21 ダジャレ対決
お読みいただき、ありがとうございます。
サブタイトルにもあるとおり、今回は大量のダジャレが出てくるお話となっております。
嫌いな方はご注意ください。
「ハハハ……。ミーは復活したぞ……」
キラキラと光り輝く派手な衣装を着た男が笑っていた。立派なあごひげを蓄えている。
ワライオとマザインの姿はどこにもない。部屋中の氷もすべて消えている。
「……おっさん、さっきの悲鳴は何なんだ!? 大丈夫か!?」
ユーシアたちが部屋に飛び込んできた。ワライオたちの絶叫が廊下まで聞こえたのだろう。
「見てのとーりだ。ボブ(CV:小比類巻啓一)が復活しやがった」
ゲンは男を顎で指した。
ボブ・クーゼット。享年50歳。『少・笑・抄』に登場する、往年の爆笑王だ。斬新なネタと圧倒的な話術で、かつてお笑い界の頂点に君臨し続けた時代の寵児。不慮の事故で命を落としたが、その名は今もなお語り継がれている。
世界中を笑わせるという志半ばで散ったボブは、いつか甦りたいという執念を燃やし続けていた。人々の笑い声を大量に集めれば復活できると知ったボブは、最も笑いを取れるであろうコンビ2の2人をけしかけたのだ。ボブに心酔する2人が、その依頼を断るはずがなかった。
指示どおり多くの笑いを集めた2人は、最後は自分自身の命すら差し出した。そして今ここに、爆笑王ボブ・クーゼットが復活したのだ。
「あの2人を始末する手間も省けた。ミーを超える芸人は、もうこの世界にはいない。誰もミーの野望を止められない」
「爆笑王ボブ! 復活の目的は何だ? 再びお笑い界の頂点に返り咲くつもりか?」
サムが問いかける。
「お笑い界の頂点? 今さらそんなものに興味はない。ミーが欲しいのは、この世界のすべてだ。ミーは向こうの世界で過酷な修行に励み、ギャグにさらなる磨きをかけ、強大な力を手に入れた。この力があれば、世界征服も可能だろう。ミーは笑いで世界を征服するために、ここにこうして復活したのだ」
「させるか! 布団が吹っ飛んだ!!」
サムのお決まりのギャグが炸裂した。
「うわっ、ちょっと待って――!」
逃げる間もなく、ユーシアたちは呆気なく凍ってしまった。部屋の中も一瞬にして氷に閉ざされた。
「なるほど。確かにすごい力だ……」
ボブも膝のあたりまで凍っているが、その表情に焦りの色は見られない。
「だが、ユーはミーに勝てない。……布団が吹っ飛んだ!!」
ボブがそう叫ぶと、部屋中の氷が一瞬で消え去った。
それだけではない。氷の呪縛を解かれたユーシアたちが、今度は腹を抱えて笑い転げている。
「なんだと……、うっ!」
サムの顔が苦しそうに歪む。手で口を押さえている。こみ上げてくる笑いを必死にこらえているのだろう。
「ミーが手に入れたのは、ワンスなき者を文字どおり抱腹絶倒させる力だ。ミーのギャグを聞けば、笑い転げずにはいられなくなる。そして、一度笑ったが最後、やがて腹筋がねじ切れて死に至る。まさに最強の力だ」
ボブは勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
「くっ……。布団が吹っ飛んだ!」
再びサムが吠えた。こみ上げてくる笑いを、自分のギャグで打ち消した。
部屋が凍り付く。ユーシアたちも笑い転げた姿勢のまま凍ってしまった。
「無駄だ。布団が吹っ飛んだ!」
ボブの一言で氷が消え去る。ユーシアたちは再び笑い転げた。サムも笑いをこらえている。ゲンだけが涼しい顔だ。
「バカな……。俺の氷を打ち消せるとは……」
サムは驚きを隠さない。ワンスの絶対値で下回る相手に氷を打ち破られることなど、全くの想定外だったのだろう。
ボブのワンスは推定で97。それより低い者を問答無用で笑わせる。ワンスの絶対値がその抵抗力を示し、高いほど笑わせるのに時間がかかる。推定マイナス98のサムがどうにか耐えていられるのはそのためだ。
「もう一度だ。布団が吹っ飛んだ!」
「無駄だ。布団が吹っ飛んだ!」
2人の応酬は続く。室内が凍ったり戻ったりと目まぐるしい。ユーシアたちも固まったり笑い転げたりと忙しい。
「……このままでは同じことの繰り返しで、埒が明かない。どうだ、ミーとダジャレ対決をしないか?」
ボブは自信満々に対決を申し込んできた。
「犬が往ぬ!」
サムのダジャレで部屋が凍り付く。
「猿が去る!」
ボブのダジャレで氷が消える。
「アルミ缶の上にあるミカン!」
「レモンの入れもん!」
「梅はうめぇ!」
「竹はたけぇ!」
「あいつ、オタワにおったわ!」
「じゃあ俺は、小樽におったる!」
2人のダジャレが真正面からぶつかり合う。これがボブの言い出したダジャレ対決だ。ネタが尽きれば終わり。ボブが凍るか、サムが笑い転げるまで戦いは続く。
しかも、ボブはハンデ付きだ。絶対的な自信があるのか、サムと同じテーマでダジャレを返すと言い出した。野菜なら野菜、動物なら動物、地名なら地名。思いつかなければ何も言わない。すなわち、潔く負けを認めて氷漬けにされるつもりのようだ。
なお、『少・笑・抄』はギャグ小説であり、世界観という概念はないに等しい。ダジャレが何でもありの内容になっているのはそのためだ。
「今は居間にいろ!」
「キッチンをきちんとしろ!」
「チャイナに行っちゃいな!」
「イタリアに行ったりぃや!」
「薔薇がバラバラになる!」
「蘭が爛々と輝く!」
「このご飯を食ったら爆発したぞ。加薬ご飯だけに!」
「この野菜を食ったら口が切れたぞ。葉物野菜だけに!」
「掘っ建て小屋でホタテを食べる!」
「アサリはとてもあっさりしている!」
「アーカンソー州に行ったらあかんそうだ!」
「でも、アリゾナ州に行くのはアリぞな!」
「俺が豆板醤を買ってくる当番じゃん!」
「これがコチュジャンをうまく作るコツじゃん!」
「アスタロトが、明日タロット占いをする!」
「今日はアスモデウスと遊んだ。もちろん、明日もで~す!」
「散髪屋で三発殴られた!」
「理髪店で利発そうな子供を見た!」
「旧作50円、準新作100円、新作1000円? 高すぎ新作!」
「みんな、着飾ったか? 気取ったか? よし、行こう!」
「『あ、トルストイが躍ってる』『あんな華麗にな!』」
「『あ、ドストエフスキーが苦しんでる』『吐く血!』」
「『4×4=?』『身中の虫!』」
「『3×4=?』『水明!』」
「福井の人が腹囲を測る!」
「三重の人が見栄を張る!」
「王子様の大好物は、プリンっす!」
「プリンセスは、悩みを胸に秘め気味!」
「外は雨だけど、このくらいなら大丈夫。稚児往ねるわ、依然として風は強いけど!」
「あ~、いいね~、暗いね~。なぁ? はぁ、トム、ジーク、真面目に仕事しろ!」
「トマトを切るからちょっと待とうね!」
「レタスにこれ足すとおいしくなるよ!」
「あの蜘蛛、敵のスパイだー!」
「蝉を殺したら死刑だ!」
「廊下を走ると老化が始まる!」
「階段を上ると怪談が始まる!」
「『そんなに急いで、どうした?』『だって、クレルモン教会会議に遅れるもん!』」
「『そんなに慌てて、どうした?』『それは、クルセイダーがやって来るせいだー!』」
「パンダの好物はパンだ!」
「ラクダに乗ると楽だ!」
「杜甫が徒歩で帰る!」
「王維が王位を継ぐ!」
「金曜の夕食のおかずは、やっぱりフライでないとな!」
「土曜の夜に何やってんだ! そんなの正気の沙汰でないと思うぞ!」
「アマリリスの花を折ったくらいで、あまりリスを責めないで!」
「うちの家族はアネモネが大好き。私も母も、そして姉もね!」
「バッタが、敵をバッタバッタと倒していく!」
「キリギリスが勝ったけど、正直ギリギリっす!」
「日曜に日用品を買う!」
「火曜に歌謡曲を歌う!」
「土の精霊って、濃い霧の中にいるんだろ? ノームだけに!」
「水の精霊はやっぱり泳ぎがうまい。他の精霊との差は雲泥ね!」
「チョッキを着たまま直帰!」
「ベストを着るのがベスト!」
「『このユーグレナ、いつ買った?』『昨日の夕暮れな!』」
「『スピルリナ買ったあの女、誰?』『すっぴんルリな!』」
「銘々の姪を紹介する!」
「甥たちの生い立ちを紹介する!」
「ハニカム構造を見て、はにかむ!」
「モノコック構造を見に、何人ものコックが来た!」
「海に入ったら膿が出た!」
「川に入ったら皮がむけた!」
「ハンググライダーを始めて、2年半ぐらいだ~!」
「パラグライダーをやるにはちょうどいい腹具合だ~!」
「うちの愚息、具足集めが趣味!」
「うちのドラ息子、ドラムすこ!」
「兄さん、この礼服を着て、三顧の礼の意味を三個の例を挙げて説明して!」
「俺の遠縁の近井という男が、当園の地階で桃園の誓いについて講演する!」
「新婦が神父と話してる!」
「新郎が心労で倒れる!」
「あの店で麻婆茄子を食べたら、まぁ、ボーナスが全部飛んだわ!」
「あの店の麻婆豆腐を食べたけど、まぁ、暴動不可避な味だったわ!」
「一位は新潟県、二位が他県!」
「長崎県の長さ、危険!」
「点対称な天体ショー!」
「線対称な戦隊ショー!」
「海豹の背中にあるのは痣らしい!」
「膃肭臍を海に落っとせ~!」
2人の息詰まる攻防が続く。徐々に優位に立ち始めたのはボブだ。ハンデを全く感じさせず、サムの攻撃を瞬時に返す。一方、サムがダジャレを言うまでの間隔が、少しずつ長くなっていた。
部屋は氷が現れると消えるの繰り返し、ユーシアたちは凍り付くと笑い転げるの繰り返し。作者という特性上、ゲンだけは一切の影響を受けていない。
「キョーヘイとけいいちの掛け合いはやっぱすげーな。ダジャレなのに無駄にイケボ。こりゃたまんねーな。原作を忠実に再現するあたり、ケイムめ、わかってんじゃねーか!」
ゲンは一人で盛り上がっている。
「原作どーりっつーことは、あいつを連れて来ねーとな。ユーシアたちもサムもいつまでもつかわかんねーし、急がねーと!」
ゲンは楽屋を飛び出した。ゲンでは2人の戦いを終わらせることはできない。サムの氷なら割れるが、ボブの抱腹絶倒を打ち消すすべを持たないのだ。
原作には、ボブに対抗できる人物が存在する。その人物がいれば、すべてが丸く収まるだろう。原作どおりだとしたら、この会館のどこかにいるはずだ。