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41 巨人現る

「これで終わりではないぞ! 本当の復讐はこれからだ!」

 そう言い残すと、リドルは剣を振り回しながら、逃げ惑う客たちの頭上を越えて外へと飛び出していった。何人もの客が、その凶刃を受けて倒れた。いくつもの悲鳴と絶叫が、店内のパニック状態に拍車をかけた。

「待て、逃がさんぞ!」

 すかさずデビリアンが後を追う。一瞬で出入口に移動すると、そのまま外へ飛び出した。慌てふためく客を押しのけながら、負傷者の横をすり抜けながら、ユーシア、ミト、忠二もそれに続く。

 爆発でめちゃくちゃになった店内では、傷を負った何人もの客が苦しそうに呻いている。横たわったまま動かない者もいた。

「お前たち、後は頼んだ! 負傷者の救護を優先してくれ!」

「ここは君たちに任せた! 奴のことは私に任せたまえ!」

 店に居合わせた部下に指示を飛ばすと、クラインとルーモスも店を飛び出した。

「……嫌な予感しかしねーな」

 ゲンもその後を追いかける。妙な胸騒ぎがしていた。




 リドルは2階ほどの高さに浮いていた。いつの間にかマントを脱ぎ捨てている。その身に纏う金色の鎧が、月の光に映えている。

 ユーシアたちが道の真ん中で立ち止まり、リドルを見上げていた。不安そうな表情を浮かべた多くの市民も、遠巻きに空を見上げていた。

「お主、降りてこい! 降りてきて儂と戦え!」

 デビリアンがリドルを指差しながら叫ぶ。

「貴様は悪魔の分際で、人間どもの味方に成り下がったか! 目障りな人間ともども、貴様も始末してやる!」

 リドルは剣をデビリアンに向けた。口は全く動いていないが、その声は頭の中に響いてくる。

「黙れ! お主ごときに倒される儂ではない! 降りてこい!!」

「命が惜しいならやめておけ! 貴様が俺に勝てるはずがない!」

「そう思うならかかってこい! お主こそ儂には勝てんぞ!」

 デビリアンとリドルは激しく睨み合っている。



「……おっさん、あいつは微人なんじゃないのか!? どうしてあんなに大きいんだ!?」

 一行に追いつくなり、ユーシアから質問が飛んできた。

「今のリドルは微人じゃねーよ。似人(じじん)だ」 

「似人?」

「何百人もの微人が合体して、人間に似たでかさになるから、似人だ。似人はやべーぞ。でかくなったからテスラーもバニスも効かねーし、おまけに身体能力は微人と変わらねーから、はえー上に空まで飛べる。合体も分離も一瞬でできるし、控えめに言ってバケモンだ」

 ゲンは興奮気味に早口でまくし立てた。

 原作では、テスラーに苦しめられた微人たちが修行に励み、やがて合体能力を手に入れる設定になっている。合体すると人間に似た大きさになることから、作中では似人という名で呼ばれている。そして、人間たちは似人に全く歯が立たず、再び形勢逆転を許すことになる。


「ほう、貴様、ずいぶんと詳しいな。俺の名も知っていたようだが、一体何者だ?」

 誰何の声が頭の中に響く。リドルの射抜くような鋭い視線が、ゲンに突き刺さっていた。

「オレは作者だ! オマエらのことを知らねーわけがねーだろ!」

「ほう、貴様が作者か。それは好都合だ。俺たちコビット族の強さを、作者である貴様に見せてやろう」

 リドルはゲンを剣で指してニヤリと笑った。

「さぁ、今こそ反撃の時だ! 誇り高きコビット族の戦士たちよ、集え!!」

 リドルは剣を突き上げた。





「すごいな……。あれが全部似人なのか……」

「驚いたわ……。こんなにたくさんいるのね……」

「フン、小賢しい……。まだこれだけの兵を残していたか……」

「おのれ……! 次々と出てきて鬱陶しい……!」

 ユーシアたちが口々に驚きの声を上げる。周囲の市民たちからも大きなどよめきが起きていた。 

 空を埋め尽くす似人の群れ。一様に黒い鎧で武装している。数百人はいるだろう。リドルの声に反応して、どこからともなく続々と集まってきた。

「そんなバカな……! あの大きさで、しかもあの数だと……!?」

「なんということだ……! 私の想像をはるかに超えている……!」

 クラインとルーモスも驚きを隠さなかった。これまでの戦いで経験したことのない状況に、大きな衝撃を受けているに違いない。

「似人がイパーイ集まってきたっつーことは、もしかしてアレが出てくんのか……? さすがに今アレはやべーだろ……!」

 嫌な予感がした。原作とは違う流れになりそうな気配を、ゲンはなんとなく感じていた。



「さぁ、見るがいい! これが俺たちコビット族の、究極の力だ!」

 リドルの声とともに、似人たち全員の姿が一瞬消えた。その直後に現れたのはリドルだけだった。似人ではなく、雲を衝くような大男と化していた。20メートルは軽く超えているだろう。まさに巨人だ。剣も鎧も、体に合わせて大きくなっていた。

「なんだあれは……! 一瞬で合体してさらに大きくなったぞ……!」

「嘘でしょ……! あんな大きい人、見たことないわ……!」

「フン、小癪な……。余ですらできぬ巨人化を、いとも容易く成すか……」

「あんなデカブツ、魔界にもそうはおらんぞ……!」

「そんなバカな……! 微人が巨人になっただと……!?」

「信じられん……! この私よりも大きくなるとは……!」

 誰もが目を大きく見開き、上空を見つめていた。周囲にいた市民たちも悲鳴を上げている。一目散に逃げ出す者もいれば、恐怖で立ち尽くす者や腰を抜かす者もいた。


「やっぱそーじゃねーか! ふざけんじゃねーぞ! 原作じゃ巨人化はまだまだ先だろーが!」

 ゲンもかなり動揺していた。原作と違い、展開があまりにも早すぎた。 

 原作では、似人化に成功したコビット族がさらに合体するのは、数か月後だ。その間に人間たちが似人への対抗策を編み出し、それにより少なからぬ被害を受けたため、さらに修行を積んで巨人化するという流れになっている。

 原作の主人公であるクラインたちが似人化したリドルすら知らなかったことが、その異常な展開の速さを物語っていた。



「さぁ、復讐の始まりだ!」

 リドルが着地した。ズシンという大きな音が響く。その衝撃で大地も揺れる。ゲンは思わずよろめいた。

「人間どもよ、覚悟するがいい! 今からこの町を、徹底的に叩き潰す!」

 リドルの声が頭の中に響く。巨人と化しても、声を発することなく直接頭の中に言葉を飛ばしてきた。

「俺たちの怒りを思い知れ!」

 リドルは足を上げると、近くにあった家を勢いよく踏み潰した。それが合図だった。リドルは手あたり次第に建物を壊し始めた。

 拳が壁を貫き、足が屋根を踏み抜き、剣が家を真っ二つに切り裂いた。家屋の倒壊する音が、絶え間なく夜の町に轟いた。





「おっさん! あいつを倒す方法はないのか!? このままじゃ町は壊滅するぞ!」

 暴れ続けるリドルを指差しながら、ユーシアがゲンに詰め寄った。

 周囲には数えきれないほどの瓦礫の山が出来上がっていた。下敷きになってもがき苦しむ人々の姿も見えた。あちこちから呻き声や悲鳴が聞こえてくる。既に相当な数の犠牲者が出ているだろう。

 ユーシアたちではリドルを止めることができなかった。踏み潰されないように逃げ回るのが精一杯だった。隙を見てリドルの足を攻撃したが、全く通用しなかった。デビリアンの渾身の攻撃すら全く効かなかった。

 軽々と建物を破壊するその力はもちろんだが、巨体に似合わぬ速さは驚異的だった。さらには空まで飛べる。巨人と化しても、本来持つ運動能力は変わっていないようだ。


「こっちが聞きてーよ。原作じゃリドルが巨人化すんのはもっと先なのに、秒であーなっちまった。展開が急すぎて、オレもついてけねーんだよ。巨人用の武器もねーわけじゃねーが、一瞬で完成するわきゃねーし、今のオレたちじゃどーしょーもねーよ」

 ゲンが悔しそうに吐き捨てる。原作には巨人に対抗しうる武器も存在するが、完成は巨人が登場した数か月後だ。原作と違うストーリー展開に、作者としての知識は役に立ちそうになかった。

「そうか……。それじゃ俺たちにはどうすることもできないな……」

「そんな……! 町が破壊されるのを黙って見ているしかないの……?」

「フン、忌々しい……。余を差し置いてあの狼藉とは……」

「おのれ……! 調子に乗って好き放題暴れおって……!」

 ユーシアたちも悔しそうな声を上げることしかできなかった。

 クラインとルーモスは、逃げ惑う市民たちを懸命に誘導していた。誰もが逃げるのに必死だった。転倒した老人やはぐれた子供に、部下の団員たちが駆け寄り手を貸していた。




 振り下ろそうとしていた剣を止め、突然リドルが後方に飛びのいた。直前までいた場所にいくつもの炎が迸る。さらにリドルが剣を横に払うと、何かが弾き飛ばされたような音がして、その背後で小さな爆発が連続で起きた。

「……貴様、なかなかやるな。ただ図体がでかいだけではないようだな」

 どこからか声が聞こえてきた。その声にゲンは聞き覚えがあった。

「この声は長谷田聖也じゃねーか! っつーことは……」

「ランクス!」

「ゼオン!」

 ユーシアとデビリアンの声が重なる。上空に剣を構えたランクスが浮いているのが見えた。


「フン、貴様らか。その程度の力で、よくここまで来られたな」

 ランクスはゲンたちを馬鹿にしたように笑った。

「お主こそ、どうしてここにいる? 儂らを助けに来たのか? お主の助けなどいらん!」

「勘違いするな。貴様らを助けに来たわけでも、この町を救いに来たわけでもない。俺はこいつに飯の邪魔をされた。こいつが暴れたせいで、食ってた飯が台無しになった。だから殺す! ただそれだけだ!!」

 ランクスは剣の先でリドルを指した。

「俺を殺すだと? それは面白い! やれるものならやってみろ!」

 笑いをかみ殺しているかのようなリドルの声が、頭の中に響く。

「望むところだ! 行くぞ!」

 ランクスがリドルに襲いかかった。

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