33 風前の灯火
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「オレの番が来たか……」
ゲンは力なく呟いた。否応なしに飛び込んでくる処刑の音と大歓声に苛まれ続け、精神的にかなり衰弱していた。もう泣き叫ぶ気力も残っていなかった。
ユーシアたちが助けに来るのを期待していたが、その望みは薄そうだ。仮に助けに来たとしても、舞台を厳重に取り囲む男たちを突破するのは容易ではないだろう。
「この男は、親子ほども年の離れた10代女性に執拗につきまとった挙句、交際を断られたことに腹を立て、胸を刺して殺害した! まさに外道! まさに極悪非道!」
タッケイがゲンの罪状を述べると、客席からかつてないほどの大ブーイングが起きた。怒りや憎しみの感情が、容赦なくゲンに叩きつけられる。
「私が今まで見てきた殺人犯の中でも、1、2を争うほど身勝手な動機だ! この史上稀に見る凶悪犯の存在を後世に伝えるため、この男の最期の言葉を辞世の句としてここに残す!」
タッケイの言葉に、場内は大きな拍手に包まれた。
「そういうわけだ。言い残したいことがあれば、私が聞いてやろう」
タッケイがゲンに顔を近づけた。香水なのか整髪料なのか、嗅いだことのない匂いがゲンの鼻をくすぐる。
「辞世の句とか、オレだけ扱いが違うじゃねーか……」
ゲンが弱々しく呟く。前の3人とは明らかに違う対応に、不気味さを感じていた。
「貴様は作者だと聞いている。丁重に扱えというお達しも下っている。だから、通常は即刻死刑執行だが、こうして辞世の句を詠む機会を与えているのだ。貴様の亡骸も、通常は野ざらしだが、特別に手厚く葬ってやるから安心しろ」
タッケイが囁くようにゲンに話しかけてくる。
「外道とか史上稀に見る凶悪犯とか、丁重にしちゃひでー言われよーじゃねーか……」
「それは丁重とは関係ない。それだけの重罪を貴様は犯したのだ。貴様の言葉は後世に残すだけの価値がある。言い残したいことは決まったか? ないなら即死刑を執行する」
タッケイはポケットから紙とペンを取り出し、書く準備を整えた。
「言い残してーことか……。いーか、よく聞けよ……」
これまでの人生を振り返り、死に際に言い残したいこと。あれこれ迷うかと思っていたが、不思議とすんなりと頭に浮かんできた。浮かんできた言葉をそのまま口に出す。
大すこだ
マリオンそして
レナリアが
クレアもすこだ
そしてあずみも
「……それでいいんだな?」
「ああ……」
言い終わると同時に、ゲンの腹にタッケイの拳が炸裂した。激痛がゲンを襲う。
「縦読みすると『黙れクソ』になるのはわざとか? 私に対する暴言か?」
タッケイが険しい表情でゲンに顔を近づける。
「そんなわけねーだろ……。偶然だ……。4人いる嫁の名を並べただけじゃねーか……」
「なんだと……!?」
タッケイの声に怒気が混じった。眼光鋭くゲンを睨みつける。
「貴様は童貞だと聞いていたが、実は嫁がいるだと……? しかも4人も……。おのれ……!」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるタッケイ。
「諸君! この男は、なんと4人も妻を娶っているにもかかわらず、さらに被害者女性に手を出そうとした! これぞ下衆の極み! 鬼畜の所業!!」
タッケイが興奮気味に叫ぶ。観客からのブーイングがさらに激しくなった。心無い言葉も数多く飛んできた。耳を塞ぐこともできず、そのすべてが心に突き刺さる。
「本来であれば、この男の死刑は胸への一撃を以って執行される! しかし、それではあまりにも生ぬるすぎる! この男の所業を考えれば、たった一撃で終わりにできるはずがない! そこで、私の裁量で、この男への量刑を増やそうと思う! ありとあらゆる手段で極限まで苦しめ、嬲り殺しにする!! それこそがこの男にはふさわしい! 諸君、どうだろうか!」
タッケイの問いかけに、割れんばかりの拍手が巻き起こる。それが群衆の回答だった。
「機械人間たちよ! ここへ!」
他の3人を担当していた機械人間たちも、ゲンの前に集まってきた。斧や鋸、ハンマー、ナイフなど、両手に様々な凶器を携えている。
「もう一度だけ貴様に時間をやる。他に言い残したいことがあれば聞いてやろう。ないなら先ほどのやつが、貴様の辞世の句となる」
「わかった……。それじゃ、こっちにしてくれ……」
ゲンが再び口を開く。自分の思いの丈を込めた歌が、自然と頭に浮かんできた。
ついに来ぬ
静かに別れ
向かうとき
歴史となりぬ
己の姿
「静かにこの世と別れを告げて、あの世に向かうときがついに来た。自分の姿はこの世の歴史となった……。なるほど、先ほどとは大違いだ。貴様にしては上出来だ」
書いた紙を見ながら、タッケイは満足そうに何度も頷いている。
「諸君! この男の辞世の句だ! 一度しか言わない! 心に刻み込め!」
ゲンの句を、タッケイは声高らかに読み上げた。観衆の惜しみない拍手がゲンを包み込んだ。
「それでは、死刑を執り行う! 稀代の凶悪犯の最期を見届けよ!」
機械人間たちがそれぞれの武器を構え、ゲンに近づいてくる。
「ここまでか……」
ゲンは死を覚悟した。しかし、この期に及んでもなお、自分が助かるのではないかという希望を捨てられずにいた。その理由はケイムの存在だ。
この死刑イベントも、おそらくケイムのシナリオだろう。この先の展開もいろいろと考えているに違いない。ここでゲンが死ねば、そのすべてが無駄になる。それはケイムの本意ではないはずだ。
始まったばかりの冒険、まだ見ぬ多くの仲間、倒すべき強敵たち、1つしか集まっていない宝珠。こんな中途半端な状態で終わりにするようなケイムではない。そこにゲンは一縷の望みを託していた。
「――じゃじゃ~ん! i子ちゃん、登場~~~!」
突然、耳元で能天気な声がした。この世界に来て間もないころ、レイミー城で出会った妖精のi子だ。
助かるかもしれない。ゲンは希望の光が見えたような気がした。
「あれれ~? キモいおじさ~ん、どうしたの~? なんで捕まってるの~?」
「i子……、オレの手足の縄を切ってくれ……」
i子は尻尾の先を様々なものに変えることができる。ナイフもその中の一つだ。それを使えば、ゲンの縛めを解くことができるだろう。
「え~? どうして~?」
「なんだ、貴様は! 邪魔をするな!」
タッケイの拳がゲンの頬をかすめた。
「このおじさん、怖~い!」
i子は逃げた。
「待て、貴様! 逃げるな!」
タッケイはi子を追いかけた。
突如として始まった闖入者の追跡劇に、観客は大いに盛り上がっているようだ。絶え間なく拍手や声援が聞こえてくる。
タッケイに続き、機械人間たちもi子を追いかけ始めた。警備の男たちも続々と舞台に上がり、追跡に加わる。ドタドタと走り回る足音が、四方八方から飛んできた。処刑場とは思えないようなコミカルな追いかけっこが、ゲンの周りで繰り広げられていた。
「i子、頼むぞ……。今ならワンチャンある……」
ゲンは祈った。逃げ回るi子が、どさくさに紛れて手足の縄を切ってくれることを。そういうシナリオであることを。
今なら舞台周辺の警備は手薄。逃げるには絶好のチャンスだ。もちろん、逃げ切れるかどうかはまた別の問題だが。
「i子ちゃん、疲れた~。もう帰る~。撤収~~~!!」
ゲンの祈りもむなしく、妖精は現れたときと同じように突然消えた。
「――死刑を再開する! さあ、刮目せよ!」
先ほどの追跡劇がまるで嘘のように静まり返った会場に、タッケイの声が響く。それを合図に、機械人間たちが凶器を振り上げた。
「ちくしょー……。ちくしょー……」
ゲンの頬を涙が伝う。無実の罪を着せられ、ここで果てようとしている自分が情けなかった。
だが、まだ希望を捨てきれずにいた。奇跡が起きることにわずかな期待を抱いていた。
ユーシアたちが助けに飛び込んでくるかもしれない。逃げたはずのi子が戻ってくるかもしれない。
もしくは、グランツが出現して妨害や破壊を始めるかもしれない。タッケイとグランツの声の主が同じなのは、もしかしてその伏線なのだろうか。
あるいは、ゲン自身が何かの力に目覚めるかもしれない。
この世界に来てからずっと、なぜか魔法使いと間違われてきた。そして、都市伝説上の魔法使いになる条件は、十二分に満たしている。もしかしたら、これはゲンが魔法の力に目覚めるイベントなのかもしれない。
ゲンは念じた。燃え盛る炎や凍てつく氷、荒れ狂う風をイメージしながら、その出現を心の中で何度も念じた。
「死刑執行!!」
タッケイの声が場内に響き渡った。




