19 絶望
「でも、僕も鬼じゃない。今回は特別に忠二君を助けてあげるよ。まだ序盤だし、こんなところで仲間を失うのは辛いよね。それに、君たちはこれから何度もピンチに陥ることになるから、命を落とすのはその時でも遅くないよね」
ケイムがそう言い終わったと同時に、突然目の前に敵が現れた。スライムが1匹だけ。全く動くこともなく、無防備な姿をさらしている。
「さぁ、その敵を倒してよ。聖なる秘薬エクリシルを落とすから」
「ふざけんな! そんな簡単に手に入りゃ苦労――」
ゲンの言葉が止まる。ユーシアの攻撃で絶命した敵が消えたあとに、小さなビンが残されているのが見えた。
「……ラベルにエクリシルと書いてあるぞ」
「金色に光っていて、きれいな液体ね」
「貴重な薬がこんな簡単に手に入るわけねーだろ! どちゃくそ怪しーじゃねーか! どう見ても罠です。本当にありがとうございました」
ケイムの性格を知るゲンには、とても本物だとは思えなかった。
「信じる信じないは君たちの自由だけど、人の厚意は無駄にしないほうがいいよ。それは間違いなく、聖なる秘薬エクリシルだよ。シナリオを書き換えて、ナニワで起きるイベントを変更したんだ。本来やってもらうはずだった金策イベントは、また別のところでやってもらうかもしれないから、楽しみにしててね」
「ふざけんじゃねー! いーかげんに──!」
「……おっさん、いいから忠二をおろしてくれ」
ゲンたちは忠二を横たわらせると、エクリシルをその口に少しずつ流し込んだ。
「フッ、愚かな……。この程度の毒で余の命を奪えると思ったか……」
不敵な笑みを浮かべながら、忠二は空を見上げている。忠二の体は完全に癒えていた。毒が消え去っただけではなく体力も全回復し、血で汚れたズボンまで元に戻っている。
デビリアンの姿は既にない。忠二が回復するなり、嬉しそうにその体内に消えていった。
「治ってよかったね、忠二君。でも、もう次はないよ。これからも厳しい戦いが続くと思うから、覚悟しておいてね」
「フン、愚かな……。卿こそ覚悟しておくがいい……」
忠二は吐き捨てるように呟いた。
「ケイム! オレたちを助けたこと、後悔してもしらねーぞ!」
「大丈夫だよ。どうせ最後には、君たちは全員死ぬんだから」
「なんだと!?」
ゲンたちは驚きの声を上げずにはいられなかった。
「君たちはグランツを倒せば終わりだと思ってるかもしれないけど、それは違うよ。『ゲームマスター』と同じで、この世界の真のラスボスは僕なんだよ。僕はこの世界に君臨する絶対君主。誰も僕を倒せないよ」
「原作じゃ、オマエはハルトたちに倒されてんじゃねーか!」
「君が考えたシナリオではそうかもしれないけど、このシナリオは僕が書いてるんだ。自分が負けるような結末にするわけがないよね。君たちはもしかしたらゼオンやグランツには勝てるかもしれない。でも、僕には絶対に勝てないよ。だって、そういう設定だから。そういうシナリオだから。それに、万が一の番狂わせが起きないように、ハルトたち4人はこの世界には呼んでないんだ。だから、この世界に僕を倒せる者は存在しないんだよ」
ケイムは楽しそうに笑った。
「これはいきなりすごい展開になったな……」
「一瞬で夢も希望も打ち砕かれた感じね……」
「なるほど、そこまでして余を消したいか……」
ケイムの爆弾発言に、ユーシアたちも戸惑っている。ケイムがこの世界のすべてを司っていることは疑いようがない。その口から出た発言であれば、信憑性は極めて高いだろう。
「ケイム! オマエを生み出したのはこのオレだ! オレが死ねば、オマエも死ぬんだぞ!」
「それなら死んでみるといいよ。確かに僕を生み出したのは君だけど、君は僕が作り出した世界の中にいる。この世界では僕がルールブックだし、シナリオも僕が書いてる。君たちが全滅しても、僕だけは生き残れるんだよ」
「くそっ! ふざけんじゃねーぞ!」
ゲンは悔しそうに叫んだ。
「さっき、トリプルHのみんなに冒険をしてもらうためにこの世界を作ったと言ったけど、あれは表向きの理由だよ。本当の理由はね……」
ケイムの顔から笑いが消えた。明らかに目つきが変わったのがわかる。
「僕以外のキャラクターたちを集めて、皆殺しにするためだよ。弱いくせに、みんな目障りなんだよね。僕は世界を作れる。でも、他の連中は作られた世界を冒険することしかできない。強いと言われてる富雄君やレガート君、バジル君なんかも、世界を作れない時点で雑魚なんだよ。君はたくさんのキャラクターを生み出したけど、僕以外は全員ゴミだということを教えてあげたくてね。目の前で主人公たちが無様にやられていくさまを、その目に焼き付けるといいよ」
勝ち誇ったようなケイムの声が、雨のように降り注いだ。
「ケイム! ディスるならオレだけにしろ! こいつらは関係ねーだろ! ユーシアも! ミトも! 忠二も! デビリアンも! みんなオレの誇りだ! オレが自信をもって作り出したキャラだ! 富雄も! レガートも! バジルも! 他のやつらも! オレみてーなキモオタヒキニートに作り出されたと思えねーほど、みんなすげーキャラだ! オマエなんかにゃ負けねーよ! だから、二度とゴミ呼ばわりすんじゃねーぞ、ヴォケが!!」
ゲンは顔を真っ赤にして叫んだ。
「おっさん、言うじゃないか」
「たまにはいいこと言うのね。感動したわ」
「フッ、喜べ……。卿も余の誇りだ……」
ゲンの熱い思いに感動したのか、ユーシアたちの顔に笑顔が戻った。ミトは小さく手まで叩いている。
「当たり前じゃねーか。この世界に来て、城に閉じ込められたりビンタくらったり散々だったからな。これ以上やられたらたまったもんじゃねーし、あの程度の社交辞令でオマエらの気が晴れるなら安いもんじゃねーか」
「本心じゃなかったんだな……」
「さっきの感動を返してほしいわ……」
「なるほど、誇りではなく埃だったか……」
ゲンの正直な告白に、場の空気が一気に白けていった。
「ははは、やっぱり君は面白いね。その調子で、死ぬまで僕を楽しませてよ。いつ死ぬかは君のがんばり次第だから、結果を楽しみにしておくよ。じゃあね」
「待て、ケイム!!」
ゲンが叫んだ時には、空に映るケイムの姿は既に消えていた。
「ちくしょー! とんでもねーことになっちまったじゃねーか!」
「ケイムの言うとおりなら、俺たちはどうあがいても勝てないな……」
「まさかこんなことになるなんて、思いもしなかったわ……」
「フッ、酔狂な……。苦しめるために、わざと余を助けたか……」
ゲンたちの表情は一様に暗い。ケイムから受けた死の宣告が、周囲を重苦しい雰囲気に変えていた。
「……そうだ、言い忘れてたことがあったよ」
再びケイムの顔が上空に現れた。
「ケイム!」
「このまま君たちがずっと歩いて旅をするのは大変だろうから、他の移動手段を解禁してあげるよ。もう全滅エンドは確定してるんだから、そこまでサクサクとテンポよく進めていかないとね」
ケイムは顔の横で右手の指を鳴らすような仕草を見せた。
突然、どこからともなく現れた馬車が、ゲンたちのすぐ脇を疾走していった。見る見るうちに遠ざかっていく。
さらに遠くに目をやると、大型トラックや蒸気機関車らしき車両が走っているのが見えた。
「危ねーじゃねーか!」
ケイムを見上げると、遠くに飛行船や航空機、ヘリコプターの姿が確認できた。さっきまでは何もなかったはずだ。
「これで少しは旅が楽になると思うよ。さっきのマーケスの町にも駅や乗り場ができてるから、また機会があれば行ってみてね」
ケイムは満面の笑みでゲンたちに語りかけてくる。
「今回は特別に瞬間移動の魔方陣も作ってあげるよ。それを使えばナニワの町の近くまで行けるよ。ただし、一回しか使えないからね」
再びケイムが右の指を鳴らす。ゲンたちの目の前に魔方陣が出現したのはその直後だった。
黄色い光で地面に描かれているのは、円と五芒星だ。そこから暖かそうな光がゆらゆらと立ち上っている。
「ケイム、ずいぶんと気前がいーじゃねーか」
「ゲームはテンポが大事だからね。君たちは早く先に進みたいだろうし、僕は早く君たちの最期が見たい。だから、どんどんストーリー展開を加速させていくことにするよ。移動時間ほど無駄なものはないしね。あと、雑魚モンスターにやられる君たちではないだろうから、無駄な戦闘もなくしてあげるよ」
「それで、この魔方陣でオレたちを一気に先に進ませよーとゆーわけか。入るとどこに飛ばされんだ?」
「コルド村だよ。原作どおりの展開になるから、何が起きるか、君ならすぐにわかるよね?」
「コルド村か……。確かサムが……って、おい!!」
ゲンは背後から誰かに突き飛ばされた。そのまま魔方陣の中に突入する。一瞬、体が軽くなった気がした。