24 逆鱗
ゲンたちは再び草原にいた。魔方陣の力で瞬間移動させられたのだろう。
少し離れたところに町が見える。ナニワとは明らかに規模が違う。大きくはない町のようだ。
「ちくしょー! ケイムめ、KYかよ! 飯食おーとしてんのに、ふざけんじゃねーぞ!」
ゲンは悔しそうに吐き捨てた。
「……さすがは作者。無事にボブの野望を止めたみたいだね」
空から声が降ってきた。見上げると、やはりケイムの顔が映っている。
「当たり前じゃねーか! 原作どーりの展開なら、オレが間違うわきゃねーだろ!」
「今回はあえて原作と同じ展開にしてみたけど、毎回そうとは限らないから、覚悟しておいてね」
「あ~、空から声が聞こえてくる~。こえ~」
ジョージは相変わらず能天気にギャグを飛ばしている。
「やぁ、ジョージ君、はじめまして。僕はケイムだよ。よろしくね」
「ヨロヨロ、シクシク。ヨロヨロ、シクシク。……都会って怖いから、故郷に帰ろうかな。ちなみに、オイラの故郷は釧路よ、よろしく~」
よろけたり泣きまねをしたり、ジョージはかなり気分が乗っているようだ。会心のギャグだったのか、満面の笑みを浮かべている。
「ジョージ君、そんな全然面白くないダジャレを連発して、楽しいかい? くだらないんだよ、君のギャグは」
「おい、ケイム。オマエ……!」
ゲンの顔色が変わる。ふとユーシアたちのほうに目をやると、同じように顔を引きつらせていた。
「なんやと、ワレェ! ワシのギャグがくだらんやと!? なめとんか、アホンダラァ!!」
ジョージが怒号を放った。表情、人格、口調、声色。あらゆるものが豹変していた。
「降りてこいや、おんどれ! ワシのギャグをコケにしたこと、あの世で後悔させたる!!」
ドスの利いた声で凄むジョージ。鬼のような形相で、空に映るケイムの顔を睨みつけていた。
ジョージはギャグを貶されると烈火のごとく怒る。相手を殴り倒すまでは収まることがない。その強さは驚異的で、原作でも並み居る強敵を何人も張り倒してきた。
だが、空に顔が映っているだけのケイムが相手では、さしものジョージもどうすることもできないだろう。
「まぁまぁ、ジョージ君、落ち着いて。とりあえず僕の話を聞いてよ」
「なんや、言うてみい! 命乞いなら、するだけ無駄やぞ!!」
「そこに作者がいるのは知ってると思うけど、君のそのギャグも僕のこの言動も、すべて作者が考えたことなんだ。ジョージ君のギャグが面白くないとかくだらないとか、僕は作者の考えたセリフをそのまま発言しているだけなんだよ」
「待て、ケイム! オマエ、ふざけ――」
「ワシのギャグを貶したんはおどれか! 死にさらせや、ボケェ!!」
ジョージは一瞬で間合いを詰めてきた。ゲンの頬に激しい痛みと衝撃が走る。
「……ぐえっ!」
ゲンの体が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。痛みで全く動けない。後頭部を激しく打ったせいで、意識が飛びそうになる。
「ジョージ、ウィン! パーフェクト!!」
どこからともなく聞こえてくる天の声。原作にはない演出だ。その声の主がケイムだということに気づかないゲンではなかった。
「まだや! まだ終わらんぞ! 殺したる! おどれの息の根止めたる!!」
ジョージが近づいてくるのを感じながら、ゲンは気を失った。
「……おっちゃん、大丈夫~? オイラ、ずっとおっちゃんの心肺機能の心配、昨日からずっとしてたよ~」
目を開けて最初に飛び込んできたのは、ジョージの人懐っこそうな笑顔だった。
「原作どーりで助かったぜ……」
ゲンは立ち上がると、胸をなで下ろした。怒り狂うと死に関する過激な発言を連発するジョージだが、原作で実際に命を奪ったことは一度もない。そうなる前に怒りが静まり、元の人格に戻る。この世界に来てもそれは変わらないようだ。
「ケイムは?」
空を見回すが、そこにケイムの顔はない。
「ケイムならとっくに帰っていったぞ。これからも自分の考えたシナリオを楽しんでくれと言ってたな」
「ふざけんじゃねー。どこが楽しーのか、小一時間問い詰めてーぜ」
「宝珠のことだけは教えてくれたわ。全部集めると扉の封印が解けて、ケイムが待つマスタールームへ行けるみたいよ」
「鍵じゃねーのかよ。マンドクセーことさせやがるじゃねーか」
ゲンは天を仰いだ。原作でもケイムはマスタールームにいるが、魔王が落とす鍵で扉が開く設定になっていた。
「一部の敵が宝珠を持っているみたいよ。グランツとゼオンは間違いなく持っていると言っていたから、戦闘は避けて通れないわね」
「……当たり前だ。奴らは必ず、儂がこの手で倒す!」
ミトの言葉に反応したのか、いつものようにデビリアンが現れた。
「あ、悪魔だ~。オイラ初めて見た~」
ジョージはデビリアンに駆け寄ると、興味深そうにジロジロと眺めている。
「悪魔ってあくまで魔界が好きってホンマかい?」
「……ジョージ、さっきの動きを見るに、お主はなかなか筋がいい。鍛えればもっと強くなる。儂が稽古をつけてやろう」
「あれれ? 強いもなにも、オイラ、戦ったことなんかないよ? お菓子なら多々買ってるけどね~」
「くだらんダジャレはいい。つべこべ言わずにかかってこい」
「ワシのギャグがくだらんやと!? 死にたいんか、ワレェ!!」
一瞬でジョージは豹変し、デビリアンに殴りかかった。デビリアンはそれを簡単によける。
「ジョージ、怒りに任せて突っ込むだけでは――」
「やかましいんじゃ、ボケェ! その口、二度と開かんようにしたるわ!!」
ジョージの拳が、デビリアンにそれ以上の発言を許さなかった。
「もっと相手の動きをよく見て――」
「ワシに指図するな、アホンダラァ!!」
「少しは儂の話を――」
「聞いたるからまずは死ね! あの世で喋れ! ワシの目の前でほざくな! 目障りなんじゃ、このドアホ!!」
「おい、ちょっと――」
デビリアンの顔には、今まで見たこともないような焦りの表情が浮かんでいた。
「……あれれ? 悪魔のおっちゃん、誰にやられたの? すごく痛そうだけど、オイラが手当致そうか?」
腕を押さえて座りこんでいるデビリアンを、ジョージが心配そうに見下ろしている。
「儂としたことが、こんな無様な……」
デビリアンはうなだれている。完敗だった。相手は手練れの戦士でも歴戦の勇者でもない。ただのギャグ好きの少年だ。
だが、デビリアンに喋る余地を一切与えず、大声で絶えず恫喝しながら、休む間もなく殴りかかってくる。デビリアンの攻撃をよけようとも防ごうともせず、無防備な姿で正面から向かってくる。デビリアンの拳や蹴りを受けても全く怯まず、さらに怒り狂って猛然と突っ込んでくる。
常識の通用しない無茶苦茶な戦い方に、さすがのデビリアンも徐々に追い詰められ、最後は身を守るのがやっとだった。
「恐ろしい強さだな……。俺たちでは歯が立たないな……」
「絶対に怒らせないようにしないといけないわね……」
「フッ、余の下僕をも凌駕するその力、実に興味深い……」
ユーシアたちもジョージの強さに驚きを隠さない。
「悪魔に勝てるくらいだから、相手は天使、魔王、神かな? ……あ、あんなところに辞典が出しっぱなし。あの辞典、しまおうか、みんな~」
ジョージはご機嫌だ。
「悪魔のおっちゃんの血って何色? 赤? 青? 黒? 青い血は美味だと聞いたことあるよ。飲んだらみんなこう言うんだって。あー、おいち~!」
ジョージは立て続けにギャグを飛ばす。
「おっちゃん、悪魔の力でビル壊せる? 悪魔の力でええもん作れる?」
「……そんなことより、早くあの町まで行こーぜ。飯が食いてーぜ」
空腹に耐えかねたゲンが一行を促す。が、次の瞬間、自分が犯した過ちに気づいた。
「そんなことやとぉ!? ワシのギャグをなめとんか、おんどれは!!」
ジョージの怒声が響いた。
ギャグを貶すのはもちろんだが、邪魔したり遮ったり、軽んじるような発言も禁物だ。そんなこと呼ばわりがジョージの逆鱗に触れたことは想像に難くない。
「死にさらせや、アホンダラァ!!」
ゲンの体が再び宙を舞った。