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42 巨人と悪魔

「……ランクス! もーいーから無理すんな! リドルはバケモンだ! そー簡単に勝てる相手じゃねーぞ!」

 ゲンが空に向かって叫んだ。上空に浮かぶランクスは満身創痍だ。苦しそうに肩で息をしているのが、月明かりではっきりとわかる。

「どうした? もう終わりか? その程度の力で俺を殺そうとは、聞いて呆れる」

 巨人のリドルが、人を見下したような声を頭の中に飛ばしてくる。

「おのれ……! この俺が、貴様ごときに……!」

 ランクスが悔しさをむき出しにして叫んだ。


 もしリドルがただ体が大きいだけの巨人だったなら、おそらく今とは逆の結果になっていただろう。その大きすぎる体のせいで、広範囲を攻撃できるランクスの技をよけきれず、かなりの痛手を受けていたはずだ。

 だが、リドルたちコビット族は、瞬時に合体や分離ができる。一瞬で微人にも似人にも巨人にもなれる。一部だけが合体や分離することもできる。

 高い回避能力を備えた微人、均衡の取れた能力を持つ似人、一撃必殺の威力を誇る巨人。その3つの形態を自由に操る変幻自在な戦い方が、リドルたちの最大の武器だ。

 当初は怒濤の攻めを見せていたランクスも、いつしか防戦一方に追い込まれていた。頻繁に合体と分離を繰り返され、その変化に全くついていけなかった。巨人の一撃を警戒しすぎて、微人や似人から何度も攻撃を受けた。数人を返り討ちにして、一矢報いるのがやっとだった。


「ゼオン! お主が儂以外に倒されるのは見るに堪えん! ここは退け!」

 劣勢の仇敵に、デビリアンも撤退を呼びかけた。

「ベルク、貴方に指図される筋合いはありませんよ……。目障りなので、貴方はそこでおとなしくしていて下さい……」

 ランクスの口から飛び出したのは、苦しそうなゼオンの声だった。

「逃げたければ逃げるがいい。追いはしない。貴様のような雑魚、追うほどの価値もない」

「この俺が雑魚だと……! 貴様、許さん……! 絶対に許さんぞ……!」

 リドルの挑発に激高したのか、ランクスは再び巨人に襲いかかった。

 




「なんと愚かな……。おとなしく逃げていればよかったものを……」

 リドルが馬鹿にしたように笑う。話しかけている相手は、その手の中にいた。巨人のリドルが、ランクスの体を両手でしっかりと握っていた。握られているランクスは、頭と足の先しか見えない。

 ランクスはやはり勝てなかった。剣戟のみのコビット族を技の数では圧倒したが、当たらなければ意味がなかった。回避能力に優れた微人に、至近距離からの攻撃すらすべてよけられた。

 複数の似人たちの相手をしていて、動きが止まった一瞬の隙を巨人に狙われた。あっという間に距離を詰められ、その両手に捕らえられてしまった。



「ランクス! 大丈夫か!?」

「ゼオン! こんなところで死ぬなど、儂は許さんぞ!」

 ユーシアとデビリアンが夜空に向かって叫ぶ。ランクスの頭がわずかに動いたのが見えた。

「無駄だ。この男はもう終わりだ。俺が握り潰してやろう」

「ぐぉぉぉぉ……!」

 ランクスが苦しそうな叫びを上げる。リドルが両手に力を込めたのだろう。

「このままじゃランクスがやられる! なんとかならないのか!?」

 ユーシアの悲痛な声が響いた。ゲンたちでは空中の敵には手も足も出ない。ユーシアの剣技なら攻撃できないことはないが、出してもMPが無駄になるだけだろう。


「オレたちにゃどーすることもできねーよ。もーランクスは助からねーだろーな。……でも、そのほーがいーんじゃねーか? ランクスが死にゃゼオンも死ぬ。倒す手間が省けるじゃねーか。デビリアン、これでオマエも――!」

 ゲンの足元に転がっていた瓦礫が、デビリアンに踏まれて粉々に砕け散った。

「ふざけるな! 儂がこの手でゼオンを倒す! あんな男に目の前で倒されるなど、儂にとっては最大の屈辱だ!」

 恐ろしい形相でゲンを睨みつけてくる。


「……こうなったらやむを得ん。この技だけは最後の最後まで使いたくなかったが、背に腹は代えられん……」

 デビリアンは何かを決意したかのように呟いた。そして、深く深呼吸。

「ほう、これは面白い……。余も知らぬ卿の技、この目で見届けよう……」

 忠二が髪をかき上げた。寄生されている忠二ですら、デビリアンが使おうとしている技のことは知らないようだ。

「あの技を使おーってわけか、デビリアン。寿命と引き換えにチート級の力を手に入れて無双する、最終究極奥義ベルセルクを。原作じゃギリギリまで温存すんのに、こんなとこで使っちまうなんて大盤振る舞いじゃねーか」

 ゲンはあっさりとネタをばらした。

「やかましい! それ以上は言うな! ……はぁっ!!」

 気合いとともに、デビリアンの身が赤みを帯びた色に変わる。その身に纏う厚い筋肉が、さらに盛り上がったように見えた。


「ゼオンを倒すのはこの儂だ!! お主には倒させん!! 消えろ!!」

 声とともにデビリアンの姿が消える。次の瞬間、リドルが大きく後ろに吹っ飛ばされていくのが見えた。その巨体はくの字に曲がっていた。瓦礫の山の間を通り抜けて、どんどん後ろへ飛んでいく。

 見上げると、飛べないはずのデビリアンが、蹴り終わった体勢で宙に浮いていた。その近くには、苦しそうに胸を押さえ、肩を大きく上下させているランクスの姿もあった。

「すごいな……。何が起きたのか、全くわからなかったぞ……」

「どうなっているの……? 速すぎて全然見えなかったわ……」

「ククク、上出来だ……。余の想像を遥かに超えている……」

 ユーシアたちにもデビリアンの動きが見えなかったようだ。あの速さなら、おそらくリドルにも見えていないだろう。何が起きたかわからないまま、吹っ飛ばされたに違いない。

 上空に飛び上がり、リドルの手からランクスを救出し、腹を蹴って吹っ飛ばす。その一連の動きを一瞬でこなした。速すぎて全く見えなかったが、状況から考えてそれ以外にありえなかった。


 

 遠くのほうで何かが崩れるような音がした。いつの間にかリドルの姿が消え、代わりに新しい瓦礫の山ができているのが見えた。

 吹っ飛ばされたリドルは、おそらく気を失っていたに違いない。そうでなければ、一瞬で微人や似人に分離し、被害を最小限に食い止めようとしていたはずだ。

「すげーな、デビリアン! ワンパンじゃねーか!」

 デビリアンの勝利を確信して、ゲンが叫んだ。

「――この程度でやられる俺ではない!」

 頭の中にリドルの声が響いた。瓦礫の山が崩れ、中からリドルが現れたのが見えた。

「許さんぞ、貴様!!」

 リドルが剣を抜いた。遠目にもその巨大さがわかる。



 リドルがものすごい速さで迫ってくる。ランクスが後ずさったように見えたが、デビリアンは身構えたまま全く動かない。

「くらえ!」

 リドルが剣を振り下ろした。建物すら一刀両断にするその巨大な刃を、デビリアンは右手一本で受け止めた。

「そんなバカな!? おのれ……!」

 リドルが渾身の力を込めているであろうことは、その表情からはっきりと見て取れる。だが、それでもデビリアンに止められた剣は全く動かなかった。

「消えろと言ったはずだ!!」

 次の瞬間、再びリドルが大きく後ろに飛んでいった。今回もその体は巨人のままで、くの字に曲がっている。その後を追うように、巨大な剣も飛んでいくのが見えた。

 おそらくデビリアンがリドルを蹴り飛ばし、その手から離れた剣を投げ返したのだろう。だが、速すぎて動きが全く見えなかった。リドルと剣が勝手に飛んでいったようにしか見えなかった。


 

 リドルの体が先ほどと同じ瓦礫の山に埋まった。その直後、すぐ近くの地面に剣が突き刺さった。

「命が惜しいならそのまま消えろ!! 次は容赦せんぞ!!」

 デビリアンが凄みのある声で叫んだ。

「――今日のところはこれで退いてやる! だが、これで勝ったと思うな! 次こそは貴様を倒す!!」

 リドルはゆっくりと立ち上がり、突き刺さった剣を引き抜くと、そのまま飛び去って行った。





「……今ので寿命が50年は減ったぞ……」

 デビリアンは片膝を着き、肩を上下に動かして苦しそうに息をしている。体の色は元に戻っていた。

「すげーじゃねーか、デビリアン」

「あんな力があったなんて、全然知らなかったぞ」

「ものすごく強かったわよ。動きが見えなかったわ」

「フッ、さすがだ……。それでこそ余の下僕……」

 ゲンたちは口々にデビリアンの強さを絶賛した。寿命を燃やして力に変換するだけあって、その強さは驚異的だった。すべてにおいてリドルを圧倒していた。



「どういう風の吹き回しかはしらんが、礼は言わんぞ。俺に恩を売った気にはなるな」

 ランクスの声が頭上から降ってきた。

「驚きましたよ、ベルク。貴方にそんな力があったとは。どうやら私は、貴方を見くびりすぎていたようですね」

 続いて降ってきたのはゼオンの声だ。

「当たり前じゃねーか。さっきのは原作じゃオマエを倒す設定の技だぞ。オマエを倒すはずの技を使ってオマエを助けた。なかなかエモいじゃねーか」

 ゲンは上機嫌でまくし立てた。

「さっきの技で私を倒す? それは聞き捨てならないですね。では、今ここで、倒される前に倒しておきましょうか!」

 ランクスは剣を抜いて、切っ先をゲンたちに向けた。ユーシアたちはデビリアンをかばいながら身構えた。


「――と言いたいところですが、私も貴方も先ほどの戦いで少なからず疲弊しています。今ここで戦うのはやめておきましょう。いずれまた出会うこともあるでしょうし、決着はそのときにつけさせてもらいますよ」

 ランクスが剣をしまう。ユーシアたちも構えを解いた。

「今は貴様たちの相手をしている場合ではない。俺には絶対に倒さねばならん相手がいる。レガートよ、次は負けんぞ!!」

 ランクスが忌々しそうに吐き捨てた。

「そこはバジルじゃねーのかよ? なぜレガートなのかと小一時間問い詰めてーぜ」

「レガートのせいで二度もあのクズを殺し損ねた! 奴さえいなくなれば、あんなクズなど一瞬だ! 待っていろ、レガート!!」

 ランクスもそのままどこかへ飛び去って行った。


「あのランクスからバジルを二度も守ったのか……。レガート、さすがだな……」

 ユーシアが感心したように呟いた。

 バジルはレガートたちと行動を共にしている。かつてリョウがそう言っていた。ランクスがバジルを襲えば、レガートとの戦闘は避けられないだろう。

 超人的な力を持つランクスでさえ、レガートのせいで二度もバジル襲撃に失敗したという。主人公の中でも最強クラスと言われるその実力に、やはり偽りはないようだ。

「……力を使いすぎた……。儂は少し休む……。しばらくは出てこれんぞ……」

 黒い霧に姿を変えたデビリアンが、忠二の体の中に消えて行った。

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