22 人探し
最初に入ったのは第5演芸場だった。入り口付近まで立ち見客であふれている。壇上では、派手な見た目の2人の女性が漫才を披露していた。
「……うちな~、最近ちょっと痩せたねん」
「へ~、そうなんや。よかったやん。で、どのくらい?」
「2や、2」
「2トン?」
「そうそうそう、うち2トン痩せたねん。でも、もっと痩せんと部屋の床が抜けるわ~……って違うわ! なんでやねん!」
会場から笑いが巻き起こる。
「ハズレか~。残念やわ~」
「正解は、2ヨクトグラムや」
「ヨクトグラム!? 何なん、それ? そんな重さの単位あるん? 初めて聞いたわ~」
「なんでや、ちゃんと台本に書いてあったやろ! うちも台本で知ったわ!」
「台本とか、いらんこと言わんでええから!」
再び会場を笑いが包む。
「そういうあんたこそ、ちょっと痩せたんと違う?」
「わかる? あたしも痩せたんやで~」
「どのくらい?」
「3やねん、3」
「3ヘクタール!」
「畑か、あたしは! それは広さや、広さ! 3ヘクタール痩せました~って、聞いたことないやろ!」
「3カラット!」
「3カラットか~。ダイヤなら嬉しいねんけど、減った体重がそれやったら微妙やわ~」
「3デシベル!」
「体が軽くなったせいで、歩く足音が3デシベル小さくなりました~。3デシベル痩せました~、……って、おかしいやろ!」
「3ミリバール!」
「ミリバール?」
「ミリバールや、ミリバール。学校で習ったやろ。うちら同じクラスだったやん!」
「待って! 今の若い子らはみんなヘクトパスカルで習っとるねん! あたしら年齢非公表にしとるのに、ミリバール言うたら年齢バレるやん!」
畳みかけるような小気味よい掛け合いに、会場は爆笑の渦に包まれていた。あちこちで拍手も巻き起こっている。
「……ここにはいねーようだな。次行くか」
ゲンは踵を返した。会場を見渡すまでもなく、ここに目的の人物がいないことはすぐにわかった。
次に入ったのは第4演芸場。ここも立ち見が出るほどの盛況ぶりだ。
だが、会場は静まり返り、ただ演者の声だけが響いている。ラフな格好をした若い男が、壇上でネタを披露していた。
「もしかしたらここにいるかもしんねーな」
ゲンは耳をそばだてた。
「……俺は4番打者。自分で言うのもなんだが、球界屈指の強打者で、打率だって4割を超えてる。それなのに、さっき監督に言われたんだ。今回獲得した助っ人のほうが俺より打つから、明日からそいつが4番だって。納得がいかない俺は、監督に聞いたんだ。その助っ人はどのくらい打つのかって。そしたら、監督、何て言ったと思う? 九分九厘打つ、だぜ、九分九厘。それを聞いて、俺は呆れたぜ。むしろ、監督が哀れに思えてきたぜ。打率4割2分5厘の俺と、打率9分9厘の助っ人。どっちがよく打つかは、子供でもわかるよな。それなのに、監督にはわからないんだぜ。恥ずかしいよな。ろくに勉強もせず、野球ばっかりやってきたからだな。いいか、野球少年のみんな! 確かに練習は大事だけど、勉強もしっかりやろうぜ! 打率の大小もわからないような大人にはなるなよ! ふにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!」
最後の奇妙な表情と仕草で、やっと会場に笑いが起きた。
「……俺は売れない役者。夢を叶えるため、両親を田舎に残して上京してきた。いつものように稽古に励んでいたある日、母から電報が届いた。そこにはこう書かれていた。チチキトク、スグカエレ。風邪一つひいたことのない父だったから、すぐには信じられなかった。俺は慌てて田舎に帰った。帰ってみると、父がたくさんの犬や猫と元気そうに遊んでいた。母が言うには、父は捨て犬や捨て猫を見ると放っておけず、既に20匹以上拾ってきているらしい。生活に余裕はなく、エサ代もバカにならないというのに、それでもかわいそうだという理由でどんどん拾ってくるらしい。父の奇特な姿を見てもらいたくて、俺にあの電報を……。って、そっちのキトクかよ! 母ちゃん、紛らわしい電報送ってくるな! ふにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!」
ネタでの笑いは皆無。最後の滑稽な決めポーズで、やっとまばらな笑いが起きる。
「……ここにもいねーな」
ゲンは会場を出た。客席の反応から、ここにいないこともすぐにわかった。
「……どこにもいねーじゃねーか。ここにゃいねーのか?」
ロビーにある案内図を見ながら、ゲンは呟く。館内をすべて見て回ったが、見つけられなかった。特徴的な言動のため、いれば簡単に見つけられるが、どの部屋でも遭遇しなかった。
「もしかして、町中を探し回るパターンか? そりゃ無理ゲーじゃねーか!」
「……おっちゃん、人探し? その人、佐賀市出身? その人さ、がっしりしてる ? オイラも手伝おうか?」
不意にゲンは背後から声をかけられた。
「その声は、ジョージ(CV:川口りえる、キレると松波紘孝)じゃねーか? ……やっぱりな」
振り返ると、人懐っこい笑みを浮かべた少年が立っていた。
ジョージ・ギャーグ。11歳。『少・笑・抄』の主人公で、ギャグをこよなく愛する少年だ。相棒のダイとともに世界各地を漫遊し、行く先々で常時ギャグを連発している。不世出のワンスを持ち、その絶対値はサムをも上回る。原作では、サムのギャグで凍らない唯一の存在だ。
「おっちゃんは、なんでオイラのこと知ってるの?」
「オレは作者なんだから、当たり前じゃねーか。オマエの生みの親だぞ」
「そうなんだ~。じゃあ、山の親もどこかにいるんだね」
「そーだな、どっかにいるかもしんねーな」
「海の親には会ったから、次は山の親に会いたいな~」
ジョージはご機嫌だ。
「ジョージ、ケール(CV:江藤るり子)がどこにいるか知らねーか?」
「ケールのお兄ちゃんなら、さっき外で見たよ。音も出ちてないのに、お友達に囲まれてたよ」
ジョージは屈託のない笑顔で答える。
「オレはケールに用がある。そこに案内してくれ」
「あんな~、いい? あんないい案内、オイラにはできないかもしれないよ?」
「オレは気にしねーよ」
「よかった~」
ジョージは駆けだした。ゲンはため息を一つ漏らすと、そのあとを追いかけた。
建物の裏手、人目に付きにくい場所で、一人の少年が男たちに囲まれていた。少年は今にも泣き出しそうな顔で、ブルブルと震えていた。
男たちは逆立てた髪を派手な色に染め、一様に黒い服を身にまとい、たくさんのアクセサリーを身に着けている。顔の至るところにピアスを付けた者もいる。
「ケールのお兄ちゃん、まだお友達に囲まれてるね~」
「囲まれても嬉しくねーお友達じゃねーか……」
ゲンがそう呟くのと、少年と目が合うのとは同時だった。その目が明らかに何かを訴えかけている。
「あぁ? なんだテメーら? ジロジロ見てんじゃねぇぞ!」
男たちの視線が、一斉にゲンたちに集まる。
「文句あんのか、コラ? テメーらも一緒にかわいがってやるぜ!」
男たちが近づいてくる。やっと恐怖から解放された少年は、その場に座りこんでいた。
「ここはとりま逃げ――!」
振り返ると、そこにも男たちが立っていた。ナイフや鉄パイプ、鎖などをこれみよがしにちらつかせている。
ゲンたちは完全に取り囲まれていた。男たちはニヤニヤと笑いながら、少しずつ距離を詰めてくる。
「これはオワタか……? 詰んだか……?」
「お兄さんたち、いい武器持ってるね~。その得物、ええものだね~」
ジョージは能天気にギャグを飛ばした。
「あぁ? クソガキが、くだら――」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
少年の笑い声があたりにこだました。そのあまりの笑い声に、その場にしらけた空気が流れる。
「槍をもらったよ。やり~~~!!」
少年の反応に気をよくしたのか、ジョージはさらにギャグを飛ばす。
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
少年は笑い転げた。
「銃で敵を殴ったよ。ガン!!」
「おーほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ!!」
少年はまるで気が狂ったかのように笑い続けている。
「……なんかしらけちまったな。行こうぜ」
男たちはそそくさとその場を去っていく。
「命拾いしたな……、あいつら」
ゲンが呟く。もしこの場に少年がいなかったら、「くだら」の先を口走っていたら、あの男たちがどうなっていたかは想像に難くなかった。
「ここで刀を買ったな~」
「かんらからからかんらからからかんらからからかんらからから~~!!」
「斧をなくしちゃった。オーノー!」
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
ジョージのギャグに、少年は常軌を逸した大笑いで応えていた。少年が笑うたび、周囲はしらけた雰囲気に包まれる。
「……ケール、オレたちに力を貸してくんねーか?」
ゲンは少年に話しかけた。
ケール・ホワイト。15歳。『少・笑・抄』に登場する、お笑いが大好きな少年だ。笑いのツボが異様に浅く、どんなギャグにでも大笑いしてしまう。笑い声も毎回異なり、その尋常ではない笑いによって場の雰囲気を一瞬でしらけさせてしまう力を持つ。どんなに盛り上がっていても、ケールの笑い声を聞くだけで場は静まり返るのだ。
ゲンはジョージとケールを引き連れて、サムのいる楽屋へと急いだ。