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23 最初の宝珠

「やっと着いた……」

 ゲンはやっとの思いで楽屋まで帰ってきた。疲れ果てていた。本来なら数分の距離だが、その何倍もの時間がかかってしまった。原因はもちろんジョージだ。

 ジョージがギャグを飛ばす、ケールが笑い転げる、の繰り返しで足が止まり、遅々として進まなかった。最後にはゲンがケールを背負うようにして、どうにかここまで移動させたのだ。


「……待たせたな、サム」

 気を取り直して、ゲンたちは部屋に飛び込んだ。敗色濃厚なサムの姿が目に入る。片膝を着いて苦しそうなサムに対し、ボブはサムの頭上に覆いかぶさるような体勢で、余裕に満ちた表情を浮かべていた。

「……ボクサーは、僕さー!」

「タクシードライバーは、わたくしー!」

「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」

 ケールの笑いで、部屋の中にしらけた雰囲気が漂う。笑い転げていたユーシアたちも、一瞬にして冷静になる。

「……雉の記事!」

「ワシの鷲!」

「グへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ!!」

 ケールの笑いが、部屋中を一瞬でしらけさせる。

「……センスのいい扇子!」

「扇を使った奥義!」

「ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ!!」

「……やっぱり岩はいいわ!」

「私は石でもいいし!」

「ケーッケッケッケッケッケッケッケッケッケッケッケッケッケッケ!!」

「……ハコベを運べ!」

「セリを競り落とせ!」

「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!」

「……ミーの負けだ。毎回毎回しらけさせられては、とても勝ち目はない」

 ボブは悔しそうに両手を上げた。




「続きましては、エントリーナンバー15番、『3ボケ』のみなさんです!」

 観客の拍手に出迎えられながらステージに登場したのは、タキシードを着込んだ3人の男だ。1人は中年、1人は青年、もう1人は少年。観客の目には、かなりアンバランスな取り合わせに見えたことだろう。

「ボケ担当、サム!」

「ボケ担当、ボーク!」

「ボケずに笑うだけ、ケール!」

「3人合わせて……、3ボケ!!」

 サムが真ん中、残り2人がその左右で、思い思いのポーズを決めていた。

 ボークとはもちろんボブのことだ。正体を隠すため、あえてボーク・ゼブットを名乗っている。あごひげを剃り、サングラスをかけ、声色も少し変えているようだ。


「早速だが、俺の渾身のギャグを聞いてくれ。……布団が吹っ飛んだ!!」

 いきなりサムのギャグが炸裂する。そのあまりの寒さに、観客は一瞬にして凍り付いた。

「おいおい、ユーは布団しか飛ばせないのか? ミーは他のものも飛ばせるぞ。……フットバスを吹っ飛ばす!!」

 ボブが声高らかにギャグを飛ばす。会場内の氷はすべて瞬時に消え、観客たちは爆笑の渦に包まれた。誰もが腹を抱え、涙を流して笑い転げている。

「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 ケールが狂ったように笑う。笑い終わった時には、観客は静まり返っていた。しらけた雰囲気が会場を覆っていた。

「やるな。ならこれはどうだ。……敷布団が一式ぶっ飛んだ!」

「やれやれ。また布団……。ユーは本当に褥が好きなしと(人)ね~」

「クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス!!」

「それなら、これはどうだ。……毛布類はもう古い!」

「ユーのそのギャグ、リズムネタにして歌うといいんじゃないか? ……寝具だけに!」

「カーッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカ!!」

 凍り付く、笑い転げる、しらける。一連の流れが繰り返された。


 サムたち3人は、一般人限定のお笑いコンテストに飛び入りで参加していた。もちろんゲンの提案だ。折しも第1演芸場で開催されていたのだ。

 台本やネタ合わせ等は一切ない、ぶっつけ本番の完全な即興。サムはとにかく思い付いたギャグを飛ばし、ボブは臨機応変に対応してギャグを返し、ケールはただひたすら笑うだけ。この3人だからこそできる芸当だ。


「いいだろう。……♪布団が~、布団が~、布団が吹っ飛んだ!! お前のカツラも吹っ飛んだ~!」

「吹っ飛んだのはミーのカツラか~、つら~!」

「オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ!!」

「♪毛布類はもう古い~。お前のギャグも、もう古い~」

「それは大変だ。ミーのギャグを篩にかけるぞ!」

「クククククククククククククククククククククククククククククク!!」

「♪枕の中は真っ暗~。お前の人生もお先真っ暗~」

「それじゃ、今のうちに人生を楽しみまっくらないとな!」

「ヒャーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!」


「……ボブのやつ、なかなかやるじゃねーか」

 3人のネタを静かに見守っていたゲンが呟く。原作と同じく、ボブがサムのギャグをうまくさばいているおかげで、即興とは思えないネタになっている。爆笑王の面目躍如だ。

「みんな、すごいね~。オイラもギャグを披露したいけど、疲労しちゃいそう~」

 ゲンの隣でジョージは楽しそうだ。サムのギャグで凍ることはなく、ボブのギャグで笑い出す前にケールの笑いで元に戻るため、ほとんど影響を受けていない。

 ユーシアたちは相変わらず、凍り付いたり笑い転げたりしらけたりと忙しい。


「……リズムネタは俺の性に合わん。いつもどおりが一番だ。布団が吹っ飛んだ!!」

「何やってるの! あの布団には、へそくりを隠しておいたのよ!」

「けたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけた!!」

「へそくりか。へ~、そっくりだな~!」

「そうなのよ。うちの子、お隣のご主人にそっくりなのよ~!」

「ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!!」

「何か聞こえてきたぞ。お隣の音なり~!」

「そういえば、お隣のお子さんは、あなたによく似てるわよね~!」

「フッフッフッフッフッフッフッフッフッフッフッフッフッフッフッフ!!」

「お子さんは起こさんようにな!」

「あ、起きた。ネタ中に寝た沖田が起きた!」

「うっしっしっしっしっしっしっしっしっしっしっしっしっしっしっし!!」

 3人の即興のネタは順調に続いていた。




「オマエら、やるじゃねーか!」

 ゲンたちは3人を労った。結果はもちろん優勝。2位以下を大きく引き離す、圧倒的な勝利だった。

 プロ顔負けとも評されたその実力に、早速大手事務所から声がかかった。そこはボブが生前に所属していた事務所だったということは、単なる偶然ではないだろう。

「すごいね~。オイラ、感動しちゃったよ。だから、息子を勘当しちゃったよ」

 ジョージもご機嫌だ。

「やめてくれ。それほどでも……、あるぞ」

「確かにユーはすごかった。ユーのおかげで勝てたと言っても過言だ」

「ワーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 一連の言動で、ユーシアたちは相変わらず凍ったり笑い転げたりしらけたりしている。


「コンビ2の2人はもーいねーし、これからはオマエらの時代だ。オマエらなら余裕でお笑い界を席巻できるぜ」

 ゲンは嬉しそうだ。原作どおりなら、3人はすぐに押しも押されもせぬ大スターになるだろう。

「石鹸にもいろいろあるが、俺は泡立ち重視だな。香りはどうでもいい」

「ミーは味重視。利き石鹸では外したことがないぞ。当てたこともないけどな」

「ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!!」

「オイラは石鹸とゼッケンを接見に持っていく~」

 ジョージも大はしゃぎだ。


「ああ、そうだ。ユーたちにこれをやろう。ミーには必要ない」

 そう言ってボブがポケットから出したのは、青く透明な小さな球体だった。

「ん? それ、もしかして――」

「……水の宝珠ね!」

 ミトの手が伸び、その球を奪い取っていった。水の宝珠。ミトの世界に登場する、異界の力を封じた6つの宝珠の1つだ。


 村の宝である風の宝珠が、帝国軍に奪われるところからミトの物語は始まる。

 かつて異界の扉が出現し、多くの魔物が攻め込んできた。勇敢な6人の戦士たちが侵入者を退け、命と引き換えに扉も破壊した。そのときに異界の力を封じ込めたのが、6つの宝珠だと言われている。火、水、風、土、光、闇の名を冠して呼ばれ、それぞれの出身の地で厳重に管理されていた。

 だが、異界の力を求める皇帝の命により、すべての宝珠は奪われてしまうのだった。


「ボブ、どーしてオマエが宝珠を持ってんだ?」

「その小さい球を持っていたからこそ、ミーはこうして甦ることができたんだ。たまちいさい入手(魂再入手)したから!」

「ププププププププププププププププププププププププププププププププ!!」

「……というのは冗談で、単なる偶然だ。たまたまだ。球だけに!」

「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

「……というのも冗談で、急にミーの前に現れたんだ。球だけに!」

「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!」

「……というのもやっぱり冗談で、敵を倒して手に入れたんだ。敵はもちろん9体。球体だけに!」

「ホーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホ!!」 

「……というのも冗談で、本当は……」 

 とどまることを知らないボブのボケに、ゲンも呆れるしかなかった。




 サムたちと別れて外に出ると、もう日は大きく西に傾いていた。いつの間にかかなりの時間が経過していたようだ。

「そーいや何も食ってねーな」

 ゲンの腹が大きな音を立てて鳴ったのはその時だった。

「お! なかなかお腹って鳴らないけど、鳴ったらハラハラするよね~」

 ジョージはご機嫌でギャグを飛ばす。楽しそうだという理由だけで、結局ゲンたちについてくることになったのだ。

「ここはめちゃくちゃでけー町だから、いろんなうめーもんが食えるぞ。早速食いに――」

 ゲンの言葉がそこで止まる。足元に大きな魔方陣が出現しているのが見えた。

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