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47 少年と魔王

「ちくしょー、また飛ばされたじゃねーか!!」

 ゲンたちはまた草原にいた。周囲を見回しても何もない。吹き抜ける風が、ただゲンたちの頬を撫でるだけだった。

「これで何回目だ? いいかげんにしてほしいな」

「また草原なの? もうこの景色は見飽きたわよ」

「フン、稚拙な……。転送する以外に思いつかぬか……」

「魔方陣って、まぁ法人が使うよね~。個人だとこじんまりしちゃうもんね~」

 ユーシアたちに混じって、ジョージの声も聞こえる。今回はジョージも一緒に飛ばされたようだ。

「どーせまた敵と戦わされんだろ? ふざけんじゃねーぞ! 次の相手はどこのどいつだ?」

 ユーシアたちもそれがわかっているのか、警戒するように周囲を見回している。

 転送された先では、高確率で戦いに巻き込まれてきた。今回もそうである可能性は高いだろう。ゲンたちに選ぶ権利はない。ケイムの用意したシナリオに従うしかないのだ。



「――無聊だ」

 聞き覚えのある声がして、見覚えのある姿が目の前に現れた。

「魔王グランツ……!」

 ユーシアが息を呑んだ。現れたのは魔王グランツ。ゲンたちをこの世界に飛ばした張本人だ。

 魔王は腕組みをして、3つの目でじっとゲンたちを見つめている。ただそれだけで、押しつぶされそうなほどの圧倒的な威圧感があった。

「グランツじゃねーか! ふざけんじゃねーぞ!」

 ゲンは思わず後ずさった。ユーシアたちも、驚きにも恐怖にも見える表情を浮かべていた。

 グランツは強い。この世界に飛ばされたその日に、その凄まじい強さを目の当たりにしている。デビリアンの怒涛の攻めを後ろを向いたまますべてかわし、わずかな攻撃で勝利を収めた。常人には見ることさえできない風の精霊を倒し、それを操っていたリョウにまでダメージを与えた。とてもゲンたちが太刀打ちできるような相手ではない。


「誰も我の元へ来ぬ。誰も我の居城へ辿り着かぬ。戦う相手がおらぬ。無聊だ」

 グランツはうんざりしたような表情で吐き捨てた。

 この世界のどこかにグランツの城があることは、マーケスの町でリョウから聞いている。城はどこかの島の中央にあり、険しい山々や不気味な森などに囲まれ、上空にはドラゴンをはじめとしたさまざまなモンスターの群れが飛んでいるという。辿り着くにはかなりの困難を伴うだろう。


「手慰みに、また貴様たちと遊んでやろう」

 グランツは腕組みをしたまま指を立てると、ゲンたちを挑発するように前後に動かした。かかって来いという合図なのだろう。

 もちろん、ゲンもユーシアたちも動かない。立ち向かったところで、結果は火を見るよりも明らかだ。デビリアンなら躊躇なく突撃するに違いないが、出てくる気配は全くない。今もなお眠り続けているのだろう。

「オイラと遊んでくれるの~? 嬉しいな~」

 唯一反応したのはジョージだった。

「魔王ってオイラ初めて見た~。だから、花魁始めてみた~」

 ジョージは全く怯えていない。いつものようにご機嫌でギャグを飛ばしている。

「魔王さんに、オイラのギャグを聞かせちまおう~!」

 ジョージは元気よく右手を突き上げると、グランツの前に歩み出た。


「魔王って、まぁ、大きいよね~。あ、魔王があまおうを食べてる~」

「ほう……」

 グランツは身動き一つせず、興味深そうにじっとジョージを見つめていた。

「あっちの魔王が間を埋めるまで、こっちの魔王と一緒に舞おう」

「魔王って魔界の王なの? ホンマかいのお~」

「魔王に転生できるの? どの魔王にするか、まおう(迷う)な~」

 ジョージはさらにギャグを連発する。ゲンもユーシアたちも、誰もそれを止めようとしない。ジョージに何かを期待しているのかもしれない。

 グランツは全く動かない。静かにジョージのギャグを聞いている。その口元は明らかに笑っていた。


「魔王さんの特技ってマーキングなんでしょ? 魔、キングだもんね」

「魔王さん、工事がうまくいってても油断したらダメだよ。工事魔王氏って言うからね」

「魔王さんには目が三つあるけど、魔王じゃなくて実は女神っつーわけじゃないよね?」

「……貴様はなかなか面白いことを言う」

 笑いをこらえているような声で、グランツは言葉を紡いだ。

「わ~い、魔王さんに褒められた~。ワイの今の気持ちは、ただただ嬉しいのみ~。だから売れ、椎の実~!」

 ジョージは小躍りしながら喜んでいる。


「……グランツのやつ、KYかよ。そーじゃねーだろ。この場面、どー考えてもジョージに張り倒されるまでがテンプレじゃねーか」

 グランツが思うような反応をしないことに、ゲンは苛立っていた。

「グランツ! オマエ、ふざけんじゃねーぞ! 笑ってる場合じゃねーだろ! オマエの頭はハッピーセットかよ!? ジョージのギャグはクソつまんねーんだから、さっさと――」

「ワシのギャグをつまらん言うたんは、またおどれか! ええ度胸しとるのぉ! もう二度と言えんように、今度こそ殺したる! 死にさらせ、アホンダラァ!!」

 ドスの利いた声が響き渡る。ゲンの物真似とは似ても似つかない、本物の重低音だ。 

 怒り狂ったジョージの一撃を受け、ゲンは気を失った。





「……ジョージは? いねーのか?」

 ゲンはあたりを見回した。目の前にいるのはユーシア、ミト、忠二の3人だけだった。気を失っている間に、グランツとジョージの姿が消えていた。

「ジョージはグランツと一緒に行ったぞ。止めても聞かなかった……」

「一緒にいると退屈しなさそうだと言われて、大喜びしていたわ……」

「フン、愚かな……。余ではなく、奴などに服従を誓うとは……」

 ユーシアたちは悔しそうな表情を浮かべた。

 ジョージはグランツについて行ったという。グランツに褒められたことが嬉しくて、自分からついて行きたいと申し出た。グランツも嫌な顔一つせず、その随行を受け入れた。ジョージのギャグで無聊を慰めようとしているのかもしれない。

「マジかよ……。ジョージは褒められりゃ誰にでも付いてくが、まさかのグランツ……。ケイム、おもしれーこと考えんじゃねーか!」

 ゲンは空に向かって叫んだ。しかし、ケイムからの返事はなかった。



「……ジョージ、大丈夫なのかしら……?」

「手荒な真似をされてないといいんだが……」

「フッ、哀れな……。飛んで火に入る夏の虫か……」

 ユーシアたちは不安を隠さない。ジョージのギャグはグランツに気に入られたようだが、いつまでもそうであるとは限らない。飽きたら何をされるかわからない。

「どー考えても大丈夫なわけねーよな。完全にフラグが立っちまってるじゃねーか。グランツに洗脳されて、ランクスみてーに闇墜ちする未来しか見えねーぞ。ジョージが敵になったらやべーだろ。あのバケモンみてーなジョージと戦うとか、考えただけでgkbrじゃねーか」

 ゲンは顎を撫でた。さっきジョージの一撃を食らった場所だ。まだ少し痛みが残っている。


「ジョージと戦うのか……。それはなかなか厳しいな……」

「考えただけで恐ろしいわね……。勝てる気がしないわ……」

「フン、厄介な……。余ですら苦戦は免れぬ……」

 ユーシアたちの表情が曇った。キレたジョージの強さをよく知っているからだろう。

 ドスの利いた声で絶えず恫喝しながら、相手の攻撃を恐れずひたすら殴りかかる。ただそれだけだが、ジョージはデビリアンやリドルにすら痛烈な一撃を食らわせている。

 中途半端な攻撃は逆効果だ。ジョージの怒りをさらに増大させてしまう。一撃で黙らせるしかないが、震え上がるような鬼の形相と、竦み上がるような声の恫喝にも動じない強い精神力がなければ、なかなかうまくいかないだろう。


「それだけじゃねーぞ。ジョージは殺す殺すと口癖みてーに言ってるが、ありゃただの脅し文句で、原作じゃ誰一人ヌッ殺してねーんだ。あいつは一瞬で相手の強さを見極めて、死なねー程度の力で殴ることができんだよ。だからオレはタヒってねーんだ。デビリアンやリドルと同じ力で殴られてりゃ、オレはとっくにあぼーんだぜ」

 ゲンは苦笑いを浮かべた。ジョージに何度も殴り倒されているからこそ、説得力があった。

「だから、闇墜ちしてリミッター解除でもされた日にゃ、とんでもねーことになるじゃねーか。間違いなくガチで殴り殺しに来るぞ。そーなったら絶望しかねーじゃねーか!」

 ゲンは早口でまくしたてた。

 ジョージが主人公を務める『少・笑・抄』はギャグ小説だ。悪者を倒す話ではない。ジョージがキレるのも、ギャグをけなした者へのお仕置きという意味合いが強い。だから、常に相手が死なない程度に手加減して殴り倒す。もし全力で殴られれば、ただでは済まないだろう。



「……さすがは作者、よくわかったね。君の言うとおり、ジョージ君はいずれグランツに洗脳されて闇墜ちする予定になってるよ。キレたジョージ君はかなり強いし、きっと優秀な狂戦士になってくれるだろうからね」

 空から声が降ってきた。声の主はもちろんケイムだ。空には顔も映っている。

「ケイム!」

「でも、ジョージ君程度で絶望してるようじゃ、先が思いやられるよ。この世界には、もっと強い敵がたくさんいるのにね。いい機会だから、君たちに本当の絶望というものを教えてあげるよ。いろいろと説明するよりも、実際に見せてあげたほうが早いしね」

「どーゆー意味だ!? オレたちに何を見せよーってんだ!?」

「そんなの決まってるじゃないか。この世界で最強の存在……、つまり、この僕の強さだよ!」

 声とともに、空からケイムの顔が消える。ゲンたちの前に眼鏡をかけた一人の少年が姿を現したのは、その直後だった。

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