38 危機一髪
「おっさん、早く魔法で何とかしてくれ!」
「このままじゃみんなやられちゃうわ!」
「フッ、焦らすな……。早く卿の力を見せよ……」
「お主も男なら、今こそここで力を示せ!」
ユーシアたちがゲンを急かす。誰もがゲンの魔法に期待しているようだ。
「オレは魔法使いじゃねーんだ! できるわけねーだろ!」
仲間たちの声を、ゲンは一蹴した。
「じゃ、どうやったらあいつに勝てるんだ!? あいつに弱点はないのか!?」
「弱点もなにも、あの姿はオレも初見だぞ。原作の設定じゃ、ザミアは一度もBBAにゃ戻らねーんだ。BBAになったほーがはるかにつえーのに、最後まで若さにこだわったせーで負けるっつーオチだ。っつーわけで、オレはBBAザミアの設定は一切考えてねーんだよ。弱点とかわかるわけねーだろ。オレにわかんのは、あのBBAの声は超大御所の相模菊代っつーことだけだぜ」
ユーシアの問いかけに、ゲンは早口で答えた。
「じゃ、もうお手上げね……」
ミトがため息をついた。
周囲を埋め尽くす魔法の凶器たちは小刻みに揺れていて、今にも襲いかかってきそうに見えた。その小さな見た目に反し、どれも高い威力を持っているに違いない。魔法に耐性のないゲンたちが食らえば、ひとたまりもないだろう。デビリアンの速さならよけられるかもしれないが、忠二がやられてしまえば意味がない。
「さぁ、どれで死にたいか決まったか?」
ザミアが選択を迫ってきた。どれを選んでも大差はないだろう。苦痛の大小や長短の差こそあれ、行きつく先は同じだ。
「……オマエら、後は頼んだぞ」
そう言い残すと、ゲンは一歩前に進み出た。
「おっさん、何をする気だ?」
ユーシアの問いかけを、ゲンは無視した。
「……ザミア、オレはオマエのゆーよーに薄ぎたねーブ男だ。見てのとーりチビデブハゲのキモメンだ。おかげで、女に見向きもされねー寂しー人生だった」
「何を言い出すかと思えば命乞いか。この期に及んで見苦しい!」
「そーじゃねーよ。勘違いしねーでくれ。死ぬのは構わねーが、どーせならさっきの若くて綺麗なねーちゃんに殺されてーんだ。女に全く縁のねー人生だったからこそ、最後は女に殺されてーんだ。それがさっきみてーな若くて美人で巨乳のねーちゃんなら、男冥利に尽きるってもんじゃねーか」
ゲンはザミアの目を真っすぐに見つめながら、真情を吐露した。
「……お前の考えはわかった。他のやつらは?」
「俺もさっきの美人に殺されるなら本望だな。あんないい女はなかなかいないぞ」
「私も死ぬ前にもう一度見てみたいわ。生まれ変わったらあんな美人になりたいわね」
「フッ、目の保養も悪くない……。死地で美女を愛でるのもまた一興……」
「儂も男だ。若くて美しい女に殺されるなら悔いはないぞ」
ユーシアたちも口々にゲンの意見に賛同した。
「ザミア、若いオマエに殺されてーっつーのがオレたちの答えだ。あのナイスバディなねーちゃんに戻って、一思いにオレたちを殺してくれ!」
「そこまで言われちゃしょうがないね。アタシだってこんな年老いた姿より、若い姿のほうがいいさ。では、お望みどおり若返るとしようかね!」
ザミアは腕を振り上げた。しかし、何も起こらない。
「何も起きねーぞ?」
「……このアタシが、そんな手に乗ると思うかい? お前たちの考えはお見通しだよ。若返るとアタシが一気に弱くなるから、その隙を狙ってるんだろう?」
ザミアがにやりと笑った。
「チッ、バレたか!」
ゲンは思わず舌打ちをした。
「愚か者どもめが! 死ね!!」
ザミアの魔法が発動し、一斉にゲンたちに襲いかかった。
だが、ザミアの攻撃がゲンたちに届くことはなかった。迫りくる火球や氷塊が、目の前で砕けた。稲妻や竜巻も、目の前で四散した。まるで見えない壁に当たっているかのようだった。
「どーなってんだ、こりゃ……?」
何が起きたのか、ゲンには理解できなかった。ユーシアたちも不思議そうな表情を浮かべている。
「……これ、おっさんの魔法か……?」
「やればできるのね。見直したわ」
「オレじゃねーよ。オレは何もやって――」
「やるじゃないか。3人がかりとはいえ、アタシの魔法をすべて防ぐなんてね」
ザミアの楽しそうな声が聞こえてきた。
「3人がかり?」
「あなたこそすごいよ。あんな魔法は初めて見たよ。3人の魔力を合わせていなかったら、とても全部は防げなかったと思うよ」
背後から声がした。
「この声は酒田純一郎! っつーことは――」
「ケンジア!」
弟の名を呼ぶユーシアの声は、いつになく弾んでいた。
ケンジア、加奈、夢幻、マリリアス。マーケスの町でリョウから聞いたのと同じ顔ぶれが、そこに揃っていた。
「ここは僕たちに任せて、兄さんたちは逃げて!」
ゲンたちを軽く振り返りながら、ケンジアが叫んだ。魔法使いとは思えないほど恵まれた体格をしている。体形に合うサイズがないのか、身に纏う魔法衣はかなり窮屈そうだ。
「ここはわらわが食い止める。そなたたちは先に行くのじゃ」
ケンジアの隣で、芝居がかったようなセリフを吐くのは山井加奈だ。忠二と同じ病を患い、地獄の王女亜美として振る舞っている。着ているのは濃紺のセーラー服だ。
「ここはあたいたちが何とかする! あんたたちは早く行きな!」
加奈の隣で女の悪魔が声を上げた。髪は銀色で、露出度の高い衣装を身に着けている。加奈の体内に寄生していて、夢幻と呼ばれているが、実の名はネレイドという。
3人は両手を突き出し、降り注ぐ光の矢を見えないバリアで防いでいた。再会を喜ぶ間も与えず、ザミアが容赦なく次々と魔法で攻めてきたのだ。
「うちらなら心配いらんで。安心しとき」
バリアの外では、虎のような姿になったマリリアスが囮となってザミアの注意を引き付けていた。高い身体能力を活かして、絶え間なく降り注ぐ攻撃をよけている。反撃を試みようとしているが、ザミアの周囲を高速で飛び回る無数の火球がそれを許さない。
ザミアとは作中で何度も戦っているはずだが、マリリアスが敵の正体に気づいた様子はない。原作に登場しない姿だから当然だろう。
「バカなことを言わないでくれ、ケンジア! 俺たちも一緒に戦うぞ!」
「あなたたちを置いていくわけにはいかないわ! みんなで戦うわよ!」
「フッ、遠慮はいらぬぞ、亜美……。余の力を貸してやろう……」
「ネレイド! 儂もともに戦うぞ! お主だけに任せてはおけん!」
ユーシアたちも身構えている。漲る闘志がゲンにも伝わってきた。
「兄さんには無理だよ。魔法が使えるか、魔法に耐性があるかじゃないと戦えないよ」
「ロココ、そなたでは分が悪い相手じゃ。おとなしく下がっておれ」
「肉弾戦じゃないから、あんたはお呼びじゃないんだよ、ベルク」
「ミトちゃん、やめとき。こんなん食ろたら、命がなんぼあっても足らんで」
バリアの中からも外からも、ユーシアたちの参戦を歓迎する声は聞こえてこない。残念そうな表情を浮かべながらも、ユーシアたちがそれ以上食い下がることはなかった。
ザミアの攻撃がさらに激しさを増した。黒い光線がひっきりなしに降り注いでいる。魔法のバリアで受け止めるケンジアたちは苦しそうだ。3人とも肩が上下に動いている。
バリアの外のマリリアスも、よけきれずに被弾する回数が増えてきた。体をかすめる程度で、魔法耐性もあるとはいえ、このままでは厳しいだろう。
「ケンジア、勝ち目はあるのか?」
「あの人、本当に強いね……。魔法の威力が全然落ちないよ……」
ケンジアが悔しそうな声を上げた。
「こんなことなら、殴ってでも兄さんを魔法使いに転職させておくんだったよ……」
ケンジアの言葉は、本気にも冗談にも聞こえた。原作で勇者になるには魔法使いの経験が必須だが、ユーシアはずっと転職を拒み続けてきた。
「すまないな。魔法使いも悪くはないが、俺には戦士が性に合ってるんだ」
ユーシアはバツが悪そうに頭を掻いた。
「見かけない顔だけど、あなたは魔法使いみたいだね……。力を貸してもらえるかな……? もう1人増えると、かなり楽になると思うんだ……」
その声は、明らかにゲンに向けられていた。ケンジアにも、ゲンが魔法使いに見えるのだろう。ゲンは囚人服姿。見た目で判断されたわけではなさそうだ。
「何をしておる……。早くわらわを助けるのじゃ……!」
「あんた、さっさとあたいたちに手を貸しな……!」
加奈と夢幻もゲンに協力を求めてきた。
「オレは魔法使いじゃねーよ。作者だ。オマエらの生みの親だぞ」
「あなたが作者なんだね……。まさかこんなところで――」
ケンジアの声はそこまでしか聞き取れなかった。
ゲンたちはまた別の場所に転送されていた。周囲はやはり見渡す限りの草原だ。
「くそっ! またか! この大事なときに! 耐えてくれよ、ケンジア!」
めったに怒りを表に出さないユーシアが、珍しく感情を昂らせていた。
「ナナノハちゃんたちも、マリリアスちゃんたちも、どうかみんな無事でいて!」
ミトも悲痛な叫びを上げた。
「なるほど、そう来たか……。魔界の貴公子と地獄の王女の共闘を、どうやら奴は好まぬらしい……」
忠二は悔しそうに言葉を紡いだ。
「またか! いい加減にしろ! どこまで儂の邪魔をすれば気がすむんだ!!」
デビリアンも激高していた。
「ケイムの野郎、やってくれんじゃねーか! 肝心なときに転送させやがって!」
「……ごめんね。僕としたことが、転送のタイミングを間違えたよ」
ケイムの声が降ってきた。空にはケイムの顔も浮かび上がった。
「ケイム!!」
「本当はケンジア君たちが全滅して、君たちもやられそうになった瞬間に転送させるはずだったんだけど、ちょっと早かったみたいだね。でも、そのおかげで彼らの最期を見なくてすんだから、君たちにとってはラッキーだったかもね」
ケイムの楽しそうな声が降り注ぐ。
「ケンジアたちが全滅!? バカなこと言わないでくれ!」
ユーシアが声を荒らげた。いつになく苛立っているようだ。
「さっきの戦いも負けイベントなの!? みんなやられちゃうの!?」
ミトは泣きそうな声で叫んだ。
「どうせ君たちは一人残らず死ぬんだから、いつやられようと誤差の範囲だよ。後になればなるほど戦いが激しくなって、痛みや苦しみも大きくなるから、やられるなら早いほうがいいかもね」
「ケイム! ふざけんじゃねーぞ!」
「僕はもう消えるけど、すぐに次の敵が現れるから、覚悟しておいてね。次も一筋縄ではいかない相手だよ。じゃあね」
空からケイムの顔が消えた。




