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44 地下研究所

「ぬぉぉぉぉぉ……!」

 悲鳴の主はリドルだった。上空に逃げると空中で胡坐をかき、足の裏を押さえて痛がっている。

 まるで格闘ゲームの対空技のように、拳を突き上げながらジャンプしたジョージが、リドルの足を迎撃したのだ。


「ジョージのやつ、完全にバケモンじゃねーか……」

「すごいな……。巨人にすら勝てるのか……」

「あの子、一体どこまで強くなるのかしら……」

「ククク、見事だ……。その力、誇ってよいぞ……」

「あの強さ、ぜひとも討伐団に欲しい逸材だ……」

「実も食わずにあの強さなのか……? すごいぜ……」  

 ジョージのあまりの強さに、ゲンたちは驚きを隠さなかった。最終奥義を使ったデビリアン以外では全く歯が立たなかった相手に、たった一撃でダメージを与えた。とても人間とは思えない強さだ。



「巨人さ~ん、大丈夫~? ケガしてないよね? オイラの話、巨人さんの耳を汚してないよね?」

 ジョージが再びリドルに呼びかける。一撃を与えたことで怒りが収まったようだ。

「おのれ……! あの程度の攻撃に屈するなど、族長の名折れ……!」

「治れ? 治れってことは、やっぱりケガして――」

「黙れ! それ以上しょうもない話をするな!」

「なんやと、ワレェ!! ワシの話がしょうもないやと!? 誰に向かって口利いとんじゃ、ボケェ!! 許さんぞ!! 死んで詫びろや、ドアホが!!」

 ジョージがリドルを怒鳴りつける。だが、リドルは宙に浮いたままだ。


「降りてこんかい、ボケェ!! ワシが怖いんか、腑抜けが!!」

「……ジョージ、乗れ! 空へ連れて行ってやるぜ!」

 ジョージに声をかけたのはランディだ。うつ伏せの状態で、地面スレスレに浮いている。

「ワレは気が利くのぉ! さすがはワシの舎弟や! よっしゃ、行け! ワレの力を見せたれ!!」

 ジョージはランディの背中に飛び乗った。

「みんな、行ってくるぜ!」

 ランディは親指を立てると、リドルに向かって浮かび上がった。





「おどれら、いつまで逃げ回っとんじゃ、ボケェ! 逃げても無駄やぞ! さっさとワシに殺されんかい、アホンダラァ!」

 上空ではジョージが存在感を示していた。逃げ回る微人たちを、恫喝しながら追いかけ回していた。その尋常ではない剣幕に圧倒されているのか、微人たちはただ逃げるだけだった。もちろん、リドルも例外ではなかった。

 ジョージはただ相手を殴りたいだけだ。ある程度殴り倒せば、満足して元に戻る。だが、微人たちが高い回避能力を活かしてよけ続けるため、いまだにジョージの怒りは収まっていないようだ。まだしばらくはこの状態が続くだろう。

 後は任せろと言わんばかりに、ランディが親指を立ててこちらに笑いかけているのが見えた。

「ここはランディたちに任せて大丈夫そうだな」

 空を見上げて、ユーシアが呟く。その横で、ミトたちも頷いていた。

 いざとなればランディがジョージを連れて逃げるだろう。ランディの飛行速度なら、微人たちを振り切るのは難しいことではないはずだ。



「今のうちに、ルーモスたちに罠のことを教えないといけないな」

「このままだと、ミーニーちゃんたちはみんな罠でやられちゃうわ!」

「だが、今から追いかけても、とても間に合わない……」

 クラインは頭を抱えた。

「クライン、ルーモスたちはテスラーを持ってんだろ? テスラーに受信機能は付いてねーのか?」

 ゲンが助け舟を出した。

「そうか、その手があったか! ルーモス信号だ!」

 クラインは腰に提げていたテスラーを引き抜いた。


 討伐団が持つテスラーには、武器以外にもう一つの役割がある。信号の受信だ。主に司令部が全団員に向けて緊急速報を発信するときに使うが、使用頻度は高くない。

 特殊な機械から発信した信号を世界中に飛ばし、それを受信するとテスラーが光る。武器では黄色に光ったが、受信したときは赤く光る。光る部分は複数あり、光った場所の組み合わせと文字が対応する。

 この仕組みを発案したのがルーモスのため、その名を取ってルーモス信号と呼ばれている。


「信号の発信機はこの町にもいくつかあるが、昨日の襲撃で建物ごと壊され、使い物にならないだろう。もし使えるものがあるとしたら、おそらく地下研究所のやつだけだ。ここから少し離れたところに研究所の入口がある。案内しよう。ついてきてくれ」

 クラインに案内され、一行は研究所へと急いだ。





「すげーな。よく間違わねーな……」

 ゲンの視線の先で、クラインが地面の数か所をリズムよく踏んでいる。連続で踏んだり同時に踏んだりする必要もある、かなり複雑なステップだが、クラインは軽やかに動き続けた。

 踏んでいる地面は、よく見ると周りとはほんの少しだけ色が違っていた。正しい場所を正しい順番とリズムで踏めば、隠された地下研究所への扉が開くという。

 原作にも地下研究所は登場し、同じように地面を踏んで扉を開けることになっているが、ゲンは正解の踏み方までは考えていない。踏み方には触れずに話を進めるつもりだった。だから、ここまで複雑な手順が必要だとは知らなかった。

 

 ここは町の中でまだ巨人の襲撃を受けていない一角だ。古い家々がまばらに並んでいるだけの寂しい場所。こんなところに研究所の入口があるとは誰も思わないだろう。

「……よし、開いた」

 クラインの言葉が終わったと同時に、地面が割れて四角い穴が現れた。中の壁が淡い光を放っており、下に伸びる石の階段を照らし出していた。

「ここが研究所の入口だ。この階段を下りた先に研究所がある」

 クラインは階段を降り始めた。ゲンたちもそれに続く。全員が穴の中に入ると、開いた地面はすぐに閉まった。



 階段を降りると、廊下が真っすぐに伸びていた。突き当たりには壁が見える。

 ここも天井や壁の全体が淡く光っており、通路を明るく照らしていた。発光する素材で造られているのだろう。

「あの突き当たりを左に曲がると小さな部屋があって、そこに発信機が置かれているんだ。休憩室も兼ねているから、鍵はかかっていないはずだ」

 クラインが廊下の奥を指差す。

「よし、急ごう!」

 そう言って駆け出そうとするユーシアを、クラインが止めた。

「廊下は走るなと教わらなかったか? ここも同じだ」

 クラインを先頭に、一行は速足で廊下を進んだ。



「……たくさん研究室があるのね」

 左右の壁を見ながら、ミトが呟いた。金属製の扉がいくつも並んでいる。手前から第一、第ニ、第三、と研究室が並んでおり、間に会議室や資料室を挟んでさらに第四、第五、と続いていた。廊下の先にもまだ扉が見える。どの扉にも関係者以外立入禁止を示す札が付けられている。

「奴らを倒すため、研究者たちが日夜研究に励んでいる。テスラーもここで開発されたんだ」

 テスラーを振りながら、クラインは誇らしげに語った。


 この研究所は、元々は新種の生物や鉱物の解析等を行なっていたが、現在は微人の生態の研究と、武器の開発が中心だという。バニスとテスラーの開発が、この研究所の最大の功績だ。

 研究に最適な環境という理由で地下に造られたが、それが結果として研究所を微人たちの襲撃から守ることになった。扉を開けるための手順も相まって、そう簡単には発見されないだろう。

 会議や研修などでクラインも何度かここを訪れたが、研究室への立ち入りは固く禁じられていた。それができるのはごく一部の幹部だけだ。研究室内の様子は、クラインには全くわからない。

 



 

 

 部屋の中にはいくつかのテーブルと椅子が並べられ、奥の壁際には銀色の箱が置かれていた。箱は腰ほどの高さで、壁から伸びる数本のケーブルがつながれていた。上部には赤と青のボタンが取り付けられている。

「あれが発信機で、あの2つのボタンを押して信号を送るんだ。訓練で全部覚えさせられたが、押す順番や回数、時間が文字によって違うし、似ているやつも多いから、かなり苦労したぞ」

 クラインは苦笑いを浮かべた。文字ごとに微妙に異なるボタンの押し方や組み合わせをすべて正確に覚えるのは、容易なことではないだろう。

「訓練ではうまくいったが、実戦で送るのは俺も初めてだ。成功を祈っていてくれ」

 クラインは機械に駆け寄ると、しゃがみ込んで背面に手を伸ばした。そこに起動させるスイッチがあるのだろう。赤と青のボタンに、同じ色の光が宿ったのが見えた。


「勝手に使って大丈夫なのか?」 

 ユーシアが壁を指差した。無断での使用を禁じる旨の張り紙がされていた。

「気にするな。仲間たちの命に関わる緊急事態なんだ。何かあれば俺が責任を取るさ」

 クラインがボタンを押そうとしたその時だった。

「魔方陣じゃねーか!!」

 ゲンが叫んだ。クラインの足元に、例の魔方陣が現れているのが見えた。

 クラインが忽然と姿を消したのは、その直後だった。



「……張り紙を無視して、無断で使おうとするからこうなるんだよ。もちろん、許可を取りに行っても、絶対に使用は認められないようになってるんだけどね」

 頭上から声が降ってきた。笑いをかみ殺しているかのようなケイムの声だ。天井を見上げたが、顔は映っていない。

「ケイム! オマエ、相変わらずいー性格してんじゃねーか!」

「それはありがとう。君に褒めてもらえて光栄だよ。じゃ、お礼に発信機の使用を許可してあげるよ」

 ケイムが言い終わると同時に、無断使用を禁じた壁の張り紙が剥がれ落ち、まるで床に吸い込まれるように消えていった。

「これで発信機が使えるようになったよ。クライン君がいなくなっちゃったけど、君がいるから大丈夫だよね? 君は作者だよね? まさか信号の送り方を知らないなんてことはないよね?」

 ケイムの楽しそうな声が降ってくる。

「ぐぬぬ……」

 ゲンは悔しそうに唇を噛んだ。


「おっさん、まさか送り方を知らないのか……?」

「嘘でしょ……。作者なのにわからないなんて……」

「フン、愚かな……。それで作者とは聞いて呆れる……」

 ユーシアたちの冷たい視線がゲンに突き刺さった。

「オレはルーモス信号と言いたかっただけで、どーやって送るのかとか、テスラーのどこがどー光ったらどの文字かとか、そーゆー設定は一切考えてねーんだよ。信号を使うシーンも、会話だけで適当に流すつもりだったからな。赤と青のボタンで信号を送るとか、オレも今初めて知ったぜ」

 ゲンはバツが悪そうに頭を掻いた。


「君は設定の作り込みが甘いんだよ。大まかなところだけ考えて、細かい部分は何も考えてない。だから、君に代わって僕がいろいろと設定してあげたよ。信号の送り方もそうだし、この研究所の入口の開け方もね」

「余計なことすんじゃねー!!」

「さっきクライン君が地面を踏んでた時の順番やリズムは覚えてるかな? ここから出るときには、あれと全く同じことをしないと入口の扉が開かないよ」

「無理ゲーじゃねーか! あんなのできるわけねーだろ!!」

 ゲンは怒鳴った。クラインは地面の6か所を、合わせて100回以上踏んでいたはずだ。リズムも一定ではなく、何度も速くなったり遅くなったりしていた。何百回見ても覚えられる気がしなかった。もし覚えられたとしても、寸分の狂いもなく踏める自信もなかった。


「そういうわけだから、がんばってね。早くルーモス君やミーニーちゃんに罠のことを教えてあげないと、みんなやられちゃうよ? じゃ、僕はこれで」

「待て、ケイム! 待ちやがれ!」

 しかし、ケイムの声が返ってくることはなかった。

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