31 取り調べ
「……だから、犯人はオレじゃねーっつってんじゃねーか!!」
机を叩く音が取調室に響く。ゲンはノリィたちの厳しい追及を受けていた。何度否定しても、全く聞き入れられない。
「何度も言わせるな! 証拠は揃ってるんだ、証拠は! いい加減に白状したらどうだ、白状を!」
鋭い眼光と強い口調でゲンを責め立てるノリィ。この緊迫した場面でも、ノリツッコミがしたくてたまらないようだ。そのたくましい笑魂が、文末に如実に現れていた。
周囲に止められて実現こそしなかったが、ゲンの付き添いとしてこの取調室にジョージを連れてこようとしていたことからも、それは明らかだ。
「お前と全く同じ人着の男が犯行に及ぶのを、あの部屋の風の精霊たちが目撃している! そして、被害者の血液が付着した包丁が、お前の使っていた部屋から発見されている! 犯人はお前以外に考えられないんだ! おとなしく観念しろ、観念!」
「だから、それはオレに成りすました誰かだと言ってんじゃねーか! 誰かがオレに罪をなすりつけよーとしてんだよ! いー加減に理解しやがれ!」
机に拳を叩きつけながら、ゲンは同じ主張を繰り返す。もう何回目なのかも覚えていない。
「……わかった。そこまで言うのなら、少しだけ時間をやる。今日の日没までに、お前に成りすました真犯人をここに連れてこい。そうしたらお前は無罪放免だ、放免」
「今日中かよ! 無理ゲーじゃねーか!!」
ゲンは思わず立ち上がった。今はもう昼が近い。残された時間は多くない。
「嫌ならやめてもいいが、その瞬間にお前が犯人だと確定するぞ? お前が無実を証明する方法は、それしかない」
「ふざけんじゃねーよ!!」
「お前は作者だろう? 作者なら、真犯人に心当たりがあるんじゃないのか?」
「ま、ねーわけじゃねーな」
偽物の正体に心当たりがないわけではない。魔法で他人に化けるのが得意な登場人物が、ゲンの頭に浮かんでいた。だが、確証はない。ケイムが原作の設定を変えていないという保証もない。
「おまけにお前は魔法使いだ。魔法を使えば、捕まえるなど余裕だろう?」
ノリィは意地悪く笑った。
「だから、オレは魔法使いじゃねーよ!」
「まぁいい。そういうことにしておいてやろう」
「そんなことより、さっさとオレをここから出せ! 今日中に偽物を連れてこねーといけねーんだろ!」
ゲンは怒鳴った。時間がない。一刻も早く外に出たかった。
「おっと、お前をここから出すわけにはいかない」
「なんだと!? じゃ、一体どーやって――」
「外にいるお前の仲間たちにやってもらう」
ノリィは窓を顎で指した。
「お前はいい仲間を持ったな。ええ、おい?」
ノリィはにやにやと笑いながら、ゲンを肘でつつく。決して誉め言葉ではないことは、その口調から明らかだ。
「あいつら、全然やる気ねーだろ……」
ゲンの視線の先で、ユーシアたちの背中が遠ざかっていた。刑事から事情を聴き、真犯人探しに向かっているのだ。しかし、その姿から緊張感は全く感じられなかった。
慌てる様子もなく、ゆっくりと歩いていた。ユーシアが時々大きな欠伸をしたり、ミトが眠そうに目をこすっているのがわかる。忠二は何度も髪をかき上げ、ジョージは楽しそうに喋りまくっているようだ。
「お前が仲間からどう思われているかがよくわかる。これは日没が楽しみだな、日没が」
「あいつら、ふざけやがって……」
ノリィのボケてくれのサインを無視してそう吐き捨てるのと、ゲンの腹が鳴るのと、ほとんど同時だった。事件以降何も食べていない。
「日没までまだ時間はある。まぁ落ち着け。腹が減ってるようだから、とりあえず飯でも食え。何か食いたいものはあるか? 何でもいいぞ。可能な限り要望に応えてやろう、要望に」
「マジでなんでもいーのか? そりゃすげーな。取調室じゃカツ丼しか食わせてもらえねーと思ってたぜ。じゃ、とりま……」
「ふー、食った食った」
ゲンは満足そうな笑みを浮かべていた。今まで見たこともないような分厚い肉が食べられて、かなりご満悦だ。
「こんなうめーもんが食えるなら、取り調べも悪くねーな」
「そうか、それはよかった。これが人生最後の飯になるかもしれないからな」
ノリィの言葉に、ゲンは椅子から転げ落ちそうになった。
「ちょっと待て! そりゃ一体どーゆー意味だ!?」
「そのままの意味だ。日没までに真犯人が捕まらなければ、お前の有罪が確定する。殺人は死刑と決まっている。死刑は月に1回執行され、ちょうど明日がその日だ」
「そんなの無茶苦茶じゃねーか!!」
「無茶苦茶も何も、それがこの町のルールだ。作者のくせに、そんなことも知らないのか? お前が自分で決めたことだろう?」
ノリィは呆れたような表情でゲンを見つめてくる。
「オレじゃねーよ! オレはそんな設定の作品を書いた覚えはねーぞ!!」
ゲンには全く心当たりがない。そもそも、ギルティという名の町はどの作品にも出てこない。おそらくケイムの仕業だろうことは容易に想像がついた。
「まぁいい、知らないなら教えてやろう」
ノリィは表情一つ変えず、この町について淡々と語り始めた。
ここギルティの町は、世界で最も治安のいい町と評されているという。厳しい刑罰がその最大の理由だ。特に凶悪犯罪は、原則として同害刑。執行猶予や情状酌量は一切なく、犯した罪と同じかそれ以上の罰を必ず受けることになるため、犯罪の抑止力になっている。
この町で殺人を犯せば、問答無用で死刑だ。どんな事情があろうと一切考慮されない。自分が殺めたのと同じ方法で命を奪われる。もし被害者が複数いれば、足りない分は親族の命で代用される。
死刑以外ありえないため求刑も判決も不要で、よって裁判は行われない。推定有罪の原則により、十分な証拠が揃っていれば、容疑者の認否に関係なく有罪と断定される。無実を主張するのなら、容疑者側が反証を示す必要があるが、隠蔽や偽装を防止するため、本人が行動することは許されず、時間もわずかしか与えられない。
今行なっている取り調べは形式的なもので、ゲンが何を語ろうと状況は変わらない。決定的な証拠が揃っている以上、ゲンが犯人だと推定される。日没までにユーシアたちが真犯人を連れてくる以外に、無罪を勝ち取る方法はない。
「ふざけんじゃねー! オレは無実だ!」
「日没までに仲間が真犯人を連れてくることを祈るんだな」
「ノリィ、あいつらがちゃんと偽物を連れてきたら、土下座じゃすまねーぞ! 落とし前はきっちりとつけてもらうからな! 覚えてやがれ!!」
「わかった。確約しよう、確約」
ノリィは表情一つ変えず答えた。
日が沈み、夜の帳が下りた。しかし、ユーシアたちが戻ってくることはなかった。
「あいつら……、ダメだったか……」
ゲンはがっくりと肩を落とした。時間的に厳しいだろうとは思っていたが、そのとおりの結果だった。
仮に時間が十分にあったとしても、真犯人の発見は無理だったかもしれない。ゲンに罪をなすりつけるという目的が果たされた今、既に遠くに逃げていても不思議ではない。
「残念だったな。これでお前の有罪が確定した、確定」
ノリィは笑いをかみ殺しているかのような表情を浮かべていた。
「お前は死刑だ。明日、お前は大勢の観衆の前で、公開処刑される」
「公開処刑!? 冗談じゃねー! そんなの聞いてねーぞ!!」
「おっと、公開処刑場のことを話していなかったな」
ノリィは再度話し始めた。
この町には世界で唯一の公開処刑場があるという。古代の円形闘技場を模して造られていることもあり、巷では「殺ッセヨ」という俗称で呼ばれている。
毎月1回、この町の死刑囚が集められ、その死刑が執行される。見せしめのため、当日は誰でも自由に観覧可能だ。凶悪犯の最期を見届けようと、毎回希望者が殺到する。これを見るためだけにやって来る観光客も少なくない。
明日は半年ぶりの死刑執行になるという。半年間起きていなかった凶悪犯罪に手を染めたのは、ゲン以外にも数人いる。全員が明日、衆人環視の中、自らが殺めたのと同じ方法で刑場の露と消える予定だ。
「公開処刑とか誰得だよ!? グロ注意ってレベルじゃねーだろ!! オマエら、頭おかしーんじゃねーのか!?」
「おっと、そろそろ準備しないとな」
ゲンの背後に控えていた刑事に、ノリィが手で合図を送る。
「……うっ!」
突然背後から口と鼻を塞がれ、ゲンはそのまま深い眠りに落ちた。
 




