32 公開処刑場
「し・け・い! し・け・い! し・け・い! し・け・い!」
辺り一面に響き渡る地鳴りのような大音声で、ゲンはようやく深い眠りから覚めた。四方八方から聞こえてくるのは、人々が異口同音に繰り返し叫ぶその3文字だ。1文字目と3文字目には手拍子も加わっていた。
あまりの喧騒に思わず耳を塞ごうとして、それができないことに気づいた。ゲンは四肢を十字架に縛り付けられていた。いつの間にか裸足に囚人服という姿にもなっていた。眠っている間に着替えさせられ、ここまで運ばれ、十字架を背にして立たされたのだろう。
公開処刑場の中央には円形をした舞台が設置されており、8つの十字架がやはり円を描くように並べられていた。そこに1つおきに4人がくくり付けられている。その体は円の外側に向けられているため、お互いの姿は見えない。
舞台を取り囲むように、武装した男たちが大勢並んでいる。手には剣や槍、斧などの獲物が光る。そのほとんどは舞台に背を向けて立ち、観客席や出入口に目を光らせていた。闖入者が妨害しようとしても、この警備を突破するのは容易ではないだろう。
「助けてくれ!! 助けてくれ!!」
「こんなところで死ぬのは嫌だ!!」
「お願い……! 許して……!」
観客の大合唱に混じって、狂ったように泣き叫ぶ声が背後から聞こえてくる。他の死刑囚たちだろう。その声から、2人が男、1人が女だとわかる。
「ふざけんじゃねー! オレはやってねーんだ!! 早くこっから出せ!」
ゲンも声を限りに叫んだが、すべて歓声に飲み込まれた。手足を動かそうともがくが、縛めはびくともしなかった。
黒いスーツを来た男が場内に現れ、マイクを手に舞台に上がってきた。かなりの大柄で強面、茶色の髪を角刈りにしている。
ゲンの右斜め前で立ち止まると、男は手を挙げた。それと同時に、群衆は水を打ったように静まり返った。聞こえているのはゲンたちの絶叫だけだ。
「諸君! 処刑場へようこそ! 私はこの処刑場の責任者、タッケイ!」
タッケイと名乗る男が発した重低音が、会場に響き渡る。
「この声、谷井了じゃねーか……」
こんな状況下でも、ゲンは思わず呟いた。生み出した覚えのないキャラクターだが、その声の主はすぐにわかった。いわゆる中の人は、グランツと同じ人物だ。確かに声はよく似ている。
ゲンをこの世界に飛ばしたグランツと、この世界から別の世界へ送ろうとしているタッケイ。2人の声が同一人物なのは、ただの偶然ではないのかもしれない。
「諸君! 諸君がこれから目にするのは、死刑執行の一部始終だ! この町で人を殺めた重罪人どもの末路だ! どうかしっかりと目に焼き付けて、肝に銘じてもらいたい! この町で殺人を犯せば、諸君も同じ運命を辿るということを! 身分も性別も年齢も関係ない! どんな事情も一切考慮されない! 殺人犯は必ずここで磔にされ、犯した罪と同じ方法で死刑になるのだ! この公開処刑が諸君の心に深く刻み込まれ、凶悪犯罪の抑止力になることを、私は切に願う!」
タッケイは絶えず体の向きを変えながら、身振り手振りを交えつつ、満員の観客に熱く語りかける。観客は大きな拍手でそれに応えた。
「それでは、これより死刑を執り行う! 今回の死刑は4名! さあ、諸君! 凶悪犯どもの最期をその目で見届けるのだ!」
タッケイが拳を突き上げると、割れんばかりの拍手と歓声が会場を包み込んだ。
「今回も、死刑を執行するのは機械人間だ! 一切の感情を持たないため、泣こうと喚こうと全く無意味! 手加減も容赦もなく、確実に刑を執行する!」
タッケイが言い終わると同時に、場内には上半身裸の男が4人現れた。人の姿をしているが、人間ではない。頭や腕、胸から見える配線や部品が、彼らが機械であることを物語っていた。
腰に巻かれたベルトには、剣や斧、銃、ハンマー、ロープなど、凶器となりうるものがいくつもぶら下げられていた。死刑に使う道具なのだろう。
男たちは大きな拍手を浴びながら舞台に上がると、4つの方向に分かれて歩いていく。ゲンの前で一人の男が立ち止まった。表情一つ変えず、感情のない虚ろな目で、じっとゲンを見つめてくる。その手には、ベルトから抜き取った包丁を握りしめていた。ゲンを処刑するための凶器だろう。
「犯人はオレじゃねー! オレじゃねーんだよ!!」
ゲンは狂ったように叫んだ。
「準備は整った! さあ、諸君! 刮目せよ!」
タッケイが再び拳を突き上げると、観客は一斉に叫び始めた。
「こ・ろ・せ! こ・ろ・せ! こ・ろ・せ! こ・ろ・せ!」
耳をつんざくような大音声だ。塞ぐこともできず、そのすべてがゲンの耳に飛び込んできた。聞いているだけで、心を大きく抉られるような感覚に陥った。
「ここにいる4名は、死刑が執行される順番に並んでいる! まず1人目は、貴様だ!」
指名されたのはゲンではなかったようだ。ゲンの右斜め後ろから、悲鳴にも似た男の絶叫が聞こえてきた。
「この男は、知人の顔面を数十発殴打した後、頭を鈍器で殴って殺害した。同じ方法で死刑に処す! 死刑執行!!」
タッケイが叫ぶと同時に、何かを殴打するような音が聞こえてきた。直後に上がる悲鳴。客席からの大歓声がそれに続く。
ゲンは目を閉じ、顔を背けた。何が起きているかは容易に想像できた。何も見えない中、聞こえてくる不快な音に身の毛がよだつ。
やがて、悲鳴が聞こえなくなった。何かを殴り続けるような音だけがゲンの耳に飛び込んでくる。男は気を失ったのだろうか。むしろそのほうが幸せかもしれない。
突然、場内は水を打ったように静まり返った。その時が来たことをゲンは悟った。
重いものを叩きつけるような音と、何かが潰れるような音がした。次の瞬間、大きなどよめきと万雷の拍手が降り注いだ。
観客の誰もが興奮していた。立ち上がって拍手する者、周囲とハイタッチを交わす者、指笛を鳴らす者など、それぞれの方法で歓喜を表現していた。
「1人目、執行完了! 続いて、2人目! 隣の貴様だ!」
タッケイの声が響く。次は自分の番だと思い、ゲンは身をこわばらせたが、タッケイがやって来ることはなかった。次に選ばれたのは、ゲンの真後ろにいる人物なのだろう。
4人は死刑執行の順番に並べられているという。どうやらゲンの処刑が最後になるようだ。
「この男は、隣人の頭を斧で斬りつけて殺害した! よって、同じ方法で死刑に処す、と言いたいところだが……」
タッケイはそこで言葉を切った。場内は一気に静かになる。
「この男は死刑の恐怖に耐えきれず、自ら舌を噛み切って命を絶っている! 過程はどうあれ、命を以って償ったことに変わりはない! よって、これにて執行完了とする!」
タッケイの宣言に、会場は一瞬でブーイングの嵐に包まれた。命を絶った男に対して、数多くの心無い言葉が雨のように降り注いだ。バカ野郎や意気地なしや卑怯者など、死刑執行を逃れたことに対する非難がその大半を占めていた。
「諸君の気持ちはよく分かった! 絶命させるだけでは意味がない! 同じ部位に同じ損傷を与えてこそ、被害者も浮かばれる! それでは、改めて刑を執行する!」
次の瞬間、何かが当たって砕けたような音がした。一際大きな歓声と拍手が、一瞬で場内を包み込んだ。
「続いて3人目は貴様だ!!」
「いや~~~~~!!」
タッケイの声に、女の絶叫が重なった。
「この女は、育児を放棄した! 幼い我が子に十分な食事を与えず衰弱させた上に、最後は風呂場で溺死させた! この女に、母親たる資格はない!」
タッケイの言葉に続いて、観客からも女への容赦ない非難が飛び交った。男性の声以上に、女性の声の存在感が強い。
「私が悪かったわ……! 本当にごめんなさい……!」
女は泣き叫んだが、さらに大量の罵声を浴びせかけられた。聞くに堪えないような言葉も少なからず含まれていた。やはり男性よりも女性の声が多数を占めていた。
「死刑は同等の方法で行う! この女にはわずかな食事しか与えておらず、既に衰弱させてある! あとは窒息により死に至らしめる! 死刑執行!!」
直後に聞こえてきたのは、女の悲鳴だった。その悲鳴が徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなる。
それと同時に、観客の拍手喝采が四方八方から降り注いだ。おそらく執行が完了したのだろう。
「さあ、最後は貴様だ!」
タッケイが足早にゲンに近づいてくる。ついにゲンの番が来たのだ。




