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39 微人襲来

「……微人じゃねーか!」

 ケイムの言葉どおり、次の敵はすぐに出現した。微人だった。その名のとおり、巨人とは反対の、小さな人である。

 微人が登場する作品はただ1つ、未執筆の『反撃の微人~コビット族の逆襲~』だけだ。町を破壊した人間たちに復讐するために次々と押し寄せてくる微人を相手に、主人公たちが命がけの戦いを繰り広げるという内容になっている。

「コビット族……。あいつらめちゃくちゃつえーぞ!」

 ゲンが叫んだ。微人とは通称で、正式にはコビット族という種族だ。体こそ小さいが非常に勇敢で、武装した人間にも臆することなく立ち向かってくる。とにかく俊敏で、回避能力が極めて高い。翼を持っているわけではないが、空を飛ぶこともできる。

 

 微人の大群は、ゲンたちを完全に包囲していた。地上だけではない。上空まで、すべての空間を埋め尽くしていた。微人たちは身長30センチ前後。一様に黒い鎧と兜で武装し、剣を盾を構えている。

「すごいな……。あんな小さな人間、初めて見たぞ……」

「それにしても、すごい数ね……。何人くらいいるのかしら……」

「フン、ご苦労なことだ……。余1人のために、この大軍勢を差し向けるとは……」

「これだけの数を相手にするのは、さすがに骨が折れそうだな……」

 ユーシアたちも自分たちを取り囲む敵の多さに驚いている。

「おっさん、これを使ってくれ。この人数が相手だと、さすがに苦しい」

 ユーシアから渡されたのは、銀の短剣だった。最初に訪れたマーケスの町で、デビリアンが寿命と引き換えにガチャで当てたものだ。


「待て、ユーシア! もちつけ! 早まるんじゃねー!」

「早まる? 何のことだ?」

「戦っても勝ち目がねーから、諦めて今からタヒるんだろ!? オレはこれを使ってタヒねってことなんだろ!? やられるなら早いほーがいーと、さっきケイムも言ってたじゃねーか!」

 ゲンは早口でまくしたてた。

「どこをどうやったらそんな解釈になるんだ……」

「死にたいなら遠慮しなくていいわ。止めないわよ」

「ククク、さすがだ……。卿の理解力には恐れ入る……」

「何を言い出すかと思えば……。お主にはついていけん……」

 ゲンの人並外れた理解力に、ユーシアたちは驚きを隠さなかった。





「ちくしょー! いてーよ! 誰かオレを助けてクレメンス!」

 ゲンは満身創痍だった。体中にできた無数の傷から、血が滲み出していた。身にまとう囚人服はあちこちが破れ、血の色に染まっている。

 微人たちの攻撃を全身に受けた。体中を剣で斬られた。もちろん顔も例外ではなく、眼鏡がなければとっくに目をやられていたかもしれない。

 痛みに耐えながら必死に短剣を振り回すが、その刃が微人たちに当たることはなかった。微人たちは、いない空間を探すほうが難しいくらい周囲を埋め尽くしている。それでも全く当たらなかった。かすりもしなかった。

「おっさん、自分でなんとかしてくれ!」

「私も自分の身を守るので精一杯よ!」

「フッ、愚かな……。卿だけが苦しいと思うな……」

「お主も男なら、己の身は己で守れ!」

 ゲンだけではない。ユーシアたちも全身に攻撃を受け、体のあちこちが朱に染まっている。怒涛のように攻めてくる微人たちの攻撃から身を守るのがやっとで、とても救援は望めそうにない。

 デビリアンがかろうじて数人を仕留めた以外は、攻撃もすべてよけられていた。戦い慣れた戦士たちですら当てられない攻撃を、ゲンが命中させられるはずがなかった。

 

 微人たちの戦い方は、とにかく数で押すというわかりやすいものだ。1人の相手に集団で襲いかかり、四方八方から攻め立てる。素早い動きで相手の攻撃をかわし、体中を剣で斬りつけていく。一撃の威力は決して大きくはないが、それを間断なく続けることでダメージを蓄積し、相手を苦しめる。

「このままじゃやべーな……」

「おっさん、こいつらを倒す方法はないのか!?」

「このままだとみんなやられちゃうわ!」

 ユーシアたちの悲痛な叫びが飛んできた。

「あったら苦労しねーよ!」

 ゲンも叫び返した。微人への対抗手段がないわけではない。原作には微人との戦いに特化した武器も登場する。それが今この場に存在しないだけだ。



「くそっ……。オレはもーだめぽ……」

 ゲンは苦しそうに左膝をつき、うずくまった。空腹、疲労、激痛。そのすべてが限界に達していた。

 背中にいくつもの痛みが走る。微人たちがゲンの背中に群がり、剣を突き立てているのだろう。

「おっさん! 座りこむな! 動き回れ!」

「止まると一斉に攻撃されるわよ!」

 ユーシアとミトの、悲鳴にも似た声が飛んできた。それとは別の声が聞こえてきたのは、その直後だった。

「……みんな、大丈夫か!? 今助けるぞ!」

「……この私が来たからには、もう大丈夫だ。安心したまえ」

「……みなさん、お体は大丈夫ですか? 今からみなさんの傷を癒します」

 その声を聞いただけで、ゲンには3人の正体がわかった。





「あいつら、やるじゃねーか。やっぱ微人討伐団隊長の名は伊達じゃねーな。CVも中林大希と津崎一生の仲良しコンビだし、最高じゃねーか」

 助っ人たちの活躍に、ゲンは思わず感嘆の声を漏らした。ゲンの傷も体力も、完全に回復していた。出血も止まっているが、服は朱に染まったままだ。

 ゲンの視線の先では、全身を完全に覆う重そうな鎧を着込んだ2人が、微人たちの大群の中で軽やかに動き回っていた。この場にいるすべての微人が、2人の周りに群がっていた。

 兜のせいで顔は見えない。その両手に握られているのは、黄色い光を放つ棒だ。交通整理に使う、誘導棒によく似ている。

 2人が棒を振るたびに、面白いように微人たちの数が減っていく。微人たちが棒に吸い寄せられ、黄色い光に触れて絶命し、次々と落下しているように見える。2人の足元には、動かなくなった微人たちが累々と横たわっていた。他の敵と違い、倒された微人たちが消滅することはなかった。


「すごいな……。あの重そうな恰好で、よくあんなに動き回れるな……」

「あの武器、一体どうなっているのかしら……」

「ほう、これは面妖な……。あのような力、余は与り知らぬぞ……」

「この儂ですら倒せんかった相手を、いとも簡単に葬り去るとは……」

 ユーシアたちも口々に驚きの声を上げている。ゲンと同じく傷は癒えていたが、その全身は血だらけのままだ。

「あのお二人は本当にお強いですよ。わたくしも危ないところを助けていただきました」

 丁寧な口調で話すのは、十字架が刺繍された白い祭服を着た女だ。彼女の回復魔法がなければ、ゲンたちの傷が癒えることはなかっただろう。

 彼女はシンシア・リーヴァ。19歳。『勇者失格』の登場人物だ。神のお告げにより選ばれた4人の救世主の1人。神官で、癒しの魔法を得意とする。同様に選ばれたバジルやランクスたちとともに、魔王グランツを倒すために旅をしている。

 シンシアも数日前にこの近辺を一人で歩いていて微人の群れに襲われ、2人に助けられたという。

 



 2人は息の合った動きでなおも棒を振り回し、少なからぬ命を奪っていた。微人たちの激しい攻撃を全身に受けているが、完全防備のため全く効いていないようだ。

 半数近くの仲間を失った時点で、ようやく微人たちは撤退していった。脱兎のごとく逃げ出し、あっという間にその姿が見えなくなった。それと同時に、2人が持つ棒からも黄色い光が消えた。

「……やれやれ、どうにか終わったな」

「……私の手にかかれば、この程度は朝飯前だ」

 2人は兜を脱いだ。金色の髪を持つ2つの顔が現れた。

「クライン! ルーモス! お前たちだったのか!」

 ユーシアが2人の名を呼んだ。


 クライン・ショウ、22歳。ルーモス・エース、23歳。どちらも『反撃の微人~コビット族の逆襲~』に登場するキャラクターだ。クラインが主人公、ルーモスはその親友。

 2人とも原作では微人たちと激しい戦いを繰り広げる設定になっている。クラインは微人討伐団3番隊の、ルーモスは4番隊の隊長という肩書も持つ。


「いつもはそんな恰好じゃないから、誰だか全然わからなかったぞ」

「この鎧を着るのは、微人の大群と戦うときだけだ。とにかく重いんだ」

「2人とも、重さを感じさせないほど軽やかに動き回っていたわよ」

「この程度の重さ、私には余裕だ。これも日ごろの鍛錬の賜物だな」

 ルーモスは前髪をかき上げた。

 原作の設定どおりなら、その鎧はかなり重いはずだ。微人たちの猛攻から全身を守ることに特化し、軽さや動きやすさは全く考慮されていない。軽やかに動くためには、相当な訓練が必要だろう。


「お主たちが持つその武器は何だ? 儂ですら倒せんかった敵を、一瞬で葬っていたぞ」 

 棒を指差しながら、デビリアンが興味深そうに尋ねた。

 周囲には微人たちの死体の山がいくつも築かれている。その山に向かって、シンシアが弔うかのように祈りを捧げていた。

「これはテスラー。対微人用に開発された武器だ。だから、微人と戦うときにしか使わない」

「磁力で奴らを引き寄せ、電気の力で葬り去る。奴らの体格なら、この程度でも致命傷になるのだよ」

 クラインとルーモスは、棒を構えて再び光らせた。

 原作で、微人の数と能力に圧倒されていた人間たちを、形勢逆転へと導いたのがテスラーだ。微人の体がわずかに磁気を帯びているという研究結果を受けて開発された。

 電流により発生した磁力で微人たちの体を引き寄せ、電気の力で絶命させる。電流も磁力も人間にはほとんど害がないが、微人の体には甚大な影響を及ぼす。



「そんなことより、みんな血だらけじゃないか。まずは町で汚れを落とそう」

「この死体の山はどうするんだ? このままにしておくのか?」

「安心したまえ。すぐに町から処理班がやって来るだろう」

「それで、町はどこにあるんだ? かなり遠いんじゃないのか?」

「いや、すぐそこだ」

 ユーシアの問いかけに、クラインは棒の先で答えた。だが、指し示す先にはただ草原が広がっているだけだった。町らしきものはどこにも見えない。

「町なんてどこにもないぞ?」

「どこなのかしら? 何も見えないわよ」

「フッ、面白い……。卿にしか見えぬ町か……」

「儂にも見えんぞ。どういうことだ?」

 ユーシアたちも不思議そうに首をかしげている。


「……なるほど、そーゆーことか。バニスのせーで見えねーっつーわけか。ま、テスラーがあんなら当然だろーな。バニスのほーが先に開発されてっからな」

 なぜ町が見えないのか、ゲンは瞬時に理解した。原作の設定どおりだった。

「どうしてお前がそんなことまで知っているんだ……?」

「見かけない顔だが、君は一体何者なんだ……?」

 ゲンの発言で、クラインとルーモスの顔に驚きの色が広がった。

「オレは作者だ。知らねーわけねーだろ」

「誰かと思っていたが、まさか作者だったとは……」

「私としたことが、全く気づかなかった……」

「まぁ、あなたが作者様なのですね……」

 クライン、ルーモス、シンシアの好奇の眼差しが、一斉にゲンを貫いた。


「……とにかく早く行こーぜ」

 ゲンはクラインが指し示した先に向かって歩き出した。

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