぎつつ、反撃を繰り出していた。強烈な一撃で、幾度となくランクスの攻撃を中断させていた。見るからに豪華な剣を携え、白銀の鎧に身を包むその姿には、勇者然とした風格が漂っていた。

 

 少し距離を置いて、もう1人の勇者が佇んでいた。バジルだ。おどおどしながら、ただ立ち尽くしているだけだった。足が震えている。剣を構える手も震えている。鎧は重くて着られないため、かなりの軽装だ。勇者だと言われて信じる者はいないだろう。

 バジルを守るように、フィンとカレッツが身構えていた。レガートの隙を突いて、ランクスがバジルを狙って技を放っているのだ。それをフィンの剣とカレッツの魔法が迎撃する。2人が防ぎきれなかった攻撃は、バジルの周囲に張られたバリアが受け止める。バリアに攻撃が当たるたび、バジルはブルブルと震え上がっていた。


 レガートとランクスは、互いに一歩も引かない攻防を繰り広げていた。どちらが勝ってもおかしくない、一瞬でも気を抜いたほうが負けるであろう、壮絶な死闘だった。

 レガートと戦いながらも、ランクスは執拗にバジルへの攻撃を続ける。衝撃波や光の球、矢の雨、炎の刃などが絶えずバジルを襲っていた。レガートはランクスの相手をするので精一杯のように見える。フィンとカレッツがいなければ、バジルはとっくにやられているだろう。



 レガートが苦しそうに片膝を着いた。肩で息をしている。攻撃を受けたのか、力を使い果たしたのかはわからない。

 それと同時に、上空からの攻撃も止まった。左手で右肩を押さえているランクスが見えた。負傷しているのかもしれない。

 2人は動かない。相手の出方を窺うかのように、ただ睨み合っていた。

 フィンとカレッツも身構えたまま動かない。ランクスの動きを警戒しているのだろう。

 唯一動いているのはバジルだ。手足が小刻みに震え続けている。止まりそうな気配は全くない。

 ゲンたちも言葉を発することなく、じっと戦場を見つめていた。

 重苦しい沈黙が続く。その膠着状態を破ったのはランクスだった。レガートを指差して何か叫ぶと、どこかへ飛び去って行った。3回目の襲撃も失敗に終わったようだ。





「……レガート、大丈夫か?」

 ユーシアがレガートに声をかけた。

「ああ、俺は大丈夫だ。どうやら力を使いすぎたようだ。心配をかけてすまない」

 レガートは剣を杖代わりにして立ち上がった。剣の名はカリスム。封印されていた伝説の聖剣だ。

 疲れたような表情を浮かべているが、負傷した形跡は見られない。白銀の鎧にも傷一つついていなかった。勇者しか身につけられないと言われている神秘の鎧ジウムだ。


「俺よりも、あいつの心配をしてやってくれ」

 レガートが指差した先にいるのはバジルだ。ランクスがいなくなって緊張の糸が切れたのか、泣きそうな表情でへたり込んだまま動かない。フィンとカレッツがいろいろと話しかけているが、全く耳に入っていないようだ。

 傍らには剣が転がっていた。聖剣エヴァンティア。神に選ばれた勇者にしか扱えない剣だ。原作ではバジルがこの剣を抜いてしまい、勇者として旅立つことになった。同時に、抜けなかったランクスから激しく妬まれることにもなった。

 原作どおりなら、その剣は勇者であるバジルにしか扱えないはずだ。他人では持ち上げることすらできない。レガートも勇者だが、作品が違うためおそらく無理だろう。フィンとカレッツが全く剣を拾い上げようとしないのは、もしかしたらそのせいなのかもしれない。



「……その男は作者だろう? お前たちが作者と旅をしていることは、ケイムから聞いている」

 レガートはゲンを顎で指した。ケイムと会話をしたのは、ゲンたちだけではなかったようだ。

「オマエらもケイムのこと知ってんのか。なら話がはえーじゃねーか。ケイムから宝珠のことも聞いてんだろ?」

「ああ、お前たちが既に2つ集めていることも聞いた。さすがだな。俺たちはまだ1つも集められていない」

 レガートは苦笑いを浮かべた。

 ゲンたちが2つ目の宝珠を手に入れたのは今日で、まださほど時間はたっていないはずだ。レガートがケイムから話を聞いたのは、つい先ほどなのだろう。


「俺たち以外で宝珠を集めたというのは、お前たちじゃなかったのか」

「真っ先にあなたの名前が浮かんだわ。でも、違うなんて意外ね」

「フン、解せぬ……。卿の力をもってしても不可能とは……」

 ユーシアたちが驚いたような声を上げた。ケイムからは、ゲンたち以外が宝珠を2つ集めたと聞いている。レガートの強さなら、その候補に挙がっても不思議ではない。

「ランクスが宝珠を持っているのは知っているが、見てのとおり追い払うのがやっとだ。あいつをバリアで守りながらでは、あれが限界だ」

 レガートは再び苦笑いを浮かべた。あいつとはもちろんバジルのことだろう。バジルの周囲にバリアを張り続けながら、レガートはランクスと互角に渡り合っていたことになる。まさに勇者と呼ぶにふさわしい強さだ。


「お前たちはバジルを探していたんだろう? ケイムからそう聞いている。よかったらあいつを連れて行ってやってくれ」

「いや、それは……」

 ユーシアは返答に窮した。ゲンも同じだった。

 この世界に飛ばされた直後は、グランツを倒せば元の世界に戻れると思っていた。原作でグランツを倒すバジルが見つかれば、道は開けると思っていた。だが、倒しても宝珠が手に入るだけだ。絶対に倒せないというケイムを倒さない限り、元の世界には帰れない。

 バジルを同行させれば、間違いなくランクスの襲撃を受けるだろう。ゲンたちではまず歯が立たない相手だ。デビリアンなら撃退できるかもしれないが、いまだに深い眠りから覚める気配はない。

 今ゲンたちがバジルを連れて行く理由は、皆無に等しかった。


「俺にはわかる。あいつにはとてつもない力が眠っている。その力が完全に目覚めれば、俺よりもはるかに強くなるだろう。俺たちにはその力を目覚めさせられそうにないが、作者と一緒のお前たちならできるかもしれない。あいつの力を目覚めさせてやってくれ。よろしく頼む」

 口調こそ穏やかだが、レガートの言葉には有無を言わせないような迫力があった。ゲンにはその発言の真意がすぐにわかった。作者が責任を持って引き取れ。レガートはそう言っているのだ。

「オマエの言いてーこたーよくわかるが、オレたちじゃランクスにゃ勝てねー。オマエみてーにバジルを守れねーんだ。だから、オマエらもオレたちと一緒に――」

 転送により、ゲンは最後まで発言することを許されなかった。





「ちくしょー、またか!」

 ゲンはまた草原の別の場所にいた。遠くに町が見える。転送されたのはこれで何回目だろうか。もはや正確には思い出せない。

「……ユーシアがいないわね」

 ミトの言葉に振り返ると、3人の姿が目に入った。ミト、忠二、そして、座り込んだままのバジル。そこにユーシアはいなかった。

「フン、姑息な……。余の戦力を削ぐ作戦で来たか……」

「ここ、どこ……? 今の、なに……?」

 バジルは怯えたような表情で、ブルブルと震えている。ゲンたちと違い、魔方陣で転送されたのは初めてだったのかもしれない。

「おい、ケイム! 一体どーゆーつもりだ!? なぜユーシアがいねーんだ!?」

 ゲンは空に向かって怒鳴った。


「……ごめんね。僕としたことが、転送するメンバーを間違えちゃったみたいだよ」

 空にケイムの顔が映し出された。

「こ、怖いよ……。そ、空に、顔が……」

 バジルの震えがさらに大きくなった。恐怖で顔が青ざめていた。空に映るケイムの顔を見るのは初めてなのだろう。

「間違えた? ふざけんじゃねーぞ!」

「本当は忠二君ではなく、バジル君が君のところに来る予定だったのは知ってるよね? だから、忠二君とバジル君を入れ替えるつもりだったんだけど、間違えてユーシア君とバジル君と入れ替えちゃったみたいだね。ごめんね」

 ケイムは楽しそうに笑った。とても謝っているようには見えない。おそらくわざと間違えたのだろう。

 バジルはトリプルHの書記だ。会長のユーシア、副会長のミトとともにゲンに会いに来るはずだったが、直前で臆病風に吹かれた。その代役が影の総帥を自称する忠二だ。そして、この世界に飛ばされて旅が始まった。

 忠二がいなければ、デビリアンの力で窮地を脱することもできなかった。もしバジルのままだったら、おそらくゲンたちはここまで来られなかっただろう。


「怖い……。怖いよ……」

 バジルは相変わらず空を見上げて震えている。

「バジル君。こうやって君と話すのはこれで3回目だよね? 魔法陣での転送も、今回が初めてじゃないよね? 君は勇者なんだから、もうそろそろ怖がるのはやめたほうがいいと思うよ?」

 小馬鹿にしたようなケイムの声が降ってきた。

「マジかよ……。初見じゃねーのかよ……」

「嘘でしょ……。信じられないわ……」

「フッ、哀れな……。卿の臆病は底なしか……」

 バジルの臆病ぶりに、ゲンたちも呆れるしかなかった。



「バジル君。原作だと、君はものすごく強くなるみたいだね。魔王グランツすら圧倒するくらいに。君がどのくらい強くなるか、今から楽しみだよ」

「ち、違うよ……。ボ、ボクは……、つ、強くなんか……」

 バジルは今にも泣きだしそうだ。

「ケイム! そんなのオマエの匙加減ひとつじゃねーか! 原作でどーやってバジルが覚醒するか、オマエにゃわかってんだろーが!」

「もちろんわかってるよ。だから、僕のシナリオにディオナは出てこないよ。出したらバジル君が強くなるとわかってるんだから、出さないほうが面白いよね?」

 ケイムは意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「相変わらずいー性格してんじゃねーか!」

 ゲンは忌々しそうに吐き捨てた。

 ディオナ。魔王グランツが、人間との間に設けた娘だ。心優しい性格で、見た目も人間と変わらない。だが、その体内には父をも凌ぐ強大な力が眠っており、それを目覚めさせようとするグランツから壮絶な暴力を受けていた。バジルはディオナに恋をし、彼女を救いたいという強い想いが、やがて勇者の力を呼び覚ますことになる。


「そういうわけだから、これからもがんばってね。町が見えていると思うから、まずはあそこを目指すといいよ。じゃあね」

 空からケイムの顔が消えた。

「き、消えた……。怖いよ……」

 初めて見たわけでもないのに、いつものようにバジルは怯えた。

「ケイムのやつ、ふざけやがって! あの町に着くまでに、また何かが起きるフラグ立ちまくりじゃねーか!」

 ゲンは苛立ったように叫んだ。これまでの経緯を考えても、すんなりと町に辿り着けるとは思えなかった。


「それにしても、困ったわね。これからどうしようかしら?」

 ミトが不安そうな声を上げた。

「ユーシアがいなくなって、戦力ガタ落ちじゃねーか。今ランクスが攻めてきたら、確実に終わるぞ。いても終わるかもしんねーけど」

「戦力もそうだけど、もっと困ったことがあるわ」

「他に何かあんのか? 思いつかねーぞ」

「お金を管理していたのはユーシアなのよ」

 ミトの一言に、ゲンは頭を抱え込んだ。

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