18 創造主
「疲れた……。少し休ませてクレメンス……」
ゲンは立ち止まり、大きくため息をついた。その顔には疲労の色が濃い。ずっと歩き続けているのはもちろんだが、忠二を背負っているのが最大の原因だ。背中からは忠二の苦しそうな吐息がかすかに聞こえてくる。
ユーシアの代わりに敵と戦うか、忠二を背負って歩くかの二択を迫られ、やむなく後者を選んだのだ。当初は前者だったが、例によってなぜか強敵しか出現しなかったため、ユーシアの代役は断念せざるを得なかった。ゲンが忠二を背負って以降、強敵は出現していない。
振り返ると、少し遅れて歩くデビリアンが見えた。その足取りは重く、胸を押さえ、苦しそうに顔を歪めていた。人間界の澄んだ空気に、少しずつ体を蝕まれているのだろう。
「デビリアン、オマエも無理すんじゃねーぞ……」
ゲンの呼びかけに、デビリアンは小さく頷いたように見えた。
デビリアンもずっとゲンたちと一緒に歩いてきた。戦闘には参加せず、できるだけ息を吸わないように気をつけながら。忠二の体内に戻れば、その体に大きな負担をかけてしまう。その体力を奪ってしまう。だから戻らないのだろう。
ゲンたちに寄生するのも容易ではない。相手の心にほんのわずかでも不安や恐怖、躊躇や抵抗感などの負の感情があってはならないのだ。作者であるゲンですら、デビリアンの寄生を受け入れられる心境にはまだ至っていなかった。
「まだまだ距離がありそうだな。町らしきものは全く見えないぞ」
「あとどのくらいで着くのかしら……。先は長そうね……」
ユーシアたちも立ち止まり、先を見やる。どこまでも同じような景色が続いているだけだ。目的地であるナニワの町は、影も形も見えない。
「……オマエらもわかってんだろ? オレたち、詰んでるよな? どー考えても、このままじゃ間に合うわけねーよな。この広い世界を歩いて移動とか、正気の沙汰じゃねーぞ」
ゲンの言葉に、ユーシアとミトの表情が曇った。2人も同じことを考えていたのだろう。
「オマエら、おかしーと思わねーか? なんで全く乗りもんが出てこねーんだ? オレの小説にゃいろんな移動手段が登場する。こんだけいろんな作品の世界観やキャラがごちゃ混ぜになってんのに、乗りもんだけハブられてんのはおかしくねーか? 出てきそーな気配すらねーぞ」
ゲンは顎で周囲を指し示す。見渡す限りの草原だ。何かが遠くを走っていたり、何かが上空を飛んでいたりすることは一切ない。
マーケスの町でも乗り物を目にすることはなかった。さほど大きくない町とはいえ、誰もが徒歩で移動していた。車庫を備えた家をいくつか見かけたが、どこにも車は見当たらなかった。
「考えすぎじゃないか? まだ旅は始まったばかりだぞ」
「そのうち出てくるんじゃないかしら?」
ユーシアとミトは、特に疑問には感じていないようだ。2人とも原作の序盤は徒歩で旅をしていたからかもしれない。ゲンたちに追い付いたデビリアンは、体力温存のためか無言を貫いている。
「それだけじゃねーぞ。オレが戦おーとしたときだけつえー敵が出たり、聞いたこともねー町や通貨が出てきたり、本屋の張り紙に作者と書かれてたり、イミフすぎる。オレの小説の世界が偶然くっついただけじゃ、こーなるわけねーよな。誰かが手を加えねーと無理だろjk。この世界を作ったやつがいて、オレたちゃそいつに遊ばれてるだけのよーな希ガス」
「こんなことができるのは、神様くらいじゃないのか?」
「いや、心当たりが1人だけいる。オレの小説の中で、こーゆーことができんのはあいつだけだ。犯人はあいつ以外にありえねー!」
ゲンは何かを思いついたように、突然天を仰いだ。吸い込まれそうなほど青い空が広がっている。
「ケイム(CV:渡会佐知子)、オマエだろ! この世界を作ったのはオマエだろ! 全部オマエの仕業だろ!!」
空に向かって、声を限りに叫ぶ。
「……やっとわかったみたいだね。ヒントはたくさん出してあげてたのに、今ごろ僕の存在に気づくなんて、君もたいしたことないんだね」
空から声が降ってきた。まだ少し幼さの残る少年の声だ。
「何なんだ、あれは……? 空に顔が現れたぞ……」
「どうなっているのかしら……。こんなの初めて見たわ……」
ユーシアたちも空を見上げ、口々に驚きの声を上げる。デビリアンは無言だが、驚いているのはその表情でわかる。そこには眼鏡をかけた少年の顔が映し出されていた。
「作者なんだから、せめてマーケスの町でダイムと言われた時点で気づいてほしかったよ。マーケスとダイムをつなげて並び替えたら、僕の名前になるのにね」
「ケイム! オマエ、ふざけんじゃねーぞ!!」
ゲンはケイムの顔を指差して叫んだ。
ケイムこと桝田圭夢は、『ゲームマスター』に登場するキャラクターだ。高校中退の17歳。寝食を忘れて連日オンラインRPGに没頭しているうちに、ゲームの世界を作り出せる特殊能力を手に入れた。さらに、任意の人間をプレイヤーとしてそのゲームに強制参加させる力をも得る。
その力でゲームの世界に呼び出されたのが、ハルト、レイジ、ソウマ、ケイスケの4人。いつもケイムを揶揄して面白がっていた元同級生たちだ。ケイムが作った悪意に満ちたゲームの世界を、ハルトたちは死に物狂いで冒険することになる。
「やぁ、ユーシア君、ミトちゃん、ベルク君。そして、聞こえないかもしれないけど、忠二君。初めまして。僕はケイム。この世界を作ったゲームマスターだよ。よろしくね」
空に映るケイムは、満面の笑みを浮かべていた。
「ハルトたちから名前だけは聞いていたが、こんなやつだったのか……」
「本当にあの子がこの世界を作ったの……? 信じられないわ……」
ユーシアとミトが呟く。デビリアンはやはり無言だ。
「ケイム、どーゆーつもりだ? なんでこの世界を作った? なんでオレたちをここに連れてきた?」
「決まってるじゃないか。君に放置されたトリプルHのみんながかわいそうだったから、僕が代わりに冒険の舞台を用意してあげたんだよ。君が考えた全作品のプロットや設定を偶然見つけたから、それを僕なりに組み合わせてみたんだ。原作と同じじゃつまらないから、内容を変えたり追加したりしてるところもあるけどね。遠慮なく楽しんでくれていいよ」
「ふざけんじゃねー! こんなん楽しめるわけねーだろ!」
「あと、先に言っておくけど、流行りの転生とか無双とかチートとかハーレムとかは一切ないからね。君の作品に出てこないから当然なんだけど、もし出てたとしてもスルーしてたと思うよ。僕、ああいうの大っ嫌いなんだよね」
ケイムは顔をしかめながら、吐き捨てるように言った。
「……ケイム、みんなのためにやってくれたのはありがたいが、ここまでしなくてもよかったんじゃないか? 俺たちが望んでるのは、こういうことじゃないんだ」
「そうよ。みんなと冒険ができるのは嬉しいけど、やっぱり自分の仲間と自分の世界を冒険するのが一番だわ」
「それはごめんね。でも、今さら元に戻すことはできないから、この世界で冒険を楽しんでよ。僕は作者とは違って、ちゃんと最後までシナリオを用意してあるから、安心していいよ。この世界で何が起きるか、楽しみにしていてね。原作では絶対に味わえない体験ができるはずだよ」
「ケイム、オマエ――」
「ううっ……」
背中の忠二の呻き声に、ゲンの言葉が止まる。
「……忠二がこーなったのも、オマエの書いたシナリオどーりか? この後忠二はどーなる? 助かんのか?」
「助かるかどうかは僕が決めることじゃなく、君たちのがんばり次第だよ。与えられた試練を越えられれば、忠二君は助かるよ。ネタバレになるけど、特別に先の展開を教えてあげるよ。君たちはこの後、延々と歩き続け、何日もかけてナニワの町に着く。そこに毒を消す薬は売ってるけど、高すぎてとても買えない。だから、君たちは数百万ダイムを貯めることになる。しかも、買った薬が奪われたり偽物だったりするから、何回も買い直すことになる。……さぁ、どう? このイベントを突破して、忠二君を助けられそうかな?」
ケイムの声は明らかに弾んでいた。口元には人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべていた。
「そんなの無理ゲーだろ! どー考えても間に合わねーじゃねーか!」
「それは時間的にかなり厳しそうだな……」
「そんな……。忠二は助からないの……?」
ゲンたちに絶望感が広がった。忠二はそう長くはもたないだろう。ケイムの言う試練をすべてこなすには、時間が足りなすぎる。
デビリアンは片膝を着くと、無言のまま何度も拳を地面に叩きつけた。感情が爆発しそうなのを必死でこらえているように見えた。
「ちくしょー、ケイムの野郎……!」
忠二の弱々しい吐息を背中に感じながら、ゲンはただ悔しがることしかできなかった。