26 のりまくり その1
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回からしばらくの間、長い長いノリツッコミをするキャラクターが登場します。
ノリツッコミの内容はストーリーとは無関係なので、読み飛ばしていただいても大丈夫です。
よろしくお願いします。
警察による現場検証が続いている。規制線が張られ、捜査関係者以外の立ち入りは禁止されているが、ゲンたちは発見者として現場で事情聴取を受けていた。
「扉を蹴破ったのはこの儂だ。この程度の扉なら何枚でも壊せるぞ」
デビリアンが自慢気に語っている。狼の頭を持つ悪魔がいるというのに、刑事たちは全く気にしていないようだ。冷静にデビリアンの発言をメモしている。
「お巡りさんたち、刺殺だから視察に来たんだね~。絞殺なら考察だけで終わるのに~」
ジョージがいつものようにギャグを飛ばしている。騒ぎを聞きつけて遅れてやって来たが、発見者として扱われて事情聴取の対象になっていた。
「……ここか、今回の現場は」
遅れてやってきた一人の刑事。まん丸い黒縁眼鏡にチョビ髭、赤い蝶ネクタイというそのいでたちは、刑事というよりもコメディアンを連想させる。その刑事の見た目に、ゲンは心当たりがあった。
「あいつ、もしかして……」
「あ、ノリィさんだ~」
刑事を見て、ジョージは嬉しそうだ。
「……ユーシア、ノリィ・マークリー(CV:長野佑多)もトリプルHか?」
「いや、違うと思うぞ。その名前も初めて聞いた」
「そーか。なら先に謝っておかねーとな。スマソ」
ゲンが小さく頭を下げる。これから起きる事態を想像すると、謝らずにはいられなかった。
「おっさん、なぜ謝るんだ?」
「完全にフラグが立っちまったからな」
ゲンはノリィとジョージの2人を顎で指した。
「ノリィさんってかっこいいよね~。面白いよね~。犬が白いと尾も白いよね~」
「ジョージ、俺をおだてても何も出ないぞ。出るとしたら腹ぐらいだ、腹ぐらい」
「えっ、パラグライダー? パラグライダーに乗ったの?」
「そうそうそう、パラグライダー、パラグライダー。パラグライダーに乗るよ~」
ジョージのボケに、ノリィは満面の笑みで答える。この後に待っているのは、長いノリツッコミである。
ノリィ・マークリー。35歳。ジョージと同じ作品、『少・笑・抄』に登場する刑事だ。原作でもジョージたちが殺人事件に巻き込まれる騒動があり、その捜査にやってきたのがノリィである。
人並外れた洞察力と推理力を武器に、数多くの難事件を解決に導いてきた凄腕の刑事。ノリィに憧れる警察関係者は多いが、恐れる者もまた同様に多かった。その原因はノリツッコミにある。
その名のとおり、ノリィはボケられると条件反射的にノリツッコミを始めてしまう。コント仕立ての一人芝居で、ギャグも満載。そして、ツッコミまでがとにかく長い。
しかも、貶されたり途中で邪魔されると怒り狂って手が付けられなくなるという、誰かを彷彿とさせる特性まで兼ね備えている。
「全員集合! これから敵を強襲する!」
「了解! 相手は?」
「蟻だ」
「蟻?」
「そうだ、蟻だ。ありよりのありだろう?」
「いえ、なしよりのなしです!」
「隊長、どうして蟻を強襲するのですか?」
「奴らは大事なものを奪っていったんだ! 絶対に許せん!」
「何を奪われたのですか!?」
「床に落としたクッキーの欠片だ! 後で拾って食べようと思っていたら、いつの間にか蟻どもが全部持っていきやがった! 畜生め!!」
「そんなくだらない理由ですか!?」
「くだらないとは何だ! 今日のもぐもぐタイムで、全員で分けて食べようとしていたやつだぞ!」
「行きましょう! それは万死に値します!」
「蟻どもの蛮行、許せません!」
「そういうことだ。だから我々は、これから蟻の巣を強襲する。奴らの居場所はもうわかっている」
「どうやって場所を特定したのですか?」
「お前たちは知らないだろうが、あのクッキーは特殊な原料で作られていて、実はFPSの機能がある。その機能を使ったんだ」
「FPS?」
「カーナビにも使われている、位置を特定できる技術のことだ」
「ああ、それならFPSではなく、TPSですね」
「すまん、TPSか。どうも横文字は苦手でな」
「では、早速そこに向かいましょう」
「今回はパラグライダーで行くぞ」
「パラグライダーで?」
「新型機が完成したそうだ。その新型機での出撃になる」
「新型機ですか。それはいいですね」
「今回の新型機には、巨額の資金が投入されているらしい。先端技術の粋を集めて作られた最新鋭機だと聞いている」
「それは乗るのが楽しみです」
「新型のエンジンも搭載されているぞ。これがかなりの高性能で、最高時速は200だそうだ」
「200キロ!? それはすごい!」
「200メートルだ。最高時速200メートル。これはすごいぞ」
「そ、そうですね……」
「燃費も超低燃費で、驚異のリッター500だぞ」
「まさか500メートル……、なんてことはないですよね?」
「当たり前だ! 最新鋭機だぞ、最新鋭機! リッター500センチに決まっているだろう!」
「それは本当にすごいですね……」
「車で言えば軽自動車に相当するエンジンだそうだ。だから、全機に軽油を満タンまで給油させてある」
「隊長、それは間違っています! 軽自動車に軽油を入れるのは非常に危険です!」
「なんだと? 軽自動車だから軽油を入れるのではないのか!?」
「逆です。重機には軽油を入れるように、軽自動車には重油を入れるんです。どちらも軽と重の組み合わせになって、ちょうどバランスが取れます」
「そうか。物知りなお前が言うなら間違いないな。よし、今すぐ重油に入れ替えろ!」
「はい!」
「……終わりました」
「よし、それでは出撃だ。ハッチを開けろ!」
「ダメです、隊長! ここは海の上じゃありません! 水深5000メートルの海底です! 今ハッチを開けたら……!」
「心配するな! これは最新鋭機だと言っただろう! これに乗っている限りは水中でも呼吸や会話ができるし、この水温や水圧にも耐えられる! 俺を信じてついて来い!」
「はい!」
「……本当だ、全然息苦しくない。これなら行けます!」
「よし、このまま一気に浮上するぞ! 全速前進!」
「ゲホゲホ……。喘息、全身が苦しいです」
「どうした? お前は体調が悪いのか?」
「そうです! 隊長が悪いんです! 俺たちをこんな任務に巻き込むから……! ああ、胃がキリキリ痛む」
「大丈夫だ、問題ないぞ。胃がキリキリと痛くなるくらいが、パラグライダーに乗るのに最適な腹具合だ~」
「……隊長、見て下さい! 鳥が水中を泳いでいます! 魚ではなく、鳥が!」
「当たり前だ。ここは地球の裏側だぞ。俺たちの国とはいろいろと逆になっている。向こうが昼ならこっちは夜。向こうが夏ならこっちは冬。向こうの鳥が空を飛ぶなら、こっちの鳥は海を泳いでも不思議ではない」
「なるほど、そういうことですか」
「このパラグライダーもそうだ。向こうでは空中を舞うが、こっちでは海中を進む。今回はパラグライダーを選んで正解だった」
「ところで、隊長。敵はどこにいるのですか? 我々はどこに向かっているのですか?」
「まだわからないのか? パラグライダーだぞ、パラグライダー」
「パラグライダー、パラグライダー、パラグアイダー、パラグ……。あ!!」
「どうだ? わかったか?」
「わかりました! ウルグアイだ~!!」
「正解!!」
「って、違~~~~~う!!」
ノリィは何かを払いのけるような仕草を見せた。
「俺が言ったのは『パラグライダー』ではなく、『腹ぐらいだ』だ。間違えるなよ」
ノリィはしたり顔だ。自分でも満足のいくノリツッコミだったのだろう。
「ノリィさんはやっぱり面白い~。最高~。さあ、行こう~!」
ジョージは上機嫌だ。嬉しそうにノリィの周りを走り回っている。
「……おっさん、さっき謝った理由って、もしかしてこれか?」
ユーシアの問いかけに、ゲンは頭を掻きながら頷いた。
ボケまくるジョージとノリツッコミしまくるノリィ。2人が持つある共通点により、一連の流れを最後まで黙って聞き続ける以外の選択肢はない。これが何度も繰り返される。原作の登場人物たちでさえ閉口したのだから、2人を知らない者ならなおさらだ。
「私、あの人と同じ作品じゃなくて、本当によかったわ……」
「フッ、小説であれをやるとは実に罪深い……。読者には同情を禁じえぬ……」
「あそこまで長々と喋れる奴は、悪魔にもおらんぞ……」
誰もが呆れたような、困ったような顔をしている。
「おっと、こんなことをしている場合ではなかったな」
本来の職務を思い出したのか、ノリィは事件現場となったベッドに大股で歩み寄った。そこには物言わぬ少女がまだ横たわったままだ。
「なるほど、急所を刃物で一突きか……。凶器はナイフか包丁か……。やや包丁の可能性が高そうだな、やや包丁」
明らかに不自然な言葉を並べるノリィ。
「えっ? 八百長? 八百長をお願いしたの?」
「そうそうそう、八百長、八百長。八百長を持ちかけるよ~」
再びノリツッコミに突入するノリィ。隣に居合わせた若い刑事が何か話しかけようとしているのを、別の刑事が2人がかりで止めている。邪魔をするとどうなるか、彼らにはわかっているのだろう。