36 偽物再び
「……オマエら、騙されんじゃねーぞ! そいつはニセモンだ!」
突然、背後から声がした。振り返ると、もう一人のゲンが立っていた。服装も全く同じだ。囚人服を身に着け、足元もちゃんと裸足だった。
「オマエ、ふざけんじゃねーぞ! オレに成りすますんじゃねー!」
ゲンが怒鳴った。ユーシアたちも素早く身構えた。
「オマエこそオレに化けてんじゃねーよ! 紛らわしーじゃねーか!」
もう一人のゲンが叫ぶ。外見だけではなく、その声や口調もゲンと酷似していた。
「声や喋り方までおっさんにそっくりだな……」
「あれも魔法だ。オレが喋ってるみてーに錯覚させる魔法だ。オマエら、惑わされんじゃねーぞ!」
ゲンは相手の声の正体を見抜いていた。相手はいつもと同じように喋っているが、その声には魔法の力が宿っており、ゲンを知る者には、あたかもゲンが喋っているかのように聞こえる。ザミアならそれが可能だ。
「じゃ、どっちが本物でどっちがニセモンか、この場ではっきりさせよーじゃねーか!」
偽物がそう叫ぶと、その体から眩しい光が放たれた。強烈な光に目が眩む。その直後、ゲンは体が宙に浮いたような気がした。
光が消えた。ゲンのすぐ隣にもう一人の自分がいた。正面にはユーシアたちが見えた。光に視界を奪われている間に、ここに瞬間移動させられたのだろう。
「全く同じにしか見えないぞ。どっちが本物なんだ……?」
「私には全然わからないわ。どう見ても同一人物よね……」
「フン、余の目を欺くつもりか……。これは面白い……」
「ここまで似ていると、儂にも見分けがつかんな……」
ユーシアたちも困惑しているようだ。
「オマエら、本物はオレだ!」
ゲンが叫ぶ。
「ふざけんじゃねー! オレが本物だ!」
すかさず偽物も叫ぶ。
「どー見ても本物はオレじゃねーか!
「オレが本物に決まってんじゃねーか!」
「オレはこんなブサメンじゃねーぞ!」
「オレはもっとイケメンだろーが!」
「オレはこんなにキモくねーぞ!」
「オレはこんなにハゲてねーだろ!」
「オレはこんなにデブじゃねーだろ!」
「オレはこんなにチビじゃねーぞ!」
2人のゲンはお互いを指差して罵り合った。自分こそが本物だと訴えたが、ユーシアたちは頭を抱えるだけだった。
「オレは作者だ。オマエらのことならなんでもわかる。なんでもいーから問題を出せ!」
「作者はオレだ。オマエらのことなら知らねーことはねー。なんでも答えてやるぜ!」
2人は叫んだ。ユーシアたちに問題を出すよう求めた。
自分が本物だと証明するためには、作者であることを利用するのが一番だ。ゲンはユーシアたちのことならなんでも知っている。作品に関することなら、どんな問題にでも答えられる自信はあった。
「……じゃあ、問題だ。俺の兄貴の名前は?」
最初に問題を出したのはユーシアだ。
「ガクシア・シーガン(CV:柳本圭悟)!」
「ガクシア・シーガン(CV:柳本圭悟)!」
2人は同時に答えた。正解だ。
ユーシアの兄ガクシアは、学者を目指して旅をしていた元冒険者だ。怪我が原因で引退し、小説家に転身。マーケスの町の本屋には、その著書も置かれていた。
「オマエ、ニセモンのくせによく知ってんじゃねーか!」
「オマエこそニセモンなのにすげーじゃねーか!」
偽物も正解したことに、ゲンは驚きを隠さなかった。CVまで完璧に答えられるとは思ってもみなかった。
「じゃ、俺の親父の名前は?」
「オルランド・シーガン(CV:エリック米田)!」
「オルランド・シーガン(CV:エリック米田)!」
またも2人は同時に答えた。これも正解だ。
ユーシアの父オルランドも元冒険者だ。オールラウンドな活躍を目指して一貫性のない転職を繰り返した結果、どの最上級職にもなれないまま引退を迎えた。その反省から、息子たちにユーシアやケンジアなどと名付け、その道に進ませようとしている。
「やるじゃねーか! その知識はニセモンじゃねーみてーだな!」
「そーゆーオマエこそ、その知識だけは本物みてーじゃねーか!」
2人のゲンは驚いたようにお互いを指差した。
「2人とも正解……。ますますどっちかわからなくなってきたぞ……」
ユーシアは頭を抱えこんだ。
「次は儂からだ。儂は皆からデビリアンと呼ばれているが、本当の名は?」
「ベルク!」
「ベルク!」
2人とも即答した。
デビリアンという名の悪魔が体内に棲んでいるという設定で忠二が振る舞っているため、忠二に寄生したベルクもその名で呼ばれるようになった。
「では、今は亡き、儂の妻の名は?」
「グレイス(CV:平田アン)!」
「グレイス(CV:平田アン)!」
やはり2人は同時に答えた。
デビリアンはゼオンに家族を殺され、その復讐のためにゼオンを追って人間界にやってきた。この世界でも既に一度対峙している。
「妻の名まで知っているとは……。どちらも本物にしか見えんな……」
デビリアンは困惑したような目で、2人のゲンに交互に視線を走らせた。
「フン、次は余が行こう……。卿に問う。余の真の姿である、魔界の貴公子の名は?」
「ロココマキア!」
「ロココマキア!」
ロココマキアの名は、忠二が何度も口にしている。「悪魔」という漢字を「亜心麻鬼」に分解し、「アココロマキ」と読ませて並べ替えたものだ。いかにも忠二らしい。
「フッ、それでは再度問う。余の父である魔界王の名は?」
「オサニアード!」
「オサニアード!」
これも「魔王」という漢字を「麻鬼一土」に変換し、「アサオニード」と読ませて並べ替えたものだ。忠二の脳内にのみ存在し、名前だけしか出てこないキャラクターのため、CVの設定はない。
「フッ、ではさらに問おう。余の母である魔界王妃の名は?」
「オルノーク!」
「オルノーク!」
これは「妃」という文字から「クノ一オノレ」と連想して、強引に並び替えたものだ。先ほどと同じくCVはない。
「ククク、さすがだ……。卿を本物だと認めよう……」
その言葉は、どちらに向けられたわけでもなかった。忠二もお手上げのようだ。
「最後は私よ。こういう問題はどう? 私が今ここに持っているのは、何の宝珠だったかしら?」
ミトが出したのは、ユーシアたちとは趣向を変えた問題だった。言わば旅のおさらいだ。ここまで冒険を共にしてきた本物のゲンなら、答えられないはずはないだろう。
「水!」
「水!」
2人はやはり同時に正解を紡いだ。
宝珠をすべて集めると、ケイムに元に行けるという。今は水の宝珠だけが手元にある。商業都市ナニワで、ボブから渡されたものだ。
「なんでオマエが知ってんだ!? おかしーじゃねーか!」
「ニセモンのオマエが知ってんのはおかしーだろーが!」
2人のゲンは驚きを隠さない。
「じゃ、これはどう? 寿命ガチャの景品を売ったら、全部でいくらになったかしら?」
「31万ダイム!」
「31万ダイム!」
魔法使い用の装備品である杖とローブを売って、31万ダイムを手に入れた。直後に奪われるアクシデントがあったが、すぐにデビリアンが取り返した。
「じゃ、これは? ノリィが2回もノリツッコミをしたのは、何についてだったかしら?」
「八百長!」
「八百長!」
ノリィはジョージにわざとボケさせ、八百長を題材にした一人芝居でノリツッコミを行った。話がつながっており、1回目は試合前、2回目は試合後のやり取りだった。
「じゃ、もう1問よ。私たちが探しているのは2人。1人はバジル、ではもう1人は誰だったかしら?」
「サラマン・ダール(CV:五十嵐憲隆)!」
「サラマン・ダール(CV:五十嵐憲隆)!」
バジルは原作で魔王グランツを倒す勇者、サラマンは原作の主人公たちを異世界転移させた魔法使い。2人ともこの世界のどこかにいるという。見つけられたら心強い味方になるに違いない。
「すごいわね……。2人とも完璧だわ……」
寸分違わぬ解答を同時に繰り出す2人のゲンに、ミトも驚きを隠せないようだ。
「オマエ、ニセモンのくせに全問正解してんじゃねーよ!」
「オマエこそ、ニセモンのくせに全問正解とかありえねーだろ!」
ゲンは怒鳴ったが、相手も同じ声で怒鳴り返してきた。
このままでは埒が明かないことに、ゲンは気づいていた。ユーシアたちが出題を続けても、偽物が間違う可能性は極めて低いに違いない。
偽物を動かしているのは、おそらくゲームマスターであるケイムだろう。ケイムはゲンの作品の設定や展開等をすべて把握しており、それを元にしてこの世界を作っている。原作に関してはゲンと同等の、この世界に関してはゲン以上の知識を持っているはずだ。それらにまつわる問題なら、答えられないはずがない。ケイムを出し抜くためには、本物のゲンにしかわからない問題を出す以外にない。
「オマエら、オレの本名とか生年月日を聞いてくれ! これなら絶対に勝つる!」
「オレの個人情報ならオレにしかわかんねー。これならオレしか勝たん!」
2人のゲンは自信に満ちた表情で叫んだ。
さすがのケイムも、ゲンのプライベートまでは知らないだろう。偽物にゲンの個人情報を答えさせることは、おそらく不可能だ。
「ちょっと待ってくれ。俺たちはおっさんのことをよく知らないから、合ってるのかどうか確認のしようがないぞ」
ユーシアが困ったような声を上げる。ユーシアたちも、ゲンが作者であることしか知らない。もし2人の解答が割れたとしても、どちらが正解かをすぐには判断できないだろう。かえってさらに混乱させてしまうかもしれない。
「……それなら、儂に任せろ。本物を見分ける方法を思いついた」
デビリアンが2人のゲンの前に進み出た。




