表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/143

33 風前の灯火

いつもありがとうございます。

今年最後の投稿になります。

来年もよろしくお願いします。

「オレの番が来たか……」

 ゲンは力なく呟いた。否応なしに飛び込んでくる処刑の音と大歓声に苛まれ続け、精神的にかなり衰弱していた。もう泣き叫ぶ気力も残っていなかった。

 ユーシアたちが助けに来るのを期待していたが、その望みは薄そうだ。仮に助けに来たとしても、舞台を厳重に取り囲む男たちを突破するのは容易ではないだろう。

「この男は、親子ほども年の離れた10代女性に執拗につきまとった挙句、交際を断られたことに腹を立て、胸を刺して殺害した! まさに外道! まさに極悪非道!」

 タッケイがゲンの罪状を述べると、客席からかつてないほどの大ブーイングが起きた。怒りや憎しみの感情が、容赦なくゲンに叩きつけられる。

「私が今まで見てきた殺人犯の中でも、1、2を争うほど身勝手な動機だ! この史上稀に見る凶悪犯の存在を後世に伝えるため、この男の最期の言葉を辞世の句としてここに残す!」

 タッケイの言葉に、場内は大きな拍手に包まれた。



「そういうわけだ。言い残したいことがあれば、私が聞いてやろう」

 タッケイがゲンに顔を近づけた。香水なのか整髪料なのか、嗅いだことのない匂いがゲンの鼻をくすぐる。

「辞世の句とか、オレだけ扱いが違うじゃねーか……」

 ゲンが弱々しく呟く。前の3人とは明らかに違う対応に、不気味さを感じていた。

「貴様は作者だと聞いている。丁重に扱えというお達しも下っている。だから、通常は即刻死刑執行だが、こうして辞世の句を詠む機会を与えているのだ。貴様の亡骸も、通常は野ざらしだが、特別に手厚く葬ってやるから安心しろ」

 タッケイが囁くようにゲンに話しかけてくる。

「外道とか史上稀に見る凶悪犯とか、丁重にしちゃひでー言われよーじゃねーか……」

「それは丁重とは関係ない。それだけの重罪を貴様は犯したのだ。貴様の言葉は後世に残すだけの価値がある。言い残したいことは決まったか? ないなら即死刑を執行する」

 タッケイはポケットから紙とペンを取り出し、書く準備を整えた。

「言い残してーことか……。いーか、よく聞けよ……」

 これまでの人生を振り返り、死に際に言い残したいこと。あれこれ迷うかと思っていたが、不思議とすんなりと頭に浮かんできた。浮かんできた言葉をそのまま口に出す。


 大すこだ

 マリオンそして

 レナリアが

 クレアもすこだ

 そしてあずみも

 

「……それでいいんだな?」 

「ああ……」

 言い終わると同時に、ゲンの腹にタッケイの拳が炸裂した。激痛がゲンを襲う。

「縦読みすると『黙れクソ』になるのはわざとか? 私に対する暴言か?」

 タッケイが険しい表情でゲンに顔を近づける。

「そんなわけねーだろ……。偶然だ……。4人いる嫁の名を並べただけじゃねーか……」

「なんだと……!?」

 タッケイの声に怒気が混じった。眼光鋭くゲンを睨みつける。

「貴様は童貞だと聞いていたが、実は嫁がいるだと……? しかも4人も……。おのれ……!」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるタッケイ。

「諸君! この男は、なんと4人も妻を娶っているにもかかわらず、さらに被害者女性に手を出そうとした! これぞ下衆の極み! 鬼畜の所業!!」

 タッケイが興奮気味に叫ぶ。観客からのブーイングがさらに激しくなった。心無い言葉も数多く飛んできた。耳を塞ぐこともできず、そのすべてが心に突き刺さる。


「本来であれば、この男の死刑は胸への一撃を以って執行される! しかし、それではあまりにも生ぬるすぎる! この男の所業を考えれば、たった一撃で終わりにできるはずがない! そこで、私の裁量で、この男への量刑を増やそうと思う! ありとあらゆる手段で極限まで苦しめ、嬲り殺しにする!! それこそがこの男にはふさわしい! 諸君、どうだろうか!」

 タッケイの問いかけに、割れんばかりの拍手が巻き起こる。それが群衆の回答だった。

「機械人間たちよ! ここへ!」

 他の3人を担当していた機械人間たちも、ゲンの前に集まってきた。斧や鋸、ハンマー、ナイフなど、両手に様々な凶器を携えている。



「もう一度だけ貴様に時間をやる。他に言い残したいことがあれば聞いてやろう。ないなら先ほどのやつが、貴様の辞世の句となる」

「わかった……。それじゃ、こっちにしてくれ……」

 ゲンが再び口を開く。自分の思いの丈を込めた歌が、自然と頭に浮かんできた。


 ついに来ぬ

 静かに別れ

 向かうとき

 歴史となりぬ

 己の姿


「静かにこの世と別れを告げて、あの世に向かうときがついに来た。自分の姿はこの世の歴史となった……。なるほど、先ほどとは大違いだ。貴様にしては上出来だ」

 書いた紙を見ながら、タッケイは満足そうに何度も頷いている。

「諸君! この男の辞世の句だ! 一度しか言わない! 心に刻み込め!」

 ゲンの句を、タッケイは声高らかに読み上げた。観衆の惜しみない拍手がゲンを包み込んだ。



「それでは、死刑を執り行う! 稀代の凶悪犯の最期を見届けよ!」

 機械人間たちがそれぞれの武器を構え、ゲンに近づいてくる。

「ここまでか……」

 ゲンは死を覚悟した。しかし、この期に及んでもなお、自分が助かるのではないかという希望を捨てられずにいた。その理由はケイムの存在だ。

 この死刑イベントも、おそらくケイムのシナリオだろう。この先の展開もいろいろと考えているに違いない。ここでゲンが死ねば、そのすべてが無駄になる。それはケイムの本意ではないはずだ。

 始まったばかりの冒険、まだ見ぬ多くの仲間、倒すべき強敵たち、1つしか集まっていない宝珠。こんな中途半端な状態で終わりにするようなケイムではない。そこにゲンは一縷の望みを託していた。



「――じゃじゃ~ん! i子ちゃん、登場~~~!」

 突然、耳元で能天気な声がした。この世界に来て間もないころ、レイミー城で出会った妖精のi子だ。

 助かるかもしれない。ゲンは希望の光が見えたような気がした。

「あれれ~? キモいおじさ~ん、どうしたの~? なんで捕まってるの~?」

「i子……、オレの手足の縄を切ってくれ……」

 i子は尻尾の先を様々なものに変えることができる。ナイフもその中の一つだ。それを使えば、ゲンの縛めを解くことができるだろう。

「え~? どうして~?」

「なんだ、貴様は! 邪魔をするな!」

 タッケイの拳がゲンの頬をかすめた。

「このおじさん、怖~い!」

 i子は逃げた。

「待て、貴様! 逃げるな!」

 タッケイはi子を追いかけた。

 

 突如として始まった闖入者の追跡劇に、観客は大いに盛り上がっているようだ。絶え間なく拍手や声援が聞こえてくる。

 タッケイに続き、機械人間たちもi子を追いかけ始めた。警備の男たちも続々と舞台に上がり、追跡に加わる。ドタドタと走り回る足音が、四方八方から飛んできた。処刑場とは思えないようなコミカルな追いかけっこが、ゲンの周りで繰り広げられていた。

「i子、頼むぞ……。今ならワンチャンある……」

 ゲンは祈った。逃げ回るi子が、どさくさに紛れて手足の縄を切ってくれることを。そういうシナリオであることを。

 今なら舞台周辺の警備は手薄。逃げるには絶好のチャンスだ。もちろん、逃げ切れるかどうかはまた別の問題だが。

「i子ちゃん、疲れた~。もう帰る~。撤収~~~!!」

 ゲンの祈りもむなしく、妖精は現れたときと同じように突然消えた。




「――死刑を再開する! さあ、刮目せよ!」

 先ほどの追跡劇がまるで嘘のように静まり返った会場に、タッケイの声が響く。それを合図に、機械人間たちが凶器を振り上げた。

「ちくしょー……。ちくしょー……」

 ゲンの頬を涙が伝う。無実の罪を着せられ、ここで果てようとしている自分が情けなかった。

 だが、まだ希望を捨てきれずにいた。奇跡が起きることにわずかな期待を抱いていた。

 ユーシアたちが助けに飛び込んでくるかもしれない。逃げたはずのi子が戻ってくるかもしれない。

 もしくは、グランツが出現して妨害や破壊を始めるかもしれない。タッケイとグランツの声の主が同じなのは、もしかしてその伏線なのだろうか。

 あるいは、ゲン自身が何かの力に目覚めるかもしれない。

 この世界に来てからずっと、なぜか魔法使いと間違われてきた。そして、都市伝説上の魔法使いになる条件は、十二分に満たしている。もしかしたら、これはゲンが魔法の力に目覚めるイベントなのかもしれない。

 ゲンは念じた。燃え盛る炎や凍てつく氷、荒れ狂う風をイメージしながら、その出現を心の中で何度も念じた。


「死刑執行!!」

 タッケイの声が場内に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ