4 作者と主人公たち
「逆に聞くが、オマエらはオレみてーな作者に続きを書いてもらいてーのか?」
ゲンの問いかけに、ユーシア、ミト、忠二の3人は顔を見合わせた。3人ともゲンがかきかけにしている小説の主人公だ。
「いや、もちろん書いてもらわなければ困るんだが……」
剣と鎧で武装した長身で金髪の青年、ユーシア・シーガン。24歳。『勇者志願!』の主人公。その名のとおり、世界中を冒険してさまざまな職業の経験を積み、いずれは勇者になることを夢見ている。
現在の職業は戦士だ。転職歴はない。戦士のレベルはそれなりに上がっているが、なかなか転職の踏ん切りがつかない。
「それはなかなか難しい問題ね……」
剣と胸当てを装備した栗色の髪の小柄な少女、ミト・ジュール。17歳。『アストリア・サーガ』の主人公。
村を滅ぼし宝珠を奪った帝国軍の黒騎士を追って旅に出る。道中で仲間になった男の正体がかつての黒騎士だと知り、激しい怒りと憎しみを抱きつつも皇帝を倒すためにともに戦っている。
「フッ、卿もなかなか意地が悪い……」
左目を前髪で隠した学生服の少年、板杉忠二。14歳。『小・中・高・大(小さなころから中二病、高じてしまって大事件)』の主人公。その名に違わず、痛すぎる中二病だ。
自分は魔界の貴公子で、体内には悪魔が棲んでいるという設定で振る舞っていたせいで、本当に悪魔に寄生されている。
「オマエら全員、作者ガチャで大爆死したんだぜ。当たったのがオレみてーなチビデブハゲのキモオタヒキニートだからな」
ゲンは分厚い黒縁眼鏡の奥の目を細め、自虐的に笑った。自らを評したその蔑称に、間違いだと言える部分は全くない。
ずんぐりとした体型に丸い顔。頭頂部が薄くなった髪。身に着けているのは、アニメの女の子が大きくプリントされたピンクのTシャツに、黒いジャージパンツだ。
室内だというのに、スニーカーを履いている。床が全く見えないほどゴミが散乱しているせいか、違和感は全くない。
老いた母を実家に残して独り暮らし。職業は自宅警備員。40代半ばにして、この道20年以上のベテランだ。パソコンの前が指定席で、一日中モニターを監視している。
警備員としての収入はないに等しく、生活費はすべて父の遺産。浪費や衝動買いが辞められず、このままではそう遠くない未来に底を突くだろう。
壁や天井にはポスターが隙間なく貼られ、本棚には漫画やDVD、戸棚にはフィギュアが所狭しと並んでいる。そこにいるのはゲンの嫁だ。しかも、3人。王女、戦士、学生と立場は全く違うが、12、3歳という年齢は共通している。
ちなみに、近々4人目の嫁を娶ろうと考えている。着ているTシャツにプリントされている、かわいらしい魔法少女がまさにそれだ。
「それに、今から続きを書いたら、内容が大きく変わると思うぞ? 20年以上前のやつもあるし、そのまま書いたら時代遅れだからな。流行りの要素がねーとウケねーんだよ。例えば……」
ゲンは少し考えてから、ユーシアを指差した。
「転職でユーシアの性格まで変わったらおもしれーんじゃねーか? DQNとか陰キャとかメンヘラとか」
「それは勘弁してくれ。冗談じゃない」
ユーシアは明らかに嫌そうな顔でゲンに訴えかけた。
「ミトの話なら、百合展開やくっころシーンを追加したらいい感じかもしんねーな」
「嫌よ! バカなこと言わないで!」
ミトは両手を腰に当て、怒りの表情でゲンを睨みつけた。
「忠二の見た目をチー牛にするのも悪くねーな」
「フン、余は乾酪を好まぬ……。特盛も温玉も頼まぬ……」
忠二は薄笑いを浮かべながら呟いた。魔界の貴公子になりきっているため、口調もそれっぽいものになっている。
「ま、そーゆーわけだから、一度帰ってトリプルHのメンバーとよく話し合ったらいーんじゃねーか? 不本意な展開や結末になるより、書きかけのまま放置されたほーが、オマエらにとって幸せだと思うぞ?」
トリプルH。「蓮井ゲン放置プレイ被害者の会」の略称で、小説の登場人物たちが結成した団体だ。主人公たちはもちろん、仲間や脇役など、執筆再開を望む多くのキャラクターたちが参加しているという。ユーシアが会長、ミトが副会長を務め、忠二は影の総帥を自称している。
「これは出直したほうがいいみたいだな……」
「なかなか一筋縄ではいかないわね……」
「フッ、今日のところは見逃してやろう……」
ユーシアたちはひとまず帰る方向で話がまとまったようだ。
「オマエら、ちょっと待て」
「まだ何かあるのか?」
「次に来るときはオマエらだけでなく、他の奴らも連れて来てくれ。もっといろんな声優の声が聴きてーからな」
「声優……? どういうことなの?」
「オレは、将来アニメ化されたときのために、いつも主要なメンツのCVを設定して小説を書いてるんだ。そのほーがキャラのイメージも湧きやすいからな。絵心がありゃイラストも描くんだが、ねーから描けねーんだ」
「アニメ化もなにも、まだ完成すらしてないだろ……」
ユーシアたちはゲンの皮算用に呆れ顔だ。
「オマエらは3人ともオレの設定どーりの声だから、聴いた瞬間すげー驚いたぞ。ユーシアは逗子和司、ミトは西優里亜、忠二は河邑遥。ズッシーは相変わらずイケボだし、ゆりりあはオレ好みの凛とした声だし、はるちゃんはやっぱり少年役がよく似合う。ああ、3人の声をこんな間近で聴けるなんて、オレはなんて幸せ者なんだ……」
ゲンは恍惚の表情を浮かべながら、体をくねくねと動かした。ミトの蔑むような視線がゲンに突き刺さる。
「何この人……。本当に気持ち悪いわ……」
「いいね、ミト。もっとオレを罵ってくれ。キモいは最高の誉め言葉だ。しかも、ゆりりあの声で罵られると、心底興奮する」
ゲンは満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに自分の体を撫で回している。
ミトは顔を引きつらせ、何度も何度も体をブルブルと震わせている。
「声だけでよくここまで興奮できるな……」
「フッ、声豚か……。さすがだ……。いかにも卿らしい……」
「ちなみに、ユーシアの弟ケンジアは酒田純一郎、ミトの宿敵ロキは四宮晶、忠二の相棒デビリアンは小野田隆太だ。豪華な顔ぶれだろ?」
「豪華と言われても、誰なのかさっぱりわからないぞ……」
ユーシアは困ったように肩をすくめた
「他の作品のCVも超豪華キャストだから、聴くのが今から楽しみだ。『相愛戦士』だと主人公の富雄が倉島佳宏で、恋人の友里恵が原村有砂、ラスボスのジェイドは石原恭司だろ。『サバナーク戦記』だと勇者レガートが西口蓮人で、魔皇帝バーロックは勅使河原龍次郎なんだぜ。すげーよな」
ゲンは早口でまくし立てた。どうやらスイッチが入ってしまったようだ。
「『少・笑・抄』の主人公ダイは梨田まどか、相方のジョージは普段は川口りえる、キレると松波紘孝。『メルグ大陸物語』の主人公ニケは山之内雛子、魔皇子ジルトンは坂田謙三と鴻池悦子の二重声、『双生双死奇譚』の主人公フィンは尾藤晴也、呪いの元凶ナディウスは服部光星、『勇者失格』の主人公バジルは荒木きあら、魔王グランツは谷井了で――」
「……無聊だ」
突然、頭上から声が降ってきた。
「おっと、この声は谷井了じゃねーか! っつーことは、グランツか? ……やっぱり!」
「あれだけでわかるのか……。すごいな……」
天井の隅に誰かが浮いていた。額にある第三の目、鋭く尖った耳、口の端から覗く牙、頭にある一本の角。『勇者失格』に登場する魔王、グランツだ。
「手慰みに、貴様たちの相手をしてやろう」
グランツの手から放たれた黒い光が、部屋の中を暗闇に変える。一瞬、体が宙に浮いたような気がした。
序章をお読みいただき、ありがとうございます。
不定期な更新になると思いますが、気長にお付き合いください。