3 かきかけたち その3
「ほう、レイムとウインドルか。前世では敵同士だった二人が、今は恋仲。運命とはなかなか皮肉なものだな」
「前世は関係ないでしょ! 黙ってて!」
友里恵がいつになく声を荒らげる。前世では富雄の前に敵として立ちふさがり、そして敗れた。考えるといつも胸が痛くなる。そのことには触れられたくなかった。
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ、一つ目野郎! さっさとかかって来やがれ!」
「前世では不覚を取ったが、今回は負けんぞ。貴様を八つ裂きにしてやる」
ガレオンの一つしかない目が、富雄を睨みつけている。
「何回やっても結果は同じだぜ! てめぇは俺が倒す!」
「それは面白い。やってもらおうか」
「行くぜ、紅蓮炎舞!」
富雄が動いた。手から炎を迸らせる。それをガレオンはマントで受け止めた。炎はかき消され、マントには傷一つ付いていない。
さらに紅蓮の炎が連続して飛び出すが、やはりガレオンのマントには通用しなかった。
「疾風刃来!」
友里恵の手からは風の刃が飛ぶ。いくつもの刃がガレオンに襲いかかるが、マントの前には無力だった。
「貴様たちの力はその程度か。それでジェイド様に歯向かおうとは、笑わせてくれる」
「うるせぇ!」
富雄は瞬時に炎の剣を作り出すと、一気にガレオンに斬りかかる。ガレオンは大きく後ろに飛んで避けた。
着地を狙って友里恵が再び風の刃を繰り出すが、またもガレオンのマントに防がれた。
再び富雄が地を蹴り、一気に距離を詰める。
「ギガントバスター!」
ガレオンが両手を突き出した。富雄は攻撃に備えてスピードを緩めた。しかし、何も起こらない。
「何だ、今のは! 何も起こらねぇじゃねぇか!」
富雄が剣を振り下ろそうとしたその時、
「富雄! 上よ!」
友里恵の声に、富雄は反射的に身を翻して飛びのいた。衝撃とともに地面が大きく抉られたのはその直後だ。もし直撃していたら、ただでは済まなかっただろう。
「避けたか。少しはできるようだな」
「てめぇ、ふざけた真似を……!」
富雄はガレオンを睨みつけた。
――――『相愛戦士』ここでかきかけ
「どうした、ケンジア。眠れないのか?」
夜空を見上げていたケンジアに、ユーシアが声をかける。
「そういう兄さんこそ、起きてたんだね」
「あの声、やっぱり気になるよな」
ユーシアがコーツ山のほうに視線を送る。月の光に照らし出された山頂が夜空に映える。
――ブォーッ、ブォーッ。
フクロウの鳴き声に交じって、遠くから不気味な声が聞こえてくる。
「一体どんな敵なんだろうな」
「町の人の話を聞く限りだと、とても大きくて恐ろしい相手みたいだよね」
ただの噂話とはいえ、ここまで声が届くことを考えると、あながち間違いとは言えないだろう。今はわからなくても、明日になれば嫌でも知ることになる。
「どんな相手だろうと、全力で戦うだけさ。ケンジア、お前の魔法も当てにしてるぞ」
「兄さんもいいかげん魔法使いをやればいいのに。勇者になるには、魔法使いの経験も必要だよ?」
「それはわかってるんだが、俺は前衛でガンガン戦うほうが性に合ってるんだ。お前が後衛を好むのと同じさ」
「前衛職を経験しなくても賢者になることができるから、本当にありがたいよ」
――ブォーッ、ブォーッ。
明日戦うことになるだろう敵の声が、またしても不気味に響く。
「後衛もいいが、その体で戦士をやらないのはもったいないぞ? 俺よりもずっといい体格してるじゃないか」
ユーシアはケンジアを見上げる。ユーシアも長身だが、ケンジアはさらに高い。肩幅もケンジアのほうが広い。比べたことはないが、もしかしたら身体能力もケンジアのほうが高いかもしれない。これで後衛専門なのは本当にもったいない。
「僕は体は大きいけど、気は小さいんだよ。だから、前衛には向かないよ」
「その体格を活かさないと、本当にもったいないぞ」
「誰にでも向き不向きはあるからね。しょうがないよ」
――ブォーッ、ブォーッ。
不気味な声がまた聞こえてきた。
「……そろそろ戻るか。明日に備えて休まないとな」
「そうだね。眠れないかもしれないけどね」
二つの影が、部屋の中へと消えて行った。
――――『勇者志願!』ここでかきかけ
「どうだい? 僕が作ったゲームは楽しんでくれているかな?」
突然、ケイムの声が空から降ってきた。青く澄んだ空に、ケイムの顔が映し出されているのが見える。
「ケイム! お前、いい加減にしろ!」
「早く俺たちをここから出せよ!」
「こんなクソゲー、楽しいわけねーだろ!」
「俺たちの前に出てこいよ! ぶん殴ってやるぜ!」
四人は口々に文句をぶちまけた。ハルトは剣を空に向けて突き出し、レイジは中指を立ててケイムを挑発している。
「前にも言ったじゃないか。元の世界に戻るには、このゲームをクリアするしかないよ。がんばってクリアしてね」
空に映し出されたケイムが、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ふざけるな! クリアできるわけねーだろ、こんなの!」
「敵が強すぎるし、ゲームバランスめちゃくちゃだろ!」
「それも前に言ったよね。通常のゲームによくあるお約束は期待しないほうがいいよ、って。常に最強クラスのモンスターしか出ないし、運よく倒せても金もアイテムも落とさない。町の施設はすべて破壊されているし、宝箱も一切存在しない。本気で世界を支配しようとしている魔王が、君たち勇者に情けをかけるはずがないんだから、当然だよね」
「本当にお前の性格がよくわかるゲームだな、これは!」
「で、その救済策があのガチャか! 寿命を使って引かせるとか、てめぇは悪魔か!」
「僕がゲームマスターとしてまだまだ未熟なせいで、安易にガチャシステムを導入してしまったことは素直に反省しないとね。素材を集めて合成するとか、考えてみたら他にもやり方はあったよ。次回作では気をつけないとね」
「ふざけるな! 何が次回作だ!」
「出てこいよ、ケイム! もう二度とゲームを作れねぇようにしてやるぜ!」
「だったら、まずは魔王リュネーグを倒すことだね。そうしたら僕が直々に相手をしてあげるよ。僕のところまで来るのは簡単じゃないと思うけど、必ずどこかに道はあるから、がんばってそれを見つけ出してね」
そう言い残すと、ケイムの顔が空に吸い込まれるように消えていった。
「ちくしょう、ふざけやがって……」
「ケイムの野郎、覚えてやがれ! 絶対に許さねぇぞ!」
レイジが怒りに任せて思わず一歩踏み出したその時、周囲の風景が一瞬揺らぎ、目の前に敵が現れた。またもドラゴンだ。
「エンカウント率高すぎだろ、ここ!」
「逃げるぞ!」
四人は一目散に逃げ出した。逃走が必ず成功するのだけが救いだ。
――――『ゲームマスター』ここでかきかけ
「なかなかやるな。では、これならどうだ!」
マシューの背中に黒い翼が現れた。それをはためかせて、一気に宙を舞う。
「見せてやろう、これが悪魔の力だ!」
マシューの手から黒い光が迸り出た。それはやがて大量の矢へと姿を変え、三人めがけて高速で降り注いだ。
「避けろ!」
フィンとジャンは素早く飛び退いた。セイラだけは、魔法でバリアを作り出して防ぐという方法を選んだ。
「まだまだぁ!!」
マシューがさらに矢の雨を降らせる。
それをフィンたちはどうにかしのぎ切った。
「大丈夫か、セイラ?」
「ええ、問題ないわ」
「ジャンは?」
「ああ、俺もだいじょ――」
ジャンの言葉がそこで止まる。そして、次の瞬間。ジャンは膝から崩れ落ちた。
「おい、ジャン!」
フィンは慌てて駆け寄るが、ジャンは既に事切れていた。目立った外傷は見られない。マシューの攻撃もすべてよけていたはずだ。命に関わるほど重篤な持病があるとも聞いていない。そうなると、考えられる死因は一つしかない。
事故か、事件か、病気か、あるいは戦争か。故郷で暮らすジャンの双子の妹ジェーンが、何らかの原因でたった今命を落とした。そう考えればすべて説明がつく。
「くそっ……。ジャン……」
仲間を襲った突然の死に、フィンの視界が滲む。
「そんな……! 嘘でしょ……!」
セイラもがっくりと肩を落としている。
「哀れだな、人間は。どうあがいても、双生双死の呪いからは逃れられない」
笑いを噛み殺したようなマシューの声が、上空から降ってきた。
「人間であることを捨てれば、呪いから解放される。俺は悪魔に魂を売ったことは全く後悔していない。双子の妹が死のうと、こうして生き続けられるのだからな!」
マシューの高笑いが空に響いた。その高笑いを聞いたのは、あの日以来だ。
――あの日。マシューに殺されかけたフィンを助けるため、マリーが自らの胸を貫いた日。マリーが死んでもマシューが死ななかった日。マシューが悪魔と化して高笑いとともに飛び去って行った日。
フィンにとって、忘れたくても忘れられない日だ。
「貴様の妹も既にこの世にいないと聞いている。貴様も悪魔に魂を売ったのだろう? ならば、その力を見せてみろ。俺に勝ちたいのならな!」
「ふざけるな! 俺はお前とは違う! 一緒にするな!」
フィンは怒りに満ちた目でマシューを睨みつけた。
――――『双生双死奇譚』ここでかきかけ