43 巨人再び
「すげーな。きれーに片づいてんじゃねーか」
朝起きると、町は何事もなかったかのように平穏を取り戻していた。数えきれないほどの瓦礫の山は一つ残らず消え、夥しい数の死傷者たちも全く姿が見えなかった。見渡す限りに点在する建物の残骸だけが、被害の大きさを如実に物語っていた。
「たった一晩でここまで片づけたのか……。これはすごいな……」
「どうやったらこんなことができるのかしら……」
「フッ、面白い……。一夜でこれをなせる人間が存在したか……」
ユーシアたちも驚いている。
リドルとの戦いの後、ゲンたちはクラインとルーモスの勧めで、討伐団の宿舎で一夜を過ごした。自分たちも町の片づけを手伝うとユーシアが申し出たが、団員以外にはさせられない決まりだと一蹴され、仕方なく休むことにした。だが、町の様子やリドルの反撃が気になり、1人を除いて眠れないまま朝を迎えていた。
「……よう、みんな。起きたのか」
声をかけてきたのはクラインだった。
「起きたも何も、そもそも寝てないんだ。さすがにこの状況では寝られないぞ」
「私も眠れなかったわ。でも、誰かさんだけはぐっすり寝ていたみたいね。大きないびきがずっと聞こえていたわ」
「フン、あり得ぬ……。あの混沌の中で惰眠を貪れるなど、とても常人とは思えぬ……」
「どこの誰だかしんねーが、あれで爆睡できんのはすげーよな。オレにゃ無理ぽ。なんせ昨日はとんでもねー1日だったからな。何度もぬっ殺されそーになったし、gkbrの連続だった。恐怖で寝れるわけねーじゃねーか。だから、たった8時間しか寝てねーんだよ!」
早口で言い終わると同時に、ゲンは大きな欠伸をした。いくつもの呆れたような視線が体に突き刺さった。
「……そういうクラインこそ、寝てないんじゃないのか? あれだけの瓦礫を一晩で片づけるのは大変だっただろ?」
「徹夜には慣れているさ。それに、俺たちはこういう事態を想定した訓練も受けているから、団員全員でやればすぐ終わるんだ」
クラインは得意げに笑った。
「ルーモスは? 寝てるのか?」
ユーシアはあたりを見回しながら尋ねた。クラインとルーモスは行動を共にしていることが多いが、今はルーモスの姿が見えない。
「いや、あいつは夜のうちにこの町を発った。あいつのことだから、今ごろは先陣を切って馬を駆っているだろう」
「もしかして、援軍でも呼びに行ったのかしら?」
「いや、奴らの町を奇襲しに行ったんだ。攻めるなら今しかないからな」
クラインは顔の前で拳を強く握りしめた。
昨日の深夜、折よく偵察部隊が帰還してきたという。そして、微人たちの町を発見したという一報がもたらされた。
発見した町は2か所。1つは森の中に、1つは丘の麓に、生い茂る草木により巧妙に隠されていた。どちらもこの町からは丸1日ほどの距離にあるという。
討伐団の対応は早かった。すぐに奇襲部隊を編成し、夜が明ける前に町を発った。族長のリドルがデビリアンに打ちのめされ、大きなダメージを受けている今が、またとない好機と判断したからだ。
森に向かった部隊を率いているのはルーモスだ。4番隊隊長としての責任感からか、真っ先に出撃を志願したという。クラインと軽く言葉を交わすと、勢いよく飛び出して行った。
丘に向かった部隊は、偵察から帰ってきたばかりの3番隊副隊長が指揮を執った。その名はミーニー・ショウ。18歳。クラインの妹だ。休めという兄の忠告も聞かず、すぐ目的地に向かったという。
「あれだけひどく痛めつけられたら、回復にはかなり時間がかかるはずだ。奴らの士気も落ちているだろう。攻めるなら今しかない。2つの町にリドルがいるとは限らないが、破壊できれば奴らに大きな損害を与えられる」
「コビット族の回復力をなめねーほーがいーぜ。マジぱねーぞ。あの程度のダメージなら、もーとっくに治ってるかもしんねーな。それに――」
ゲンは空を見上げた。
「原作どーりなら、微人たちの本拠地は地上じゃねーんだよ」
「空に浮いているのか?」
「雲の上だ。奴らは雲の上にも町を作ってやがる。そこが奴らの都っつー設定だ」
「フン、くだらぬ……。空中都市とは陳腐な……」
忠二が馬鹿にしたように笑った。
「それってもしかして、あんな感じの雲なのかしら?」
ミトが指差した方向に、大きな雲があった。他の雲よりも明らかに低い位置に浮かんでいる。雲の上には、建物のようなものが並んでいるように見えた。
「よくわかったじゃねーか、ミト。ちょーどあんな感じの雲で、雲の上にゃ家がイパーイ……、って、おい!!」
雲の上に見える建物から、黒いものが無数に飛び出したのが見えた。黒いものが一か所に集まったかと思うと、次の瞬間、金色の鎧をまとった人物が空に浮かんでいた。
「リドルじゃねーか!!」
ゲンは空を指差して叫んだ。
地上に降り立ったリドルには、昨夜受けたダメージは全く残っていないように見えた。体が昨日よりもさらに一回り大きくなっているようにも見えた。
「あの悪魔はどこだ? さっさと出せ! 昨日の借りを返してやる!」
頭に響いてくるリドルの声は、怒りに満ちていた。
「とっとと出てこい! 出てきて俺と戦え!!」
リドルはデビリアンの姿が見えないことに苛立っているようだ。何度も地団駄を踏む。そのたびに、地震のように大地が揺れた。
「……忠二、デビリアンの様子をkwsk。なんとか出てこれねーのか?」
「フッ、無茶な……。余の下僕は、今なお深い眠りの中……。覚醒の兆しはいまだ見えぬ……」
いつ目覚めるか忠二にもわからないほど、デビリアンは深い眠りに落ちているという。これが寿命を消費して驚異的な力を得た代償だ。
「もしや、俺たちの町を攻めに行ったか? それは好都合だ。殺す手間が省けた」
「どういう意味だ!?」
クラインが叫んだ。
「貴様らが俺たちの町を攻めようとしていることなどお見通しだ。だから、町の周囲に大量の罠を仕掛けた。どれも一瞬で命を奪うほど強力なものばかりだ。町に近づいたが最後、絶対に生きて帰ることはできんぞ!」
「なんだと……!? くそっ……、ミーニー……! ルーモス……!」
クラインは悔しそうに顔を背けた。
「罠か……! それはまずいな……!」
「そんな……! ミーニーちゃん……!」
「フン、姑息な……。勝つためには手段を選ばぬか……」
ユーシアたちも悲しそうな声を上げた。
「ちくしょー、そーきたか……」
ゲンは天を仰いだ。原作の設定では、罠を使うのは人間たちのほうだった。
原作では、人間たちは似人と真っ向から戦うことを諦める。身体能力が違いすぎてどうしようもなかったのだ。その代わり、微人が相手ならテスラーで優位を取れる。
そこで、人間たちは似人に対抗するために罠を設置した。通常の罠にテスラーの技術を組み込んだものであることは言うまでもない。似人のままだと通常の仕掛けに、微人に分離すると電流にやられる仕組みだ。
この罠の効果は絶大で、多くの微人と似人を撃退し、巨人が登場するまで人間たちの勝利に貢献し続けた。リドルたちが仕掛けた罠も、それと同等の威力があるに違いない。さすがのルーモスやミーニーも、引っかかれば無傷では済まないだろう。
「安心しろ。死ぬのは奴らだけではない。貴様らもここで死ぬのだ! この町とともに、ここで朽ち果て――!」
突然、リドルは顔の横で何かを払いのけるような仕草をした。
「邪魔だ、鬱陶しい!」
飛び回る虫を追い払うかのように、さらに顔の周りを手で払う。その手をかわしながら、何かがリドルの顔の近くを飛んでいるのが見えた。
人だった。手には剣を持ち、鎧で武装している。その背中には、なぜか少年が乗っていた。その顔には見覚えがあった。
「あれはランディとジョージじゃないか!」
ユーシアが叫んだ。
ランディ・コート、25歳。『世界樹の戦士たち』の主人公だ。世界樹の実を食べたことで、飛行能力を手に入れた。大空を自由自在に、いつまでも飛び続けることができる。
実から手に入る能力はランダムに1つだけだ。炎や氷を自在に操ることも、槍や弓の達人になることも、運次第で可能になる。能力を得た多くの戦士たちが各地で覇を競っており、ランディも相棒のアークスや仲間とともに世界を渡り歩いている。
「よぉ、みんな。久しぶりだぜ」
ゲンたちの前に着地するなり、ランディは笑った。よく日に焼けた顔に、白い歯が輝いて見えた。
「みんなひどいよ~。オイラずっと待ってたんだよ? 待ちぼうけをくらったから、町冒険してたんだよ?」
ジョージは相変わらず、のんきにギャグを飛ばしている。ゲンの偽物を追いかけるときに町に残り、そのまま待ち続けていたことをネタにしているようだ。
「立ち寄った町で偶然ジョージに会って、一緒に行きたいと言われたから連れてきたぜ。背中でずっとダジャレを言ってくれたから、退屈しなかったぜ」
ランディは白い歯を見せながら親指を立てた。
「オイラも楽しかったよ~。空を飛んでも、とんでもないくらい面白かったよ~」
ジョージもご機嫌だ。
「お、おう……。そりゃよかったじゃねーか……」
ずっとジョージのギャグを聞かされ続けることを想像すると、それしか言えなかった。ユーシアたちも苦笑いを浮かべている。
「……貴様ら、最後の別れは済んだか? 全員まとめてここで死ね!」
苛立ったようなリドルの声が頭の中に響いた。
「巨人さ~ん。巨人さんの体って強靭なんでしょ~? 狂人の凶刃にも倒れないくらい強靭なんでしょ~?」
ジョージは両手を口の横に当てて、リドルに大声で呼びかけた。
「黙れ、貴様! くだらん話で、俺の耳を汚すな!」
禁断の言葉が頭の中に響いた。
「ワシの話がくだらんやと!? ええ度胸しとるのぉ、ワレェ!! 殺したる!! 死にさらせ、アホンダラァ!!」
豹変したジョージがドスの利いた声で叫びながら、リドルの足を目がけて突進した。
「死ぬのは貴様だ! 踏み潰してやる!」
リドルは足を上げると、ジョージの頭上に勢いよく下ろした。
断末魔のような悲鳴が聞こえたのはその直後だった。




