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46 2つ目の宝珠

「リドル、よかったな……。妹が見つかって本当によかったな……」

「i子ちゃん、嬉しそうね……。見ている私まで嬉しくなるわ……」

「フン、なんと卑劣な……。涙腺への攻撃はまさに禁じ手……」

 ユーシアたちは涙声だ。その視線の先では、リドルとi子が抱き合って再会を喜び合っている。リドルが人目も憚らず号泣していることは、頭の中に響いてくる声からわかる。i子のすすり泣く声と、周りにいる微人たちの拍手も聞こえてきた。

「……リドルとi子が兄妹っつー設定は、なかなかうまく考えたじゃねーか。その発想はなかったぜ」

 ゲンは感心したように呟いた。体の大きさ以外に共通点のないリドルとi子だが、腹違いの兄妹だと言われれば不思議と違和感はなかった。自分ではまず思いつかないであろうその設定を考え出したケイムに、ゲンはほんの少しだけ嫉妬と敬意を抱いた。



 


「リドル、もーこれで終わりにしねーか? 探してた妹も見つかったし、もーこれ以上戦う理由はねーんじゃねーか?」

 ようやく落ち着きを取り戻したリドルに、ゲンが話しかけた。

「俺たち人間が、お前の妹を連れ去ったことは謝らせてくれ」

「あなたが怒るのは当然だけど、もう許してもらえると嬉しいわ」

「フッ、許せ……。これ以上の贖罪、余には思いつかぬ……」

 ユーシアたちも頭を下げた。

「お兄ちゃん~、みんなを許してあげようよ~」

 i子は兄の腕を掴み、引っ張っている。


「人間どもを許すわけにはいかんが、奴らも大きな被害を受けた。妹も無事見つかった。これ以上の戦いは無意味だ。よって……」

 リドルの咳払いが頭の中で聞こえた。

「人間どもよ、よく聞け! オレはコビット族族長、リドル・プーチ! 族長として、これ以上の被害拡大は看過できん! さらなる戦いの長期化は容認できん! 今ここに、休戦を宣言する! 命が惜しければ、もう二度と俺たちの町に手を出すな!」

 リドルは高らかに宣言した。数人の人間が微人たちの町を壊滅させたことに端を発した戦いは、ここに一応の終結を見た。

「きゅーせんだって~。みんな、よかったね~」

 i子も嬉しそうだ。兄にはない羽根で宙を舞い、やはり兄にはない尻尾をブンブンと振り回している。



「さっきの休戦宣言は、この町の人間全員に届いたはずだ。俺たちの町を襲撃しようとしている連中にも、そのうち届くだろう。仕掛けた罠もすぐに解除してやる」

「すげーな。至れり尽くせりじゃねーか」

「何から何まで、本当にすまない」

「本当に、何とお礼を言ったらいいのかしら……」

「フッ、さすがだ……。卿には痛み入る……」

「俺も貴様らには感謝している。貴様らがいなければ、妹に会うことはできなかっただろう」

「みんなのおかげで、お兄ちゃんに会えたよ~。ありがと~」

 i子は気まぐれで、いつどこに現れるかは予測がつかない。今回ここに現れたのは、ゲンがノリノリでボタンを押しまくる音がどこからともなく聞こえてきたからだという。あまりに楽しそうだったので、混ぜてもらいたかったらしい。


「これは礼だ。俺たちには必要ないものだ。遠慮なく受け取れ」

 リドルが何かを投げてよこした。ユーシアがそれをしっかりと受け止める。見ると、緑色をした小さな玉だった。

「これは、土の宝珠ね!」

 ミトが玉を手に取った。土の宝珠。ミトの世界に登場する、かつての戦士たちが魔界の力を封じたとされる6つの宝珠のうちの1つだ。

「やっと2個目じゃねーか。先はなげーな」

 ボブから水、リドルから土の宝珠を受け取り、現在2個。ケイムの元に行くためには、全ての宝珠を集める必要があるという。ゼオンやグランツも宝珠を持つとされている。



「……あの悪魔に伝えておけ。いずれまた必ず貴様との決着をつけに来る、と。それまで勝負は預けておく」

「は? 休戦宣言したんじゃねーのか?」

「悪魔にまで休戦を宣言した覚えはない。奴とは必ず決着をつける。俺たちコビット族は、悪魔にも勝てるということを証明してやるのだ」

「フッ、喜べ……。奴は卿となら喜んで戦うだろう……」

 忠二がデビリアンの気持ちを代弁した。

「そうか、それでこそ俺の宿敵。次は負けんぞ。では、全員、退却だ!」

 リドルの号令のもと、微人たちは風のように去っていった。

「じゃあね~、みんな~。バイバ~イ!」

 i子も小さく手を振って、リドルの後を追った。微人たちがいなくなり、研究所内は一気に静かになった。




「帰って行ったか。どうにか助かったみたいだな」

「本当に、一時はどうなることかと思ったわ」

「フッ、当然だ……。ここで果てる余ではない……」

 ユーシアたちは胸をなで下ろした。

「……2つ目の宝珠を手に入れたみたいだね。おめでとう。僕も嬉しいよ」

 突然、天井からケイムの声が降ってきた。見上げても、顔は見えない。

「ケイム!」

「この調子で、18個ある宝珠を全部集めてね。そうしたら、僕がいるマスタールームへの扉が開くよ」

「18個!? 6個じゃねーのかよ!?」

 ゲンが驚いて叫ぶ。ミトの世界に登場する宝珠は、全部で6個のはずだ。

 ケイムから宝珠のことを聞いているはずのユーシアたちも、数までは知らされていなかったのか、やはり同じように驚いている。

「あれ? 言ってなかったかな? もし言い忘れてたらごめんね。原作に出てくる宝珠は6個かもしれないけど、この世界では18個なんだよ。だって、6個だと簡単に集まっちゃいそうだから、3倍の18個にしたんだよ。君たちにもっと冒険を楽しんでもらおうと思ってね」

 ケイムの楽しそうな声が降り注ぐ。

「ふざけんじゃねー!」

 ゲンは怒鳴った。6個と18個では全然違う。敵に勝たなければ手に入らないのならなおさらだ。



 ケイムによると、原作にも登場する火、水、風、土、光、闇の6個に、雷、影、木、金、聖、魔、陰、陽、天、地、命、死の12個が加わり、合わせて18個の宝珠があるという。すべての宝珠を集めると、ケイムが待つマスタールームへの扉が出現する。

 宝珠の名前に深い意味はなく、原作と同じく特別な力も一切ない。戦闘中に火の宝珠を掲げようと雷の宝珠をかざそうと、何も起きない。

 18個のうち、2個はゲンたちが持っている。他の主人公たちも2個集めており、残る宝珠は14個になっているという。



「本当は原作と同じ6個にしたかったんだけど、誰かさんの小説がたくさんありすぎて、どうやっても無理だったんだよね。主要な敵キャラクターが多すぎて、18個でもまだまだ足りないくらいだよ」

「ぐぬぬ……」

 正論すぎて言い返すことができなかった。未執筆も含め、ゲンがかきかけにしている小説は、10を軽く超える。その大半が戦記ものだ。登場する敵の数も、それ相応に多いはずだ。

「それにしても、君ってすごいよね。よくあんなお話を次々と思いつくよね。こうやって同じ世界観やシナリオに落とし込むのに苦労したよ。だって、どれもこれもつまらなさすぎて、全部読むのは本当に苦痛だったからね」

「ワシの小説がつまらんやとぉ!? ええ度胸しとるのぉ、ワレェ! いわしたる! いてもうたる! 出てこんかい、アホンダラァ! ……ゲホゲホ」

 叫び終わると、ゲンは激しく咳き込んだ。とっさにジョージの真似をしてキレてみたが、口調はともかく、声色までは無理だった。ゲンの声質は、あの凄みのある重低音を再現するにはあまりにも高すぎた。


「おっさん、無理するな。喉を痛めるぞ」

「あの声を真似できると本気で思ってたのかしら」

「フッ、愚かな……。身の程を弁えよ……」

 ゲンのあまりにも無謀すぎる挑戦に、ユーシアたちの反応も冷ややかだった。

「ははは、やっぱり君は面白いね。もしかして、体を張った一発ギャグかな? ユーシア君たちには不評みたいだけど、君の双子の妹ならもしかしたら笑ってくれるかもしれないね」

「双子の妹!? 俺に妹なんかいねーぞ!」

 ゲンは一人っ子だ。妹などいるはずがない。

「この世界は、僕の設定次第でどうとでもなるんだよ。リドル君とi子ちゃんが腹違いの兄妹だったようにね。だから、君には双子の妹がいるんだよ。僕がそういう設定にしたからね。双子というのが何を意味しているか、作者の君ならもちろんわかるよね?」

「双生双死の呪いか!? ふざけんじゃねーぞ!!」

 ゲンは顔を真っ赤にして怒鳴った。


 双生双死の呪い。この呪いのせいで兄と妹の双子しか生まれず、一方が死ねばもう一方も命を落とす。『双生双死奇譚』の作中世界にかけられた、太古の邪神による呪いだ。

 この世界にはゲンの双子の妹がいるという。原作の設定どおりなら、その妹が命を落とせば、その瞬間にゲンも同じ運命を辿ることになる。

「おっさんの双子の妹……。それはいろいろと大変そうだな……」

「双子ってことは、同じ顔ってことよね……。かわいそうだわ……」

「フッ、哀れな……。卿の双子の妹には、同情を禁じ得ぬ……」

 まだ見ぬゲンの妹に、ユーシアたちの同情が集まった。

「オマエら、うるせー! オレの双子の妹だから人生オワタとか、勝手に決めつけんじゃねーよ!」

 ゲンは怒りを爆発させた。


「ははは、ひどい言われようだね。そのうちどこかで会うかもしれないけど、妹が死ねば君も死ぬから、気をつけてね」

「生かすも殺すも、オマエの匙加減一つじゃねーか!」

「それは君のがんばり次第だよ。君ががんばれば妹を守れるし、そうじゃなければ君も死ぬ。君が妹を守ろうと奮闘する姿を楽しみにしてるよ。じゃあね」

「ケイム! 待て! まだ話は終わってねーぞ! CVは!? オレの妹のCVは!? 気になるじゃねーか! 答えろ!!」

 ゲンは叫んだが、ケイムの声が返ってくることはなかった。





「よかったぜ。みんなが無事で安心したぜ」

 外に出るなり、ランディの声が聞こえてきた。ランディは満面の笑みでゲンたちを出迎えた。そのそばには、ジョージとシンシアの姿もあった。

「ランディこそ無事で安心したぞ。微人たちからうまく逃げられたみたいだな」

「そうでもなかったぜ。あちこち斬られたが、シンシアの回復魔法のおかげで治ったんだぜ」

 ランディは白い歯を見せながら親指を立てた。


 逃げ回っていた微人たちが、ジョージに疲れが見え始めた一瞬の隙を突いて一斉に襲いかかってきたという。全身に攻撃を受けながらも、どうにか微人たちの包囲を突破して逃げることに成功した。その後は町の近くを飛び回っていたが、リドルの休戦宣言を聞いて戻ってきた。

「オイラ、気が付いたら負傷してたけど、原因は不詳だよ。でも、ヒールの魔法で踵の傷まで治してもらったよ」

 ジョージはいつものように、息を吐くようにギャグを飛ばしている。

「みなさんがご無事で安心しました。これも神のご加護のおかげでしょう」

 シンシアは手を合わせ、小さく祈りを捧げた。少し疲れているように見えるのは、ずっと負傷者の手当てをしていたからだろうか。


「ところで、クラインの姿が見えないぜ? さっきはお前たちと一緒にいたはずだぜ?」

 ランディはあたりを見回した。

「クラインはどこかに飛ばされてしまったんだ。突然足元に魔方陣が現れて――」

「魔方陣? お前たちの足元にもあるぜ?」

 ゲンたちが転送されたのはその直後だった。

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